神域の画家 II

 ニアさんに案内されて彼女の家の前に着く。

 彼女の後ろに続いて部屋に入る。

「これが私の作品たちです!」

 そう言って彼女が紹介した絵画に、思わず言葉を失う。

 その完成度もそうだが何よりも問題なのは描かれたものだった。

 ——非ユークリッド幾何学的な模様の石造都市の中心で眠る類人的な外見だがタコに似た頭部とそこから生える無数の触手、背中からは細長い羽を生やしたそれは、私の知る一つの存在と結び付けられる。

 暗黒の死の都市で微睡むその存在の名はクトゥルフ、この星の古き支配者である。

 それだけじゃ無い。

 ——巨大な炎の塊、それ自体がまるで生きているかのような生命力を感じさせる絵画は間違いなくクトゥグァだ。

 他にも黄衣の王、邪悪の皇太子ハスター、燃え上がる緑の炎はトゥールスチャか?

 そして、ああ、一番問題なのはこの絵画だ。

 沸騰する混沌、原始の混沌、万物全ての王にして微睡を続ける白痴盲目の魔王、アザトース、その一部を描写したであろう絵画、本来、人が認識することなど不可能な絶対神の絵画さえここにあるのだ。

 まだまだ絵画は無数にある。

 その全てが名状しがたい存在や、古の支配者たち、外なる神々、それらを崇拝する奉仕種族など、普通の人間が知り用の無い存在ばかりだ。

 そしてその全てが今にも動き出しそうなほどの完成度を誇っている。

 常人が見たら正気を失いかねないだろう。

「ね……ねぇ、アキル、これ」

 ケイトが震えた声で呟く、無理もないこんなものを見てまともでいられる方がおかしいのだ。

「大丈夫だ、落ち着いて、しっかりしなさい」

「ええ……ええ、大丈夫、大丈夫よ、ええ……」

 ケイトを落ち着かせる、今、発狂されては困る。

 それより問題なのは無神ニアだ、こいつは間違いなくやばい。

 〈平凡な見せかけ〉で偽装しておいたダガーを手に取る。

 瞬間、後ろから腕を掴まれる。

「おいおい、それは物騒過ぎやしないかい?」

 そう言って私の腕を掴んだのは褐色肌の女性だった。

「あ、ルナさん!どうしたんです?アキルちゃんの手なんて掴んで?」

「いやあね、あんまりにも綺麗な手をしてたから気になっちゃってね、いやあ悪いね!」

 そう言うと月と呼ばれた女は私の手を離した。

「彼女に手を出すようなら殺すよ?」

 離す際に私だけが聞き取れるような小さな声でそう警告する。

「貴方、普通の人間じゃないわね?何もの?」

「さぁな、強いて言えばニアちゃんのファンさ、彼女に危害を加えないんだったらお前たちのも危害を加えないで置いてやるよ」

 そう言うと、パッと表情を変え月はニアの側に移動した。

「?」

 ニアさんは何もわかってないような感じだ。

 どうする?間違いなくあの月とか言う女はニアさん側の人間だ、しかも私の〈平凡な見せかけ〉で偽装したダガーを完全に正しく認識していたことを考えると、魔術師である可能性が高い。

 こいつがニアさんを操って絵画を描かせているのか?

 どっちにしろ非常にまずい状況だ、敵は魔術師、それもかなり強力な魔術師だと推測できる。

 なら、ここで取るべき行動は一つだ。

「えっと、ニアさん、絵はよくわかったので『赤スーツの女』について詳しく教えてもらえるかしら?」

「ああ、そうでしたね、じゃあ今からその人のお店に行きましょうか!」

「ええ、そうしていただけると助かります」

 この場からの安全な逃亡、それが正しい選択だ。

 今ここで戦っても勝てる見込みがない以上、逃げに徹するべきだ。

「あら、じゃあ私もついていっていいかしら?」

「え?月さんも来るんです?」

「ええ、ちょっと気になるからね」

 クソ!こいつ逃さない気か!面倒なことになったぞ、これじゃあ意味がない!

「と言うわけで、私も同行させてもらいますね!」

 そう言って月は私の方に手を置き小さく囁く。

「別にあなた方が変な気を起こさなければ生きて返してあげますよ。まぁ、少しでも賢いのであれば分かりますよね?」

「お前の目的はなんだ?何故彼女に執着する?」

「何故って……さっき言ったでしょう?私は彼女のファンなんですよ」

「どうだか」

「ふふふ、まぁどう思おうと構いませんが、下手な気は起こさない方が身のためですよ?」

「チッ……」

 そうして私たちは月を加えて『赤スーツの女』が経営していると言う画材屋に向かった。

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