4-4.俎上にて

 ハンスはその様子をただ見つめている。

実体を成した<中位精霊>というだけでも驚く事態だが、それを相手が司る<火>の領域で討つ事に理解が追いついていなかった。

グランは黙って燃え盛る炎を見据え、やがて視線を外してハンスの方へ振り返り、右手で持った剣をハンスに向け、言葉を投げる。

「…なぁ、ハンス。剣の光が消えないんだけど…どう思う?コレ。」

グランの言葉を受け、ハンスはまだ赤い輝きを放ち、帯びるその剣に目をやり思考した。

<ファイアブランド>は名の通り<火>の石晶剣、つまりその光は<火のエーテル>に反応しているもの。



「…反動と逆流のせいだ!精霊から開放され行き場を失った<火のエーテル>が柱に向かって流れ込んでくる!!」

ハンスは思考を巡らせ、結論を叫んだ途端、今は燃え盛る残り火となった<火精走魚>の残骸が突如として爆散し、四方八方へと飛び散っていく。

「…わ、悪い。そこまでは考えてなかった。と、とにかく、ずらかるぞ!」

グランはその様を見ては少し申し訳なさそうな顔をしながら、2人は急ぎその場を調整器のある堀へと駆け込む。

しかし、<火精走魚>の残滓は容赦なく周囲を焼き尽くし、散らばる晶石、トロッコ、監視櫓、天井、あらゆる物へと炎が飛び移っては爆ぜていく。

堀までの距離は僅かであったが、ハンスは水の結界を作り出した疲労が出だしたか、足をもつれさせ膝を付く。

「ハンスッ!!」

爆発と崩壊の中、グランは振り返り、倒れ込んだハンスの腕を掴むが 轟音と共に監視櫓の足場が崩れこちらへと傾いでいく。

グランは咄嵯の判断でハンスの腕を引っ張り振り回すと、ハンスを堀へと放り投げた。

宙に浮いたハンスは視界の端にグランを捉え、声を上げようとするが、崩れ行く櫓の音に掻き消されてしまう。

そして、グランは崩れる櫓の柱や瓦礫に埋もれてしまった。


―――


―――ごめん、ごめんよ…


すすり泣く声と頬に当たる水滴でグランは意識を取り戻した。

まぶたを開け、視界に入るのは何度も何度も顔を拭いながら謝罪を繰り返すハンス。

「何度と回復魔法をかけたけど、ボクの力じゃキズが治せない…」

「まぁ、効かない体質だからな…」

「せめて心臓が動いてくれていれば…上位聖僧に診て貰える可能性もできたのに…」

「まぁ、そもそも無いからな…」

「死者蘇生なんてボクの力では到底…」

「だから、死んでないっての…」

「…えっ?」

ハンスは涙に濡れた目を大きく開き、グランの顔を見る。

その表情にグランは襟巻き越しに苦笑いを浮かべ、溜息を吐きながら周囲を見渡し起き上がる。


どうやらハンスは無事、堀の下で難を逃れ、その後に自分を瓦礫の中から引き摺りだしてくれたらしい。

自身の血で地面に引かれた赤い線と辛うじてツナギの中で肉体として繋がっている左腕を見れば察する事ができる。

ツナギの前を開け、叩き潰された左腕を引き抜く。

腕には金属製の小手が装着されていたが、それすらも潰れている。

ハンスは痛々しい傷口を見ないように目を背けるが、グランは気に留める事もなく、小手を外していく。

ずるりと引き抜かれた腕はドス黒く変色しており、グランは潰れた腕から何か探ると今度はそれを抜いていった。


「面白いものを見せてやるよ。」

グランはそう言って左腕の親指を加え右手で押さえると思い切り息を吹きだした。

すると、みるみると左腕の傷が塞がり、張りが戻っていく。

「ジャーン、実は俺の左腕は真っ黒な風船なのでした。…な~んて。」

グランはふざけた調子で左手を振り回しながらハンスへ見せるが、ハンスはただ呆然と見ているだけだった。

「あ、やっぱ、ウケは悪いか…」

そう残念そうに左腕に先程取り除いたものを埋め、再び袖を通していく。

