1-4.河の流れのように
「…ここは、矢継ぎ馬は出してないんですかね?」
「あー、残念だけどこの宿場町には矢継ぎ馬は通ってないねぇ。そこの定刻表通りの便しかないよ。」
馬車停の受付前に掛けられた表を睨み覗く赤マントの男の問いに、受付口から初老の従業員が顔を覗かせて応える。
「日中のはもう出ちまった後だね。後は予定の馬車が来たら夕刻には出ちまうね。」
赤マントの男は後頭部を掻きり、地図で馬車の行き先、そして目的地を照らし合わせ、ルートの模索に眉間にしわを寄せた。
「まいったねこりゃ。こんな事なら救援の動員役なんて買わなきゃよかった。」
そして首を回し、肩を鳴らすと、飛び切り長い溜め息を吐いては己の行動を今更に後悔をしている。
「居た!赤マントさん!」
そんな後ろから自分を指す形容詞が飛び込んでくる。
その声に振り返るとそこには宿場町の入り口で別れた少女の姿があった。
「…赤マントて、って、何だ、お嬢ちゃんか。店には後で寄ればいいんじゃないのか?」
「お店の場所を言う前に、門番さんに連れて行かれちゃったから…」
「…あぁ、そういえば、そうだった。」
赤マントの男はぺチンと後頭部を叩き、再度その黒髪をくしゃくしゃと掻き毟った。
「はぁ、でもよかった…。赤マントさんもお姉ちゃんみたいに、何も言えずに居なくなっちゃうかと…」
「…お姉ちゃん?」
「あ、え、こ、こっちの話で!ひ、独り言です!」
「フム…?」
少女の顔はふと覗くだけで浮かび見える期待、好奇心、不安、遠慮、と、一目で様々な感情が汲み取れる。
万華鏡の様なその表情を悔恨一色とするにはいささか無粋と赤マントの男は感じ、馬車があればすぐさま発っていたつもりで居た事を口にはださず飲み込んだ。
「あの、それで、お食事は…その、済ませてしまいましたか?」
「いいえ。時間も余裕ができてしまったから、丁度ゆっくり食事がしたい所だね。いやはや、いい所で声をかけてくれた。このまま発っていたら次に降りれる町まで空腹に悩まされていた所だ。」
赤マントの男はマントをめくり上げ、ポンと自分の腹を叩くと、腹の虫の音がながーく鳴り響いた。
少女は間抜な音と男の真顔との落差にお腹を抱えて笑い出した。
―――
宿場町の出入りを繋ぐ中央通りに並んだ脇の通りへと、少女に案内され進んでいく。
陽は昼中から傾きだした時間もあってか、人通りは疎らになり、この町外からの往来よりも住人達が殆どの様だった。
通り縋る人々の足取りは緩やかで、どこからと談笑の笑い声などが吹き抜けていく。
そして赤マントの男は一軒の店に立っていた。
扉には<準備中>と掛札が下げられており、店内には人の気を感じられない。
少女は玄関口の段差をタンタンと軽やかにけ上がり、両足を揃えて玄関口に着地すると「さぁ、どうぞ」と赤マントの男を扉を開けて招く。
赤マントの男は何か気取った言葉でも返すべきかと悩んだが、特に手馴れた言葉など浮かばず、彼女の花開く様な笑顔に対し眉を緩めて返すと店の中へと足を進めた。
―――カラン、カラン。
ドアベルがゆるりと鳴り響く。
<味のある>同じ木材の床に壁に、小さなインテリアの壁掛け絵と皿が配置され、揃った角テーブルに厨房を別ける古いカウンター席。
店中は如何にも宿場町にある小さなレストランだ。
少女はパタパタと小刻みな駆け足で店角のテーブルの一席を引く。
「この席でいいですか?」
「あぁ、何処でも構わないよ。」
男の返事を聞くと少女は再びパタパタとカウンターに置かれたグラス取り、水差しの水を注ぐとにおぼんに乗せて運んでくる。
赤マントの男はそんな少女の姿を目で追いながら、ゆるりとテーブルに向いつつ、その赤いマントを脱ぎ、空席の背もたれに掛け、自身も腰を下ろした。
「あ、あの、それでは少し待ってて下さいね。」
赤マントの男、今は赤い襟巻きだけが首に巻かれた男が「あぁ。」と返事し、こくりと頷くと、グラスの水に一口着ける。
そしてテーブルに肘着けて、パタパタとカウンター奥へ掛けていく少女を眺めながら大きなあくびをして待つ事にした。
―――
「こんにちは、主人とあの子が世話になった様で。こちら、少しよろしいかしら?」
「えぇ、まぁ。俺は本来店への客では無いですから。気遣いは無用ですよ。」
