第10話
「はっ、はっ、はっ…どこに行ったの!?シロ…」
薄暗い森の中を難なく、金眼を月明りで光らせながら、しかし焦りを隠しもせず駆ける女がいた。
豊かな胸を切れた息で上下させ、長い金髪をポニーテールにまとめ、褐色の肌を惜しげもなくさらしたような少ない布地の服を汗で濡らしていた。
「あの子、どうして、ドラグレス王国なんかに…!まだ近くにいてもいいはずなのに…!!あんな書置きだけ残してっっ!」
もう女には近くに探している娘の気配も魔力も感じることはできなくなっていた。それは決して焦りで目を曇らせているわけではなく、確かな感覚として彼女に伝わっていた。それだけの実力と経験は積んでいる彼女である。こればかりは疑いようがなかった。
別の任務からの帰宅後、自宅のテーブルの上には『私も早くお姉ちゃんに追いつかないといけないの!だから帝国はさすがに無理だと思うけど、王国ならなんとかできると思うの!待っててね必ず、必ずすごい戦果を挙げて帰ってくるから!』と書かれた手紙があったのだった。
「っ!こうなったら私が行かないと…王国とは言えあの子じゃ、まだあそこの騎士たちとの戦闘はできないっ!!」
彼女は探している少女、妹の実力を本人以上によくわかっていた。
「あの子は焦っていた。それをわかっていたはずなのにっ!やっと実力も上がり始めていたところだったのにっ!我慢させられなかった?いえ、納得させられなかった…」
しかし、その内心までは把握しきれていなかった。いくら肉親とは言え無理からぬことであるが、それでも彼女の中の親愛がそれを許さなかった。自分自身を許せなかった―――
「本来なら私たちのような実力のものが行くのは早すぎる…あそこの国は平気としてみるなら他の国と比べて高い水準とはいえないけど、上のやつらは頭抜けているって何度も教えたのにっ。仕方がない、あまり頼りたくないけどあいつのところで借りてくるしかないか…」
――――――――――――――――――――
翌日女はある男のところに訪れていた。
「なんだい!どうしたんだい!この僕のところに君の方からくるなんて珍しいじゃないかっ!!」
「えぇ、ちょっとね…」
女としてはできればこの男には近づきたくはなかったが、任務であったり向こうから訪ねて来たりと縁のある人物でもあり、頭脳派で知られる彼のもとに訪れたのであった。まぁ、逢いたくない理由は単にやけに自分と接するときはテンションが高すぎて面倒なだけというものであったが…
「? どうしたんだね?らしくないじゃないか。」
「うちのシロが…」
……
………
「なるほどね。シロ君が王国にね…」
「えぇ、そうなの…。だからあなたに折り入って頼みたいことがあって、報酬ならどんなものでも用意するわっ!だからっ!」
女は訪問した理由となったその背景についておおよそを語り、目的であった依頼内容を告げようとするが…
「っ!これは!」
「いいさ、これを持って行きたかったのだろう?これくらい今の僕にとっては安いものさ。」
「いいの?でもこれはあなたが今度の任務で使うために与えられた…」
「おいおい、僕をなんだと思っているのかな?これぐらいのものなら仕組みさえわかれば複製できるさ。ほら、ここにもあるだろ?」
「そのよう、ね…」
男は報酬の話をすっ飛ばして女が求めに来たとある道具を惜しげもなく渡した。もちろん複製が簡単であったこともあったが、それ以上に男にとってこの女の願いならばどんなことでも協力するつもりであった。たとえそれが自らの主君からの任務であったとしても優先するほどに―――
「そういうことなら…ありがとう!これで私も問題なく王国へ向かえるわ!」
「あぁ、気にしないで持って行ってくれたまえ。だが、そうだな、どうしても気が引けるということなら、そうだね、今度お茶にでも――」
お願いにかこつけてあわよくばとお茶に誘う男であったが、すでにそこには女の姿はなく…
「はぁ、まぁいいさ。それにしても王国、ね。これは僕も早く向かった方がいいかもしれないね…」
内心照れ交じりに会話をしていた先とは打って変わって、鋭い目つきで女が出ていった先を見つめる男であった―――
