第26話〜神獣

地下施設3-57地点。


地下空間とは思えない程に広く、豪華な調度品に満たされたその空間は、薄暗く無機質な地下通路と扉を隔てただけだとは信じられないほどに対照的だ。


ここは街の上流階層の中でも特別な者の為だけに用意された部屋。


裏表共に実質この街を支配している者のみがこの部屋の主人として君臨することができるのだ。


この街を治める貴族ですら、この部屋を訪れる時は腰を低くし、格上に対する礼を尽くす。


それはこの街の成り立ちにも繋がる、ある理由があるのだが…。




部屋には七人の男たちがいた。


そのうち華美な装飾のなされた椅子に座っているのは2人。


片方はこの部屋の主人であり、闇ギルド【宵闇の瞳】の幹部ランドルフ=イゴール。


そして対面に腰掛けているのは、顔を含めた全身を拘束具に包まれた異様な男を護衛に付けた男。


「遠路はるばるようこそおいで下さいました。それで、本日はどのようなご用件でしょう。ご存知の通り、今この街の上層部は荒れに荒れていましてね。一旦、取引は全面的に禁じているのですよ。外部のお得意様にも待っていただいている状態でして」


ランドルフはあくまで表面上は丁寧に、しかし瞳の奥には狡猾な光を宿しながら、わざとらしく肩をすくめてみせる。


だがその心中は穏やかではない。


最大限の警戒心を抱きながら、たった1人の護衛しか付けていないこの男と対峙する。


外見的な特徴で言えば黒髪黒目で中肉中背、瞳孔や耳など基本的な部位には人間としての特徴しか見られないので、おそらくは人間なのだろう。


顔の堀がやや浅くまだ成人して間もないようにも見えるが、闇ギルドの幹部としての勘が目の前の男相手に一瞬でも気を緩めるなと警鐘を鳴らす。


何より、¨黒髪黒目¨というのが、まずい。


ランドルフの護衛達は皆異様な見た目の護衛の方ばかりを警戒しているようだが、危険度は目の前の男の方が数段高いと看破していた。


四人の護衛達も元Bランク冒険者や名のある殺し屋など実力のある者達だが、それでも安心することは出来なかった。


「まどろっこしいことは無しにしようよ、ランドルフさん。こっちはボスからの命令でね。【神獣】を連れて来いって言われてるんだ」


【神獣】。


そう言った瞬間に、部屋の空気がピンと張り詰めたように緊張する。


「神獣、ですか。それはまたご大層な。しかしいくら我々【宵闇の瞳】でも神獣は取り扱ってはおりませんなぁ」


この街で神獣と言えばとある一頭、いや一柱を指す。


その存在はもはや禁忌とも言えるものだ。


上層部はおろか闇ギルドですら本来であれば不干渉を貫く存在。


しかし今はそれが揺らいでいる。


それは現在この街で起こっている勢力争いにも関係していることだ。


「それはまだ、の間違いでしょう。そちらの猟犬が幼い獣を飼い始めたって話は有名ですよ」


「いやはや随分と良い耳をお持ちのようで。しかし飼い始めたとは人聞きの悪い。保護した、というのが正確な所ですな。ですから商品としては扱ってはいないのですよ」


ランドルフは内心の動揺を一切外に漏らさず、それどころか微笑みすらない浮かべて言った。


男の口ぶりからして、まだあの組織は神獣なんてどうでもいい存在にしか気付いていない。


正体に気づかれていれば、この街どころか、国が揺らぎかねない大問題については把握していないようだった。

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