4-3.俎上にて

 結界が安定した矢先、グランは他のドワーフ達一緒に再びトロッコ運搬の為、坑道のレールを進んでいた。

「お前さん、お前さん、その腰の剣は何なのかのぅ。」

「<アナグラ>といえどドワーフってのはやっぱ武器が気になるもんなので?」

隣で同じトロッコを押す白髭面の老いたドワーフから話しかけられ、グランは少し茶化しながらも問い返す。

「気になるのぅ、気になる、その剣は何なのかのぅ。」

その反対側の年老いたドワーフも興味津々と言った様子でグランの腰元を覗く。

「別に何てことは無い火の石晶剣。<ファイアブランド>ッスよ、魔剣の類では珍しくはない方でしょうに。」

グランが剣を軽く叩きながら答える。


「気になるのぅ。」

「気になるのぅ~。」

だが、2人の老ドワーフはトロッコを押しながらも、剣への興味がしつこい為に、仕方なくグランは腰の剣の柄を手に取る。

「言ってしまえばこのトロッコの荷でできた剣じゃないスか。何をそんなに…」

「そりゃぁ、その剣、光っておるんじゃもの。」

その言葉にグランは目を丸くして、自身の剣をベルトから外してみると、鞘口の隙間から光が漏れている事に気が付き、慌てて剣を引き抜いた。

すると晶石の刀身はぼんやりと赤く発光しており、グランは驚きながら、改めて鞘に戻す。

「おほー、光っとる、光っとる。」

「ピカピカじゃのー、まるで宝石みたいだったのー。」


――ガタンッ!ガタタタタッ!!


