第1話 元、英雄

 街道を避けるように遠回りをし、森の中にはいる。

 思わずため息が漏れる。

「あれから2年、か」

 彼の名君、第6代エルモワール王が倒れ、ミハエルが王となったあの日。

 魔法騎士団団長、エグゼ・トライアドは、なにもできなかった。

 大いなる精霊王の洗礼を受け、身に余る巨大な魔法力を身に付け、人類の守護者と呼ばれながらだ。

 2年たった今もまだ、その屈辱は忘れていなかった。

 幾人もの追っ手に襲撃を受け、泥水を啜る様に生き延びた2年。

 ゴロツキ相手にはまず遅れをとることはなくなった。

 しかし、剣術を学んだ者や、中位の魔物が相手となるとまったく歯がたたない。

 精霊魔法が使えない魔法騎士は、騎士としての実力はまったくなかったのだと思い知らされた2年でもあった。

 この調子で本当にミハエルを倒し、聖エルモワール王国を取り戻すことができるのであろうか。

 遠くから喧騒が聞こえてくる。

(追ってか?)

「この森に賞金首がいるぞ、探せ!」

 声が夜の森にこだまする。

 大声を出してくれてありがたい。

 エグゼは声とは逆の方に走り出した。

 しかし。

 不意に開けた場所に出た。

「いたぞ、こっちだ!」

 そこで敵と鉢合わせる。

「しまった!」

 続々と賞金稼ぎたちが集まってくる。

「おい、こいつ違くないか?」

「俺たちが探してるのは黒髪の武道家だったはず……」

 どうやら、別の賞金首を捜していたらしい。

 これは不幸中の幸いだ。

「だ、誰か探してるのか?」

「なんだ、なにも知らないのか?この森に、グランベルトに仇なすお尋ね者が逃げ込んだんだ」

 そう言って、カンテラで照らしながら、手配書をみせてくる。

 エグゼはそれを覗き込んだ。

(ソウマ・ブラッドレイ……)

 そこには男の人相描きと共に、情報が記されている。

 それによれば、このソウマという男は王政グランベルトに対抗する、反国家組織『メリクリウス』の頭目だという。

(そういえば、最近TOPが変わったといっていたが、この男が……)

「あんた、旅の者だろう? さっさとこの森を抜けた方がいいぜ」

「あ、ああ。そうさせてもらうよ」

 そう言ってエグゼはこの場を去ろうとする。

「どうした、いたのか?」

 騒ぎを聞きつけてやってきた一人の男が近寄ってくる。

 そのいでたちは、明らかに賞金稼ぎのものではない。

 ミスリルでできた鎧と真紅のマント、魔水晶で作られた剣は明らかに特別製だ。

 おそらく、この男はグランベルトに属する貴族なのだろう。

 このパーティを取りまとめている責任者のようにも見える。

「いえ旦那。間違えました、ただの旅人でした」

「ん? そうか?」

 貴族の戦士と目が逢う。

「お前は……」

「!?」

 その男は旧王国、聖エルモワールでも見たことのある顔だった。

 そしてクーデターの際にはミハエル側に付き従い、王国を蹂躪した裏切り者の名家の息子だ。

「エグゼ…?」

(しまった、まさかこんなところで顔見知りに会うとは!)

 それは大きな誤算だった。

 事態はそれだけでは済まず、さきほどの大声で続々と賞金稼ぎたちが集まって来ていた。

「こいつもだ! こいつも賞金首だ、逃がすな!」

 騎士がゴロツキどもに指示を飛ばす。

「聖エルモワール王国、魔法騎士団団長、エグゼ・トライアドだ!生きて捕らえれば、100万ローズの賞金首だ!」

「なにっ!?」

「囲め、逃げ場をなくすんだ!」

 騎士の命令に従い、賞金稼ぎたちがエグゼを囲む。

 その包囲網は、内からたやすく崩せるようなものではない。

 数は、5、6、……。10人。

 エグゼはあせっていた。

 今までの戦闘では幸いにも、2~3人のパーティとしか当ったことがなかった。

 10人の手練れに囲まれたのはこれが初めて。

 エグゼは剣を抜き放ち、敵に相対する。

「おとなしくしろ」

 荒事になれた賞金稼ぎたちには、おそらくエグゼの強さはある程度看破されただろう。

──男に、この人数を相手にするだけの力はない──

 男たちの顔に笑顔が浮かぶ。

 この程度の実力で、100万ローズの賞金首だ。

 これほど美味しい狩りない。

「おとなしく捕まれば、怪我はさせない」

 しかし、結局は王都での処刑は免れないだろう。

 一人の男が、エグゼに近づく。

「くっ!」

 エグゼは不用意に近づいてきたその男に斬りかかる。

「抵抗すんな!」

 その斬撃は簡単に避けられ、男の拳がエグゼの腹に突き刺さる。

 エグゼの装備は古ぼけた革鎧のみ。

 男の拳の衝撃を完全に吸収することはできない。

「ぐはっ!!」

 思わずを膝を着くエグゼ。

「あまり痛めつけるなよ」

 騎士が注意する。

「へへ、わかってますよ、旦那。おら、手を出せ!」

 縄を手にして、エグゼを縛ろうと近づく男。

「だ、誰が……っ!」

 エグゼが顔を上げた瞬間。

 縄を持った男が吹き飛んだ。

「え?」

 エグゼは何が起こったか理解できないでいた。

 それは他の賞金稼ぎたちや騎士もまた、同じようだ。

 そしていつの間にか、エグゼの傍らには今までこの場にいなかった人物が立っていた。

「おう、お前らの狙いはこの俺だろ?」

 黒い髪に黒い瞳。

 まったく贅肉のない彫刻のような肉体。

 その男は、この場にいる全員が思わず見入ってしまうほどの存在感を放っていた。

「大丈夫か? すまんな、俺のせいで巻き込んだみたいだ」

 そう言って、男は10年来の友人にするような態度でエグゼに手を差し伸べる。

「あ、ああ」

(こいつはさっきの賞金首……)

