2-3.故郷の味
赤マントの男はトゥルパの制止に反応せず、小さな火球が掘り起こす場所に現れる。
トゥルパは咄嵯に腕で耳を抑え、爆風に備える。
火球は一気に膨張、爆発し、閃光が走り、トゥルパは続けて目をまぶたで覆う。
またも落ち葉が舞い落ちるカラカラという音に、恐る恐る目を開けて確認すると、木の表面は黒ずみ、土が吹き飛ばされ、まるで巨大な手で地面をかきあげた跡が出来上がっていた。
トゥルパは唖然としながら、ナナリナは口笛を鳴らしながら関心を示す。
「さて、落ち葉と土のやわらかい層は吹き飛んだから、後は掘り出せるだろ。」
「ば、馬鹿野郎!!森なんかで<火の魔法>なんか使うヤツがいるか!!」
トゥルパは慌てふためきながら言い掛けた事言い直し、赤マントの男に詰め寄る。
「心配しなさんなって、こういう<自然>ってのは魔法事象、ましてや<詠唱短縮>したものじゃ、たいした影響は受けんさ。あー、<引火>させる魔法なら別だが。」
赤マントの男は耳を掻き、面倒くさそうに答えると着弾点を覗き込み、指で芋を掘り出すように促す。
トゥルパは込上げて来るものを溜息に変換し、手ゴテを腰から引き抜いて落ち葉と土を吹き飛ばした跡にしゃがみ込み、作業を開始する。
ナナリナはその様子を見て、微笑みを浮かべていた。
―――
「よしよし、思ったとおり、結構獲れたな。」
トゥルパ達は先程の事を繰り返し、芋を掘っては麻袋に詰め、満足気に眺めている。辺りには十数個の麻袋が置かれており、中には大小様々な<ヤーム芋>が入っている。
「さぁ、<アテ>が揃ったぜ。ここからが本番だ。」
「焼き芋の掴み取り大会だっけ?」
「この量なら落ち葉で焼くより石を集めて釜戸を作る方がいいんじゃない?」
「飛竜の捕縛な!?」
麻袋の中身を検めながらトゥルパは夫婦漫才に突っ込みを入れた。
「…これで飛竜を誘き寄せられるのか?相手は何処に居るかもわからんのに。いや、そもそも捕縛の手段がないだろ。」
「ま、それは不幸中の幸いってヤツだな。」
芋を1つ、片手でなでる赤マントの男の当然の疑問を問うに、複雑な表情をしつつ、トゥルパは腰のポーチから掌からはみ出す程度の小さな筒笛を取り出して2人に見せる。
ナナリナは何やら検討がついた表情をしたが、赤マントの男は首を傾げる。
トゥルパはその様子に少し得意げな顔をしながら説明を始める。
「コイツは飛竜に様々な合図を送る笛でな、騎手(ライダー)でない俺達でもある程度飛竜達を誘導できるんだ。」
「へぇ、なるほど、<猟笛>の一種ね。」
赤マントの男は聞き慣れない言葉に更に疑問符を増やす。
<猟笛>とは狩りに連れた猟獣に獲物に気取られぬよう、遠くから指示を与えるために考案された道具、と、ナナリナはトゥルパは掌の上の笛を指差しながら説明する。
狩猟の際に使用する笛の音によって命令を促すことが出来るため、予め罠を仕掛けたり待ち伏せをしたりといった作戦を取る際に非常に有効な道具である。
「さらにコイツは専用の調整がされて、より広範囲に、かつ特定の対象に正確に音を伝える事が出来る。」
トゥルパは笛の紐を指にかけて回しながら得意気に補足を加えた。
表情は変えないが、赤マントの男は2人の説明に合点がいったとばかりに手を叩く。
試しにトゥルパは笛を吹いてみるが、特に音は聞こえない。
「音は聞こえないのに、なんだか耳の中を揺さぶられている感じがするぜ。」