老ドワーフ達は楽しげに笑い声を上げた時だった。

突然トロッコが大きく揺れ、それと同時に遠くから大きな音と振動が伝わってくる。

上方からパラパラと土埃が落ちてきて、3人は安全帽を咄嗟に被ると、背を屈めてトロッコに張り付いてはその場を耐え凌ぐ。

次第に揺れが治まるってくると、一体、何が起こったのかと3人はは辺りを見回し、周りのドワーフ達が慌ただしい事に気が付いた。

「おほー、お前さん、たかが地震じゃ~、な~にをそんなに慌てとるんじゃぁ?」

老ドワーフの1人が慌てて駆けるドワーフに尋ねる。

確かに強靭な身体と度胸の<アナグラ>ドワーフ達がここまで取り乱しているのは初めて見る光景であった。

「ジジイら!もっとレール奥へ逃げろ!」

「なーんでじゃー?」

「<暴れ精霊>だ!しかも、でかい!アイツの飯時に巻き込まれるぞ!!」

そう言うとドワーフは一目散に走り去っていき、それを見た2人は顔を合わせて首を傾げる。

そして、再び鉱山全体が激しく揺れ、坑道内にも振動が伝わる。


グランは盤を取り出し覗き込むが、ガラス珠は灯っていない。

「<精霊現界>!?盤は、何も反応がない?いや、何も灯ってないって事は結界は不安定になってるのか。じゃあ俺の剣は一体…?」

剣を僅かにぬいてその輝きを確かめるとベルトや襟元を締めなおし、レールの逆方向へと向き直り意を決す。

「悪い!じーさんがた、俺は巨柱の方に戻る!」

「おほー、お前さんのへぼへぼ足で戻るんかー?」

「戻った時にはヘトヘトのへぼへぼじゃぞー?」

トロッコと老ドワーフ2人を置き去りにし、駆けださんとするグランに対し、2人は茶化すよう笑みを浮かべながら忠告する。

「いや、今にそんな事言われましてもね…」

この状況にグランは困ったように頬を掻くと、老ドワーフ2人は互いに向き、頷きだす。

「仕方ないのぅ、やるかのぅ。」

「仕方ありませんのぅ。ホレ、トロッコに乗れ、へぼへぼ若いの。」

「おい!ちょっと!?」

そして、2人はグランの肩と両足を有無言わさずに掴むみだすとトロッコの上へと放り投げる。


グランは宙を舞い、老ドワーフ2人は「フンヌッ!」、「ムゥンッ!」と気合をいれると、腕は丸太のように膨れ上がった。

トロッコを掴み、グランがトロッコの上に落ちたのを確認すると2人は両足を踏み閉め、トロッコを押し出す。

「いくぞ、ボウズ!飛ばされるなよ!」

「ホァァァアーー!ハァーーッッ!!」

2人の雄叫びと共にトロッコは勢いよく加速していき、グランは振り落とされないよう、ともかくトロッコの縁を掴む。

「ヘァラァーーーーッッ!?!?」

だが、その速度はグランの想像を遥かに超えており、グランは奇声を上げながら、レールを一直線に突き進んでいく。


―――


鉱夫達は突然現れた<火の精霊>に驚き、混乱していた。

ハンスと鉱山監督は監視櫓の上に登り、状況の確認と鉱夫達の避難誘導を行っている。

現れた火の精霊は各トロッコを襲撃し、次々と積み込まれた晶石から魔力を吸い上げていた。

「…<イグニス・プロシオン>だ。」

「なんだぁ、そいつぁ!?」

「<火精走魚>。<星幽界(アストラル)>と<物質界(アッシャー)>を跨いで泳ぐように出現、移動する魚姿の火の精霊です。」

「火の精霊!?じゃあなんで盤に反応がしないんだ!?」

鉱山監督とハンスが持つ<精霊盤>はどちらも全ての珠が1つも灯らず、沈黙を続けていた。

火の精霊、<火のエーテル>がそれだけこの場に満ちているというならば盤に赤い光が灯っているはずだからである。


「…おそらくですが、この盤では測定しきれない程、火の精霊が現れる程に強いエーテルがここに噴き流れてきてるのかと。」

「…<エーテル乱流>か!?クソッ、とにかくまずい!あのままじゃ、精霊に晶石の魔力を食われ、ただのガラス材にしかならなくなっちまう!」

そう言って鉱山監督が指さした先には、各トロッコに押し込められた晶石に覆いかぶさりその魔力を貪る<火精走魚>の姿が映る。

そして、魔力を貪るほどにその体は肥大化していく。

このままではいずれ火のエーテルが充満し、何をきっかけに爆発、鉱山全体を焼き尽くすかもしれない。

ハンスはそう考えるとすぐさま行動に移した。

「おいッ!何処に行く!」

「下の調整器ですよっ!とにかく、この芯部は守らないといけません!!」

ハンスは櫓を安全帯とロープで足場の外を滑り降り、調整器のある堀の中へと入っていく。


「本当に<焼け石に水>だろうけど、何もしないよりはッ!」

<水のエーテル>の調整器の前へと辿り着いたハンスはともかく小瓶を両手に持ち仲の液を反応させていく。

1本、2本、3本と、脇のテーブルが反応した小瓶だらけになった頃、ハンスは伝声管に向かい櫓上に居るだろう監督を呼びつける。

「どうした!?何をしてるハンス!?」

「柱に精霊を誘き寄せてください!そして、櫓間際まできたら呼び出しを鳴らして合図を!」

「わ、わかった!」

鉱山監督はハンスの提案に戸惑いながらも、すぐに準備に取り掛かった。


晶石の巨柱の足場に居るドワーフ達と共に掘削した晶石を投げつけ、<火精走魚>を引き寄せようとする。

そして、無数に投げられる晶石の飛礫が<火精走魚>へと幾つか命中し、<火精走魚>はその動きを止め、辺りを見渡しはじめる。

「Quuoommm…!!」

<火精走魚>の目がドワーフ達が投げた晶石を捉えると、口を開き、炎を吐き散らしながら一心不乱に柱へと向かって駆けだす。

「喰い付いたッ!!」

吐き出された炎撃を受けて櫓が焦げ傾きはじめている中、鉱山監督はガッツポーズをとりながら喜びの声を上げ、ハンスの指示通り呼び出しベルを鳴らした。


―――ジリリリッッ!


調整器の部屋に居るハンスは鐘の音を聞き取ると、予め露出させた注ぎ口へと反応済みの小瓶の液体を次々に流し込んでいく。

流し込まれる液体が配管を伝い音を大きく立てて調整器へと辿り着き、これまで通りに起動の光を放ちだす。

調整器は激しく振動し、過度に供給された反応液の処理が追いつかず、暴走するかのように放つ光が激しく点灯する。

「限界ッ!これでダメならッ…!」

ハンスは急ぎ、状況を確認しに部屋を出て堀から梯子を這い上り、<火精走魚>の様子を伺う。


「muuQuoomqqqom…!!」

<火精走魚>は全身から柱周囲の<水>の属性に傾いた結界に阻まれ、絡まれて煙を上げては暴れ狂っている最中だった。

「ハーンスッ!!やったか!?やったな!大手柄だ!」

鉱山監督が興奮気味に傾く櫓から他の鉱夫達を引き連れ、ハンスの元へと下りてくる。

だが、ハンスの顔色は優れず、まだ安心はできない様子であった。

「いえ、これでも足止めくらいにしか。それに結界が破壊されてしまえば、今度はその分の火のエーテルが反動で流れ込んできます。」

「な、何だと?じゃあ結局は…」

「ともかく、避難をッ!ボクは、どうにか更なる時間稼ぎをしてみせますッ!」

鉱山監督はハンスの言葉に歯噛みしながらも、鉱夫達へ避難を大声で促し、この場から離れさせる。

そして、最後に残ったハンスは1人、結界に縛られた<火精走魚>に対峙身構えた。


―――おおオぉ、ゥああうあぁぁぁぁァッッ!?


