4-1.俎上にて
土埃が舞う坑道内の空間に大声が響き渡っていた。
―――オーエス!オーエス!
トロッコに大量の晶石を積み込み、鉱夫達がそれを押してレール沿いに運んでいく。
「7番遅れてるぞ!もっと気合いれろ!後ろがつかえるぞ、急げ!」
監視櫓からは監督役の<ドワーフ族>の男の声が響いて、それに負けじと鉱夫が大声で叫ぶ。
―――オーエス!オーエス!
鉱夫達の殆どはドワーフで、荷を乗せて自分達より大きくなったトロッコをその筋骨隆々な腕から血管と汗を浮かばせて押していく。
そんな中、全身をツナギに身を包み、赤い襟巻きをなびかせるこの場には異質な男が1人。
如何にも余所者な男も額に汗を流しながら、他のドワーフ達と並び必死にトロッコを押し、定位置に運び終えると振り返り、ふらりふらりとレールに沿って戻ってゆく。
その表情は険しく、明らかに不慣れさを感じさせるものだった。
それもそのはず、男はただの通りすがりで、ただの<使い>に過ぎないからである。
~~~
「…こっちの納品には応じれない?」
「あぁ、言葉通りの意味だ。アンタはその紙切れの束を懐に戻して帰ってくれ。」
椅子にふんぞり返る責任者らしきドワーフの男がテーブルに手渡された封筒を放り投げ、アゴで退出を促す。
それに対し、赤いマント、赤い襟巻きに身を包む黒髪の男は目を細めては睨みを利かせ、反する姿勢を見せる。
「しかし、既に契約は成立してるはずだ。契約の更新が無い限り、何時も通りに納品を約束して貰いたいんだが?」
赤マントの男の言葉と態度に目の前に座っているドワーフの鉱山監督は机の上で葉巻を1本取り出すと、火をつけて一服すると煙を吐き出した。
「悪いがな、ビルキースの<小間使い>さんよ。今は晶石の採掘に忙しくてね、そっちのご依頼に構っている暇は無いんだわ。」
そう言って男は椅子にギシギシと鳴らしながら深く腰掛け、再び葉巻を吹かす。
「だが、こうして支払いの金額は持ってきているだろ?」
「かぁ~ッ、わかってねーなぁ。お使いの犬だからわからねぇのか?いや、仮にも冒険者なんだからわかるだろ?」
そう言いながら鉱山監督は呆れたように葉巻の煙を噴出しながら、鼻息荒くこちらを見つめてくる。
「金は金でもこの<紙幣>ってヤツじゃあ意味無いんだよ。オレはここの鉱夫に給金を支払わなきゃいけない立場だぜ?それには<貨幣>が必要なんだよ<貨幣>が。」
「それはそっちの経営問題で俺には関係ない話じゃないか。俺はただ言われた通りに仕事をするだけだ。」
「経営問題ィ~?だったら尚の事よ、今は晶石の買い付けが盛んになってよぉ、買い手は<貨幣>で取引してくれるんだぜ?」
そこで言葉を区切ると、葉巻を口にくわえたまま、ジロリと鋭い眼光で見据えられる。
「<貨幣>がある方が人員も増やせるし、仕事に必要なものも直ぐにそろえられる。それでまた儲けを増やせるってんだ。経営問題?アンタのトコの仕事に関わる方が利益にならないって事になるぜ?」
そこまで言うと鉱山監督が咥えた葉巻を上下にゆらしながら席を立ち、男の隣へ寄っては肩に手を回してくる。
「要するに足元を見るって事かよ、<小間使い>の俺に。で、代わりに何が欲しいんだ?」
男の問いにドワーフの鉱山監督は大きく笑みを浮かべた。
「察しがいいな。思ったとおり、あの石頭のビルキースさんよりは融通が利きそうだぜ。へへへッ、アンタは落し処ってヤツを探るタイプだ。」
そして、鉱山監督は男から離れると頭の穴という穴から葉巻の煙を吹かしながらニタニタと笑う。
「…何、別にタダ働きさせようってワケじゃねぇ、アンタが働いてくれればあの紙束の半分で納品をしてやるさ。」
「残る半分は?」
「それはアンタが懐に納めればいいんだよォ。冒険者でもオタク<なら>使い道はあるだろ?だったら、悪い話じゃねぇはずだ。額面だけで言えば破格の仕事だぜ、こっちとしちゃ。」
男が話に向いた事でニヤついた笑みを浮かべる鉱山監督に男は為息を吐くと、後頭部をくしゃりと掻く。
「俺は肉体重労働は簡便なんだがな…」
「そいつもこっちは期待してねぇよ。だがアンタ、魔法が使えるんだろ?オレが期待してるのはそっちよ。」
「…?」
男が首を傾げると、鉱山監督は腰に手を回すのを止めて一歩下がり、そして腕を組みながら男に向かって不敵な笑い声を上げる。
得意不得意はあれど、別にドワーフ達にも魔法、魔力の素養がないわけではない。
鉱山監督のドワーフが男に望む事にしては少し奇妙な内容であった。
「…へっ、まぁ、言いたい事はわかるぜ。別にアンタが岩盤に向けて魔法をぶっ放してくれってワケでもねぇのよ。」
そう言って鉱山監督は葉巻を一気に吸い上げ、残る火を灰皿でなく自分の親指で擦り潰す。