「キ、キミは一体…ッ!」

「残念だが他人が素直に<納得>できる答えはだせんよ。答えてやりたくてもね。」

「…<ヒト>…なんだよね。」

ハンスは唾を飲み込み、恐る恐る問いかけ、グランは腰から手帳、<冒険者手帳>を取り出し開いて見せつける。

「手帳に記される通り、種族は<ウィザーク>。」

「…<ウィザーク>。希少種族の…ヒューネスみたいなんだね、始めてみるよ。」

「まぁ、手帳までも疑われちまうと俺には証明の手段がないな。俺自身も正直わからん。」

グランは肩をすくめた後、左腕を差し出し、手を借りたい素振りを見せると、ハンスは戸惑いながらもグランの手を取って引き上げる。

「アガッ!?しまっ……アフン…」

そして、ハンスが力を入れた途端、グランの全身はビクリと痙攣し、膝から落ちるとそのまま意識が遠のく。

「グ、グラーーーンッ!?」


―――


周囲のガヤつきと眩しい光を感じ、グランは再び意識を取り戻すとそこは見覚えのある坑内の通路であった。

グランはハンスに肩を担がれて歩いており、周囲にはグラン達と同じ様に救助活動に駆り出された者達が通り過ぎる。

「…わ、悪い、手間かける…。急に身体を修復させると痛みに対して過敏になっちまって…」

若干目を回している顔でグランはハンスに謝ると、ハンスは慌てて首を横に振り、意識がまた戻った事へ安堵の表情を見せた。

「もうすぐ避難所に指定されている食堂に着くから、そこで休もう。」

通路をかすかに漂う料理の匂い、食器のぶつかり合う音、賑やかな話し声を辿り、2人は坑道内に作られた広間へと足を踏み入れる。

そこには傷の手当を何かしら受けた鉱夫達がテーブルを囲み、もくもくと食事をしている姿が見える。

その空気は重苦しいものでなく、普段よりも荒々しく、鬼気迫る勢いで食事をとっている様子に2人は驚く。


「ホラホラ!食って元気になったヤツはさっさと仕事に戻ンなよ!飯すら食えないヤツだけ奥行って寝な!」

大声で指示を出す女性、そこでは忙しく動き回るエプロン姿のドワーフの女将の姿があり、彼女は空いた席に座ろうとするこちらに気づくと、すぐに寄ってくる。

「ハンス~、無事だったンだね、よかったよォ。アンタはココの連中と違って、繊細だからねェ。」

「えぇ、なんとか彼に助けられたお陰で。」

女将はハンスを抱き締め、顔を擦り付けながら涙を浮かべながら喜ぶが、ハンスは恥ずかしげに頬を赤らめていた。

「あぁ、アンタ臨時の…。ふぅん、それで食事にするんだろう?今朝方いい魚が釣れたンだよ、ホラ。」

そう女将が視線を投げた先には巨大で粗方解体された鯉が鎮座していた。

「さ、魚…?池も川も無いのに…?」

「あぁ、実はここ地下湖があってね、まれに魚や海老が獲れるのサ。」

グランは驚いたように言うと、女将は口角を上げて笑う。


「女将さん!おかわりくれよ!おかわり!」

「酒も欲しいのう~。」

「シュワシュワパチパチの飲みたいのぅ~。」

「今持って来てやるよから、お行儀良くしてなッ!あぁ、アンタ達の分もすぐ用意するから待っといで。」

そして、女将は騒ぐ鉱夫達に怒鳴りつけ、ハンスへ笑顔を向けると、のしのしと厨房へと消えていった。



***********************


雑穀おにぎり

地下鯉のからあげ

厚い卵焼き


***********************


―――グゥ~~~…


目の前に出された料理の感想をグランは腹の鳴る音で表現すると、女将はその場で大笑いし、ハンスは笑いを堪える。

「さぁ、たんと召し上がりよ!おかわりもいっぱいあるからね!そら、他にからあげのおかわりは居るかい!?」

女将が声を張り上げると、周りにいた鉱夫達は次々と「おかわり」の挙手していき、女将はボウルに大量に盛られたからあげを配膳しに向かった。

