2-2.故郷の味

 一通りの準備と部下への指示をし終えたトゥルパは、再び焚き火を囲む冒険者、ハンター達を見回して、動けるものを探していた。

一見全員が疲れと怪我で動けない様に見えるが、よく見ると数人はその休む姿勢にも違いがでており、余裕の持ち方が見受けられる。

トゥルパはそのうち2人に目星をつけて声をかけた。

「そこの<ドラグネス>のねーちゃん! と、赤いマントのヤツ!ちょっと話があるんだが!」

呼びかけられた2人が振り向く。

1人は倒木に寝そべっている<ドラグネス>、所謂、竜人という種族の女だ。

基本は男のドラグネスとは違い<ヒューネス>に近く、一部露出する四肢の肌や頬、額からは鱗がまばらに見受けられ、頭部からは2本の角が、そして鱗をまとった尻尾が生えている。

あくびをしながら背と尾を伸ばすと、青い髪をなびかせて、矢筒と大型の弩を手に取り立ち上がった。


そして、もう一方はトゥルパが言い表した通り、赤いマントで全身を、赤い襟巻きで首、口元まで覆った黒い髪の男。

種族はおおかたその特徴の薄さからトゥルパと同じヒューネスだろう、立て掛けた剣に寄りかかるように座っているがうな垂れている様ではない。

だが、一度はこちらを向くも男は立ち上がらず、チラチラと周囲を見回すと身を丸め始めだした。

どうやら寝たふりをしてやり過ごそうとしているらしい。

「いや、お前だよ!お前くらいしかそんな赤いヤツがいねぇよ!」

トゥルパは思わず突っ込みを入れるが、当然のように無視される。


「…観念しなさいな。それとも私と怖くないように手を繋いで行く?」

赤マントの男の前にドラグネスの女は立ち、顔を覗き込みながら、不貞腐れた年少者をあやす様に語りかける。

男は彼女の玩具扱いされると感じたのか、その赤い襟巻きの上からでもわかる露骨に嫌そうな顔、そして溜息を吐くと観念して立ち上がり、2人はトゥルパの下へと足を運ぶ。


「ん?そういえば、お前は確か、飛竜の尾撃をモロに受けて吹き飛ばされていたな。よく軽症ですんだもんだ。」

赤マントの男に見覚えがある事にトゥルパは気付く、彼はつい先日も見た顔だった。

男は昨日、飛竜と遭遇した際、トゥルパが指示していた最も近くにいたパーティメンバーの1人であった筈だ。

前衛の連携が取れておらず、飛竜との距離を詰め切れずにいた状態で、隙を突かれ尾撃を喰らい、パーティの半数は吹き飛んでいったのだ。

他の面々が先の選別で自身の目に止まらず、この男は無事というのは、かなりの幸運の持ち主なのか、あるいは…。

そう、トゥルパは赤マントの男をじっと見つめるが、その視線に気付いたのか、男は再び目を逸らし、面倒臭そうに頭を掻いて「あぁ、アレか…」と、思い出したように呟いた。

「…まぁ、俺はちょっと他人よりは頑丈みたいなんで…あ、思い出したら、砕けたアバラに痛みが…」

胸を押さえて苦しむ男の姿に、トゥルパとドラグネスの女は同時に溜息を漏らし、お互い目を合わせて肩をすくめた。

だが、あの恐ろしい一撃を受け、無事に済んだという事は事実であるが、この男の口から放たれるのは、謙遜を通り越して卑屈さすら感じる物言いだ。


「またそうやって。つまらない三流芝居をするのね。」

「…仕事がつまらないからな。金にならない事を増やされても困る。」

「言ってくれるぜ。」

ドラグネスの女の指摘に、赤マントの男は嫌味を込めて言い返す。

その言葉に、トゥルパは苦笑するしかない。

しかし、赤マントの男の言う事ももっともであった。

トゥルパは財布から躊躇せず金貨を1枚ずつ2人に押し付けるように手渡す。

それを見た女は口笛を吹き、男も眉を歪めるが、決して悪い印象を示してるわけではなかった。

何より2人の立つ姿勢に満足足ると張りが出たのを見て、トゥルパは<この現金共め>と思うも、それは口に出さないでおいた。


「それで、御用は何かしら?はずんでくれる以上、雑用でもなさそうだけど?」

ドラグネスの女は金貨を指先で何度も返しながら、上機嫌にトゥルパに尋ねる。

頭を撫で回しながら、トゥルパは今後の方針、そして今の状況と独断行動を掻い摘んで2人に説明し、それを聞くと2人は互いの顔を伺う。


「フム、つまり、俺達に食料探しの序でに<個人的な>飛竜捕獲に付き合えと。つまりコレは口止めも込みか。」

「あら、お金が絡むと察しが良いのね。」

ドラグネスの女は、ニヤリとした笑みを男に向けると、男は「フンッ」と鼻息を鳴らしそっぽを向く。

「…どうせなら成功報酬も考えて欲しいもんだね。」

「ああ、もちろんだ。成功したあかつきには、俺が腕によりをかけ、故郷の味を堪能させてやるよ。」

「「帰えります。」」

「じゃあ金貨返せよ。」

2人はしかめっ面をし、金貨を匿う様に身を捻り拒絶した。


―――


「おい!少しいいか?」

「は、はい、何でしょうトゥルパさん。」

「こいつ等と食料の調達を兼ねて見回りに出てくる。俺の変わりに留守番を頼むぜ。」

トゥルパは野営を警護している空運ギルドの正規員の1人に声をかけ、後に続く2人を親指で指し、連れて行く旨を伝える。


「トゥルパさんがですか!?なら、自分が変わりに行きますよ!」

「バカヤロー、こういう時だからこそ、大して動いない俺が動くんだよ。それに後の手順はロンに任せてある。お前達は明日の朝まで野営地に余計な事が起きないようにしてろ!あと飯炊きの準備をさせているヤツが居る。そこまでやる事無いならそいつでも手伝ってやれ。だが、警戒は怠るなよ。」

