第52話〜紅閃の勇者

夕方。


日が沈み、ただでさえ低い気温がさらに下がる。


空に雲はかかっていないため、冷たさが街を満たしている。


空は紅い月が姿を消し、代わりに蒼い月と半分の灰色の月が登り始める。


すでに街中に人影は疎らにしかない。


それも次第に消えて行った。




街の中心部、富裕層が住まう地区。


大通りに連なる家々とは比べものにならないほど広大な敷地と立派な屋敷がそびえ立つ。


そんな中でも特に他の屋敷よりも一回りもふた回りも大きな屋敷がある。


3メートルを超える塀が辺りを囲み、門前には門兵だけでなくこの街の衛兵の姿までもが複数あり、巡回する兵は皆厳重な武装をしている。


この屋敷こそロズウェル=ヴァン=カルサバの表の住居である。



カルサバ邸の客間


そこには屋敷の主人であるロズウェルと、室内でありながらも白銀の鎧を纏った人物が相対していた。


客間には他に人影はない。


執事やメイド、家令すらロズウェルは呼ぶまで部屋には来ないよう厳命していた。


そして鎧を纏った人物も部下の一人も連れずにこの屋敷に訪れていた。


「遠路はるばる帝都からようこそいらっしゃいました。まさかこんなにも早くお着きになるとは思いませんでしたよ。それも聖騎士である貴女が」


ロズウェルは和かな表情で、言葉とは裏腹に予定通りだと言わんばかりの態度で、驚いた様子は微塵もない。


「いえ、諸用で隣街まで来ていたものですから、私に白羽の矢が立ったに過ぎませんわ」


一目見て白銀の鎧は相当なレベルの装備だとわかる。


白銀の下地に青のライン、金細工で意匠を凝らされたこの鎧は、パーツの一つを取っても一財産だろう。


さらにロズウェルはその鎧がマジックアイテムであることも見抜いていた。


基本的に刻印は傷付いて元の形が崩れると効果を発揮しなくなってしまうものだが、表面の細工が緻密な魔法陣を描き出している。


自己修復の効果があるのだろうが、それが鎧全体に作用している。


おそらく部分的に破損しても他が無事ならば修復できるはずだ。


材質は見たところ魔力伝導率の高いミスリルを主に使っている。


【自己修復】の術式を装飾で魔法陣の形で作り出し、おそらく裏側には【衝撃吸収】や【硬度上昇】の刻印、さらに鎧一つ一つにエンチャントも施されている。


全て合わせていったいどれ程の価値があることが。


一式で国宝と呼んでも相違あるまい。


たとえ兜一つでも小国で代々国宝の防具として継承していくほどの業物だ。


それを聖騎士とはいえ帝都の外で活動する者に貸し与えているとは。


帝国の盤石かつ万全なる戦力に呆れるべきか、それともそれほどの武具を与えられているこの女性の実力に感嘆するべきか。


「申し訳ありませんが、陛下より承った任務がありますので、あまり時間を取るわけには参りません。要件は手短にお願いします」


本来であれば聖騎士と言えど、一つの街の主とも言えるロズウェルにこのようなことを言えたものではない。


ましてや裏組織の主でもあることは、帝国の情報網を持ってすれば把握していないはずもない。


それでもなお、このような態度が取れるのは、この女性の立場が、ただの聖騎士のものではないからである。


「ええ、分かっておりますとも。帝国聖騎士第十二師団長であり、【閃紅】の二つ名を持つ貴女を長々とお引き止めするわけには参りませんからな」


【閃紅の勇者】。


それこそが彼女の二つ名であり、そのまま読んで字のごとく帝国の勇者である。


名をクリス=A=サリエリ。


帝国の最大戦力の一人である。


「まぁお恥ずかしい。【閃紅】など私には過ぎた二つ名ですわ。私は師団長といっても末席ですもの」


そして見るものを安心させるような柔和な笑みを浮かべた彼女は、澄んだ青い瞳をロズウェルの背後に向けた。


「ところで後ろの彼は貴方の護衛ですか?相当な腕前だと拝見いたしますが」

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