3-3.百味

 赤い一閃が煌く。

だが、それは大男には向かわず、小男の胸元を貫いていた。

小男は仰向けに倒れ、目を白黒させながら痙攣を繰り返し、賊のリーダー格、一閃を追った大男がそれを見下ろす形となる。

一瞬の出来事に残る賊達は目を見開き、リーダー格の男は顔を青ざめる。


――ローレル、ベルシード、コリアンダー、ジョイス、メース、と、黒故障…


「な、投げた…?剣を?自身の武器を??」

賊のリーダー格は、呆気にとられた様子で呟いた。

あの大男を前にして、武器を手放すなど無謀、自殺行為に等しいはず。

しかし、現実として赤マントの男は剣を手放し、何の躊躇もなく前へ、こちらへと向かってきだした。


――セージ、バジル、サフラン、に、タイダ、ウコン、と、不丹胡麻…


「…が、眼中に無い!?」

赤いマントをなびかせ、男は向かってくる。

のしのしとずかずかと、無言のまま、先程までの睨みつける瞳は見開いたものとなり、赤い不気味な輝きを放つ様に向かってくる。

大男の横を見向きもせずに通り過ぎ、賊のリーダー格は自身に着々と迫るその姿に恐怖を覚えた時だった。

「Da、Da、Dadyyyy!!!!Chackyyyy!HoShii!HoShiiiii!」

大男は泣き声の様な叫びをあげ、目付きを変え、赤マントの男を背後から飛び掛るように襲い掛かかった。


――蓮肉、コブ参、古枇杷、の、グーリン・グリーン、ポピー、ポンデリ、ポンピナポ…


「ホヒン♥」

小男から変な音が鳴る。

赤マントの男は刺さった自分の剣を引き抜きくと、後ろへとその身を跳ねさせ、向かう大男の方へと仰向けに倒れこむ。

だが、大男は赤マントの男とぶつかり合う事は無くなり、着地点、標的の変わりとなったのは倒れた小男とその後ろの賊達。

そして、大男の余った勢いと質量だけが向かって行く事になった。

「BmomomoMooooo!!」

「う、うわぁああああああ!ば、ばかあああああ!」


――灰冬、カリメド、太穀、ラヌマ、と、エスカレ、苑酢…


大男の突進は空振り、地面の衝突と共にその身をでんぐり返しに前転すると、その衝撃に賊達は巻き込まれ、辺りは土埃を舞い上げた。

賊のリーダー格は倒れ込んだ大男の隙間から這い出ると、赤マントの男の姿を捜す。


――シボリ、クローフ、朝陽奈、に、ラッテナン、スク、アレアシュレ…


舞い上がる土埃の中から、瓦礫を踏み抜く音へと目を向けると、赤い剣の照り返し、次に揺らめくマント、次に目の光が先程と変わらなく向かって来る。

賊のリーダー格は震える手で腰に差していた剣を抜き出し構え、荒れる呼吸で鼓舞するように叫び上げた。

「チクショウッッ!、かかか、かかってき…、け…。…た、…た、タァァァアー、スケテェーーーーーッッッ!!」



――サクナ、フンブリ、入れて、最後はぱぱっと、長々助胡、の、久命尾、っと…


「沈まれ、止まれ、賊共よ!お前達はこの町と民と潮風に対し罪を犯した!釈明あるなら伏して述べろ!」

叫び声を聞き、女商人は店から出て状況を確かめに行くと、騒ぎを聞きつけたのか、数人の衛兵が駆けつけてきており、瞬く間に賊達を制圧していく。

「あら、衛兵はん方や、タイミングバッチリですわぁ。」

男は戦闘が終わったと判ると剣を鞘に納め、適当な壁に寄りかってはふぬけるようにその場に座り込む。

女商人は嬉々としてその光景を見つめ、赤マントの男に駆け寄る。


「旦那ぁ~、見事な活躍です!いやぁ、惚れ惚れしてしまいました。ウチがそこらの町娘でしたら、間違いなく恋煩いでも起こしているところですわぁ!」

「…お前の中でも飛び切り笑えない冗談だ。」

「ま、ま、そんなつれない事言わんといて下さいな!」

女商人が笑いながら近づき話しかけるも、男の顔は浮かない表情のままだ。


そして、女商人の背後には食堂の主人が額の手拭いを解きながら近づいてくる。

「…<約束のモノ>だ。」

そう一言、懐から何かを取り出すと、女商人はそれを受け取っては、認めた後、自分の懐に仕舞いこむ。

「ふふふ、ご主人、おおきに!」

「…いいのか、そんなもので。」

「えぇ、構いませんとも。何しろ今のウチにとっては<これ>が値千金の価値があるんですからねぇ。」

「…そうか、それなら何よりだ。衛兵への聴取はオレの責務だ。アンタらには、これ以上迷惑はかけない。」

主人の言葉に女商人は微笑み返すと、主人は衛兵達の方へと向かって行った。

赤マントの男は視線を店の主人と女商人の間を行き来させ、2人の行動の意図が読めず、ただ困惑する。


「…ン?何?どゆこと?」

「いやぁ、赤の旦那、すんませんなぁ。実はウチ、ここの主人の相談を予め受けてましてなぁ。」

女商人は両手を合わせ、申し訳なさそうな顔をするも、すぐに笑顔に戻し言葉を続ける。

その態度と言葉に赤マントの男の表情は即座に不機嫌、眉間にシワを寄せては鋭い目つきで睨みつけるが、女商人は気にせず話を続けだす。


なんでも、最近この港町では地上げまがいの強引な商談や、暴力沙汰が頻繁に起きているらしく、小さない店ならば簡単に潰されてしまっていたところらしい。

