第2話:普段とおんなじ、昼休み

「じゃあ私は行くね」

「うん。お姉ちゃん、また後でね」


 高校に着くと、紗夜の教室まで一緒に行って、それから私は自分の教室へと向かう。

 握っていた手を離すのが、最近辛い。もっと一緒にいたいと思ってしまう。


 後ろ髪を引かれながら来た道を引き返して、下への階段を降りる。

 この高校では、学年が下の方が上の階になっていて、紗夜のいる1年のクラスは4階、私のいる2年のクラスは3階だ。


 この配置に、少し感謝したりもしている。

 妹の教室まで一緒に行くのに、階段一つ分長く居られるのだから。


 私の教室へ着いて荷物を置くと、すぐに後ろから声をかけられた。


「おっはよー! また今日も妹さんと仲良く登校?」

「おはよ。うん、仲は良いと思うよ?」


 そう聞いてきたのは後ろの席の櫻木さくらぎ佳奈かなさん。短い髪の彼女は活発でいつも元気だ。クラスを盛り上げて引っ張っていく、そんな立ち位置だ。


 佳奈さんと少し話していると、佳奈さんの後ろから近づく人が1人。

 その人は綺麗な長い黒髪をふんわりと揺らしながら佳奈さんを後ろからギュッとして。それからこちらへと目を向け、口を開いた。


「霧島さん、おはよう。佳奈もおはよ」

「お、おはよう……って! いつも思うんだけどなんでいきなり抱きついてくるの」

「だって、佳奈がそこにいた。理由はそれだけで良い、でしょ?」

「いや、カッコよく言っても理由になってないよ!?」


 私のことを霧島さんと呼び、毎朝こんな風に佳奈さんとじゃれあっている彼女は、和泉いずみ玲奈れなさん。成績優秀な美人さんで、趣味は読書らしい。

 おっとりしてるし、普段は無表情なんだけど、佳奈さんとは幼馴染らしくて、2人の時は明るく見える。


 あーだこーだと笑いながら話す2人を微笑ましげに眺めていると、朝のホームルームの時間5分前を告げるチャイムが鳴った。


 さて、今朝は紗夜ともいっぱい話せたし、今日の授業も頑張れるかな。


 ◇


「はい、紗夜の分」

「ありがとう、お姉ちゃん!」


 昼休み。屋上に来た私は購買で買ってきた揚げパンを、既に座って待っていた紗夜に渡して隣へ座り。

 それから、いつものように2人で昼食を取る。

 私たちの通うこの高校は屋上が人工芝になっていて、今の時期はお日様に当たっていても熱すぎず、直接座ることができる。転落防止の柵もしっかりと付けられていて出入りも自由なのだが、なんでかいつも私たちしかいない。


 初めの頃はいたのだけど、なんでだろう。

 それと、以前はお昼は友達も誘って一緒に食べていたのだけど「2人を見てると変な気分になってくる」と言われて、それからお昼は2人だけになった。


 人数が減って寂しい反面、紗夜と2人きりでお昼を食べている今を嬉しいとも感じるから不思議だ。


 そんなことを少し考えながら、揚げパンを咀嚼していると。


「あっ、お姉ちゃん口元にお砂糖付いちゃってるよ? もー」


 紗夜は微笑みながらそう言って、私の口元のお砂糖を舐めとり、ポケットティッシュで拭ってくれる。

 やっぱり、紗夜は本当に優しい。


「ありがとう。でも、紗夜もついてるよ?」

「えっ、嘘」

「じっとしててね」


 紗夜にさっきされた様に、紗夜の顎を左手でクイと引いて、柔らかそうな唇の端に付いていた白いお砂糖を舌で舐めとる。……うん、甘い。

 そしてつい、誘惑に負けて唇の方も舐めてしまう。


「んっ……」


 少しだけ紗夜の柔らかな感触を唇で味わってから、すぐに離れて。


「ごめんね」

「……もぉ、私は我慢したのに」

「ふふっ、紗夜もする?」


 私がそう聞くと、紗夜はうんと頷いてから、蕩けそうなほど柔らかな唇で私の口を塞ぎ、そしてゆっくりと確かめるように舌が入ってくる。


 もちろん、学校の中でするのはまでと2人の間で決めているので、朝のように舌で口を蹂躙することはなく、舌の先と先を優しく絡め合う程度で留める。


 そんな決まりができた理由は単純で、一度だけではあるが、先生にそれで注意されてしまっているからだ。

 理由を聞いたら風紀を乱すからと言われたけれど、たぶん私たちが姉妹ということを知らなかったのだと思う。


 とはいえ何も知らない人が見れば、カップルと変わりないのだろうし、誤解を招く行動は控えるようになったのだ。


 と、そんなわけで本当はもう少しちゃんとしたいけれど、それは放課後まで我慢ということで、そこそこで止めておく。

 唇を離してから私は紗夜に尋ねた。


「満足、した?」

「うーん、満足は……してない。けど約束だから、放課後までは我慢するね」


 紗夜はそう言って笑った。


 紗夜の笑顔を見ていると嬉しくて、ついこちらまで笑顔になってしまう。


 そんな風に少し笑いあってからまた、途中だった食事を再開する。


 食事を終えるのに掛かる時間は、いつもは大体20分ほどだ。二人とも少食なため、話しながら食べてもそのくらいで済む。

 けれど、今日のようにキスを挟んでしまうと50分くらいかかってしまって、もうあと5分で予鈴が鳴る。


 紗夜と離れなければいけないのは、やっぱり寂しいけれど、こればかりは仕方ない。

 そんなこんなで、出たゴミを片付けて、いつものように紗夜の教室まで送ってから、私は自分の教室へと戻った。

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