少しして、手に茶器と包みを乗せたおぼんを持ち、カーディガンを羽織る壮年の女性がテーブル前に現れる。
この店の女将、つまりは町の入り口まで共にした中年の男の奥方であろう。
「あら?二人が世話になったのですもの、立派なお客様ですわ。寧ろお店の中で御免なさいね。」
赤いマントの男は気を使わせたく無い様に振舞うも、女将は少女とは違うそのニコニコとした表情からの善意の圧力に負け、向いの席にどうぞと、掌をだした。
「本当ならあの子に彼方のお相手をさせてあげるべきなんでしょうけどね。なんだかお手伝いに張り切ってしまって、厨房を追い出されてしまいましたの。」
彼女は笑顔のまま少し困った様に眉をひそめ、赤マントの男の向いの席に座ると茶器を広げその小さい湯呑みに茶を注ぐ。
ふわりと焙煎された茶葉の香りが漂い、どこか気持ちを落ち着かせてくれる。
「ピアちゃんは、良くしてくれてるわ。本当は数人の同種族で放浪の旅をしていたのだけど…」
「あぁ、<フォウッド>って種族はそういうものらしいですね。」
赤マントの男は差し出された湯呑みを握り上げ一礼をすると茶に口を着け、一気に飲み干し、女将はそれを見てニッコリと笑顔を向けた。
<フォウッド>は大陸東の大平原で、遊牧的な移動生活を覇王時代が過ぎ、数百年経った今でも行っている種族だ。
成人前には他の共同体で一時的に暮らし、いずれ故郷の里へ戻るといわれ、定着、定住する事は珍しいとされる。
少女もその習わしに沿った一人なのだろう。
ただ、余りに年端の行かぬ娘を一人残していくものなのだろうか。
「フム、それで彼女とその姉がここに?」
「えぇ、あの子達がこの町に暫くとどまって居たときに知り合ったのだけど、しばらくして私が病を患ってしまってね。そのままここに居てくれる事になったの。」
女将は店内を見渡しながら当事、過去を見つめている様だった。
赤マントの男もその視線の先へ目をやってみるが客の居ない店内が目に映るだけである。
「でも、一ヶ月程で<サティ>。あの子の姉は姿を消してしまったの。彼方、旅先であの子の姉を耳にしておりません?どうやら彼方と同じ冒険者になったみたいで…なんでも通り名を<百合詰みのサティ>と言うのだそうだけど。」
「フォウッドの女冒険者ですか…存じない名ですね。もっと特徴や活躍の噂話でもあればわかるかもしれないですが。」
「そう、ごめんなさいね。変な事聞いちゃって。」
そう女将は赤マントの男の答えを聞くや、前かがみだった姿勢は肩を落としては、期待が落胆になった様をあらわにした。
「あ~、なに、数ヶ月足らずで<通り名>が付いてる程なら、きっと腕利きですよ。その内足取りも掴めるんじゃないですかね?」
「励ましでもそう言ってくれると嬉しいわ。あぁ、そうそう、主人から聞いてました。僅かですけど。受け取ってくださいな。」
「あぁ、これはどうも、頂戴いたします。」
女将は悔恨の表情を残しながらも、気遣いを見せる赤マントの男に再び笑顔を見せ、席に座る際に持ち合わせていた包みを差し渡す。
中年の男が言っていた保存食であろう。
赤マントの男は先の期待に応えられなかった事と礼を込め、手で会釈をきると包みを受け取った。
「でも、うふふ、主人の話だとなんだか怖い方だと思ってたけど、思ったより普通の方で安心したわ。」
「ははは、<普通>ですか…」
「…おい、余り長話するんじゃねぇぜ。身体に障るからよ。」
突如声が割り込む。
いつの間にやら中年の男、ここの店主が両手に皿持ちテーブル脇に立たっており、女将に呆れた表情を向けていた。
「あらあら、主人が妬いてしまったわね。それではゆっくりしていってくださいね。」
「妬いてねぇよ!ったく。」
女将は店主を軽くからかうようにニコニコとした表情で席を立ち、入れ替わるように店主の腕から料理がテーブルに並べられていく。
「ほらよ、お待ちどうさん。コイツが約束の料理だぜ。」
***********************
ヒュージ・トードのソテー
河貝の酒蒸し
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「へぇ、これがあのカエルの肉か。見違えるものだな。」