 確か名を、ソウマといった。

 呆気に取られながらも、エグゼはその手を取って立ち上がる。

 その間、賞金稼ぎたちも何も言えずに突っ立っていた。

「お前ら、俺を探してたんだろう?」

 その言葉に騎士が我に返る。

「お、お前ら陣形を崩すな!」

 その一言に全員が臨戦態勢を整え直す。

「一人やられたが、9対2だ! 二人まとめて捕らえあげろ!」

 二人の男が、エグゼとソウマ、それぞれに相対する。

「食らえ!」

 飛び掛る賞金稼ぎにそれぞれが応戦する。

 そのゴロツキの攻撃は、エグゼにとってはかわすことのできない熾烈なものだった。

「クソっ!」

 かろうじて剣で受け止め、鍔迫り合いに持っていく。

 しかしそれは悪手以外のなにものでもなかった。

 その間に後ろから、また二人賞金稼ぎが襲い掛かってきていた。

「しまった!?」

 完全に目の前の男に集中していたエグゼは、後ろからの襲撃に完全に無防備だ。

「ほら、危ないぞ! 周りにも気を配れ!」

 見ると、正面の一人を殴り倒したソウマが、エグゼにバックアタックを仕掛けたごろつきに蹴りをかましていた。

 有に5メートルは吹き飛んだその男は、受身も取れずに地面に叩きつけられると、そのまま起き上がって来ることはなかった。

「お前さん、その腕でよく賞金首になれたな」

 そういいながら、エグゼと鍔迫り合いしていた男を片手で吹き飛ばす。

 あっという間に4人の男が戦闘不能に陥る。

「ばかな……っ!?」

 騎士がが声を荒げる。

 部下たちはゴロツキとはいえ、実戦経験豊富な強者どもだ。

 それが素手の男一人にこうも遅れを取るとは。

「面倒だ、まとめてかかって来い!」 

 ソウマが吼える。

 残りのゴロツキたちの目にはすでにエグゼは無く、完全にソウマに気を向けていた。

 そして、司令塔の騎士を残した全員がソウマに襲い掛かる。

 上段の斬撃。

 下段のへの斬り下ろし。

 高速の突き。

 飛び上がり、頭上からの攻撃。

 四者四様の剣の舞がソウマの命を刈り取ろうと迫る。

(だめだ、避けられない!)

 それはあまりにも絶望的なコンビネーション。

「おお、やるな」

 しかし、ソウマの顔から笑みは消えない。

「でも、まだまだ技の練りが足りないな。隙だらけだぜ」

 そう言ったソウマの姿が消える。

 超神速。

 そうとしか形容できない程の素早さで、ソウマは攻撃陣が完成する前にそこから抜け出ていた。

「こおおぉぉぉぉっ!!」

 ソウマの呼気が、森から精気をを集め、その両腕に集結させる。

「これでも食らえ!『深淵流・獅子咆哮(ししほうこう)』!!」

 両手を前に突き出す。

 たったそれだけの行為。

 それが。

「ぐああっ!?」

 4人のゴロツキを一瞬で吹き飛ばした。

 森の莫大な加護を湛えた両の腕から放たれた咆哮は、その衝撃波で地面を抉り、さらに遠く離れた木々をもなぎ倒す。

「!!」

 直接そのエネルギーをを食らったわけではないエグゼすら、あまりの強風に顔をしかめる。

「さぁて、後はお前さんだけだぜ?」

 ソウマはまるで、酒場で安酒を飲みながら客に話しかけるような気安さで騎士に向き直る

「こいつら連れて退散してくれないか?」

「こ、この俺が敵を前にして、退散など……っ!」

 騎士は大上段に構える。

 しかし、傍で見ていたエグゼにも判る。

 あの騎士も決して弱くはない。

 小さいころからその家名に恥じない訓練のを受けてきたのだろう。

 少なくともエグゼではこの騎士に勝つことはできない。

 そして幼少の砌より剣術を習い、達人の域に達したこの騎士ですら、ソウマに勝つことは到底不可能だろう。

「まだやるのかい? ……。やるのなら、容赦しないぞ!」

 瞬間、ソウマの持つ雰囲気が変わった。

 隙は無いが、どこかフレンドリーな空気を出していたソウマが発した、明らかな怒気。

 それは助けられたはずのエグゼですら死を覚悟するほどだった。

「ひっ!?」

 騎士は完全に戦意を喪失し、その場に座り込む。

 逃れられない死を目の前にしたのだ。

 誰も騎士を臆病などと罵ることはできないであろう。 

 騎士は恥も外聞も捨てて、その場を走り去った。

「大丈夫か? すまんな、俺の戦いに巻き込んじまって」

「いや、助かったよ」

 そう言って、エグゼに話しかけたソウマからは、もう殺気は完全に消え去っていた。

「とりあえず、ここを離れるか」

「あ、ああ」

 ソウマに言われるがまま、エグゼはその森の奥へと分け入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る