第2話 ソウマとの一夜
先ほどからかなり奥へと進んだ森の中で、ソウマとエグゼは焚き火を囲んでいた。
「俺はソウマ。ソウマ・ブラッドレイだ」
「僕はエグゼ・トライアド。よろしく」
そう言って握手を交わす二人。
「しかし、なんでエグゼが戦闘状態になってたんだ? さすがにあいつらも一般人には手出しはしないと思うが……」
エグゼは懐から手配書を取り出すと、ソウマに渡す。
「僕も賞金首だからね」
そこには『聖エルモワール、魔法騎士団団長エグゼ・トライアド』
と記されていた。
「ん、エグゼは旧国の騎士団長だったのか!」
「あぁ。魔法が使えなくなったらこのざまだけどね」
そう言って肩をすぼめる。
「なるほどなぁ」
手配書をソウマに返しす。
「エグゼは、ここから西に向かっているのか?」
「うん、昔なじみに合いに、ね」
少し言葉を濁す。正解ではないが、嘘でもない。
「そういうソウマはどうなんだ? この先には町が一つと小さな村が2~3あるだけだよ?」
ここ、エルミナ大陸の南西の山々。その麓にシスカという町がある。そこに行くまでに小さな村がある程度。
観光で行く場所でもない。目的があるとすれば……。
「俺は優れた武器、防具を捜し求めて、旅をしていたんだ」
「でも、武具なら王都でもかなりいいものが売ってるはずだけど……」
見たところ、この大陸の人間ではないソウマには、この大陸のでの争いごとなど無関係なはずだ。
「いやいや、つい最近だがある組織に入ってね『王政グランベルトを敵に回す』といったら、みんな断りやがったよ」
王政グランベルト。2年前のクーデターでこの大陸を支配した、元大臣のミハエル・ド・カザドが王を務める新国である。
旧国、聖エルモワール王国は賢君が治めていたため、大きな反乱もなく、人も魔物も関係なく平和に暮らしていける国だった。
しかし、王政グランベルトになってからは圧政が続いている。
重税に苦しめられ、税金を払えなかったものは奴隷となるか、重刑を科せられる。
生きるぎりぎりまでお金を納めなければならないため、飢餓が起こり、死んだ人間も数多く、埋葬もしっかりとできていないため疫病が蔓延している地域もある。
「グランベルトを、ミハエルを敵に回すつもりなのか?」
「あぁ、俺はこの現状が許せなくて、反乱軍で戦おうとしている」
ソウマは今までにない真面目な顔でそう話す。
「王政グランベルトに対抗する組織は確か」
ミハエルに意を唱える、人間のみで構成され、魔物を排斥し人間だけの統治を目指す『クロス・クルセイド』
魔物が人間を駆逐し、魔物のみの国家を打ち立てんとする、『トール・ド・ルート』逆から呼んでも『トール・ド・ルート』
そして、もっとも小さいが、聖エルモワールと同じように、人と魔物の共存を目指す『メリクリウス』
この三つだ。
「俺はその『メリクリウス』のTOPだ」
先ほど見た人相描きを思い出す。
たしかにそこにはソウマの情報が書かれていた。
ギルドや酒場で聞いた話だと、戦闘力、カリスマ性共に優れた人物だという。
「ただこの『メリクリウス』なんだが、まだまだできたばかりで人材も足りないわ装備もまったく整ってないわ、でね。
素手でも戦える俺が大陸を駆け回って協力者や武具をかき集めてるところさ」
しかし、難航しているようである。
それも仕方のないことなのかもしれない。
皆グランベルトを、新国王ミハエルを恐れている。
敵対勢力に武具を売るなど、その怒りを買うだけだ。実際、それで処刑された者もいるのだ。
「シスカの町にはいい職人がいると聞いた。一人でも味方になってくれればな、と思って」
ソウマは焚き火の用意をしながら自分の目的を話してくれた。
「エグゼもシスカに行くんだろ? どうだ、俺と一緒にいかないか?」
「あ、あぁ、それはかまわない。むしろ心強いよ」
今のエグゼのレベルでは、先程の敵にすら勝てていなかった。
歴戦の賞金稼ぎを簡単に倒すレベルの武道家だ。
一緒に旅をできるのは正直ありがたかった。
夜の森が炎で赤く照らされる。
「お前さんの目的はなんだ? シスカの町に行くからには武具を手に入れるんだろうが。その先だ。最終的な目標は?」
この時代、騎士崩れ、傭兵崩れがいることは珍しいことではない。徒党を組んで山賊になることもある。
が、エグゼはそうは見えない。
太陽のように輝く金髪に、深い憂いを湛えた海のような青眼。
この大陸では珍しく、さらにその雰囲気は一般階級の人物とは思えない知性を放っていた。
「僕は……。グランベルトを。ミハエルを倒さなきゃいけないんだ。今は根無し草だけどね」
つい力が入るのを抑えるように、おどけて息を吐いた。
「ふむ、目的は一緒か」
片目を閉じて、ソウマはエグゼを見定める。
体格から推測される筋量、持っている武器や防具。
どれもが体に合っていない。
「剣を携えているからには剣士なのだろうが、その腕でどこまで戦える?」
鋭い眼光は、エグゼの戦闘力を正しく看破する。
「見たところ並みの人間、ゴロツキ程度なら何とかなるだろうが、訓練をつんだ兵士や騎士はどうだ? その上級の魔物相手になると、勝てないだろう」
喋りながらもソウマの手は止まらず、夕飯の支度に入っていた。