白い楕円の皿にはでかでかとした立派な身の肉が、それが到底大型カエルとは思えない肉のソテーが乗っかっていた。
ソースの乳脂とハーブ、スパイスの香りが昇り、赤マントの男は自然と唾を飲み込み、喉が鳴る。
「…フーム。…って何か?」
まじまじと料理をみつめ続ける赤マントの男に対し、店主は腕を組み、視線を<ワザと>赤マントの男から逸らしながら何かうずうずとしている。
「…いや、いいから一口食えよ。流石にまずい飯を恩人に出すわけにはいかねーからよ。」
「フム。」と赤マントの男は鼻息を鳴らすとフォークとナイフを手にし、肉に手を掛け、そして切り分けた1つを口に運ぶ。
「ふむ、フム?川魚か?鳥肉か?両方?いや、これがこのカエル肉の味って事か…」
魚の様にホロリと身が崩れるワケでもない筋の肉に、それでいて脂の少ないサッパリとした食感。
肉に浸透したソースが噛むほどに溢れだし、赤マントの男は「フムフム。」と口に入れた肉を頬張り続けていた。
「へへっ、どうよ、気に入ってくれたかい?」
「…あぁ、旨い…ですよ。」
肉を飲み込んだ赤マントの男の表情は襟巻き越しから解り難いもののその硬直しかけてる挙動から驚きを隠せていないのが伺える。
「へへっ、そしてコレにそのソースを合わせてみるのよ。ちょっと試してみてくれや。」
「…漁醤?いや、コレは…醤油か。」
店主は小皿の<タレ>を差し出し、赤マントの男はそれを受け取ると鼻をスンスンと鳴らし吟味する。
「お、知ってるのかい?」
「ちょっとあっちには行った事がありましてね。」
「へぇ、なら河貝で食ってみるといいかもしれねぇな。」
勧められた通りに小皿のタレにソテーのソースを合わせ、切り分けた河貝の身1つを口に入れる。
「どうだい?」
赤マントの男はフォーク、ナイフを皿に掛けると店主に顔を向け、拳を少しあげると力いっぱいに親指を突き立てた。
それを見て店主も腕を組んだまま親指を突き上げ笑みを零す。
しばらく、いい大人の男2人が互いに親指を突き立て居るだけの空間に少女は理解できない部分もありながら、帰路に着く際の雰囲気はもう無くなっている事に笑って眺めていた。
―――カラカラ、カラン、カラン。
そんな折、鳴らないと思われた店のドアベルが鳴り響く。
「おーい、おっちゃん!腹減ったよォ~、早く店開けてくれよォ~。」
「エヘヘ、ピアちゃん、コンチハ♥」
店主と少女が入り口に顔向けると男2人が情けない声をあげて店に入って来ていた。
「オイ!<準備中>だって掛けてあるだろうが!勝手に入って来るんじゃねぇよ!」
「でもよォ~、何時もならもう開いてる時間じゃねェかよォ~。ハラ減ったよォ~。」
「あぁン?もうそんな時間を過ぎてたか?」
「あ、他にも客居るジャン!エヘヘ、ピアちゃん、お水、オレ達にもちょーだい♥」
「なんだよォ~、おっちゃん、もう客入れてるじゃねーか。ボケるにはまだ早すぎるゼェ~?」
「いや、確かにソイツは客は客なんだが…あ、オイ!」
2人は奥の赤マントの男を見るや、食事にありつこうと店の中へと進み、適当な席へと勝手に流れ込んで行った。
店主と少女は目を合わせると中年男は呆れた様に肩を竦め、少女は苦笑いで応える。
店主は<準備中>の掛札を外し厨房に戻り、少女は無作法に入ってきた2人への接客を始める。
しばらくすると再びカランカランとドアベルが鳴り響き、パタパタと少女が応対しに向かう。
来店した客を席へ案内し、水を出し、注文を受け、その最中にまたドアベルが鳴り渡る。
テーブルとカウンターと店内の席は徐々に埋まっていき、それに比例し少女は給仕に席の間を忙しなく駆け巡っていた。
少女と赤マントの男は時折目が合う際、互いに顔を緩ませささやかな交流をする。
―――
「…かなり賑わって来たな。」
赤マントの男は既に料理を全て平らげ、先に差し出された茶を啜り食休みにふける頃、店内はすっかり客で席の大半が埋まり、やがやと雑談と食器の音で賑わっている。
「さて、俺はそろそろお邪魔しますかね…」
赤いマントを背もたれから取り羽織直すと、湯呑みに残った茶を一気に飲み揚げ、会計場へと向かっていく。
「なんだ、行っちまうのか?いいんだぜ、もっとゆっくりしてもよ。何、テーブルの一席くらい構わねーよ。」
