第15話〜トレントとリンガ
床に転がった赤い果実。
名前をリンガという。
この街の周りでは作物は育たない。
しかしこの街には多種多様な果物がある。
それはこの街の南地区にある巨大な施設が関係している。
その中ではとある魔物、モンスターが飼育されていた。
そのモンスターの名前はトレント。
樹木に擬態して獲物を襲う、動きは遅いが自立して移動することもできる、厄介なモンスターだ。
しかしかつて勇者と共に異世界から召喚された賢者が品種改良の概念をもたらしてからは、見つけたら即討伐、薪か少し丈夫な建材に使う以外に用途のなかったトレントを見る目が変わった。
トレントは土があり、樹木の育つ環境であればどこにでもいる。
そして周囲の木々と同じように擬態する。
そしてここでポイントとなるのが【擬態】である。
これはトレントの持つ【スキル】に当たる。
そして【擬態】はその言葉とは裏腹に本物とほぼ同じに自分自身を作り替える能力であるということが分かったのだ。
つまり果樹に擬態すれば、その果樹から採れる果実もトレントは擬態する。
そして果樹に擬態したトレントからは果実が採れるようになるのだ。
驚くべきことに、花粉などの交配を用いなくても本物とほぼ同じ果実を実らせた。
さすがに果実から採れた種子は発芽しなかったが。
そのことが判明してからはどの国もトレントの品種改良に積極的になり、今では一定に保たれた環境下では常に実を付けるトレントが生み出されるようになった。
もっともいくら品種改良によって無害な金の卵のなる樹となったトレントも、教会や国家間の取り決めでモンスターの交配や意図した増殖、取引は固く禁じられている。
そのため野生のトレントを捕獲し、長い時間をかけて変化させていくしか方法がなく、またトレントもモンスターであるため一定以上に成長してしまえば進化してしまう恐れがあった。
一定期間が経過したトレントからは魔石を取り出し、枯らしてしまわないといけない……
トモは読んでいた【トレントの品種改良の歴史と流れ】というタイトルの本を閉じた。
そして籠からこぼれ落ちたリンガにじゃれつくユキを優しく抱き上げる。
食べ物で遊んではいけない。
ユキは転がるリンガを見て未練がましくウズウズとしている。
時は少し遡り吹雪の真っ只中。
夫婦が届けてくれた中には新鮮な果物や野菜もあった。
ユキはリンガがいたく気に入った様子だった。
トモは時間を潰すために借りてきた本を読み、ユキは暇をもて余してごろごろしている。
拾ってきたばかりの頃に比べて、だいぶユキは隙を見せるようになった。
トモの前ではこうして柔らかな毛並みの腹を見せて横になるほどだ。
しかしまだユキはトモからは離れることができない。
一人きりにはなれない。
他に生き物が近くにいれば常に気を張っている。
トモは優しくユキを撫でる。
ユキは無言で目を細めている。
外では吹雪が吹き荒れているが、ここだけは静かに時が流れていた。
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