神域の画家 III
私たちニアさんに連れられて幻夢街の入り組んだ路地裏を行く。
もうすぐだ、もうすぐ『赤スーツの女』に会える。
仮に話し合いができるような相手ならそれでいい、荒事はなるべく避けたいからな。
だが、話し合いの余地がない相手なら全霊を持ってそこで殺す。
そう考えているうちに、件の『赤スーツの女』の店の前に着く。
意外にもその店構えは普通のどこにでもあるような店だった。
「お邪魔しまーす!」
そう言ってニアさんが入店する。
続くように
中は質素なもので、昔ながらの雑貨店といった感じだ。
今のところ、私の目を引くような異常な物もない。
「あれ?今日は店長さんいないのかな?」
そんなことをニアさんが呟く。
「何時もは、店長さんが居るんですか?」
「そうなんですけどね、店長さんがいない時はバイトの霧子ちゃんが居るはずなんですけど……」
不意に店のシャッターが音をたてながら勢いよく閉まる。
「やぁ、よく来てくれたね、ニア君」
店の奥から不適な女の声が響く。
「店長さん?えっと、シャッター閉まっちゃいましたよ?」
状況がわからないのか、ニアさんはそう店長に告げる。
シャッターを閉めたのはおそらく意図的なことだ、私たちを逃さないために。
店の奥の暗がりから店長と呼ばれた人物が姿を表す。
真っ赤なスーツを着こなし、その側には私と同い年くらいの少女が立っていた。
「では、改めて名乗らせていただこう、私の名は……」
「私の名、ですか。笑わせますね、人の
『赤スーツの女』の言葉を遮り月さんはそう告げる。
その声には強い怒りと嘲笑が込められていた。
「ふむ、貴様は来ないと思ったのだがな、ナイアーラ?」
『赤スーツの女』はそう告げる。
その言葉は私にとって聞き逃せないものだった。
ナイアーラはある神の呼び名の一つだ。
その神こそ最低最悪の邪神にして、全知全能の魔王の息子、すべてを嘲笑うメッセンジャー、這い寄る混沌Nyarlathotep。
「私をその名で呼ぶか不敬者よ」
月さん……Nyarlathotepの空気が変わる。
強い怒りを持ちながら恐怖を感じるほどの冷たい殺意をその身から放つ。
「不敬者ときたか、ナイアーラよ、少々自尊が過ぎるのではないか?」
「貴様!」
咆哮にも似た声が店内に響く、今やこの店内は邪神による戦闘がまさに始まらんとしている!
「どうした?所詮私は虫程度の存在なのだろう?虫の駆除すらできぬのか混沌!」
「いいでしょう、その見え見えの喧嘩、買って差し上げます。代金は貴方の命ですよ!」
そう言い切るとNyarlathotepはその右手を変質させ、そのカギ爪を『赤スーツの女』に振り落とす。
「お前にしては馬鹿正直に動きすぎたな!ナイアーラ!」
『赤スーツの女』は待っていたと言わんばかりに懐から金属製の箱を取り出すと振り落とされたカギ爪に触れさせた。
「輝くトラペゾヘドロンですか、そんなものが何になる!」
「こうするのだよ!」
その声と同時に周囲を眩く同時に暗い光が覆う。
あまりの輝きに私は一瞬目を閉じてしまう。
再び目を開けるとそこにはNyarlathotepの姿はなく『赤スーツの女』だけが立っていた。
「ふ、ふふふ、ふふふ、ハハハ!実に、実に実に愉快だ!愚かだなナイアーラよ!貴様の愚考のおかげでこうも簡単に貴様を封印することが済んだ!これを笑わずしてどうする!」
『赤スーツの女』は嘲笑う。
一頻り笑った後こちらにその目を向けた。
「さて、残るは君達だが、私が用があるのはニア君だけだ」
そう言って『赤スーツの女』はゆっくりと近づいてくる。
状況はわからない、けど限りなくまずい!なら、今しかない!
「ケイト!」
「応よ!」
その一声の元にケイトは即座に銃を『赤スーツの女』に向け引き金を引いた。
その弾丸の弾頭の中には〈ヘルメス・トリスメギストスの
奴が星外の存在なら間違い無く致命の一撃となるだろう。
たとえ、ただの魔術師だろうと、間違いなく致命傷となるはずだ、なるはずなのに……
頭を撃ち抜かれた『赤スーツの女』何事もなかったかのように平然としていた。
『ふむ、〈ヘルメス・トリスメギストスの毒塵〉を使った弾丸か、なかなかのものだが
『赤スーツの女』はそう言い放つ。
「ちょうど良い、この
そういうと『赤スーツの女』の背中に亀裂が入る。
蛹が蝶になるかのように必要なくなったカラダからその真の姿が這い出でる。
「ふぅ、この姿は久しいな」
そうして現れた姿は長い長髪の男だった。
「さて、まだ名乗っていなかったな、我が名は
その男の名を聞いて思わず耳を疑う、何故なら蒼葉夜行は私の遥か昔の先祖だからだ!