小さな風で落ち葉の擦れ合う音がすると、トゥルパが笛から口を離し、赤マントの男が身震いするように言った。
「あら、彼方はヒューネスなのに<聞き取れる>のね。」
「あぁ、そうか、竜種全域に響くそうだからドラグネスのねーちゃんに<聞き取れる>のか。」
「大丈夫、私は音の意味を知らないから、モグラのおならを聞き取るようなもんよ。」
ナナリナは肩をすくめ笑うと、トゥルパは苦笑いしながら話を続ける。
「後は芋の匂い、特に根を伸ばしてない実を焼くとだな、これも嗅ぎ取れるヤツには嗅ぎ取れる独特の香りが出る。それを頼りに飛竜も寄ってくるだろう。」
「なんだ結局、焼き芋大会には変わりないじゃないか。」
「ん?アレそうなるのか?」
赤マントの男の呟きにトゥルパは思わず笑って返していた。
「よっしゃ、じゃあ一休みがてら作戦会議をしたら実行だ。」
「へいへい。」
どん底からの順風漫遊、そんな状況下になった息巻くトゥルパに、赤マントの男は首と肩を回しながら渋々返事をする。
そう、3人が麻袋を離れたときだった。
ガサガサと森が大きくざわめく、それは枯れ葉が風に舞い、擦れ合う音ではなかった。
そして、また同じ方向から、今度は先程よりも大きい音、木々を揺らし一陣の風が吹く。
その瞬間、ナナリナは肩にかけた大型弩を抜くと、トゥルパを押し倒すようにして地面に伏せさせる。
同時に赤マントの男もマントをかきあげ、鞘に納まった剣を表に出す。
トゥルパだけは咄嗟の事態を飲み込めず目を白黒させ上を見上げた。
風が吹き付け、木々が鳴き、今度は枯れ葉が吹き飛ばされ、大きな影が上空に現れる。
それは空を覆うように大きく広がり、トゥルパの陽光を遮った。
――ドスンッ!
重量感のある着地音と地の枝が激しく鳴り砕け、共に枯れ葉と土煙が上がる。
巨大な翼が風を起こし、再び辺りの落ち葉を吹き飛ばす。
「KYUUrrrrr…」
青白い鱗、黒い翼に脚の爪、黄色の瞳、力強くなびく尾。
そこに現れたのは、それまで散々な目に合わされた、飛竜の姿で間違いなかった。
「飛竜!?…<ワイバーン>!!」
その姿を見て声をあげたトゥルパの顔からは血の気が引いていた。
<アテ>の下準備は揃えただけ、余りにタイミングが悪すぎる。
飛竜は鼻先を向けながら低く喉を鳴らし、3人を睨みつけている。
だが、飛竜は威嚇の声を鳴らすのみで一向に襲う気配はなく、ただじっと佇んでいた。
しかし、今の飛竜にとっての3人は食事の邪魔をする障害でしかない。
故に、排除すべき敵として認識したか、刹那、飛竜は大きく口を開き、空気を吸い込む。
溜め込んだ力を一気に吐き出し、咆哮をあげた。
「Kuahhhhhhhh!!」
<ヒートハウリング>、高熱を帯びた振動波が、落ち葉を巻き上げ塵に変えながら3人を襲う。
「チッ!」
赤マントの男は目先の地面に向かって<フォース>を数発打ち込み落ち葉を土と巻き上げ壁をつくり、残る2人は地べたに這う様に屈む。
即席の壁、とその身のマントにより男は辛うじて踏ん張り、耐えていたが、それでも貫く熱風を受け、苦痛の表情を浮かべさせていた。
ナナリナは咄嵯の判断で、身を乗り出し赤マントの男の後ろ脇へ向かい、弩を構え矢を放つ。
放たれた矢は飛竜の足元を貫き、牽制となったか、飛竜は口を開いたまま、身を仰け反らせて一瞬だけ動きが止まる。
「ねぇ!本来ならどういう算段だったの!?」
ナナリナは怒りと焦りを覗かせながら、トゥルパに問う。
