第4章 三つの脅迫
4-1.脅される探偵部
ずっと、他人を避けて生きてきた。
嘘がわかってしまうこの能力で、見えてくるのは他人の汚いところばかり。
幼い頃はバカ正直に嘘を指摘して、相手を怒らせた。
少し成長すると、相手の嘘を飲みこむ処世術を覚えた。しかし全員の嘘に話を合わせ続けていくのは、まだ小学生の頭では難しかった。騙され続けるのも楽じゃないし、必ずどこかで関係が破綻した。
嘘がわかるだけで情報量は増え、処理に疲れる。
いつしか、俺は他人を避けるようになった。
しかし、俺が関わらなくても集団生活は勝手に回る。
目を開けば、そこはいつでも誰かの悪意で満ちていた。
……俺は、俺にしか見えない地雷に辟易する毎日を送っていた。
「あんたがやったんでしょ!」
中学二年の二月。その日の昼休みは、いつにも増して甲高い声が教室に響き渡っていた。発生源は、女子の集団。数名の女子が、眼鏡をかけた長い黒髪の女子を取り囲んで騒いでいる。クラスメイト全員の注目の的だ。
内容は、嫌でも耳に届く。どうやら、盗難事件らしい。クラスの男子の所有物が盗まれたとかなんとか。キーホルダーっつってたか?
詳しい背景は知らない。知ったことではない。クラスで起こるいざこざなど、俺には関係ない。そう、言い聞かせた。……今までもそうしてきたように。
「さっさと自白しなさい!」
「そうよ!」
「奪った物さっさとだしなよ!」
「あんたが持ってるのはわかってるの!」
「この泥棒!」
耳に届くのは一人を責め立てるたくさんの雑音。
そして視界に移るのは濁った色ばかり。
――灰、灰、灰、黒、灰。
嫌気がさす。
平気で嘘をつくクソ野郎。それに煽られ確証もないのに他人を追い詰めるクズども。
そして――冤罪と知りながら見て見ぬふりをしている自分自身。
……俺も当事者と変わりない。自虐はしても、行動はしない。他人に関わるのはごめんだ。
「どこに隠したの? 机の中? 鞄の中?」
「ほら、鞄見せろよ!」
囲いの女子集団の一人が手を伸ばしたところで、中心で糾弾されていた女子がすぐさま自分の鞄を手に取り、抱える形でうずくまった。
「なに? やってないなら鞄出せばいいじゃん」
「やっぱキーホルダー隠してんじゃないの?」
「だよねー、ウチもそう思う」
うるさい。うるさいうるさいうるさい。
聞きたくない。見たくない。
耳を塞ぎ、目を閉じてしまえば、真っ暗な世界で一人になれる。
俺は現実から逃れるために、瞼を下ろそうとした。
しかし、その日は――
「……違う……私じゃない……」
雑音に埋もれて今にも消えそうな、小さな涙声。
濁った言葉の渦の中で、その否定の言葉だけが、真っ白だった。
それを見た瞬間、自分の中で何かがはじけた。
――バン!!!
机を平手で叩いて荒々しく立ち上がる。大きな音がして、クラスメイトの視線が一気に俺へと移った。
俺は、一人を囲って集中砲火で非難する女子たちを睨みながら口を開いた。
「うるせぇよ」
そして、机を蹴り飛ばした。
その日から、俺は学校に行かなくなった。
◆◇◆◇◆
「慎おはよー」
「よーっす」
朝。生徒玄関で靴を履き替えていた慎に、灯が後ろから声をかけた。モノクロ探偵部の朝活動で毎朝顔は合わせるが、こうして登校のタイミングまで一緒になるのは意外と珍しい。たいてい、灯が先に来て勉強している。
慎が普段より少し早めに登校するのは、事件解決に向けたモチベーションの表れなのかもしれない。昨日の放課後は調査方針の相談があまり進展せず、翌日へ持ち越しとなった。
二人は一緒に208教室へ向かう。途中、慎がふと口を開いた。
「そういや昨日帰ってから思い出したんだけど、あれどうなったんだ? 写真の送り主特定できるかもって件」
五十嵐成美が持っていた脅迫写真。それを見た灯は、少し調べたいことがあるといって、慎には特に説明せず動いていた。
「……それなんだけど、じつはまだ調査途中なの。今日中には終わると思う」
「そっか。んじゃあ終わったら言ってくれ」
そこで目的の208教室に到着し、慎は扉を開けた。
「……は?」
まず目に入ったその光景に、二人は言葉を失った。
原因はただ一つ。教室の正面の壁を陣取る黒板。その表面目一杯に、文字が書かれている。それ自体は正しい使い方だが、問題は昨日の放課後この教室を使用していた慎も灯も書いた覚えがないこと。
そして、その内容だ。
『活動をやめろ』
荒々しい字で、そう書かれていた。
突然の異常を前に、慎の理解が追いつくまで時間がかかった。
「これは……あれか? 今度は俺たちが脅迫された……ってことでいいんだよな」
「みたいね」
状況を理解したうえで、二人は冷静だった。脅迫事件続きで変に慣れてしまっている。
「……とりあえず傍目に触れない方がいいかもね」
「だな。教室閉め切るか」
灯は教室に入り、慎もそれに続いて扉を閉めた。扉にはガラスがついているが、すりガラスなので閉めてしまえば廊下から室内は見えない。窓についても今はカーテンが閉まっているので、対面にある特別教室棟から誰かに見られる心配もない。
さて、本題はここからだ。慎たちは黒板の観察を始めた。