ハンスが女将の背中を見送り、グランへと目を向けると既に両手のおにぎりとからあげを交互に口に詰め込んでいる。

その姿は先程までの戦いや生死の狭間に揺らいでいた人物とは思えない。

だが、ハンスはただ胸を撫で下ろしては自分も食事にありつく事にした。



「ムフゥ…もう食べられない。」

「随分と食べたね…」

満足気に膨らんだ腹部をさすり、グランは椅子にもたれかかりながら天井を見つめる。

隣ではハンスが呆れつつも、グランの食べっぷりには感心している様だった。

「おぉ、無事だったかハンス。丁度いいところだった。」

鉱山監督が2人のテーブルに近づくと、手に持った書類をハンスへ手渡す。


「コレは一応の被害報告書だ。お前は今回の事故をできるだけまとめて、復旧案提出してくれ。しばらくは休みながらで構わん。」

「わ、わかりました。」

ハンスは書類を受け取り、確認を始める。

「ふー、そうなると、コレで俺もお役御免かな。」

「何言ってやがる、小間使い。瓦礫の撤去に行くぞ。」

そういって鉱山監督はグランの襟首、襟巻きを掴んでは引きずろうとする。

「ちょっと、俺には肉体重労働は期待してないって言って…」

「だから、雑用だ雑用!この程度の事!食ったら働くもんだ、飯を食い終わったなら行くぞ!」

有無を言わさず、鉱山監督に引き摺られていくグランは慌てて抵抗を試みた。


「…お、女将さん!おかわり持ってきて!おかわり!」


-TIPS-


○龍穴

エーテル流、地脈、龍脈、とも言われるその吹き溜まりの場所を指す。

地形条件を問わず存在し、特に地中深くに存在する場合が多い。

自然に魔力が溜まる場所である為、周囲は魔物、怪物の巣窟と化す事も多いが逆にヒトにとっても有用な資源源として重宝される。

晶石をはじめ、魔力の高濃度によって変質した様々なものが存在し、魔術的触媒、錬金術的な素材として利用価値が高い。


○精霊現界

星幽界の住人といわれる精霊達が物質界にその姿を安定させ、実体化する現象の事。

計測ができない限りは流動的な魔力エーテルが滞留的な魔力マナとして場に定着した証でもある。

動物的な中位精霊が自然と現界するのが常だが、世界各地には精霊との恋愛や願いを適える為に高位精霊を人為的に現界させるおとぎ話は多い。


○火精走魚 イグニス・プロシオン

実体化した火の中位精霊。

フォルムは通り名如し魚、細いエイの類に近く、長い腹鰭が特徴で物質界ではエーテルの流れに乗り宙を走るように<泳ぐ>。

また、現界しても星幽界に一時的に潜れるなどの能力も持つ。

火の精霊である以上、全身が<火>の魔力の塊であり、生半可な<火>の魔力は吸収され、<風>の魔力は掻き消されてしまう。

現界した際は全長は1~3m程だが、精霊であるため周囲から取り込める魔力の量で変化する。


○ファイアブランド

剣の固有名詞ではなく、火の晶石を削りだし精錬した長剣、石晶剣。

所謂<魔剣>ではあるが、曰くや伝説的なものを指すのではなく、材質、製法からによる割と一般的な武器。

しかし、製法が特殊なせいか鍛冶師が打てば普通に作れるというものではない為、店に並べばそこそこの値がつく。

しいて曰くを述べるなら、この武器がダンジョン前に構える店で並ぶと<新人狩り>が始まるという与太話がある。


――…入ったばかりで悪いが装備を剥いでお前は追放だッ!

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紅い喰拓 GRAN YUMMY 嶽蝦夷うなぎ @granlord

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