3-3.私にとっての『能力』

 その後、他の部活にも事情聴取を行ったが、結局被害者とおぼしき人物は卓球部の部員一名だけだった。

 ならばすぐにでも話を聞きに戻りたいところだが、もう一度卓球場に行くのは部活の邪魔になる。それに名指しで呼び出したら、彼女を悪目立ちさせてしまう。

 慎と灯は、部活が終わるまで待つことにした。


『あたしは先に戻ってるから、慎は都月さん呼んできて』


 208教室へ向かう灯と別れた慎は、そのまま綾がいるはずの図書室へ向かっていた。


(灯の奴、露骨に俺と都月さんを二人きりにしようとしてるよな……)


 能力を持っている者どうし、仲良くしろということだろう。円香の依頼もあるし、理屈はわかる。

 だけどちょっと、わざとらしくねーか?

 そうは思っても副部長命令に逆らえない。部長とはか弱い生き物なのだ。

 図書室に入り、テーブル席のエリアへ向かう。昨日208教室から眺めていたとき、綾はこの辺りで本を読んでいた。


「……いない」


 テーブル席には誰もいなかった。周囲を見渡しても、受付にいる生徒一人しか見当たらない。おそらく図書委員だろう。

 図書室内には司書室もあるが、そんな場所には司書の先生以外いるわけないし……。


(もう移動したか?)


 たしか、あと五分ほどで図書室の施錠時間だ。すでに208教室へ戻っていてもおかしくない。

 そう思って窓の外を見る。中庭を挟んで見える208教室に、人影はなかった。灯もまだ戻っていないようだ。

 とすると、やはり図書室のどこかにはいるはずだ。

 本棚の間を歩く。綾はあっさりと見つかった。

 綾は背伸びをしながら、本棚の上の段に手を伸ばしていた。


「都月さん」


 ぴくり、と小さく肩を揺らして、綾が振り向いた。


「……夜岬さん。……調査は、いいんですか?」

「ああ、もう被害者はわかった。あとの話は部活終わるまで待つことにしたんだ」

「……そうですか」


 慎は綾に近づき、そして本棚を眺める。


「どれ?」

「……?」

「いや、なんか取りたい本があるんじゃねーかと思って……」

「あ……その、右の青いカバーの本です」


 綾が指さした本を、慎が手に取る。


「これか?」

「はい。……ありがとうございます」


 慎から渡された本を、綾が受けとる。そのとき慎は、綾の手を見て疑問を抱いた。


「その手袋は?」


 綾は手に、薄い白い手袋をつけていた。


「……能力を発動させないために、つけてます。図書室の本は、前に読んだ人の想いが込められていて……直接触ると、感情を読み取ってしまうんです」

「……ん? 都月さんの能力って、痕跡とか読み取るんだよな? 本なんて、そんな跡とかあるか?」

「えっと……読書に熱中したりして、気づかないうちに皺をつけてしまうこととか……ありませんか?」

「……あるかも」


 少年漫画で熱い展開がくると、いつの間にか本を持つ力が強くなってしまう。

 後で皺になってたりするんだよな、あれ。


「そういう皺とか……あとは、指紋みたいな指の跡も、目には見えなくても痕跡として残っています。……あまり些細な痕跡だと、細かい感情はわかりませんけど……」


 そうすると、学校で生徒たちが普段触っている物……例えば教室の扉や机なんかからも、何かを読み取ってしまうのかもしれない。


「それで、本から感情を読み取れると……なんかまずいのか?」

「……はい。単純に、他人の感情が読書の邪魔になりますし……それに、読み取った感情から後の展開が予想できてしまうこともあるんです」

「ネタバレ防止ってことか?」

「……簡単に言えば、そうです。もちろん展開そのものは読み取れませんけれど、感情がわかるだけで後の展開のヒントになってしまうので……」

「あー、なんとなくわかるかも。本の帯とか映画のCMで『ラストに衝撃の展開が!』とか『感動の嵐』みたいなの見るとどうも身構えちまって――」

「そうなんですよ。その煽りがなければもっと純粋に驚いたり感動できたのに」

「妙に勘繰っちゃって実際は拍子抜けだったってこともあるしな」

「まったくです」


 無表情でうなずく綾。心なしか、言葉に熱がこもっていた。


「じゃあ、読んでるときはずっと手袋してるわけか。大変だな」

「たしかに、ページは少しめくりにくいですけど……でも慣れました。それと、新品の本を買ったときは手袋しないんです」

「前に誰も読んでなきゃネタバレもないからってこと?」

「それもありますし、自分の本には自分の想いを込めて読みたいんです。そうすると、自分が何を想って読んだか、後で体感できますから」

「自分の感情も読み取れるのか」

「はい。読み返すと、むかしの自分に出会えるような不思議な感覚になるんです。あ、あと、図書室の本や中古本も、最初は手袋をして読みますけど、一回読み終わった後は手袋を外して、他の人がどういう想いで読んでいたのか追体験するんです。そうすると、同じ本でも自分と違った想いを見つけられたりして、面白いんです。それに――」

