1/White world

 西暦2160年、大いなる崩壊とともに人類と超越者の戦争が起こった。

 百億の人類に対するのは七人の少女たち。人々は彼女らを七人姉妹セブン・シスターズあるいは、魔法使いと呼んだ。


 彼女たちがもたらした『魔法』は、この星に根付いたあらゆる生命と法則の悉くを引き剥がし、覆していった。その圧倒的な力を前に人類の文明はもちろん、地球の生命圏はたったの七日間で崩壊を余儀なくされた。


 白砂の大地。それが七日大戦と語られた災禍の後に遺された、この世界の呼び名だった。

 地殻変動と極地融解によって大地は崩壊し、各地で噴出した未知の粒子『魔塵』による汚染により万物は白く朽ち果てた。

 死した大地に生命は育たず、黒く変色した水は苦く猛毒。大気でさえも肉体を蝕む瘴気と化した。しかし、それでも人類は生き延びた。


 あの七日間を乗り越えた数少ない人間たちは、憎き七人姉妹の遺産にさえ縋ってなお、生きることを選んだ。



 ◆



 いつもと同じく繰り返し

 この壊れた世界で目を覚ます。

 歯車はとっくの昔に錆び付いて、しかし誰も油など刺してくれない。故にゆっくりと朽ちるだけ。


 そんな世界で、俺は今日も生き延びた。


 洗浄液で身体中にこびりついた血を洗い落とし正面の鏡を見る。

 白く煙る鏡に映るのはヒト、ではなくオオカミのそれだ。全身を濡鴉色の体毛に包まれた人のカタチをした獣。

 そんな俺の姿だが、前提からして滅茶苦茶な今の世界では特段珍しいことでもなかった。


 ——青い双眸に宿るのは虚な光。

 なんのために生きているのか、いずれ終わる世界と知りながら。鏡に映る自分からはそんな問いが返ってきそうだった。


「それでも俺は、死ぬつもりはない」


 憎き羽虫てんしどもを駆逐する。一匹だろうと残さず狩り尽くす。

 決めたのなら後戻りはできない。している余裕もありはしない。決して止まらず、死の果てまで突き進む。

 ——それが俺の生存意義だ。

 決意を改め、鏡に映る不安弱さを睨め付けて、それを叩き潰すように両頬を打つ。

 そして三度の呼吸の後そそくさと装備を整えた俺は、ひとり住み慣れた薄暗い穴倉を出た。


 外へ出てすぐに、ひどく乾いた空気が鼻腔を刺す。

 何度も嗅いだ街の匂い。そこには迫り来る死を誤魔化すような薬剤じみたケミカル臭が混じっている。


「おう、今日もお互い、一日生き延びたな!」

 

 漂う酒気と横殴りに響く声。荒々しい性格がそのままカタチになったような声は俺の意識を激しくゆする。


「どうしたよ相棒、何ボケっとしてんだ?」


 酒喰らいのグリド。名をグリド・バーンズ。

 2mを越す巨体に、異常発達した両腕。全身を覆う筋肉は鎧も顔負けといった具合に分厚く、たとえ砲弾であろうと彼を止めることはできないだろうと確信させる。

 そんな彼もまた、俺と同様に生まれながら魔塵に毒されていた。


「——用がないなら俺は行く」

「ちょっと待った!」


 強引に立ち去ろうとした俺を、これまた強引にグリドが引き留める。


「いい仕事の話があるんだ、お前がいれば百人——いや一万人力だ!なぁ頼むよシリウス!」


 どこか胡散臭さが漂うグリドの押しの強さに呆れつつ、ウォーミングアップには丁度良いかと、その話を引き受けることにした。


「それで、依頼の内容は」

「お前のナノレイヤー視覚拡張膜に直接情報を流すぞ」


 グリドはそう言うと、冗談じみて太い腕には似合わない器用な指遣いで、空中で見えない何かを滑らせた。

 それは滅びた文明の微かな名残。魔法使いに蹂躙された先人たちの残した旧時代の遺物に連なる技術だった。

 途端に魔力を受けて励起した瞳のナノマシンが踊り出し、空中にありもしない文字を踊らせる。


 ——旧都市圏の調査とサンプル回収。

 宙に浮かぶ依頼の詳細情報に記載されていたのは禁足地と呼ばれた地の調査だった。


「最近金欠なんだ、だから報酬に目がくらんで受けちまった」


 どこまでも楽天的なグリドの言動に頭を抱えながら、こうして俺の騒々しい一日カウントダウンが幕を開けた。

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