黒板に書かれた『活動をやめろ』という言葉。この208教室で『活動』しているのはモノクロ探偵部くらいだ。一応授業でも使われることはあるが、それを『活動』とはいわないだろう。
「これ、間違いなく俺たち向けだよな」
「そうね。それに脅迫ってことは、ここ最近の事件と関係ある可能性が高いと思う」
「だよなー」
五十嵐成美への落書き及び脅迫写真。
それと同一犯が作ったとされる、天野円香への三通目の脅迫状。
そして今回、モノクロ探偵部宛てと思われる脅迫文。
証拠があるわけではないが、関連性を疑わない方が難しい。
「で、どうするの、部長。調査進める? 一応脅されてるし、次は何をされるかわからないけど」
「普通に無視してりゃいいんじゃね? 何かされる前に犯人見つけりゃ終わりだろ」
「だよね。あたしも賛成」
「それに、『活動をやめろ』っていわれてるだけだし、部活じゃなくて俺たちが個人的に調査する分にはなんの問題もないんじゃねーの?」
「まーたあんたはそうやって屁理屈を……」
灯は、慎への苦言を途中で止める。
「どうした灯?」
「ちょっと思ったんだけど、この脅迫文おかしくない?」
「というと?」
「慎が言ったとおりよ。事件について調べてるあたしたちに警告するなら、普通は『調査をやめろ』とか『詮索はよせ』みたいな言葉を使うと思うの。なのに『活動をやめろ』ってちょっとわかりにくくない? 表現が曖昧っていうか……。考えすぎかもしれないけど」
「言われてみりゃ……たしかに」
考えすぎ、ではないかもしれない。言葉のニュアンスがどれだけ重要か、普段から嘘を見ている慎はよく知っている。
「もし、『活動をやめろ』ってのが本心から出た言葉だとすると、単純に考えるなら『モノクロ探偵部の活動をやめろ』ってことになる。事件の調査をされてること自体はどうでもいい? それとも今回の脅迫はこれまでの事件とは関係ない? 犯人の目的はなんだ? 犯人がいう、俺たちの活動って?」
「結局、ここ最近の活動なんて脅迫状と落書き事件の調査くらいしかないでしょ。あとはいつも通りこの教室で過ごしてただけだし」
珍しく立て込んだ調査を除けば、モノクロ探偵部の活動はこの208教室で過ごすことのみ。いつも通り慎と灯の二人で……。
「……違う」
二人じゃない。
「天野さんと都月さんがいた」
脅迫状事件で、円香が依頼のためモノクロ探偵部を訪れた。その後、円香が慎と綾を引き合わせた。
ここ一週間で、円香と綾が208教室に来るようになったのだ。
それまで依頼がほとんどなく、慎と灯の二人で208教室を占拠しているだけだったことを思えば、大きな変化だ。
「となると、少なくとも俺たちに来たこの脅迫文については、天野さんか都月さんが何かしら影響してるかもな。……考えられるのは、二人が犯人の動機に関わっているってとこだな。……あとはまあ……これはさすがにないと思うけど二人のどっちかが犯人か」
言ってはみたものの、その可能性は極めて低いと慎は思っている。……あくまで、今回のモノクロ探偵部宛ての脅迫文が、これまでの脅迫状事件、落書き事件と同一犯と仮定した場合ではあるが。
「円香ちゃんが犯人ってことはないよね。脅迫状送られてる被害者だし」
「ああ、それに都月さんが犯人ってこともない。都月さん昨日、天野さんに脅迫状を送ったのは誰か訊いてきたろ。あれは『白』だった。都月さんは脅迫状の出所を知らない。もちろん自分が送ったわけじゃないってことだ」
「じゃあ、二人に近い誰かが犯人ってこと?」
「って考えるのが自然じゃねーかな。……ただ、そうすると五十嵐さんのことが引っかかるな……」
「成美ちゃん?」
元カレと一緒にいる写真を撮られ、モノクロ探偵部に犯人捜しを依頼している五十嵐成美。
「ちょっと聞きてーんだけど、五十嵐さんって、天野さんか都月さんと交友あるか?」
今日までの三つの脅迫事件が同一犯だとして、かつ犯人の動機に天野円香か都月綾が関わっていると仮定する。その場合、現状では成美だけ、二人と紐づいていない。
だから灯に質問した。灯は成美と仲が良いから、もしかしたら交友関係について知っているかもしれない。
「特に交友があるとかは聞いたことないけど……あ、でも三人って同じクラスだ。みんな五組」
「そしたら無関係ってわけじゃねーかもな。それについては天野さんか都月さんに直接聞いてみるか」
円香と綾に、成美との関係性を探る。あわよくば犯人につながる情報が出てくればなお良し。
「昼休みにでも五組行こーぜ。……ただ……犯人の件は二人には黙っといた方がいいかもな」
「そうだね」
犯人は円香と綾に近い人物。そんな推論を二人に伝えれば、余計な心配をかけてしまうかもしれない。さらに、それを知った二人の行動や態度の変化が、犯人を刺激してしまう可能性もある。
今回の脅迫文は、慎と灯の二人で内密に解決する方がいい。
二人は黒板の脅迫文をスマホで写真に撮り、仕上げに誰にも見られないよう黒板消しで消した。
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