第12話 隣人同士の再会

 夜中の7時過ぎ、私は自宅のリビングで一息ついていた。


「ほんと、今日は疲れた……」


 美羽ちゃんが仕事の合間に隙を見つけては、「せんぱ~い」と可愛らしい猫なで声を発しながら、私に迫ってくるし。美羽ちゃんの瞳はらんらんと輝いていて、詮索する気満って感じだった。


「はあ~、何とか切り抜けたものの……」


 美羽ちゃんが小声で『穂乃花さんに相談しよっかなぁ~』と意地悪くも、楽し気に呟いていたのがすごく気になる……。うん、穂乃花さんを味方に付けて絶対に聞き出す気だよ。美羽ちゃんはこういうことに目ざといからなぁ~。


「こういうこと、か」


 視線が、リビングのテーブルに置いてある小包に吸い寄せられる。水色のシンプルな包装紙でキレイにラッピングされた小包。私が自宅で、丁寧にラッピングしたものだ。中には、齋藤さんにプレゼントするポプリが入っている。


 そっと両手で持ち上げる。


 セロハンテープの継ぎ目はキレイかな……、うん、良し。

 どこも破れてないかな……、うん、良し。


「って、何回確認してるの、私は」


 つい自分に、ツッコミを入れてしまった。もう5回は確認しているかも。特に問題はないんだけど、……でもやっぱり気になる。


 ちょっと包装紙をシンプルにし過ぎたかなぁ。もっと華やかというか、可愛らしいデザインにすれば良かったかも。いやでも、それは渡す相手が女性だったらいいかもけど、男性にはちょっと受けが良くないかもだし……。う~ん、でも齋藤さんお花屋で働いているって言ってたよね……。だったら、可愛らしい花柄のデザインでも良かったんじゃ――。


 大いに悩み出した自分に思わず苦笑する。


「あ~、もう! だめだめ、今さら考えてもしょうがないでしょ! いいの、このシンプルな水色で。だって、この色は――」


 齋藤さんがくれた便箋と同じ色。


 きっと、彼が好きな色だと思うから。

 それに大事なのは、中身でしょ。


「齋藤さん……、喜んでくれるかな」


 彼の表情を想像してみる。恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑っている無邪気な彼。


(ちょっと先輩にやけ顔になってますよ~)


 ビクッ!?


 美羽ちゃんの言葉が脳裏によぎり、思わず両肩が跳ねた。


 ち、違う。こ、これは、そういうことじゃなくて。美羽ちゃんが思ってるような、こ、恋バナ的なものでなくて――。


 冷静になろうとしてるのに、耳が熱を帯びていく。なんだか頬も。


「あ~、もう違うから! 純粋に渡したい気持ちだけなんだから!」


 自分に強く言い聞かせ、勢いよく立ち上がった。小包をそっと手に掲とる。そして、すたすたと玄関の方へ向かう。


 後はこのポプリが入った小包を、齋藤さんの部屋の郵便受けに入れるだけなの!


 部屋のドアに手をかけ、開けようとした。


 ん? あれ? ちょっと…………、待って。


 私はドアに手をかけたまま動きを止める。そして、考える。


 えっとさ……、齋藤さんの郵便受けに入れるのは良いとして…………、この小包、私が入れたのって分かるかな。


 改めて小包を見つめる。シンプルな包装紙にくるまれたもの。差出人の『さ』の字もない、謎のプレゼント。


 これは……、ちょっとまずいかも。


 私だったら、怖いというか、不気味で開けられない。というか、受け取れないかも。どうしよ……、包装紙の上に私の名前を書く? それで、中身が何かも書いて……って、そんな不格好なことできないっ! はっ! そうだ、付せんに書いて、上からペタッと貼っておけば――、いやそれも何か印象が良くないよっ! せっかく一生懸命ポプリ作ったのに! じゃ、じゃあどうすれば……、直接、齋藤さんの部屋を訪ねて渡す? いやいやいや‼ それは私が恥ずかしくて無理というか!? 


「うぅ~、どうしよう……」


 小包に目を向ける。包装紙の、キレイな水色をただじっと見つめてしまう。


 ……、……あっ、手紙。


 齋藤さんがくれた便箋を思い出した。


 そうだ、そうだよ、手紙。これなら、私からのプレゼントって分かる。それに私はまだ、齋藤さんに手紙の返事をしていない。


 ポケットからスマホを取り出す。もうすぐ、8時になろうとしていた。


 もう夜遅い。でも、今日渡したい。


 私は、リビングに引き返す。テーブルの上に小包を置き、お財布を手にする。


 近くのコンビニに行こう。便箋が置いてあれば良いけど。置いてあればもう何でも良い。手紙を書く時間が少しでもほしいから。


「よしっ!」


 私は決意を新たに、玄関のドアを掴む。そして、勢いよく開けた。


「えっ!?」


 おもわず声が飛び出す。だって――。


 私の声に振り向く彼。


「えっ? 山本さん?」


 部屋のドアを開けた玄関先で、私は齋藤さんとばったり再会してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る