第53話〜白髪の勇者?


そこはもう小さな戦場と言えた。


ロズウェル邸の広大な庭には所々に生々しい破壊跡が刻まれている。


ほんの数分程度前までは常冬の街でありながら木々が生い茂り、手入れの行き届いた花壇には花々が咲き乱れていた。


噴水からは凍ることなく水が流れ続け、石畳には汚れ一つなかった。


しかし今では木々には深々とした切り傷が、花壇は所々踏み荒らされ、噴水は縁が砕けて水が溢れ出し、石畳を汚していた。


「さすがです。本物の勇者以外でここまで私の攻撃を耐え抜いた者はいません。もっとも、貴方の場合は全て紙一重で躱わしていたようですが、それでもその技量と何より精神力に敬意を払いましょう」


閃紅の勇者、クリス=A=サリエリ。


そして元殺し屋のトモ。


ほとんどはクリスによるものだが、しかしこれだけの被害を出しながらもトモには目立った傷はなかった。


「しかしいつまでも貴方のお相手をしている訳にも参りません。何分お役目がありますから」


クリスは優しげな風貌を崩すことなく、あくまで自然体で、何もない虚空に向かって腕を差し出した。


「ですから、貴方には私の本当の得物をお見せしましょう」


まるで何もない空間に腕だけが飲み込まれたように消えた。


そして目に見えないだけでそこに何かがあったのだと言わんばかりに引き抜かれた腕の先、手には紅の弓が握られていた。


紅蓮の閃光が辺りを染め上げる。




時はほんの10分ほど巻き戻る。




「ところで後ろの彼は貴方の護衛ですか?相当な腕前だと拝見いたしますが」


「はて、護衛も何も、この部屋には家礼を含め人払いは済ませていますが。…ああ、貴方でしたか」


ロズウェルは振り返ることなく、背後に声をかけた。


「トモ」


一筋の閃光。


澄んだ衝撃の音と共に、ロズウェルの首めがけて振るわれた艶消しの黒ナイフと、クリスの緻密な装飾のなされたミスリルの剣が交差する。


「この子が依頼されていた、例のあの子ですか?」


「ええ。訳あってうちで保護していたのですが、魔王軍の者に洗脳され、今では私の命を狙う殺し屋です」


「なるほど、勇者の血が流れているとは言え、半分だけ。だから判断に困り報告が遅れたとありましたが、この身のこなしはただ者ではありません。護衛というより私兵の殺し屋として教育しましたね?」


「さて、私はただこの子に自身の身を守れるように、護身の一環として鍛えさせただけですよ」


「…そういうことにしておきましょう。しかし白髪、ですか。勇者の血が流れているならばその髪と瞳は全て黒くなるはずですが」


「ああ、保護するまでによほど恐ろしい目に遭ったのでしょうね。私の部下が保護した時にはほとんどの髪が白く染まり、残った黒髪の部分も色が抜け落ちていったそうですよ」


「……。そうですか。この子に何があったのか、貴方がたがこの子に何をしたのかはこの際聞かないことにしましょう。私の任務は勇者候補を保護すること、そして」




「魔王軍に連なるものの殲滅なのですから」



瞬間、クリスの剣先が一瞬前までトモの喉元があった場所を貫く。


クリスはロズウェルと会話しながらも、ロズウェルを挟んでトモと何合にも及ぶナイフと剣の応酬を繰り広げていた。


トモの攻撃を容易くいなすばかりか涼しい顔でロズウェルと会話までする彼女は、たしかに勇者と言えるだけの実力者であることが窺える。


そればかりか先ほどの突きはそれまでの応酬がほんのお遊びでしかなかったと言わんばかりの鋭さを持っていた。


「トモさん。貴方からは確かに勇者としての資質を感じます。これは勇者同士、または勇者の資質を持つ者だけが感じ取れるもの。しかし同時に、貴方からは魔王の香りがします」


クリスはそこで初めて、剣に殺意と魔力を込めた。




「貴方は何者ですか?まさか有り得ないとは思いますが、魔王の縁者ではありませんよね?」




瞬間、屋敷の一部が吹き飛び、そちら側に面していた広大な敷地にも被害が出た。


辛うじて直撃を避けたトモは、吹き飛んだ瓦礫が地に落ちるよりも早く飛び出してきたクリスの攻撃を躱す。


目にも留まらぬ攻撃は一方向で、避け続けるトモは次第に追い詰められていく。


しかし被害は敷地の方が大きい。


木々は切り裂かれ、花壇は踏み荒らされ、衝撃で噴水は砕け散った。


そして場面は冒頭へと繋がる。

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