2/Foreigner

 大戦の動乱で高濃度の魔塵エーテルに汚染され、封印という形で誰もが避けてきた街。

 かつてありし文明の痕、禁足地。

 そんなぞっとしない肩書きの街へ俺とグリドは足を踏み入れた。


 魔塵に侵食され、触れれば壊れるほどに崩れ切った街並み。生命を拒む地。俺やグリドのように、魔塵に適合した者でさえ防護装備がなければ、すぐにでも肉体が崩れ去る。


 しんしんと降り積もる灰色の雪は、雪ではない。それは塵となって果てた者たちの名残そのものだった。


「——これは」

「すげぇな、花が咲いてら」


 眼前にて唐突に現れる異界の様相。

 見れば、それは白いリコリスの群生だった。

 命が芽吹くはずのない大地に芽吹いた純白の花。それこそが、今回の任務で回収するべきサンプルであった。


 そして、白い花園の只中には白く見窄らしい薄手のワンピースを羽織った一人の少女が花園の最中に立っていた。自身も花の一輪であるかの如く自然に。


「こんにちは、でいいんでしょうか」


 これは夢だろうか。それともこの濃い魔塵に当てられて俺の頭がおかしくなってしまったのか。

 ガスマスク無しでは生きていられないはずの地に、マスクなしで平然と亜麻色の髪を靡かせる少女はぎこちない動作で挨拶をしてきた。


「なんだ、お前は」

「あ、あれ間違えた? あ、こう言う時は、初めましてと言うんでした」

 少女はどこか懐かしい、地球のように青く透いた瞳に混乱の色を浮かべてそう言った。


「違う、何者か?と訊いている」

「じ、実は記憶が飛んでいるみたいで、あなたは私のこと何か知ってますか?」

「いや、なんで見ず知らずの俺がお前のことを知ってると思うんだ」

「えっと、それは——そうですけど」

 もごもごと口を噤む少女は、俺を何度もちら、と啄くような視線を向ける。しばらくの沈黙の後、少女は押し負けるように声を出した。


「たぶん、あなたがから」

 少女の表情や動作にぎこちなさはあれど、漂う臭気や表情からはからは感情の乱れは一切読み取れず。嘘はついていないように思えた。


「シリウス、おまえさっきから一人で何言ってんだよ」

「いや、女の子がいる」

「はぁ?そんなの居ないが、大丈夫かお前、ついに頭をやられたか?」


 どうやら俺が話している少女の姿はグリドからは見えていないらしい。

 すると少女はおもむろにグリドへと近寄り、指先で軽くつついて見せた。


「第一、俺が女を見逃すはずが——って、うお?!いやがった、マジでいやがった!なんだこの白いの!」

 少女が触れると同時に、目前の少女に驚いたグリドが飛び上がるようなリアクションを見せた。


「話の続きです。わたし記憶がなくて困ってるんです」


 俺とグリドは固まった。ただでさえ異質かつ危険だとされる禁足地の中に平然と立ち、生真面目に記憶喪失だと言い張る少女の言葉を聞いた俺は更に混乱していく。


「何故こんな場所に?」

「わたしを視てくれるヒトにあったら、そのヒトについていこうと思ってたんです。だから、あなたについていっても——」

「いや、ダメだ」

 少女の言葉が終わる前に、その声を遮るように俺は即答する。そこへグリドが強引に割って入ってきた。


「まぁシリウス、こんなところにこんな少女一人置いていくわけにもいかんだろ? どの道調査の結果は軍部の奴らに報告しなくちゃならんし」

「ついていってもいいんですね!!」

 グリドの言葉に少女は食い気味に迫る。


「まぁ、連れて行くのに反対はしないが、お前は軍の孤児院に預けるぞ。俺は同居人を抱えて暮らせるほどカネはねぇからな」

「オレも同じく。自分の酒代で精一杯だな」

「でも、ついて行ってもいいんですよね?」

「ついて来たいのなら好きにしろ」

 俺がそう答えると、少女はこれでもかと目を輝かせて喜んだ。


 ——その日。禁足地での仕事を無事終えて帰路を辿るグリドと俺の間には、真白い謎の少女が加わることになった。

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