そして、この店も異国の者が営んでいるという点で弱味と見られ、目を付けられてしまったらしく、ここしばらくの間に何度も嫌がらせを受けていたそうだ。

最初は店の主人が追い払っていたが、根競べにも限界を感じ、どうしようかと悩んでいたところに女商人が現れ、解決法を提示したのだと言う。


「それで、ウチが予め<ここの店主が大枚叩いて用心棒を雇った>って言触らしておいたんです。そないすれば、もう店に後がないと思い込んで、一気にここの店潰すために力を使いますやろ?そこを一網打尽。賊は余力を失って、後の事は心配が要らなくなる算段ってワケですわ。」

つまり、女商人は最初から全て承知の上で、赤マントの男を巻き込んだという事になる。

「そして、コレが賊達に用心棒が到来しの知らせる合図だってんです。」

そう、先の<瓢箪>を指先でぶら下げて女商人は笑う。


「俺を<じゅげむ>とかいうのに仕立てたってのか。」

「えぇ、ご明察です!ウチの目に止まったのが旦那で良かったですわぁ!ここを通る冒険者や傭兵は何人か知ってますが、一番旦那が適材と思っておりましたし、何より赤く、見つけ易い!旦那はウチと商機の赤い糸です。」

「…つまり、俺はまたお前に<一杯>喰わされた、と。」

女商人の物言いに赤マントの男の怒りは頂点に達し、拳を握り締める。

しかし、その怒りを向けられた当の女商人は涼しい顔で受け流し、笑顔を絶やす事はない。

「あはは、ウチはまだ旦那にそばを食べてもろてませんて!あぁ,でも食べていただける前に終わってしまいましたな。」

「コイツ…!」

歯ぎしりをしながら女商人を見つめるが、そんな様子など気にも留めずに女商人は続ける。

「でも、話を聞くのは<食事をするまで>と、ウチとの約束通りですし、今までとは違い、今回はウチからも別にお礼をお支払いしますんで。あ、でも赤の旦那のボスにはちゃんと<コレ>の入手ルートがウチからと教えといてくださいね。」

そう言って、女商人は図面を取り出し、見せびらかすように男の目の前に掲げると、男は鼻息荒くしながらそれを奪い取る。


「…てか、今までのも自覚あったのかよ、テメェ…!」

「まぁまぁ、怒らんといてくださいな~。旦那は仕事に関わらず人助け、善い事したんですからぁ。きっと旦那にも善い事が返って来ますよって。」

女商人は笑いながらそう言うと、男は手に持ったソレを乱暴に仕舞い込み、鼻息を立てて背を向ける。

「それにホラ!ウチのおごりの、百の薬味、百味の<寿限無>をまぶした<かけそば>です。荒事にもまれても、埃が入らないようウチが守って準備していましたさかい。ささ、仕事のあがりに是非、目仕上がってくださいな。これは正真正銘です。あらゆる薬味が殺しあう事なく口に広がる、正に万華鏡、極楽浄土の風味でっせ。」


男の前に再び出された器からは蓋が取られると、湯気が立ち上がり、香りが辺りに漂う。

それは、先程までの怒りを忘れさせるような食欲を誘う良い匂いで思わずゴクリ、と、喉が鳴る。

そして、赤マントの男は差し出された器を黙って受け取ると、ゆっくりと箸を手に持ち、静かに麺をすすり始めた。


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百味乗せかけそば


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―――ズズッ、ズズズッ…


「どないです?」

「うん、…のびてる。」


-TIPS-

○ゴブリン Ⅰ

額部に角を持つヒト種族。

大陸極東部の列島を領土として暮らし。現代では珍しく領主、国としての歴史が古くから続き、支配体制が幾度も変わる現代と比べ独特な文化風習を持つ。

大陸に渡ってきたゴブリン達はその大半が罪人や疫病等で国外へ追放された者達であり覇王統治の時代が訪れるまでは文化が存在する様な種族と思われていなかった。

外見的な特徴として男性は額の両端に二本、女性には額中央に一本の角が、幼年期から青年期に入りかかる頃に生え、その他は人間(ヒューネス)と大差ない。


―大陸で活動するゴブリンの冒険者は言った。依頼に失敗した程度で腹を捌くワケがないだろうと。


○ヒノモト Ⅰ

中央大陸の極東に位置する列島の国で、その人口9割以上が<ゴブリン族>達で締められ古くから武家政権で政が行われている。

覇王統治の時代前はゴブリン族同士による血で血を洗う戦乱の世であった為、この時に敗北した一族や国を捨てたゴブリン族達が大陸に渡ったといわれる。

国の玄関は西方の地と南東の地の港と列島の中央に転移門が存在する。

が、入国者は厳しく、しても行動制限が敷かれる為に必然的に稼ぎが渋り、金銭目的の冒険者や商人達には往来の人気がとても悪い。

だが、この国の<侍魂><忍法><寿司><芸者>等という大陸において独自な技術や文化に惹かれる者が居るらしく、ヒノモトの権力者達も大陸の文化に興味が僅かにはある様で、一部熱狂的な来訪者とで外との交流が保たれている。


―たまに拳大の握り飯に魚の生肉を乗せたヤツをヒノモトの<寿司>って言うヤツが居るんだぜ!ヒノモト事をてんでわかってねぇよなぁ。


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