「ありえない!蒼葉夜行は遥か昔に行方不明になったはず、仮にそのあと生きていたとしてももう死んでるはずだ!」
「ほう、貴様、蒼葉の人間か?」
夜行の視線がこちらを捉える、その視線はひどく冷たく狂気を帯びていた。
「そうよ、現蒼葉家次女の蒼葉アキルよ!」
「ふむ、ならばアキルよ、そこにいるニアをこちらに受け渡せ、そうすれば貴様とその横にいる娘は見逃してやる」
冷徹な声で夜行はそう告げる。
そんなこと聞かれなくても答えは決まっている。
「嫌よ!彼女は渡さない!」
夜行の目的はわからない、けれどニアさんを渡してしまうのは間違いなく悪手だ。
「そうか、なら……」
夜行が行動を起こそうとする、叩くなら今だ!
「よぐ=そ……⁉︎」
呪文を唱えようとした瞬間体に激痛が走ると同時に吹っ飛び、締まりきったシャッターにケイトとニアさん諸共叩きつけられる。
今の衝撃でケイトとニアさんは気を失ったようでぐったりとしている。
かく言う私も意識こそ残っているものの身体がろくに動かせない。
「〈ヨグ=ソトースのこぶし〉か、その年で使えるのは驚いたが所詮はまだ小娘だな、我の足元にも及ばん。さて、ナイアーラと
そう言い放つと夜行はニアさんを抱えて店の奥へと向かう。
「ま……てッ!」
動かない身体を無理やり動かして夜行を追おうとする。
「なんだ、まだ生きていたか?霧子、そいつらを殺せ」
そう命じられると先ほどまで不動だった生気のない瞳の少女は動き始める。
支配系の魔術で操られているのか?どちらにしろ考えている時間はない!
どうする?ケイトは完全に意識を失ってるし私もろくに動ける状況じゃない!
このままじゃ二人とも殺される!
霧子と呼ばれた少女は隠していたダガーを手に持つと私へと向かってきた。
その刹那、後ろのシャッターが切り裂かれる。
危険に感づいたのか霧子は後方にジャンプして距離を取る。
「お待たせしました!不知火雪奈、参ります!」
切り裂かれたシャッターから雪奈が店内へと侵入する。
「ナイスタイミングよ!けどもう少し早いほうがよかったわ!」
「そんなこと言ってる場合ですか!とにかく安全なところへ!」
クリスがそう叫びながら私とケイトを抱えて店外へと脱出する。
「雪奈!」
「はい!」
「殺すな!」
「ええ、お任せください!」
そうして闇夜に染まる幻夢街の一角で、1人の剣客と1人の傀儡の戦いは始まった。
アキルさん達はどうやら退避できたようだ。
なら私の役目は目の前の少女を倒すだけだ。
獲物は両手のダガーか、それに、この娘相当場馴れしている。
構えに無駄がない、人を殺すのに最適な構えを自然と取っている。
だが、それがどうした。
我が一刀はそれさえ超える。
ただ一刀のうちに決着をつける!
場の空気が張り詰める、先に行動に出たほうが間違いなく不利なこの状況。
その中においてただただ意識を落とす、腰を深く落とし体から力を抜く。
極限の一刀のためにすべてを捧げる。
対する少女は私ではなくアキルさん達に意識が向いている。
これなら確実に決められる。
少女が動く。
狙いはアキルさん達の方。
だけど、そこは私の間合いだ!
極限まで脱力させた体に一気に力を入れる、引き抜かれた刀は音を置き去りにし少女の腹部に打ち当たる、後に少女は吹き飛び店内の棚にその身を叩きつけられ沈黙した。
「峰打ちです。痛いでしょうけど我慢してください」
これにて我が一刀は役目を終えた。
しばらくして雪奈が霧子を担いで店の外に出てくる。
「言われた通り、殺さず無力化しました!」
「さすがね、雪奈、彼女はただ操られていただけなようだから殺さずに済んでよかったわ」
「……それはちょっと怪しいかもですよ?」
「どういうこと?」
「彼女と対面してわかったんですけど、この娘、場馴れしすぎてます。多分何人か
「……そう、けど今はいいわ、それどころじゃないから。とにかく今は屋敷に戻らないと!」
「どういうことです?」
「多分次の狙いは姉さんよ、説明は屋敷に向かいながらするわ!」
夜行の奴はトルネンブラとか言っていたけどようやく思い出した!
音楽神トルネンブラ、稀代の天才音楽家の元に現れこの世ならざる技術を与える代わりに狂気を振りまく音の生命体、どうして今まで思い出せなかったんだ!
おそらく、姉さんは今トルネンブラに取り憑かれている状態なんだ!
それに……
そう思考を巡らせた瞬間、大きな異変が起きた。
大気は震え始め、辺りには奇妙で荘厳な音楽が鳴り響く。
そして亀裂音にも似た大きな音が空から響き、天を見上げる。
空は割れ、その亀裂から沸騰する黒いナニカがこちらに這い出ようとしていた……
「なんなのよ、アレは……!」
——天より飛来せしは原初の混沌、星の最果ての宮殿で微睡む盲目白痴の魔王、万物の王、すべての始まりにして全ての終わり、混沌たる神々の始祖、その神の名はAzathoth、原初の創造神にして大いなる魔王である。
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