「わ、わかりました!」

「<余計な事>が目の前で起きているように俺は見えるんだがなぁ。」

「金貨を受け取った以上は一蓮托生よ♥」

後ろから聞こえる声を無視しつつ、トゥルパは残った部下に指示を出す。


「<コンパス>は動いてるな?」

「はい!問題ありません。」

「<針>の確認と同期をする。2人もちゃんと持ってるか?」

トゥルパの言葉に赤マントの男は無言で取り出し手にかざすが、女の方は何を言われているのかキョトンとしている。


「<コンパス>?」

「名前の通り、方位磁石の<魔導具>だよ。冒険者に必須…いや半ば強制的に渡されるんだけども。」

<コンパス>の機能はその名の通り方位磁石でもあるが、それ以外にも機能がある。

それが<針>。

同期させた<針>の方角を示しあったり、特定の波長を感知する<針>もある。

使い方次第では様々な計測にも用いる事ができ、冒険者には必需品と化していた。


「へぇ、そんな便利な物があったのね。」

女は2人のコンパスの針が正規員の方角を指し、大きく揺れ示す所をみて感嘆の声を上げる。

「アンタ、<コンパス>が無いって事は未登録の稼ぎか、ハンターなのか。」

「えぇハンターよ。現地のじゃないけど。ヒトによるんだろうけど、私達ってなんでか魔導具の類は好まないのよね。でも私はちょっと欲しいかも。」

女は赤マントの男のコンパスを覗き込み、「ふぅん。」と赤マントの男は特に興味なさげに相槌を打つ。

「じゃあ手元に無い以上、俺か、その赤いのからは離れるなよ。……よし、行くぞ。」

そして、<針>の調整を終えると、トゥルパは2人を先導するように歩き始め、その後ろから2人がついて行き、野営地を出て森の奥へと踏み入れていく。


―――


陽が昇りだしたか、朝もやは薄くなり森の臭いから湿気りが失せていく。

木々の隙間から差し込む光を浴びながら、ドラグネスの女は鼻歌交じりに森の中を闊歩する。

「そういえば、お互い名乗ってないわね。私はナナリナ。冒険者さんの彼方は?」

ナナリナと名乗ったドラグネスの女は、隣を歩く赤マントの男に話しかける。

「<赤マント>で構わんよ。あのツルテンのおっさんも<赤いの>で済ませてるし。」

男は面倒くさそうな顔をしながら頭の後ろをくしゃくしゃと掻きだし応えた。


「わかったわ。<恥かしがり屋の赤マント>さん。」

「余計な肩書き付けるのは、やめくれます?」

男が半目で睨むように見つめると、ナナリナはクスリと笑い、赤マントの男の腕に自分の腕を絡ませると、男は更に険しい表情を浮かべる。

「イチャイチャしてる場合じゃねーぜ。2人とも。」

トゥルパは呆れた様子で声をかける。

「してまーす♥」

「やめい!」

ナナリナは尻尾を軽く振りながら、赤マントの男に腕により抱き着く。

赤マントの男は鬱陶しいと言わんばかりに、引き剥がそうとする。

「……別行動していいか?」

「やめとけ、赤いの。<コンパス>があっても山での単独行動は危険だぜ。」

トゥルパの言葉に赤マントの男は諦めた様にため息を吐き、ナナリナから一気に腕を引き剥がし、距離を離しに足早にし。

その様子を見ながらも特に気にした風もなく、ニコニコしながらナナリナはその距離を埋めるべく歩幅を合わせついていく。

人選を間違えたか?とトゥルパは内心不安に駆られながらも先へ進む。


「そもそも、彼方に単独で動く<アテ>があるの?」

「…そもそも、そのアテを聞いてなかったな。そういえば。」