その時、突如として響く悲鳴のような叫び声が響き渡り、ハンスは反射的に振り返る。

「ぎゃんッ!?」

赤い襟巻きが視界に入った瞬間にそれは地面に叩きつけられ、

「フガッ!?」

何度か跳ねて転がっていき。

「ゴベっ!?…」

やがて動かなくなった。

「…グ、グラン!?」

ハンスは驚き、その光景を呆然と見つめる。


「…イッツ~、お、ハンスか。いやー、よかった、よかった、お前は無事の様だな。で、状況は?」

グランはまるで何事もなかったように起き上がり、服についた周囲を見ながら土埃を払い落としながらそう言った。

ハンスは一瞬、唖然とするも、すぐに我に返り慌てて駆け寄っていく。

「な、何をやってるんだい!?早くキミも逃げないと!!」

ハンスは動揺しながらグランの腕を掴み引っ張るが、グランはその場に留まり、<火精走魚>に向かって歩み始めた。

「…なーんだ<精霊現界>と騒ぎ立ててたし、剣が光るもんだから<イフリート>や<シャイターン>でも出てきたのかと思ったら、<中位精霊>か。」

グランは<火精走魚>を見上げて眺めながら、右腰から伸びる剣の柄に手をかけてそれを引き抜く。

引き抜かれた赤い剣はグランの言う通り、刀身からそのままの光、輝きを放っている。

「…コイツ、どうなってんの?」

「水のエーテル調整器を限界まで稼動させて強引に<水>の結界にしたんだ。今は結界に絡め取られてるけど、時間に猶予は…」

<火精走魚>は結界から抜け出そうと必死にもがき、暴れている。

身動きの取れない<火精走魚>を指差し尋ねるグランは、ハンスの説明を聞いては「成程。」と納得すると、その赤い剣、<ファイアブランド>を向けて構える。


「イグニッ!!」

「<火の魔法>!?グラン!相手は<火の精霊>だ、そんな事したら魔法を吸収されて、余計相手に力を!!」

赤い剣がより輝きを増し、熱を帯びるのを見てハンスは焦った様に叫ぶ。

グランはその言葉を聞きながらも、表情を変えずに冷静に言葉を返す。


―――フル・ラムル・オーン…


「違うぜ、ハンス。相手が守る姿勢もとれず、こうして晶石がそこらに転がって、尚且つ、この魔剣がここまでやる気満々だからこそよ。」

グランは剣の柄を両手で掴み身構え、詠唱の呪文を紡ぎだす。


―――カルム・ハス・フシャル…


「例え、火の精霊でも同属性の<精(ジン)>を吸収するには限界が有る。コレだけ<役>が揃ってりゃその限界は…」

そして、グランは勢いよく踏み込み、剣を振り上げた。


―――キラン・イル・ゾル・ランテ!


「容易に突破できる…ってな!」

周囲に散らばった晶石の魔力が赤く輝く剣の元へと収束されていき、剣が更に眩く赤々と燃え上がる。

その光景にハンスは思わず、息を飲み、固唾を飲む。


―――<ファイヤーァァァッボールッッ>!!


振り降ろされた刃から火炎弾が放たれる。

多節を踏んだ詠唱により、火の精は凝縮され、赤々と燃える炎の玉は真っ直ぐに<火精走魚>へと向かい、直撃した。

火の精霊が<燃える>という、現象にハンスは驚愕する。

「MuuGQuomqqooomm…!!」

悲鳴の様な叫びを上げて<火精走魚>は結界の中で暴れ狂いだす。

炎の身体を高密度の魔力に焼かれ、その魔力を吸収しようと試みるも、それは叶わずに逆に力を身体を削られていく。

そして、自身を縛る水の結界が破れ、吹き飛ばされると身体の維持が困難になってきたのか<火精走魚>は形が崩れ始めただ燃え盛る炎と化した。

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