4-2.俎上にて

 2人が扉の中に入ると、小さな部屋の端には暖炉、ストーブのような物が設置されていた。

「…これは<調整器>っていう結界の<魔導器>の一種。これを調整してあの柱の晶石の純度を保っているんだ。」

ハンスは説明を男に加えながら、調整器の傍に置いてあった木箱の中から小瓶を1つ取り出し瓶に手をかざす。

そして数秒後、その瓶の中の液体は輝きを放つ琥珀色の液体へと変化していった。

グランはその様子に軽く驚きながら、瓶を受け取り中身を覗き込むと、その液からはキラキラと輝いている。

「これは晶石屑を混ぜ込んだ液体でね、魔力を送って反応させたあと、この<調整器>に注入するんだ。」

次にハンスは調整器のレバーを回し、注ぎ口を露出させると男から瓶を受け取って液体を中へと注ぎいれた。

配管から音を立て、中の液体は勢いよく吸い込まれていき、やがて空になった容器を机の上に置く。

すると、調整器の一部から光が灯りだしては低い振動音が鳴り響きだす。


「見ていてごらん。」

ハンスはそう懐から何やら手の平大の<盤>を取り出し、その一点を指差すと、盤には8つの小さいガラス珠が嵌め込まれており、その内の1つだけ光っているのがわかる。

やがて調整器から光と振動音が止まると、それに合わせるかのように盤のから光が消えていった。

「…?」

グランが不思議そうな顔でハンスを見ると、彼はその反応に微笑む。

「キミ、<龍脈>は知ってるかい?」

「あぁ。目には見えないが、<エーテル>の流れ、その川みたいなもんだったか。」

グランが答えると、ハンスは満足げに大きく頷く。

「そう、良い例えだね。川で言うなればここはその<溜まり>、<龍穴>という場所になるんだ。」

「それがこの作業に何の関係が?」

グランの質問に、ハンスは得意気に笑みを浮かべると、扉を指し外へでようと促した。


再び梯子を上り、振り返れば晶石の巨柱、それを見上げて盤を片手にグランへ説明する。

「この柱の芯部は<龍穴>に溜まるエーテルを吸収し、結晶化させていてね、それを掘削して晶石を採っている、というわけさ。」

「…砂糖水に紐を垂らして氷砂糖を作る感じか?」

グランの返しに、ハンスは思わず噴き出し、男は自分が変な事を言ったのかと首を傾げた。

「ごめん、ごめん、でも面白い例えだ。シンプルに意を得ているよ。」

そうハンスは謝罪しながら笑いを抑え、それにグランは少し照れ臭そうにして頬を掻く。


「おっと、盤に変化がでてきたね、ホラ。」

ハンスの言葉にグランは視線を戻すと、先程まで静かだった盤のガラス珠の1つに光が灯っている。

「さっきから見せるコイツは何なんだ?」

「コレは<精霊盤>。今この場一帯に何の属性の過剰なエーテルが滞留しているかを示す道具なんだ。今は緑のが点いてるから<風のエーテル>だね。」

グランの問いにハンスはそう答え、グランは興味深げに睨みを利かせて盤を覗き込む。

「ともかく、向かって右の堀に行こう、そこにも同じように風のエーテルに対応した調整器が設置されているんだ。」

そう言ってハンスはグランを指の指す堀へと案内し、2人はそこの扉を開けると、前の部屋と同じような調整器と木箱が設置されている。

ハンスは木箱から小瓶を取り出しグランへと渡すと、調整器の基本的な工程の手解きをはじめ、グランはそれに順じた。


配管から音を立て、緑に輝く液体が吸い込まれていき、やがて空になった容器を机の上に置く。

すると、先程のように調整器の一部から光が灯りだし、低い振動音が鳴り出した。

「…盤の光が消えないな。」

「じゃあ、もう1本やってみようか。」

グランは同じ工程を行い、また調整器は光を発し、そして振動音を鳴らす。

すると、盤から灯っていた緑の光が消えて再び静かになっていく。


「フム、ようはこれの繰り返しか…?これなら楽な仕事だ、助かるぜ。」

肩をすくめ、グランはそう呟くと、ハンスは苦笑しつつ再び盤をグランに覗き込ませると、今度は盤の全ての珠が白く光りはじめる。

「…これはどうなるんだ?」

「結界が安定しだした証だよ。この状態になるまでは各調整器を回り続ける事になるんだ。」

「…なる、まで。」

「うん、なるまで。」

ハンスがそう言うと、グランはその言葉の意味を理解し、顔を引きつらせた。

「かぁ~ッ、本番はこれからって事かぁ…」

グランが溜息混じりにそう漏らすと、ハンスは笑顔で彼の背中を叩き、励ましてくれる。


―――ジリリリッッ!


