第29話〜三食昼寝付きペット可

さて、少し時間を潰すとしてどうしたものか。


ユキは鞄の中で寝ているし、食事はすでに済ませてある。


イライラしている時には甘い物を差し出すといいのは女性限定だろうか。


とりあえずお偉いさんに遭遇してなぜここにいるのかを問われても面倒だ。


一度この区画から出てしまおう、


「どこにいくんだい?」


「!」


トモは耳元で囁かれた声に驚き、とっさに袖口から出したナイフを振るっていた。


艶消しされた黒い刀身はこのやや薄暗い通路では黒い手袋と相まって避けづらい。


実際夕暮れ時にこのナイフで仕留められなかったことはない。


トモがしまった、と思った時にはすでに遅い。


反射的に身体が反応してしまったとはいえ、ここはこの街の上層部も利用する機密区画。


万が一があった場合処分は免れないだろう。


しかし焦ってもいきなり腕を止めることはできず、ナイフの切っ先は吸い込まれるようにトモの背後にいた男の喉笛を切り裂く


「いきなりご挨拶だな」


ことなく、難なく刀身を右手の指先で摘むように受け止められた。


ついでにナイフと同時に腕をふるった遠心力で飛び出した毒針は顔を逸らすことで避けられ、時間差でもう片方の手から打ち出された指弾は男の服に当たると同時に威力を失って地面に落下した。


「さすがは【 】の子孫なだけある。しかしあまりレベルは高くないみたいだね。人間ばかりでモンスターは倒して来なかったみたいだし、人間にしてもほとんど止めは差すなって命令されていたらしいし」


トモは摘まれたナイフを手放し、ステップで距離を取る。


妙な危機感が背筋を走り抜けた。


そして身体の内側を覗き込まれるような強い不快感も。


よく見れば相手は先ほど部屋にいた男だった。


「まったく、あの流れでまさかそのまま退室されるなんて考えてもいなかったよ。君は空気が読めないんだね。KYってやつだ」


失礼な男だった。


ケーワイと言うのが何かは分からないが、褒め言葉でないことくらいは分かった。


「それにしても君のその【 】は随分な念の入りようだね。【スキル封印】【能力封印】【恩恵封印】、【ステータス低下】【能力制限】【隷属化】【命令服従】【記憶剥奪】…他にも挙げていけばきりがないな。しかも視たところ【認識阻害】のせいで特定の言葉や現象が認識できなくなってるな。言葉を【 】のもそのせいかな?いや、これは…」


男はブツブツと話しながらトモのことを観察するように、奥深くまで見透かすようにこちらを視ている。


そしていきなりトモの首に向かって無造作に手を伸ばしてきた。


「その【 】や【 】が君の【 】としての力も何もかもを封印しているみたいだね。しかもよく視たらその喉の傷、もしかして【 】を使うこともできないように潰されたのかい?」


喉の傷?


なんのことだろうとトモは手を喉元に伸ばそうとして、なぜかその手は胸の高さ以上には上がらなくなった。


まるで見えない何かに抑え込まれているかのように。


「どうやら認識できないだけでなく、行動に制限もかけられているね。よくもまぁここまでのことをされていて生きてこられたものだ。いや、むしろ【 】されていてなおこれだけの力を発揮してしまうから、殺し屋なんていつ死ぬかも分からない仕事を押し付けられていたのかな?なるほど、あいつらは直接害することは、君に手を出すことも命令することも出来ないわけか」


…話が長い。


しかも要所要所で不自然に言葉がボヤけてうまく聞こえないし、何故かこの男の言葉は頭からどんどんすり抜けていってしまう気がする。


「さすがに拠点に連れて行かないとこれらは解除できそうにないなぁ。しかし【 】のせいでこの街を離れることができないみたいだし……。いや、これだけ何重にも重ねられていてなお無意識に抵抗できているならばトモ君自身に解かせればいいのかな?」


男は独り言なのかこちらに語りかけているのか分からない口調で延々と話していたが、不意に言葉を切ると、


「ねぇトモ君、うちに来ないかい?今なら三食昼寝付きでペットを飼う許可も付いてくるよ?」

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