「オレ達<アナグラ>のドワーフってのはな、根っからの穴掘り屋でよ、他のドワーフ達と比べりゃ身体の強靭さや腕力は大の自慢だが、魔法に限らず、魔力の扱いってのが苦手な連中なもんでな。アンタにはそこを補って欲しいんだわ。」
男は首をますます傾げる。
岩盤を掘削するのに魔力だろうと腕力だろうと利用するならば話はわかる。
では、それ以外の魔力の使い道とは一体何か。
「とりあえず、百聞は一見になんとやらってヤツよ。まぁ一緒に来てくれ。」
そう言われて男は鉱山監督に連れられ、応接室を出ると、坑道内をへと進んでいく。
坑道内を灯す薄暗く、等間隔かつ連続する照明がまるで永遠に続くかのように錯覚させる。
「それじゃあ、本坑に入る前にここで作業着に着替えてくれ、更衣棚は名札のない場所ならどこでもいい。」
そう言って監督の横に居たドワーフが服を男に押し付けると、錆臭い扉を開けては中へと入る様に促さた。
男はその指示を素直に従い、渡されたツナギの作業着を部屋の中で着替えては部屋出る。
「おい、なんだその赤い襟巻き、それに腰の剣は。」
「…あぁ、いや、何か無いと落ち着かなくて…」
男の首に巻かれる赤い襟巻きと腰の帯剣を見て、鉱山監督は眉を歪ませ、寄せながら男に問う。
「まぁいい、仕事の邪魔にはさせるなよ。それと、ケツのを閉めな、ソレは尾付きの種族も着れる服だからよ。」
男は軽く慌て、身体を捻りながら尻の開いたところを探りながら止め具を嵌めると、鉱山監督は親指で次に進む道を示しては笑いながら歩き出す。
歩みは更に奥へと進み、何度と折り返す、九十九折の坂道を下っていくと大きく開けた空間が広がっていた。
一番下へと下りれば天井も大した高さとなり、その更なる奥の一直線に続く道の先からは坑道に配置された照明とは比べ物にならない輝かしい光が差し込んでいる。
その光へと近付いていくにつれ、男の鼻は埃っぽい土の匂い、そして錆鉄、油といった鉱山特有の香りが感じられた。
しかし、それでも尚、男はその光景を目にすると声を上げ、思わず息を飲む。
そこに広がっていたのは見渡す限り広がる広大な岩肌の採掘場であった。
そして、そのあちこちで作業員達が黙々と掘削や採掘で道具を鳴らす音が響きわたる。
更にその中央に鎮座する巨大な晶石の巨柱が発する輝きは、この空洞全体を照らし出し、より一層の明るさを放っていた。
晶石の柱の周りは足場が組まれ、その上でドワーフ達がツルハシでなくピッケルやノミと杭で晶石を砕いては運び出している。
「へぇ、岩盤を掘ってるわけじゃなく、晶石の塊を採掘しているのか…」
男は感心しながら呟くと、鉱山監督は晶石の巨柱の元へと進んでいき、手招きをしていた。
「おい、ハンス!ハンスは居るか!?ハーーーンスッ!」
鉱山監督が声を張り上げると、1人の<コボルド族>が柱の周囲にある塹壕のような堀からひょっこりと顔を出す。
「聞こえてますよ、監督!何かありました?」
「変わりの手伝いをつれてきた!結界の安定させる準備をしろッ!ホレ、後はあの<ハンス>ってヤツに着いていってアイツの言う通りの仕事をすればいい。」
そう言って、鉱山監督は尻を叩いて男を送り出すと、その場を離れて何処かに姿を消していく。
残された男は後頭部をくしゃりと掻き、改めて晶石の巨柱を見上げる。
近くで見るとその巨大さは圧倒される程であり、そこから放たれる光の煌きはまるで、暗闇に差し込む太陽の様だ。
「あー、こっち、こっち!とりあえずこっちに下りてきてくれるかい?」
男が呆気に取られていると、足元の堀から呼びかけられ、急ぎ梯子を降りる。
降りた先には、先程の監督や自分の作業着とは違う、魔術師風の眼鏡をかけた愛らしい、いや、何所か気の抜けた犬頭のコボルド族の青年。
表情はこの現場には不釣り合いなほど穏やか、ニコニコと笑みを浮かべては男を迎え入れてくれた。
その青年は男に手を差し伸べて握手を求め、男は素直にそれに応じると、その青年は笑顔で口を開く。
「はじめまして、ボクは<ハンス>、<ハンス=ラウディス>。」
「…<グラン>。」
「あはは、お互い有体な名前だね。キミは…その格好からすると冒険者?」
「まぁ、そんなところか。」
グランと名乗った男はハンスの言葉にそう答え、彼は納得したような顔をしてはうんうん、と頷く。
「あぁ、ゴメンね、お茶の1つでもだしたいけど、ここの部屋では用意できなくてね…」
申し訳なさそうに頭を掻くハンスに対して、グランは特に気に留めた様子もなく、首を横に振る。
「じゃあ、早速仕事の簡単な説明をするよ。来てくれるかい。」
ハンスは堀の奥の壁、その扉を指差しては中へと入り、グランもそれに続いていった。
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