第13話 夜中に、齋藤さんと一緒にお出かけ
私は正面にいる齋藤さんを見つめる。
まさか玄関前で出会うとは思ってもいなかった。齋藤さんもそう思っていたのだろう。目を丸くしている。
「こ、こんばんは、山本さん」
「こ、こんばんは、齋藤さん」
お互い、なんだかぎこちない挨拶をかわした。そして訪れる沈黙。うぅ、気まずい。私は必死に会話の糸口を探す。齋藤さんはカバンを背負っている。片手には紙袋を持っていて、その紙袋からは、いくつもの花が顔を覗かせていた。彼の仕事場、お花屋さんから持ち帰ったものかな。
オレンジやピンクなど、キレイな花の色に目が止まる。
何だか気持ちが躍る。
齋藤さん、この花を使って、フラワーアレンジメントを作ったりするのかな。
そう思うと、ちょっと好奇心が湧いてくる。作るとこ、見てみたいなぁ。
「山本さん?」
「はっ、はい!?」
不意に呼びかけられ、慌てて視線を齋藤さんの顔に戻した。
あれ? どうしたんだろ。何だか少し照れている?
「えっと、じーっとこっちを見て動かないままなので、ど、どうしたんだろ、と思って、あはは」
「えっ? あっ――」
そう言われて、急に恥ずかしくなる。
私は、一体何を考えてんの。
「あっ、ご、ごめんなさい! いや、あのね! えっと……、そ、そう! お、お花!」
「えっ? 花、ですか?」
「う、うん! その、齋藤さん、またキレイなお花をお持ち帰りしているなあって」
「あっ、ああ! これですね」
齋藤さんが片手に持っている紙袋を胸の高さに掲げた。私の視線の高さで、キレイな花々が小刻みに揺れる。
「仕事終わりに、またちょっとお願いしてもらいました」
「えっと、家でフラワーアレンジメントを作る練習用にですかね?」
「はい、そんなとこです」
彼が優しく微笑む。なんだかとても楽しそう。見ている私もそんな気分になる。彼のなかではきっと、どんな作品ができあがるのか、イメージできているんだろうなあ。そう思うと……、また気持ちがざわつく。だ、だめだめ。作るとこ見てみたいけど、そこはがまんしなきゃ。見たいって言えるわけがない。そんなの恥ずかしいし。
「山本さん」
「は、はい!」
私の驚いた返事に、齋藤さんがちょっと戸惑う。し、しまった! なんでビックリするのよ私は!?
齋藤さんが苦笑する。でもすぐに気さくな笑みを浮かべながら話しかけてくれた。
「その、山本さんは今からどこかにいくんですか?」
えっ? わ、私? どこに行くって……、あっ。
片手に持っている財布を見て思い出す。
そうだ、私、便箋を買いに行かなきゃ。齋藤さんにそう話そうとして、思いとどまる。何だか恥ずかしかった。だって買った便箋の行き着く先は、今目の前にいる彼のとこだから。
「ちょ、ちょっと買い物に」
私は少し早口で短く告げた。
「買い物、ですか? えっと、今って……」
齋藤さんがチラッと腕時計をみる。私もついつられて、スマホを取りだす。時刻は――、わわっ!? もう夜の8時半を過ぎていた。急がないと。
「えっと、齋藤さん、帰りに呼び止めてごめんなさい。じゃあ、私はこのへんで」
「えっ? あっ、はい」
齋藤さんの返事を聞いた後、私は階段を降りていく。
「あっ、や、山本さん!」
「いっ!? は、はい!」
階段を少し降りたところで、齋藤さんに急に呼び止められた。私は慌てて振り返る。
齋藤さんは、なんだか落ち着かない様子で話しかけてきた。
「そ、その、どこに出かけるんですかね?」
「えっ? えっと、その、ここから近くのコンビニです」
「そ、そうですか」
「はい」
その後、齋藤さんは口を閉じてしまった。 一体なんだろう? 少し気になりつつも、私は軽く頭を下げ、再び階段を降りていこうとした。
早く便箋を買って帰らないと。
「やっ、山本さん!!」
ひゃっ!? な、なに!?
齋藤さんのちょっと張りのある大きめの声。私はまた呼び止められた。ちょっと気持ちが焦る。もう! こっちは急ぎたいのに!
齋藤さんの方へ振り返る。
「えっ、えっとなんです?」
「あっ、いやその……」
齋藤さんは、何だか戸惑っているみたい。もう……、一体何なの?
私は思わず、怪訝な顔をする。
「す、すみません、何度も呼び止めてしまって。えっと、なんというか……」
齋藤さんは口ごもる。
うぅ~、もう! なに?
「あの、何もないのなら、私ちょっと急ぎたいというか……」
「そ、そうですよね! す、すみません」
齋藤さんが、申し訳なさそうな表情を浮かべる。うっ、なんだかちょっと罪悪感が……。ちょっと強く言い過ぎたかも……。で、でも、急ぎたいし。う、うん、ここは私もちょっと軽く謝ってから、行こう。
「えっと、齋藤さ――」
「山本さん!」
「ひゃっ!? は、はい!?」
齋藤さんに声をかけようとしたら、彼の勢いある声に打ち消された。私は、慌てて返事を返す。すると彼が、ちょっと緊張しながらも、真っ直ぐな瞳で私を見つめる。
私は思わず身構える。
い、一体なに?
彼が決心したかのように、口を開いた。
「僕も、一緒に行っていいですか!」
「――、えっ?」
突然のことに頭がおいつかなかった。
一緒に行く? 誰と? どこに? ……、!? わ、私と!? えっ!? な、なんで!?
「だ、だめですかね! いやその! だめなら全然いいです! 断って頂いても!」
「い、いえいえっ!? だ、だめじゃないですよ!? 全然大丈夫!!」
そう言ってしまって、はっとする。いやいやいや!? やっぱり一緒にいくのは困るじゃん!! だっ、だって私は! コンビニで、齋藤さんに渡すための便箋を買いに行くんだから! や、やっぱり断らないと!
「そうですか!! すみません! 勝手な事を言って!」
「いや、あの」
「すぐ荷物置いてくるんで、ちょっと待っていてくださいね!」
「ええっ!? さ、齋藤さ――」
時すでに遅し。齋藤さんは急いで自分の部屋に入っていった。
やばい! やばいよ!! どうしよう!? 私、便箋を買わなきゃいけないのに! これじゃあ、齋藤さんにバレるよね!? その、買った便箋を誰に渡すかっていうことがさ!?
顔が熱くなる。
ど、どうしよ!? どうしたら良いのおおおー!?
そんなことを考えていたら、すぐに出てきた齋藤さん。「お持たせしました」と小声で、ちょっと照れくさそうに言う彼。
もう、断れない。
「いえいえ……」私は小声で、ちょっとうつむき気味に呟く。どうか、顔が赤くなっていませんように……。
私は、彼と一緒に階段を降りていき、近くのコンビニへ向かった。
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