部屋の中でベルが鳴り響き、ハンスは慌ててベル傍の伝声管の蓋を開きベルを止めた。

「ハンスッッ!ハーンスッ!結界が安定化したな!どれくらい持ちそうだ!?」

伝声管の向こうから大声で叫ぶ鉱山監督の声が鳴り響き、ハンスは顔をしかめながら応答する。

「観測周期の予測では2時間強は持つと思います!」

「ィヨォーシッ、わかったーッ!柱の本掘削作業を開始!野郎共、取りかかかれェッ!」

今度はサイレンが、次に坑道内で一斉に人の走る足音が坑内を響かせていった。

「掘削なんてさっきからしてるじゃないか。何を今更に?」

「安定化してから掘削しないと純度の高い晶石が後で採れないからね。それまでは不純物を取り除く為の細かい作業になるんだ。」

調整器に寄りかかり、グランはハンスの説明に面倒くさそうな表情を浮かべだす。


「おい!あとそこにビルキースの小間使いは居るな!?代われ!」

再び伝声管から怒鳴り声が鳴り響き、ハンスは仕方なしといった様子で伝声管を指差して交代を伝え、グランは鼻を鳴らしては伝声管の前に立ち、それを手に取って応答しようとする。

「もしも…」

「お前は次の休憩まで7番レールのトロッコ運搬をやれ!!」

「…はぁっ!?俺に肉体重労働は期待してないんだろ!?」

「肉体重労働だぁッ!?トロッコ運搬は単なる<雑用>だ!さっさと向かえ!」

一方的にそれだけ告げ終えると、伝声管からは何も聞こえなくなり、グランはハンスへと視線を向け、彼は苦笑いを浮かべつつ肩をすくめた。

「<アナグラ>ドワーフの基準で労働考えてねーか…これ…。はぁ…せめて何か飲み食いしたいね…」

「<雑用>が終る頃に飲み物と何かお腹にたまるものでも用意しておくよ。ボクは記録の仕事があるから、ごめんね。」

「…まぁ、それは新参者にはやれない仕事だな。」

グランの愚痴にハンスはそう応えて彼を送り出すと、グランは渋々と坑内へと出ていった。


―――


それから2日が経過し、坑道内では昼夜問わずに掘削作業が続けられ、グランも手が空く度に運搬作業へと駆り出されていた。


―――グゥ~…


鉱夫達の掛け声の中、グランは腹から情けない音が鳴り響かせ、黙々とレールの脇を輝く晶石の巨柱を目指しふらふらと歩み戻っていく。

「ホレ、ホレ。だらしが無いのぅ、だらしが無いのぅ、若いの。」

「お前さんが戻るまでにワシらトロッコを何往復もできてしまうのぅ。ホレ、押しなされ、押しなされ。」

グランが巨柱の元に戻るまで、同じレールを担当する老ドワーフがトロッコ押しながらすれ違う度にグランを捕まえてはトロッコを押させる。

そんな事を繰り返し、グランはようやくの思いで巨柱の堀に戻った途端、サイレンが鳴り響き、鉱夫達は作業を止めては現場から散り散りに去っていく。


「は、はにゃがへ…、へった…」

グランはその場に倒れ込み、晶石に照らされる天井を見上げながらそう呟くと、ハンスが覗き込むように現れ。手には瓶が2本と何かの包みをグランの視界に入れる。

「お疲れ様。どうだい?。」

「…た、助かる。」

グランは瓶を受け取って身体を起こし、ハンスはそれを見届けてから、彼の横に腰掛ける。

包みを開くとその中からはビスケットが姿を現し、グランはそれを鷲掴みにしては口の中に頬張った。


***********************


ソーダ水

ビスケット


***********************


「…しっかし、細くなるもんだな。」

グランは最初に見た時と比べ、半分近くは削られた晶石の巨柱を眺めながらそう言う。

「芯部に到達するまで、この調子なら予定より早く終わるんじゃないかな。」

「…俺は俺で旅の足止めを何日と喰らいたくないんだがね。」

ハンスの言葉にグランは溜息に混じり呆れたような表情で応え、2人は暫くの間、無言のまま作業風景を眺めていた。


―――カタタッ、カタカタッ…


その時、下から振動が伝わり、瓶が振るえ、中身のソーダ水が揺れ炭酸の勢いが増す。

時間差で作業場にある資材が軋む音が鳴り響き、2人は咄嗟に被った安全帽をずらしながら、顔を合わせてから立ち上がる。

「…地震、確か昨日もあったよな?」

「小さいものだから現場そのものに心配は無いと思うけど…気になるね。」

そして、地震は静かに治まり、ハンスは一安心したのか胸を撫で下ろす。


「でも、地震が起きたって事は…」

「ボク達の仕事だね。」

2人は自身の盤を覗き、その灯る光を確認する。

「…御誂え向きに盤の珠が2つ灯っていやがる。一息すらろくにつけさせてくれんのかい…」

グランはそう呆れ顔で向かう先を指差すと、ハンスは頷いてもう一方を指差す。

僅か2日で2人は互いに慣れ始め、言葉にせずとも癖や分担を理解し合いだしていた。

以後数回、2人は調整器を巡り終え、互いに盤の光を確かめ合うとそれぞれの仕事へと切り替えていく。


―――

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