5-4.心から信じられる言葉

>――――――>




 都月さんへ


 まず初めに言っておくけど、この手紙はできるだけ俺の想いを直接伝えるために、構成も何も一切考えずに書いている。

 読みづらいかもしれないけど、ごあいきょうってことで。


 最初に謝っておきたいことがある。

 俺は都月さんのことを、すっかり忘れていた。ごめん。

 中学でクラスが同じだったのも、あの盗難事件のときの生徒が都月さんだってことも、昨日言われて思い出したばかりだ。

 昨日言われて初めて、俺が不登校になったことを都月さんが気にしてるって気づいた。


 でも、誤解しないでほしい。

 俺は、あの時のことをまったく、迷惑だなんて思っていない。

 俺はただ、あのときムカついただけなんだ。

 もともと、こんな嘘が見える能力のせいで、他人を信用できなくなっていた。

 集団生活そのものに、嫌気がさしていた。

 そんなときに、あの事件が起きた。


 クラスの奴らが、犯人にそそのかされて、半信半疑のまま都月さんを責め立てていた。

 初めはグレーだったみんなの思考が、犯人の言葉でどんどん濃く染まっていった。

 その光景を見て、ムカついていた。

 俺には犯人の言葉が嘘だってすぐにわかっていたし、都月さんの抵抗の言葉が真実だってわかっていた。

 嘘を言っている人が正義としてまつり上げられて、本当のことを言っている人が悪人にされる。

 それが許せなった。それでムカついて、


 いや、ちょっと違ったかもしれない。

 ムカついてたのはそうなんだけど、こうして書きながら思うと、本当の理由はそうじゃない。

 たぶん俺は、都月さんを助けたかっただけだ。

 冤罪なのに周りから追い詰められて、そんなひどいことあるかって思った。

 ふざけんなって思った。

 だからムカついてた。助けたいと思った。

 俺が助けたかったから助けただけなんだ。


 だから、俺はあの事件のことで、都月さんを迷惑だなんて思っていない。

 確かに俺は事件の後しばらく不登校になった。

 けどたぶん、俺のことだし、遅かれ早かれ引きこもることには変わりなかったんだと思う。

 むしろ、良い機会だった。

 それに、後悔もしてない。

 あのとき不登校になって良かったと思ってる。

 これは結果論になるんだけど、俺はあの事件があって不登校になったからこそ、灯に会えたし、受験勉強がんばって色橋高校に入れた。

 ちゃんと能力に向き合おうと思った。

 今では立ち直って、こんな明るいキャラで生活している。

 まあ灯には「うるさい」って言われるけど、暗いとかよりは十分ほめ言葉なんじゃないかな。


 だから、自分のせいで誰かに迷惑がかかるなんて、考えないでほしい。

 第一、悪いのは都月さんじゃない。

 あの事件だって、今回の脅迫事件だって、犯人が悪いだけだし。

 都月さんが責任を感じることなんてない。


 それに、迷惑をかけるから独りになりたいとか、今更そんな簡単に独りになれるなんて思うなよ。

 天野さんだって、何度突き放しても都月さんに話しかけてきたんだろ?