「そ、そっか」


 ……彼女と話をするようになってそう時間は経ってないが、少しずつわかってきた。

 普段は無口な綾だが、自分の領分になると、結構喋る。

 それは自分の考えだったり、能力だったり。

 そういうことを語るとき――どこか楽しそうだ。


「気に入ってるんだな。……その能力」

「はい」

「……そっか」


 即答する綾の表情はどこか明るく、慎は思わず目を逸らした。

 そのとき、「失礼します」と背後から声をかけられ、慎と綾は振り向く。


「もう閉めますよ」


 声をかけてきたのは、受付にいた図書委員と思われる生徒だった。図書室の施錠時間のようだ。


「……すみません」


 そう言って歩き出す綾に、慎も続く。綾が本の貸し出し手続きを済ませると、二人は図書室を後にした。




   ◆◇◆◇◆




 綾には一足先に帰宅してもらった。

 今日の残りの調査は落書き事件の被害者への聞き込みだが、綾は聞き込みには協力的ではない。

 ならば遅くまで学校に残ってもらう必要はないのだ。

 ここからはまた、慎と灯だけの調査になる。

 二人はしばらく208教室にいたが、女子卓球部の活動が終わる時間を見計らい、中庭に移動した。


「……返信来たか?」

「まだ」


 慎の問いに、灯はスマホの画面を見て答える。今連絡を取ろうとしている相手は灯の友人で、そして慎とも面識がある人物。

 その人物が、落書き事件の被害者と思われる卓球部員だ。


「……あ、返信来た」

「なんだって?」

「部活終わったから、すぐ行くって」


 言葉の通り、そう時間がかからずに、足音が近づいてきた。

 音の方を向く。暗闇の中徐々に近づいてくるその姿が、思っている人物と一致していることを確認した。

 灯が、その人物に声をかける。


「部活で疲れてるところごめんね、成美ちゃん」


 ――五十嵐成美。

 灯の友人。そして、慎と灯のクラスメイトである渡瀬渓汰の交際相手だ。

 慎と成美は、友達といえるほど仲良くはない。渓汰と一緒にいるときに話す程度の仲だ。


「灯と夜岬くん……。うちになんか用?」

「うん。成美ちゃん。さっきの件で話があって」

「さっきのって……落書きの?」

「うん」


 成美の表情が曇った。それを見た慎は確信を持ち、話し始める。


「五十嵐さん、さっき部活中にした質問を覚えてるか」

「……」


 成美は無言でうなずく。

 慎たちが女子卓球部へ聞き込みに行ったときの質問だ。


『落書きと一緒に、貼り紙か何かなかったか?』


 成美はその質問に『知らない』と返した。それが嘘であることは、慎の目から見て明白だった。


「……ほんとは、なんか貼ってあったんじゃねーか?」

「……さっきも言ったでしょ。そんなの知らないわよ」


 黒。嘘だ。とげとげしい言い方と強気な瞳は、動揺を隠すためのブラフだろう。……いや、ある意味いつも通りともいえる。

 成美は、一年五組のカースト上位のグループに属する女子生徒だ。軽くウェーブのかかったショートボブの髪と、適度に気崩した制服。どこか垢ぬけた印象があり、感情がよく態度に出て表情豊か。しかしそのぶん直情的であり、周りに当たりが強くなることもある。正直いって慎はちょっと苦手なタイプだ。

 なぜ渓汰と付き合っているのだろうと、慎はたまに思う。生徒会役員もやって真面目で落ち着きのある渓汰と成美とでは、水と油な気がするのだが……。


「……そもそも、なんで二人が、そんなこと知りたがるの?」

「なんで……っつーと、まあ、犯人を探すためってとこかな。モノクロ探偵部の活動の一環で調査してんの、俺ら」

「ものくろ……って、あのチラシの……。……灯も?」

「うん」


 そこで成美が口をつぐむ。慎と灯は黙って次の言葉を待った。


「……たしか、『お悩み相談、調べもの、なんでも承ります』って書いてあったよね」


 モノクロ探偵部のチラシの文言だ。慎はうなずく。


「……あの落書きの犯人……見つけてくれるの?」

「ああ。……ま、どっちにしろ、見つける気だけど。俺、そいつのせいで落書き掃除なんて雑用押しつけられたし、ひとこと言ってやりてー」

「雑用押し付けられたのは慎が追試落ちたからだけどね」

「灯さーん、今はそういうこと言わなくていいからー。……とにかく、犯人を捜すには、五十嵐さんの知ってる情報が鍵になるかもしれねーんだ。……教えてくれねーか? 何が貼ってあったか」


 成美はうつむいていたが、しばらくして視線を慎、そして灯に移す。

 逡巡した様子だったが、じきに重い口を開いた。


「……わかった、教える。……灯なら、信用できる」

「ありがとう、成美ちゃん」

「でも一つだけ約束。……このことは誰にも言わないで……特に、渓汰には」


「わかった」と灯。

「約束する」と慎。


 二人の肯定の言葉を聞いて、成美は話し始めた。


「……落書きと一緒に貼ってあったのは、写真だった。……うちが元カレと二人でいるところの」

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