第55話〜【選別の瞳】

クリスは油断なくトモがいた辺りを観察しつつ、内心でため息をついていた。


(ああ、なんて惜しい。あの魂の器の存在感、輝き、いずれは私など及びもつかないほどの力を得られたでしょうに……)


運命とは残酷なものだ。


国々をまわり天然の勇者候補を探す任務に出て5年の月日が経つ。


勇者としての資質を持つ者は、実はそれ程少なくはない。


数千人に一人は勇者としての資質を持つ者はいる。


だいたいそれは百の村に一人か二人、十の街に数名はいる計算だ。


しかしこの世界で生まれた勇者候補は、異世界から召喚された勇者には及ばない。


あれらは次元の違う存在だ。


剣の一振りで海が裂け、拳一つで山が吹き飛び、雄叫び一つで空を覆う雲が晴れるのだ。


ただの人同士の戦争を左右する程度の実力しかないクリスでは、一生かけても到達出来ない存在、それが異世界の勇者。


幾千幾億と無限に存在するあらゆる世界から、最高の勇者としての資質を持つ者を選別し、召喚する。


それが帝国が建国当時から行なっている研究と儀式の最大目的。


莫大な魔力と多大なる犠牲をもって数年に一度行われる勇者召喚は、しかし毎回成功するわけではない。


さらに平時に召喚することのできた勇者は、世界規模の危機に召喚された勇者よりも数段以上劣った才覚しか持たないことがほとんどだ。


それでも小国であれば単独で相手取れるまでに成長するのだから存在そのものが馬鹿げているとしか言い表しようがない。


クリスはこの世界で生まれ、才覚を見出された天然ものの勇者だ。


おそらく異世界の勇者さえいなければ、この世界で最も強い勇者と言われていたと自負している。


それほどまでに他の天然ものの勇者候補の中では飛び抜けた実力があったため、こうして勇者を名乗ることができている。


そのクリスですら、帝国に存在する勇者の中では下から二番目でしかない。


そして下から三番目の勇者とは大きな実力の溝が存在するのだ。





クリスにはユニークスキルと呼ばれる、他のスキルとは違った特殊能力を所持している。


それが【選別の瞳】と呼ばれる、相手の魂の器を見ることのできるスキル。


クリスは相手の瞳を通して相手の魂の器を覗き、才覚や可能性を知ることができるのだ。


だからこそ勇者という立場でありながら自由に国々を行き来し、勇者候補を選別することができる。


同時に潜伏する魔王軍や、魔王に連なる者を見つける使命も帯びている。


トモを見た瞬間、今まで見たことないほどの資質を視ることができた。


それは異世界勇者にも匹敵するほどのもの。


しかし同時にその器は魔王のものでもあった。


未完成の勇者の器にまるで模様のようにまとわりつく魔王の香り。


この器が成長する前に殲滅するしかなかった。


そうしなければ最悪の魔王が生まれるところだった。


(ですが、それでも……惜しいことをしました)


トモは、おそらくこの世界で生まれた勇者だ。


クリスと同じ天然ものの勇者。




紅蓮の炎が消えた跡には燃え残った防具の金具の名残りと、少量の灰だけがあった。


クリスはそこから視線を外し、屋敷の方へと戻って行った。

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