第32話〜【十戒】

氷漬けの通路にはトモ、男、少女の3人。


少女は激昂しているが、無傷なトモと平然と氷の檻から脱出してきた男を相手に突っ込んでくるほど無謀ではないようだった。


そして男もトモが神獣をけしかけたものと勘違いしているためか様子見の態度だ。


トモは冷静になってなぜ男のように凍らされていないのかを考えていた。


なんやかんやひと時の停滞。


側から見たら三竦みのこの状況を破ったのは第三者、いや第四者だった。


男の背後、際ほど出てきた部屋の方から全身を拘束具に包まれた男が音も無くやってくる。


足枷があるためか両足跳びで跳ねながら移動してきたのだが、外見の不気味さに動きのコミカルさが合わさって奇妙な存在に成り果てている。


「お疲れさん、早かったな」


「ええ、ランドルフ以外は大したことありませんでしたよ。ところでこれはどう言った状況です?」


声はとても普通だった。


というか猿轡のようなもので覆われている筈なのに普通に聞こえることが違和感だった。


「ああ、状況を客観的にも簡単に伝わるように言うなら、手間暇かけるのはやっぱ性に合わねぇ、出たとこ勝負最強、かな」


「なるほど、つまり我々が態々この街の上層部や闇組織に根回しや取引するまでもなく、直接本人たちを攫った方が手っ取り早かった、ということですか」


「その通りだ」


殺気立った神獣の少女を前にして、なおこの余裕。


というか拘束具の人が普通に有能な人の気配を漂わせていた。


トモはとりあえず頭を切り替える。


そして会話の端々から推測していき、この男たちの目的は最初からトモとこの神獣の少女であるという結論に達した。


「ってわけで拘束しろ、【十戒】」


「了解です、隊長」


十戒、おそらく二つ名と思しき呼び名で呼ばれた拘束具の男は、両足を拘束する鎖に歩幅を制限されながらも隊長と呼ばれた男の前に出る。


神獣の少女は警戒した様子で十戒を睨む。


そして先手必勝とばかりに氷の礫を複数生成し弾幕の如く放った。


一つ一つの大きさが拳ほどもある礫が数十。


普通の魔法使いならは氷の礫を同時に5個生成できれば一人前、10個を超えて実戦で使えれば文句なしの一流である。


数十の礫をほとんど時間をかけずに生成し、十分殺傷力のある状態で打ちだせる時点で相当な実力であることが窺えた。


しかし氷の礫は悉く十戒の全身に巻き付いていた鎖によって叩き落とされていく。


まるで意思を持っているかの如く自在に動く鎖の本数は4。


それが鉄壁の守りとなって本人とその後ろの隊長を護る。


「くっ」


神獣の少女は弾幕掃射を何度か繰り返し、それが全く通じていないことに気付くと前へと走り出した。


そして壁や天井なども使って縦横無尽に鎖のガードをくぐり抜け、本人へと拳を叩きつける。


鈍い音とともに軽い衝撃が通路に響くが、拳は拘束具から伸びる複数のベルトによって受け止められていた。


鎖もベルトもまるで生き物のような動きでそれぞれが別々の動きをしており、まるで複数の蛇が蠢いているように見える。


少女は拘束しようとしてきた鎖とベルトの包囲を伏せるようにしゃがむことで回避し、再び元の位置まで後退した。

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