翼のない天使
鞠 杜磨
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白い砂と塵の舞い散る、ひび割れた大地に一人。
ここには水も、草木も、あらゆる命が亡い。あるのは痕跡だけだった。
かつてここがヒトの住まう都市であったのだろうということを物語る白く朽ちた伽藍の塔。
人類が遺した、風化した文明の名残。墓標のごとき鋼の
その一画に、真っ赤な飛沫がいくつも花のように咲いていた。
曲線を描いて四方に散る血は花弁、飛び出した臓物は
無残に潰された亡骸は、遠目にみれば真っ赤な彼岸花によく似ていた。
――人と人ならざるモノたちの
それでも生き残った者たちは、この環境に適合するため己を改造し、あるいは地底に篭り、あるいは亡骸を要塞とすることで、何とか日々を生きている。
そんな、まともな命なんてものは有りもしないこんな世界には、花の一輪も咲いていない。花を愛でるだけの余裕もない。
故に、弔いの花の一輪も用意してやれない寂しい死に様に、せめてその最期が花のように散って逝けたのなら、それはそれで良いな。と、自身も死を目前にしておきながら、冷めた心でぼんやりと他人ごとのように考えた。
いったいどれほどの時が過ぎたのだろうか。
骸の山に埋もれるように身を隠し、ライフルを構えて空を睨み続ける。
刻々と過ぎる時間。腰に下げた計器が身震いするように激しく振動する。
それは、この白砂の大地における生命の活動限界を報せていた。
それでも、今ここで諦めるわけにはいかなかった。引き返すわけにはいかなかった。
今回の行軍で多くの仲間が死んだ。その上多くの武器と弾薬、そして食料までをも消費した。
この機を逃せば、間違いなく二度と次はやってこない。
雪のように大気を舞う塵の浸食が始まり、じわじわと指先からしびれるような痛みがやってくる。
息をするたび、焼けるような喉の痛みと黒い靄が視界を覆い始めた。
鼓動は悶えるように狂い乱れ、血液が逆流しているような不快感が意識を揺らす。
限界を超えて崩れそうな身体を、それでもと沸き上がる憎悪と怒りで押し固め、構えの姿勢を維持し続ける。
――絶対に逃さない。いま、ここで、かならず墜とす。
そして、薄れゆく意識が、限界を迎えたフィラメントのようにプツリと焼き切れる刹那。
怒涛の暗闇に自我が塗りつぶされていく、その合間。
彼方の空より降り注ぐ、光の柱。
雲が割れて、引いてゆくその最中に。
いきを吞むほどに、美しく。
はきけを催すほど、おぞましい。
はるかな、そらから。
ひかりの梯子を舞い降りる、てんしが見えて、一瞬目があう。
――おれは、いしきを失う寸前で。
――引き金を、引いた。
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