――――――――――――――――――――
「ここが王都ね…。悪趣味な城だわ…。それに人も多い。弱そうなやつらばかり。こんなのばかり群れて反吐が出るわね…」
男から道具を借りた十数日後、ドラグレス王国と呼ばれるそこにはかの女の姿があった。わずか数日でそうとうの距離を移動し、道中妹の魔力の痕跡やわずかに感じることのできる魔力のつながりを頼りに何とか王都までやってきた彼女であったが、そこには疲れなどみじんも感じさせない確かな足取りと絶対に一緒に帰るという強い決心が窺えた。
「数日前に急にシロとの繋がりが薄くなった。きっと騎士共につかまったんだわ。くっ、私がもっと探索系の魔術が得意であれば…」
女は魔術もこなせる実力の持ち主であったがどちらかというと前衛での戦闘を得意としていた。さらに女の周りからも魔術は彼女にとってはおまけ程度の能力と見做されていた。
事実女にはわずかに感じられる繋がりを通してわかるのはきっと王都に妹がいるであろうということが限界であった。
「一体この無駄に広い王都のどこにいるっていうのよ、シロ…」
――――――――――――――――――――
日も沈み街の活気も静まったころ、さらに暗く狭い路地で女に騎士姿の男が一方的になぶられていた。
「言いなさいっ!あなたたちの仲間が小さな女の子を捕らえているわね?どこに隠したのっ!?」
「う、あ、、、しら、、ない…。何、のこと、、だ…」
「~!使えないわねっ!」
「グボッ」
女の拳を腹部に受けて呻いたのを最後にこと切れる騎士姿の男。女はもう用はないと路地の奥に消えていく―――
――――――――――――――――――――
「ダメ、全然話にならないっ!あぁもう!どうしてうまくいかないのっ!」
女は策を練り、術中に嵌めるということが苦手な気性であった。そのためかこういった情報収集能力というものも高くなく、適当なものを捕まえては力任せに、日々募る苛立ちをぶつけるようにすることしかできなかった。
「それにさすがにまずい。やり過ぎたってのは私でもわかる。最近騎士共の数が増えてきたし…。あの程度がいくら増えてもどうでもいいけど、厄介なのがそろそろ出張ってくるかもしれない。一旦潜るしかない…わね…」
さすがに力任せの情報収集では限界があり、王都の警備隊騎士団にも、数日に1、2人くらいは権謀渦巻くこの王都で死傷者として発見される騎士団員もいたが、さすがに何名も死者が出ている以上悪意あるものが騎士団に仕掛けていると、警備の強化をするのは当然のことであった。
「最近はよく勝手に使っているあそこにしばらく隠れるしかなさそうね…。あぁ、シロ…。どこにいるのよ…。うそっ!これはっ!!」
一度勝手に根城にしていた拠点で様子をうかがうことにした女であったが、そのときわずかではあるが確かに繋がっていた妹との魔力の繋がりが完全に途絶えた――
「そんなっ!シロっ!いやぁ!」
もはや、この繋がりが消えたことの意味するところ知らない彼女ではなかった。死んだのだ。妹が。最後の肉親であったシロが。
そして最期にしてやっとそのつながりがどこで途絶えたのかを感じ取ることのできた彼女であった。
「あそこで…、そうあの趣味の悪いあの城の中で逝ったのね、シロ。」
もはや手遅れとなってしまった。届かなかった。もう一度あの笑顔を見たかった。しかしもう何も叶わない―――
「それでもっ。あそこにいるやつらを必ず、必ず血祭りにあげてやるわ。あなたが為せなかった凱旋を私が果たしてあげる…。そうよ、そのためにはもっと力がいるわ。あの場所でもっと力をつけなくちゃいけなくなったわね。」
妹が果たそうとした野望を自身が果たすことによって姉としての最期の役目を果たすことを誓う女。今まで根城にしていた場所でこれまではただ間借りしていただけであったが、今この時から自身のさらなる強化を図る場として利用することを決めたのであった。
その金眼に昏い光を宿して―――
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