第4話
「貴様か、祈り手になりたいという小僧は」
目の前に浮かぶ少女に、凛然とした声音で問い掛けられる。
「えっと、トール、様?の祈り手になりたいのですが……」
「我がトールだが……?」
?
……!
え、あれ?トールって男じゃ?
どう見ても美少女なこの子がトール!?
というか、よく見ると目尻に涙の雫を溜めながらぷるぷると震えている。
『私が説明しましょう』
脳内に直接巫女の姉御の声が響いた。
「よくわかんないですが、お願いします」
『北欧神話には「スリュムの歌」というエピソードがありまして、物語の中でトール様は盗まれた神器を取り返す為に女装をします。その女装した姿は美の女神フレイヤと偽り通せた程に美しかったそうです』
なるほど分からん。
説明を脳内で反芻し、改めてトールの姿を見つめる。
サラサラの透き通るような美しい金髪に華奢な身体、白磁のように白くてすべすべな肌。
目付きだけは鋭いが、それが逆にアクセントとなり、全体的な雰囲気を毅然としたものに保っている。
まあそんな雰囲気も涙目なので台無しなのだが。
「どう見ても美少女なんですが……」
「ふふん」
トールは何故か満足げに頷いた。
「そういうエピソードが有るとして、どうして今女装を……?」
『それは女装がトール様の密かな趣味だからです。一度女装してから癖になってしまったようなのです』
俺が恐る恐る抱いた疑問に対して、巫女の姉御はそう言い切った。
トールは羞恥からか、顔が真っ赤に染まっていく。
女装が、クセに?
え、そんなことってある?
俺を騙そうとしてない?
「ばっ、趣味などではないわ!今日はたまたまあれがあれしてこうなってしまっただけだわ!」
トールはしどろもどろになりながら弁明を図る。
巫女の姉御が儀式を始める前に着替えるから待って欲しいとか言っていたみたいだが、この姿を必死に隠そうとしていたんだな。
「というか、トール様って思っていたより大分お若いんですね」
『そうですね。神話の中にはトール様がウートガルザロキという巨人の元を訪れるエピソードがあるのですが、その時に「老いの擬人化である老婆」と相撲をしても片膝しか付かなかったという話があります。つまり、凄い若作りなんです』
凄い若作りって……。
「確かに、めっちゃ肌綺麗ですね」
「そ、そうか……?」
トールは褒められて満更でもない様子で口元をにまにまと歪ませている。
この神、女装を隠したいのか褒められたいのかどっちなんだ。
なんか面白くなってきたから、もっと褒めてみよう。
「その金髪も宝石かって言うぐらい透き通って輝いてて綺麗ですね」
「うむ、我の妻であるシヴは神々の中で最も美しい髪だったのだが、ロキのクソ野郎に悪戯で髪を切られてしまってな。その時の髪をカツラとして使っておるのだ」
トールは髪を褒められて嬉しいのか、とても誇らしげだ。
俺は人を褒めるのは割と好きだ。
趣味の一つと言っても良い。
トールは感情が隠せないタイプなのか、褒めていて分かりやすいから楽しい。
いや、楽しんでいる場合じゃなかった。
「そういえば、祈り手というものになるにはどうすればいいんですか。というかここって何処なんですか」
「おお、そういえばそうだったな。巫女よ、説明を頼む」
トールは本気で忘れていたらしく巫女の姉御へと話題を振った。
『まずこの場所ですが、有り体に言ってしまうと精神世界のようなものですね。トール様の同意を得て、精神的な繋がりを作りました』
「我、同意しておらぬが……」
『同意、しましたよね』
「う、うむ……」
完全に事後承諾だ……。
巫女の姉御は声だけしか聴こえない状態だが、有無を言わさぬ、いや、「うむ」しか言わさぬ凄みがある。
『祈り手になるというのは神の名声を広める代わりに、神の力の一部を分け与えて貰う契約のことです』
「坊主がバリバリ活躍をして、我が名を高めるということだな」
見た目だけは同い年くらいだから、坊主と呼ばれると違和感凄いな。
「力の一端を頂ける代わりに、神様の名前を広めるんですね。祈り手という位だから、てっきり神様の信徒になる的な意味かと」
「ギブアンドテイクという奴だな。かつて我を信仰していた船乗り達もそうであった」
そういうものなのか。
今までイメージしていた神のイメージよりも人間らしいとでも言えばいいのか。
北欧の神々は意外にも現金な性格をしているのだろうか。
『それでは、トール様と祈り手の契約を結ぶということでよろしいですね。まあ、特にデメリットは無いので契約しておくに越したことはありませんが』