「さっきの賞金稼ぎから、食料をかっぱらっといたんだ」
そう言って、ソウマは四翼鴉(よつばさからす)を取り出した。
小骨まで丁寧に取り除き、砕いた骨と肉片で出汁をとる。
腸は丁寧に洗い、肉も食べやすい大きさに切り分け塩と胡椒で揉み、出汁の中に放り込む。
かなり手馴れた調理技術だ。
さらには香草を複数入れ、臭みをりながら、味に深みをだしている。
「一人で何とかなるのか?」
ソウマの見立てはまったく持ってそのとおりでだった。
魔法を使えない魔法騎士は、無力以外のなにものでもなかった。
「さっきの技」
腕を一振りし、触れることなくゴロツキ共を吹き飛ばした魔法のような一撃。
「あれは魔法なのか?」
しばしの沈黙。
「それは、この大陸で魔法が使えないのを知った上での質問か?」
『黒いカーテン』そう呼ばれる障壁はこのエルミナ大陸全土を襲い、大陸から魔法力を奪い去った。
「そうだ。このエグゼは昔、聖エルモワール王国で精霊魔法騎士として、騎士団長をしていた。しかし魔法が使えないとこのざまさ」
だが、とエグゼは続ける。「ミハエルは殺す。必ずだ!」
「それで俺にどうしろと?」
「魔法であるなら、なぜ魔法を使えるのか教えてほしい。魔法でないなら、その技術を教えてほしい」
そういってエグゼは頭を深々と下げた。
しかしその姿には、自分の身を省みない、特攻にも似た決意があった。
「自分の死すらも問わないと? その上で俺に技を教えろというのか?」
ソウマは、エグゼの意志を覗き見る用意に問いを発する。
だからこそ、エグゼは心をさらけ出す。
「そうだ。もう一度言う。やつを殺せるなら、死んでもかまわない」
小さく。低く。
しかし決して否定できない、呪詛のような想いを込めて言い放った。
しばしの沈黙が流れる。
ソウマにも、エグゼが本気なのはわかる。
むしろ死に場所を求めている節さえ見受けられる。
だからこそ……。
「交渉決裂だ。俺の仲間に死ぬ覚悟がある奴はいらない。新しい国を作った先にある、まだ見ぬ未来に生きる希望を持つ者しか俺は認めない」
今まで、どこかふざけた態度を崩さなかったソウマ。
しかし、今はその態度はカケラもない。
そこに本音が見えた気がした。
「っ! お前に何がわかる!? 使えるべき君主も殺され、愛するものも救えずっ! ただ復讐に生きることしかできない僕の気持ちが、わかるかっ!!」
ソウマの胸倉を掴み、力の限り叫んだ。誰にも言えずに溜め込んでいた胸の内を、なぜか今日あったばかりのこの男にぶちまけていた。
「知るか、そんなもん」
そっけなく言い放ち、掴まれた胸の手を払う。
「もしお前に愛国心があるというのなら、お亡くなりになった国王陛下のために、その方の思いを代わりになそうとするのが忠誠だろう。
お前の主は何をのぞんだ? お前が死ぬことか?
この国の民が死んで、新しい国ができて喜ぶか?
違うだろ。お前にまだこの国のために尽くす気があるのなら、これ以上被害が出ないように全員護り切ってみせろよ」
エグゼは何も言えなくなった。初めて会った男に自分でも知らなかった感情をさらけ出したこと。
男に言われた一言一句が、渇きなにも感じなくなったエグゼの心に水滴を一粒もたらした。
それはたった一滴ではあったが、枯れ果てたエグゼの心を動かすには十分すぎるものだった。
様々な感情が渦巻く自分の胸中に、エグゼは混乱するように黙り込む。
「もう一度良く考えてみろ。お前がこれからどうしたいのを。
……。お前が知ってるかどうかはわからんが、一つだけ言っておこう。姫は、いきてるぞ」
つるされた土鍋が、くつくつと音を立て、料理が出来上がったことを知らせる。
「姫が、生きている? ミスティ様が生きているのかっ!?」
ソウマは出来上がった料理を器に盛りながら答える。
「俺も詳しくは知らないが生きているそうだよ。もっとも、どんな扱いを受けているかわからないけどな。
ただ、生きているなら必ず助け出す。この俺の名にかけて、な」
「ソウマ、お前は何者なんだ?」
「さっきも言ったろう? 『メリクリウス』のTOPさ」
その口調、その瞳には確かな自信が感じられた。
そして、先程の戦闘で感じ取ったソウマの戦闘力は、ミハエルが作り上げた『造魔』を上回っていた。
「これは戦争だ。確かに犠牲を出さないなんてのは無理なことだ。綺麗ごとでしかない。
でもな、はなから死ぬつもりで戦ってほしく無いんだよ。
俺たちは平和な世界を作りたい。そしてその平和な世界に生きてほしいんだ」
すでにエグゼを試すような口調はない。その言葉は気取らないソウマの素直な台詞に思えた。
「今夜は飯を食ったら、もう寝よう」
そういうと、ソウマは木にもたれかかりながら、自分で作った夕食を平らげる。
ソウマが作った夕食は、かなりうまかった。
この2年、誰かの作った料理を食べることなど数えることしかなかったエグゼは久々の充足感を得て食事を食べ終わると、外套にくるまり暖を取る。
しばらくは賞金稼ぎたちの相手でまともに睡眠を取れていなかったエグゼは、瞬く間に眠りに落ちてしまった。
こうして、夜の森は深く更けていく。
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