1-3.河の流れのように
「わ、わるかったな、兄ちゃん。」
「…いいですよ。ただ、俺がちょいと頑丈でよかったですね。」
「す、すまねぇ。」
鼻頭をさする赤マントの男の僅かな会話とその視線は中年の男に対して冷たい。
言葉もヒトに向けているというより、モノに対して愚痴を零してるかの様だった。
「………、さて、宿場町への案内を頼んでも?」
中年の男の萎縮し謝る姿勢に微塵も関心を向けず、赤いマントの男は少女に道案内を頼む。
「あ、は、ハイ!あ、でも、あの、荷物をまとめからでないと。」
「フム、わかった。そちらから済ませてしまおうか。」
襟巻きで顔の半分は見えないというのに、その視線と態度が自分とで露骨な差がある事に少女はうろたえながら応える。
2人は共に身を挺し自分を守ってくれたのだ、だが軋轢が生じ、居心地の悪い空気に包まれている事に少女は居た堪れなかった。
「あぁ、そうだ。黒焦げにした方はともかく、掻っ捌いた方は処分しないとな。」
その場を発つ前、思い出したかの様に、腹を切り裂いた巨大ガエルの方を向き赤マントの男は右腕の掌を構えた。
残る死骸を先の魔法で処理するつもりなのだろう、だがそこには中年の男が絶命した巨大ガエル肉を触っては吟味しだしている。
声こそ掛けはしないが、中年の男が気を済むまで魔法を放つつもりがない辺り、男にまだ怒りと恨みが無いこと少女は安堵した。
「おじさん?」
「…なぁ、兄ちゃん腹減ってないか?」
「…寝起きではあるから。まぁ。」
「さっきの侘びと言っちゃなんだがよ、コイツで美味い飯作ってやるよ。つっても町に戻って、俺の店でになるけどな。」
「このカエルで?食えるのかい?というか店?」
質問には応えるものの疑問に関しては本人には返さず赤いマントの男は隣に居る少女に質問を投げる。
やはりまだ明確な確執がある事に少女は苦笑した。
「おうよ!俺は料理店をやってるもんでよ。今日獲れたものも合わせてご馳走するぜ?」
「本当は時期じゃ無いそうですけど、ヒュージ・トードのお肉は市場に流れる頃には評判の食材なんですよ。動いてる本物はさっき始めてみましたけど…」
「フム、食えるのか。意外だな。」
中年の男はカエルをぺちぺちと、然も自分が仕留めたかのように自慢げに叩き、赤マントの男はそんな中年の男に何処か呆れた様子で少女をに向いて話を進める。
「お前さん旅の者だろ?ならどうだい!飯代はタダ、更にそうだな詫びと礼ついでにウチの保存食でよかったら分けてやるよ。」
赤いマントの男は小袋を取り出し、口を摘み軽く弾いて中の小銭の感触を確かめる。
袋の中で貨幣の擦れ合う音が重く響くが、男の眉間と眉には提案を弾き飛ばせるような余裕は無さそうであった。
「…背に腹は変えられないってヤツか。わかりました、馳走になるとしましょうか。」
「おうよ、任せておきな!じゃあ解体はやっとくからよ。そっちは頼むぜ。」
少女に向かって、やれやれと赤いマントの男は眉間をよりゆがませ肩をすくませる。
でもそれは何処か笑っているかのようで、少女は笑顔で男に応え、2人は川下に向かって行った。
―――
帰路の支度を無事済ませた3人は馬車道を伝い、中年の男と少女の暮らす宿場町に向かっていた。
時間はすっかり経過し、道端の草木が天高くから注がれる光を浴び、その青々とした色を輝かせている。
少女の腕には河貝の詰まった籠に歪んだ簡易コンロ、中年の男は他の纏まった収穫物や用具を抱え、赤マントの男には解体したヒュージ・トードの脚肉が左肩に担がれていた。
地理に明るい2人が必然的に前を歩き、赤マントの男は川に視線を向けながら2人の後を追う。
道中、中年の男は少女との雑談を混ぜながら、赤マントの男に話題を振ってゆくがどうにも生返事だけが返ってくる。
「なぁ、ところで兄ちゃんはオレと同じ<ヒューネス>…だよな…?」
「それが何か?」
「あ、いや雰囲気が何処かよ…、気にしないでくれ、ははは、種族なんざぱっと見れば判る事だよな。」
「…」
少女は気まずいやり取りを耳にしながら、後ろの赤マントの男の様子を伺う。
だが、男からは帰路前の時折見せる緩い表情は無くなっており、少女は尋ねたい事は色々とあるも、会話を切り出し難くなっていた。
男が<異質な異邦人>という事もあったが、外の情報を直に耳に入れられる事は余り無い。
帰り支度の際は、男の慣れた手付きと動きによりあっという間に済まされ、少し期待していたお喋りの時間などをする猶予は無くなっていた。
それに、言葉にするには整理がつかず、また気を抜くと男には他人を拒む靄の様なものに阻まれ、言葉を投げるのに躊躇が走る。
「さぁ、着いた。ここがオレ達が住む宿場街よ。」