本来は、この場で待ち伏せし、<仕込み>を加えたヤーム芋を飛竜に食べさせた後、経過を観察、頃合いを見て撤退する手筈であった。
だが、飛竜の出現にその算段は根っから破綻してしまった。
トゥルパの思考が加速し、脳内に様々な考えが巡らせる。
チャンスはもうない、この場を逃げ出すも、芋を再度掘り起こして集めてからでは決行時間が足りない。
この時、この場で、やるしか無い。
残されていないのだ。
トゥルパは顔をあげ、ナナリナを向く。
「ねーちゃん!その弩は弾丸も撃ち出せるか!?」
「え?えぇ、構造は<銃>に近いから、ちょっとした<塊>なら撃てるけど。<銃用の弾丸>は無理よ!?」
「その<塊>が大事なんだよ!赤いの!<切り札>をこさえるまで注意を引いてくれ!」
「報酬の上乗せ、願いたいね!」
3人が動く。
麻袋の位置へトゥルパはナナリナを誘導し駆け出した。
同時に、飛竜は動く2人を目で追うが赤マントの男が側面へ回りこむと、足元へ<フォース>を打ち込み注意を逸らす。
その間に、トゥルパは素早く麻袋の中へと手を突っ込み、適当に芋を見繕うと、それらをナイフで皮を次々に剥いていく。
「ちょっと!今から何する気なの!?」
ナナリナの言葉を無視し、トゥルパは無言のまま作業を続ける。
「Kurrrrhh…!!」
そして、取り出した芋を切り分け終わると今度は切り身を石で磨り潰しはじめ、同時に、飛竜の咆哮、その振動が森を揺さぶる。
またも<ヒートハウリング>だ。
ナナリナは飛竜と赤マントの男の方へと視線を向ける。
そこには、熱風に貫かれ、全身から白い煙を立ち上らせながらも、膝をつくことなく耐え忍んでいる男の姿があった。
しかし、それも長く持たないだろう事は容易に想像がつく。
「まだなの!?このままじゃ、赤マントが死んじゃうわよ!」
視線を隣のトゥルパに移すとトゥルパは何やら緑色に変色、芋の摩り身に何か混ぜたものを腸膜に詰めた団子を作り上げていた。
「…へっ。即席だが出来たぜ。ねーちゃん。コイツを飛竜の<口の中>に撃ち込んできてくれ。」
そう言って、トゥルパはナナリナに手渡すと、彼女はコクンと頷き、目の色を変える。
―――
「赤いの!」
トゥルパの声に赤マントの男は振り向くと、ナナリナが自身の下へ駆ってきている事に気づく。
彼女は弩を駆けながらも構えると飛竜に狙いを定め、牽制射撃を数発撃ちこむ。
飛竜はその攻撃に反応すると、後方へ飛び、距離を取り、またも雄叫びをあげる。
「ナナリナ!?」
男が彼女の名を叫ぶと、彼女は赤マントの男に向かい親指を立て、軽くウィンクをする。
次の瞬間、ナナリナの表情は変わり、身体を滑らしながら狙撃の姿勢へと移る。
狙いは飛竜の口。
ナナリナの目には、口を開き熱風を吹き出さんとする、飛竜が正面に映っている。
そのとき、赤マントの男に感じたことの無い身震いが、耳への振動が走る。
それはナナリナの先、トゥルパが<笛>を思いきり吹き鳴らしていた<音>だ。
飛竜へ視線を移すと口を開いたまま瞳孔が開き、硬直している。
その隙を逃すまいと、ナナリナは引き金を引き絞った。
弩から放たれた弾は、一直線に飛び、飛竜の口腔内へと飛び込んで行き、飛竜はその勢いでアゴを閉じ、弾を飲み込む。
「やった♥」
「馬鹿野郎!すぐに離れろ!!」
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