第10話 優しい手紙

 なんだか嬉しいような、恥ずかしいような。

 部屋のリビングのテーブルで、便箋を見つめていた。薄い水色のシンプルなもの。


「な、なにが書いてあるんだろ?」


 なんだが変に緊張してきた。


「えっと……、あっ、ポプリを作るって約束していたから、まさかそれの催促とか……? いやいや、齋藤さんはそんなことする感じの人じゃないし。う~ん……、あっ!? も、もしかしてポプリは作らなくていい、とか!? やっぱりいらないです、って……。いやいや!? そっ、そんなことはないよ!? だ、だって、齋藤さん、すごく嬉しそうにしてくれていたし! た、楽しみにしています、って言ってたし!! って、あ~もう! な、なにを言ってるの私は!? 落ち着いて! 落ち着いて!」


 深呼吸、深呼吸しよう。まずは落ち着いて。

 リビングのテーブルのイスに座りながら、家の空気を深く吸い込んだ時だった。


「あっ」


 良い香り。


 甘い花の香りを感じた。

 おもむろに首を横にひねり、キッチンカウンターへ視線を向ける。

 100均で購入した木製のザルがいくつも並べてある。インテリアとしてはちょっと不格好。でもそのザルの上には、花びらが沢山ちりばめられている。


「まだほのかに香るもんだなあ~。よいしょっと」


 キッチンカウンターにめいいっぱい手を伸ばす。ザルのひとつを取り、目の前に持ってきた。

 花びらをそっとつかむ。少し持ち上げて離すと、パラパラと、一枚一枚落ちていく。

 齋藤さんから受けとった沢山の花びら。この1週間、花びらを乾燥させるため、朝は仕事に出かける前にベランダに出して、夜帰宅したら家の中に取り込むことを繰り返していた。もうしっかり乾燥していて、後はアロマオイルやエッセンシャルオイルを馴染ませてあげて、1週間くらいたてば手作りポプリの完成だ。

 すごく楽しみ。

 花のおかげで、気持ちがなんだか軽くなった気がした。

 便箋をまた見つめる。


「もう……、なにをしているんだか」


 開けてみない事には始まらない。

 少し苦笑しながら、便箋の封を開ける。

 中には折り畳まれた手紙。少し緊張しながら開く。

 手紙の最初は、1週間前の再会について書いてあった。

 驚かせてしまった事のお詫びから始まり、まさか隣人だったことに驚いたこと。そして、これからもよろしくお願いします、と丁寧につづられていた。


 そこからは―。


「うん……、ふふっ。なんだか齋藤さんらしい」

 

 思わず笑いがこぼれる。

 分かりやすく書かれたポプリの作り方。花びらを乾燥させた後の手順が、手書きのイラストを添えて書かれている。シンプルだけど、可愛らしい花の絵がいくつも。ポプリの完成イメージが、温かみのある印象ですごく伝わってくる。彼の優しいところも。

 もう一度、目の前にある花びらを優しくつかむ。

 ちょうど花びらの乾燥を終えて、次のステップに移るタイミングでの手紙。

 この1週間、私のことを思ってくれていたのかな。

 そんなことを思って、顔が熱くなる。

 そ、そういうことじゃない。さ、齋藤さんは、良いポ、ポプリを作ってほしいって思ってたから、ただ純粋に手紙書いただけ。ただそれだけ。お花が大好きな人なんだから。……でも。

 ポプリの完成をイメージする。

 齋藤さんの嬉しそうな表情が浮かぶ。

 きっと良いものが出来る。

 

「早く渡したいなぁ」


 なんだか嬉しいような、恥ずかしいような。

 緩んだ口元で、そう呟いていた。

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