そんな少女の迷いの内に道の先には木で組まれた柵とその入り口が目に入る。
脇には門番が槍を立て、あくびを噛み殺しながらその勤めに励んでいるようだった。
「おや、ホワズさん。ピアちゃん。また川で食材の収集ですか?今日は随分大収穫の様ですね。」
「よう!お勤めごくろうさん!、わははは、まぁちょいとトラブルはあったが見ての通りよ。」
「トラブル?」
「あぁ、まさかヒュージ・トードの寝起きに出くわすとは思わなくってよ。コイツはその1匹の肉だ。」
「それは無事で何より。あぁ、詳しい事をお聞かせ願えれば、巡回の者に指示を出しますので、ご協力よろしくお願いします。」
門番は胸を撫で下ろし既に緩んだ表情が更に緩みをました。
「で…、そちらは旅の方で?」
赤マントの男は中年の男に持ってた肉を押し付けると、懐から何やら手帳を取り出し門番に見せる。
手帳からは付箋が何枚もはみ出ており、その革表紙の磨れ具合や、剥がれ残っている印章紙から程々の年季が伺える。
何より特徴的なのが革表紙中央に取り付けられた金属の印章で、門番の視線もそちらに向いていた。
「…あぁ、冒険者の方ですか。徒歩でこんな所とは珍しい、街出入りの関税は馬車荷車1台に付きですから、そのままお通りください。」
「まぁ、事故に巻き込まてその馬車が止まらなければ、ここへ来る事も無かったんですがね。」
「やや、救援の動員でしたか!そいつは大変だ!冒険者さん、今すぐギルドに救援要請しに向かいましょう!どうぞ、どうぞこちらです!」
「あ、いや、俺は荷馬車の位置が記録されたコンパスの針をギルドに提出するだけだから後でも…」
「何を言ってるんです!善は急げですよ!ヒトの命に関わる事ですから!さぁ!さぁ!」
門番は表情がまるで使命に帯びたかのように引き締まり、赤いマントの後ろに回ると方を掴みぐいぐいと押していく。
2人はこちらに向くと門番はペコリと笑みを浮かべて挨拶を、赤マントの男は門番を止めて欲しい様な視線を送った様だったが
門番の強引さによって2人は通りの奥へと進んでいった。
「あーりゃりゃ。ははは、あの門番に捕まっちまったら満足されるまで時間がかるぞ。」
「しかし、助けられた身とはいえ、無愛想、というか何を考えてるか解らないヤツだったな。何か、赤いし。」
中年の男は自分が巻いた種とはいえ、赤マントの男との重い空気から開放された事に肩を撫で下ろし詰まった息を吐く。
「ま、一日中かかるとはいかないだろ、さて俺達は遅れた分の仕込みやら準備で忙しくしないとな。」
「あ、おじさん。」
「なんだい?」
「お店の場所、赤マントさんに教えてない。」
「…あ。」
既に赤マントの男と門番は視界から消えうせていた。
―――
昼下がり、来店する客は落ち着きをみせ、少女は遅めの昼休憩に入いる。
店のある外れの通りから中央の通りへと足を伸ばし、向かう先は冒険者の集う彼らのギルドを兼任した酒場だ。
少女は時間を見つけてはこの酒場へと赴いていた。
配達の仕事もあるにはあったが、少女の目当ては姉の足取りや噂話が入ってこないか、ここが唯一の窓口であった。
だが、それは普段の事、今回は恩人をお礼に招くためのヒト探し。
何時もの道のり何時もの過ごし方ではあるが少女にはこの些細で新鮮な出来事に少し胸躍っていた。
「あら、ピアちゃん。どうしたんだい?またお姉さんの事でも調べに来たのかい?」
「こんにちは、おばさん!、今日はそうじゃなくて…」
派手な着飾りだが、恰幅が良くまるで歴戦の猛者のような目付きした<フェルパー>の女性が少女と親しい挨拶を交わす。
屋内にはぽつりぽつりと冒険者達がくつろぎ、世間話や個人での賭博を行い過ごしていた。
今日もやはり姉の姿どころか同種族の<フォウッド>の姿すらなく、そして目当ての赤いマントの男の姿も無かった。
「あの、赤マントさん、えっと、赤いマントの冒険者さん見ませんでした?」
「赤いマントの冒険者だけじゃあねぇ。それだけでなら何人といるよ。」
「えっと、門番さんと馬車の救援がどうとかこうとか、言ってる人が来たと思うんですけど。」
「あぁ、あの仏頂面のマントに足が生えたような男かい。そいつなら馬車停の場所聞いてたね。今頃馬車停に居るんじゃないかい?」
「え!?馬車停!?すぐ追いかけなきゃ!」
女亭主の話を聞いた途端少女の耳は高く伸び、おろおろと自分の入ってきた入り口を確認しそわそわと向かいだす。
「あ!ありがとう!おばさん!」
「いいんだよ。ピアちゃんは何時でも頼っておいで。」
慌てていながらも別れ際の少女の屈託の無い笑顔に女亭主も笑みが崩れていた。
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