2人の視線の先に居るトゥルパは「あるぜと。」と、ニヤリ笑いながら包みから長く伸びた芋を取り出す。

「…芋ね。」

「…どうみても、芋ですね。」

「おう、俺が故郷でよく食っていた食い物の1つでな。見てみな。」

トゥルパは包みをより捲り、芋の断面図を2人に見せる。

そこには、まるで巨大な口で噛み千切られたような歯形が付いていた。

「そんなにお腹空いてたの?」

「俺じゃねぇよ!?だから、<アテ>だと言ってるだろ。コイツはな…」

トゥルパは芋の断面を指さしながら、説明を始める。


それは、芋の断面についた、びっしり並ぶ鋭い牙のような跡、そして一箇所だけ彫り削ったような跡。

ナナリナはそれまで自身のハンター経験からある程度の推察は行く様だったが、確信を得られる顔をせず首をかしげ。

一方、赤マント男の方は理解を放棄し、ただ芋の断面を真顔で目を向けて居た。

「…つまりコイツは、<飛竜>の食痕さ。」


―――


森の奥深く、背高い木々の隙間から差し込む光が徐々に弱まり、薄暗くなっていく。

陽は高くなってきただろうに、辺りはどこか湿っぽく生ぬるい空気が漂い始める。

そんな森の中は落ち葉を踏み潰す足音と、時折聞こえる鳥の鳴き声以外は、静寂に包まれていた。

ナナリナは辺りの木々を見渡して、<何か>を探す。

「これがそう?」

「お、流石ハンターだな。覚えたら見つけるのが早いぜ。」

<ヤーム芋>は寄生植物の一種で土の中に根を伸ばし、地中に潜って成長を続ける。

そして、ある程度成長すると地上に出て蔓を伸ばすのだが、その蔓は1本のみが木に巻きつくだけで素人目には発見が難しい。

しかし、トゥルパは自信ありげに笑みを浮かべながら、 蔓が絡みついた1本の木を指し示す。

蔓の葉は枯れ始め、所々茶色く変色した小さな実が鈴なりにぶら下がり、下には落下したであろう実がいくつか落ちていた。

トゥルパは木の幹を手を叩きながら赤マントの男を呼ぶ。

「おーい、赤いの、見張りの交代だ。ねーちゃんに任せてこの下を掘るぞ。」


赤マントの男は面倒くさそうな表情で振り返り、ナナリナの方を見ると、彼女は笑顔で手を振るう。

「その下を掘ればいいのか?」

近くに来ながら尋ねる赤マントの男にトゥルパはうなずくが、赤マントの男は彫る場所を何度か踏み確かめると「離れてろ。」と一言告げる。

トゥルパは言われた通り数歩下がると赤マントの男は左腕の重厚な小手を抜き出すと掌を向ける。

僅かな沈黙の後、破裂音と共に木の根元の落ち葉が舞い上がり、地面が爆ぜる。

トゥルパはその光景を見て、思わず息を飲む。

赤マントの男の手から放たれたのは、<フォース>と呼ばれる詠唱を必要としない下位魔法。

魔力を衝撃波として放つもので、赤マントの男は続けざまに、何度も同じ場所に衝撃を放ち、その度に破裂音と落ち葉が舞い上がる。


「やったか!?」

「…やってない。」

トゥルパは慌てて駆け寄り覗き込もうとするが、赤マントの男は否定し、振り向いて離れながらトゥルパに声をかける。

そして襟巻きで見えぬがアゴで「もっと離れろ。」と指示するとトゥルパは再び先程より距離を置いた。


「イグニ。」

(…<火の魔法>!?)

トゥルパは再び掌をかざす赤マントの男のその一言を聞き取り、驚愕する。

「ば、馬鹿野郎!!森なんかで…!」

「フル、<エクスプロード>。」

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