会計場には店主と少女が立ち、店主は少女の顔を伺いながら赤マントの男を留めようとする。
「悪いね。俺は冒険者と言っても使いっ走りでコキ使われている身で、今はまだ雇い主のお使いの途中なものでして。」
「そう、なんですか…残念です…」
少女の高く伸びた耳がしおれているのを見て、店主も無言でうったえかけるが、赤マントの男は首を振り応じる様子はなかった。
「じゃあ、ごちそうさん。姉さんが元気でいるといいな。」
赤マントの男は少女の肩をポンと叩き手短に彼女が聞きたかったであろう言葉を送る。
「お~い!お嬢ちゃん!追加で注文~。」
「あ、は、はい、ただ今!あ、あの、そちらも赤マントさんもお元気で!」
急かす客の呼び声に少女のしおれた耳はピンと跳ね上がる。
赤マントの男は肩をすくめ、少女に視線を送る。
少女は明るい笑みで赤マントの男に応えると接客へと向かっていった。
―――カラン…カラン…
ドアベルが静かに鳴り、客席に向かった少女が入り口に目を向けると赤いマントの姿は入れ替わる空気の如く消えていた。
―――
「おやすみなさい。おばさん!」
「ピアちゃん。おやすみなさい。」
今日の手伝いを終えて、少女は2階奥の小さな自室のベッドに飛び乗った。
窓から差し込む月明かりに何処か誘われて、少女は窓を開け、夜空を見上げる。
そこに映るは満天の星空に、僅かにかける大小2つの月。
そして今夜の空はエーテルが濃いのか、風のエーテル帯流、オーロラが緑色のカーテンの様になびいている。
「…赤マントさん、あの時のお姉ちゃんみたいだったな…」
小さな月に自分、大きな月に姉と赤マントの男、オーロラを川に見かけ、かつての一時きと、もしものその後を想い描いて少女はほくそ笑んだ。
「お姉ちゃんもあんな風に旅をしているのかな…今、元気で居るのかな。」
しかし、2人は少女の傍にはおらず、それは確かに寂しい事なのだが、月を眺めながら考えるとどこか傍に居るような安心を少女は感じていた。
柔らかい星と月の光は今朝からの疲労を少女の小さな身体に覆いかぶさると、少女は窓枠に寄り掛かるように身体を預けた。
夜静かに鳴くどこかのカエルの声が子守唄となって。
-TIPS-
○フォウッド Ⅰ
兎と人間が交じり合った様な<ヒト>種族。
男性は首から下の骨格がまるで人型となった兎そのもの。
女性は人間にその兎の様な長い耳が頭部から上に伸び、伸びた耳と四肢には柔らかい羽毛に包まれている。
幾つかの家族が纏まり、各地を転々とする移動集落の生活を送り、子供は成人前には何処か適当な人里で集落から離れる。
彼らは獣人の様で獣人種達の様な性質を持ち合わせておらず、生物学視点では別分類とされる。
○ヒュージ・トード
その名の通り巨大なカエルである。
<ジャイアント・トード>よりも更に大きく、屈んだ状態で一般的な成人の胸~喉元程のサイズ、身体を伸ばすとその倍近くまでになる。
動いて体温がある様なら何でもかんでも飲み込む為にか、動物、ヒトに限らず幼体程度なら丸呑みにしてしまい危険。
初夏間際の水辺が豊富な土地には大量に成体化し、可食部である足も量が取れる為にハンターや冒険者の小遣い稼ぎとなっている。
○河貝
河川の柔らかい砂地か泥に生息する淡水生の二枚貝。
臭みが少なく下ごしらえも泥や砂を吐かせるだけなので簡単と産地の地元には人気が高い。
手ごろな保存方法が確立されていない為かあまり都市間の流通はされておらず旅先でオススメの食材としてよく挙げられる。
○フライ・ジョー
靡く長旗の様な身体に鋭い牙を持つアゴ、に複数の翅をもつ羽虫の魔物。通称・牙羽虫。
体長は成人男性よりやや小さめで、その体格からか林木や茂みの中に止まっていても気付き難い。
機動力が高く空中を自在に動き回る為、飛び道具や動きに追従できない冒険者には難敵。
川辺、林に生息、川辺で見かけるフライ・ジョーは大半が交配、産卵期に入ったもので獰猛である。
○瘴気
淀み。負のエネルギーの滞留。
8つに分類されるエーテルや、天然ガスの類ともまた違う不確かな存在。
判明し世間帯に周知されている事は魔物がこの瘴気に敏感な事、結晶化する事、人体に影響がある事である。
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