 天野さんは、都月さんと仲良くしたいと思ってる。

 そんなこと、都月さんだってわかってるだろ。

 灯だって、都月さんと友達になりたいと思ってる。

 俺だってそうだ。

 都月さんは、俺と同じで能力を持っている仲間だ。

 友達になりたいと思って何が悪い。

 もし仮に何か迷惑をかけられようと、絶対に友達になってやるからな。

 そして絶対に友達やめてやらないからな。


 だから、とりあえず学校に来て、皆の話を聞いて欲しい。

 迷惑かどうかなんて、都月さんが気にすることじゃなくて俺たちが決めることなんだよ。

 天野さんも灯も俺も、本当に都月さんを迷惑に思ってるか、自分の目でもう一度見極めてほしい。


 それでもやっぱり信用できないっていうなら、またこうやって手紙を書く。

 うざいって思われても送り続けるからな。

 今度は天野さんにも、灯にも書かせる。


 だから、そう簡単に独りになれるなんて思うなよ。

 学校で待ってる。


 夜岬慎より




>――――――>




 夜岬さんの書いた手紙を一度読み終えて、私はその表面を一文字ずつ指先でなぞる。

 便箋はルーズリーフ。封筒は事務的な茶封筒。文面は、自分が小説で読んで夢想していたような情緒の欠片もない。そんな、あまりにも味気ない手紙。

 でも、だからこそ、そこに込められた想いだけが、確かな熱量で私に届いた。


 ――迷い。

 序盤は何を書こうかと悩みながら書き始めた様子が感じ取れる。手紙なんて書いたことない、慣れていないとわかる不器用な言葉が綴られている。

 しかしその迷いも、すぐになくなる。

 ――熱意。

 書きたいこと、伝えたいことが溢れ筆跡に熱がこもる。決して綺麗な言葉にはならなくても、思いのたけをそのまま書き連ねた。そういう真っ直ぐさが感じられる。

 書いた人の熱量と、不器用な真っ直ぐさ。

 この手紙に嘘がない。私の能力ではそれがわかってしまう。


 自然と、特に熱量のこもった一文が目に映る。


『俺は、あの時のことをまったく、迷惑なんて思っていない。』


 文字からは、その言葉に対する真摯な想いを読み取れる。

 そこに、嘘や偽りはない。


「……そんなこと、わかってます」


 ……そう、わかっている。

 天野さんも夜岬さんも日野川さんも、私のことを迷惑だなんて思っていない。

 知っている。みんなの想いに触れたから。


 自分の通学鞄を見る。さっき天野さんが届けてくれたものだ。

 天野さんが玄関に置いてくれた鞄を持ったとき、そこに込められた想いを感じた。

 

 一番濃くついているのは、寂しい、悲しいという気持ち。これは、鞄と靴を届けてくれた天野さんの好意を私が無下にしたせいだ。

 他にも鞄には、私のことを案ずるような気持ちが三人分あった。きっと、天野さん、夜岬さん、日野川さんのものだ。みんな、学校を休んだ私を気にかけている。

 特に天野さんの想いは、さっき鞄から見つけたノートにもこもっていた。今日の授業範囲と思われる記載には、私のことを心配しながらも、私のためにもしっかりノートを取らなければという意思も感じられる。


「……ずるいです」


 手紙も、ノートも、全部ずるい。

 私の能力を知っているからこそ、夜岬さんは手紙なんて方法をとった。こんなことをされたら信じざるを得ない。

 そして、これはおそらく夜岬さんの発案ではない。書き出しの部分には、急に書くことになった焦りと迷いが読み取れる。きっと考えたのは日野川さんだ。

 それに天野さんのノート。これは、私のために記載したノートではなく、天野さんが普段から使っているノート。つまり、私がこのノートを返さなければ、天野さんに迷惑がかかる。このノートは、「来週学校に来て返してね」と言っているのと同じだ。退路を塞ぎに来ている。

 三人とも、ずる過ぎる。


 三人とも、私のことを本当に心配している。私のことを迷惑だなんて考えていない。

 ……そんなことは気づいていた。だけど、認められなかった。認めてはいけないと思った。

 私が冤罪をかけられそうになった、中学二年生のときの盗難事件。あのせいで夜岬さんは学校に来なくなった。

 夜岬さんを不登校に追い込んだ罪から目を背けてはいけない。だから私は、他人と関わらないようにして生きてきた。

 一度は天野さんと仲良くなるも、自分の罪を思い出し距離を置いた。

 ……それなのに。


『あのとき不登校になって良かったと思ってる。』


 ……そんなことをいわれたら、私が何に負い目を感じていたのかわからなくなってしまう。

 もちろん、手紙にも書いてある通り、そんなの結果論だ。

 でも、手紙に込められた熱は、私の反論を許さない圧があった。


「…………ぐすっ……。…………っうぅ………………」


 頬を伝った涙が手紙に落ちる。気づいて袖で涙を拭う。


 他人に迷惑をかけたくない。自分は、独りじゃなきゃいけない。

 そういって自分を縛っていた鎖が解かれていく。

 そうして、後に残った気持ちは……。

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