むしろ神側にメリットがあるのかな。
名声を広めることが神の力の源だったりするのだろうか。
「はい。契約って何すれば良いんですか」
俺の問いに、トールは頭を捻る。
「うーむ、昔は互いの指を軽く切って擦り付け合い血を混ぜることで契約の証としていたのだが、最近は衛生の観点からやめたのだ。精神的な結び付きを作れればぶっちゃけ何でも良いのだがな」
精神世界なのだから別に問題なさそうだが……。
『チューとかで良いんじゃ無いですか?面倒ですし』
巫女の姉御、さては飽きてきたな。
「何でも良いのなら握手でどうですか」
「うむ、よかろう」
トールは重たそうな手袋型の防具を外し、手を差し伸べる。
「よろしくお願いします」
俺はその手を取り、しっかりと握手を行う。
見た目にそぐわぬゴツゴツとした男の手であった。
「さて、これで小僧の職業は今より【戦士】となる。敵をばんばん倒して我が名を世界へ轟かせてくれ」
「可能な限り努力します」
『それでは、意識を現実に戻しますね』
「お願いします。それではトール様、本当にありがとうございました」
「うむ。良き戦と冒険を。ところでまだお主の名を聴いておらなかったな。なんという名だ?」
トールの思い出したかのような問いに、意識が薄れ始めた俺は何とか口を開く。
「水月……鏡花と言い……ま……」
意識が沈んでいくことに耐えられない。
疲れ果てて寝る寸前の時のように、呆気なく俺は意識を手放した。
「──巫女よ。──者の名を──良い──」
最後に、そんな声が聴こえたような気がする。
◇ ◇ ◇
「……お目覚めですか」
気が付けば、台座の上で巫女の姉御と手を繋いだ状態で眠っていたようだ。
「はい。なんだか色々とありがとうございました」
「いえいえ、トール様も大変喜ばれておりました」
決して喜んではいないと思うが。
何はともあれ、これで職業という物を得た筈だ。
心なしか力が漲っているような気がしないでもない。
儀式が終了したことで、遠巻きからこちらの様子を伺っていた向日葵が爽やかな笑顔で近寄ってくる。
「やあ鏡花くん、無事に職業を得られたようだね」
「無事って……失敗することなんてあるのか」
「神の不興を買って門前払いされるパターンもあるにはあるからね。特にトールは気難しい神だから」
あんなにチョロそうなのに……?
という台詞が喉元まで出かけたが、なんとか飲み込む。
「まあ、あまり職業を取得できたっていう実感はないけどね」
「それなら、ギルドカードを確認してみよう」
そういえばギルドカードにはステータスが表記されるんだったな。
俺はカードを取り出してみてみる。
────────────
水月 鏡花Lv.1 職業:戦士
生命力15/15 精神力10/10
筋力14
耐久13
敏捷11
魔力8
+技能
状態異常:
能力:強化【F】
────────────
ステータスが全体的に上昇している。
あと、魔力の下の項目が「技能」になってるな。
「この『技能』というところをタップすると、今所有しているスキルが見られるよ」
「へえ」
言われるがまま、技能という部分をタッチしてみる。
────────────
◯技能
・インパクト[任意発動]
鈍器による攻撃の際、精神力を込めることで技の威力を向上させる。
・巨人を撲ち斃す者[常時発動]
巨人殺しのトールの祈り手となった者への加護。大型モンスターと戦闘を行う際、筋力が20%上昇する。
────────────
カードの表示が変わり、二つのスキルが表記された。
任意発動型の「インパクト」、常時発動型の「巨人を撲ち斃す者」か。
「僕もトールの祈り手のスキルを見るのは初めてだけど、使い勝手が良さそうだね。さっそくクエストで試してみよう!」
向日葵はやる気満々といった様子だ。
巫女のお姉さんにもう一度お礼を言い、神殿を後にした。
幼い頃に新しいおもちゃを買ってもらった時のように、なんだかワクワクする。
あまり実感は無いが、せっかく得られた第二の人生だ。
色んなことに挑戦してみるのも悪くない。
最弱認定された強化能力者は今日も少しずつ強くなる 三瀬川 渡 @mitsusegawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。最弱認定された強化能力者は今日も少しずつ強くなるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます