3-2.被害者は誰だ

 掃除の後、掃除用具の片付けと女性陣の着替えが済んでから208教室に集合し、話し合いが始まった。


「とりあえず、犯人の『は』の字もわかんねー状態だけど……地道に考えてくか」


 犯人の目星がつかない状態では、慎の能力も意味がない。まずは今あるヒントから犯人像を絞っていく必要がある。


「まず、壁に星印が描かれていて、その星の真ん中にテープ跡があった。貼り紙かなんかかな。で、都月さんいわく、その二つには恨みが込められていたと」


 慎が視線を向けると、綾が答える。


「……はい。……あと、落書きよりもテープ跡の方が、より強い恨みが込められていました。……たぶん、重要なのは……貼ってあった物の方です」

「恨みの込められた貼り紙……。脅迫文でも貼ってあったのかもしんねーな」

「脅迫文……ですか? どうして……」

「あー、いや、深い意味はねーよ。最近そんな話があったからテキトー言った」


 慎が思い出したのは先週のバスケ部脅迫状事件だ。あの事件は円香の身を案じた環季が引き起こした事件で、お互い和解もできた。

 しかし今回は、『恨み』があるとのことだ。穏やかではない。


「……脅迫文かはわかりませんが……貼ってあった物が見つかれば、もう少し手掛かりになるかもしれません。そこにも、犯人の感情が込められているはずなので」

「そしたら回収した奴を探さねーとな……」


 その人物は貼ってあった物に『恐怖』し、『怒り』を覚え、『焦って』剥がした。それが、綾が能力で読み取った情報からの推論だ。

 自然に考えるならば、他人に見られてはまずい物や当人に害のある物が貼ってあった。だから恐れた。怒った。慌てて剥がした。

 まずはその被害者を探して回収物を確認するのが良いのかもしれない。


「つっても、被害者なんてどう考えたものか……」


 んー、と唸る慎の横で、灯が口を開いた。


「被害者を探すのはそんなに大変じゃないと思うの」

「というと?」

「ほら落書きとテープ跡があったのってどこだった?」

「体育倉庫だよな」

「慎、半分正解。五〇点。もうちょっと具体的に言うと?」

「具体的に、って……」


 ――体育倉庫は体育倉庫だよな?

 首を傾げる慎の横で、答えが出る。


「……第二体育館前の、体育倉庫ですよね」

「都月さん、正解。一〇〇点」

「あ、ありがとうございます……」


 律儀に頭を下げる綾。真面目か。

 とまあツッコミはさておき、


「第二体育館だからなんだってんだ?」

「第二体育館前の体育倉庫に落書きがされて、何かが貼ってあった。だったらそれは、第二体育館前の体育倉庫周辺を通る人に向けられたものって考えるのが妥当だと思うの。そこで聞くけど慎、第二体育館なんて、普段行く?」

「……行かねーな」


 基本的に、座学が行われるのは、普通教室棟か、その南にある特別教室棟のどこかだ。第二体育館があるのは、特別教室棟のさらに南。生徒玄関や教室からは離れており、用事もなく通りがかるような場所ではない。体育の授業で使うことはあるが、それも第一体育館を使うことの方が多い。


「第二体育館なんて、普通の生徒は滅多に行かない。じゃあ、普段第二体育館を使うのって、どんな人?」

「……部活か」

「そう。第二体育館をよく使うのはたしかバレー部だったはず。あとは、第二体育館の横には武道場、卓球場もあるから、柔道部、剣道部、卓球部も体育倉庫の前を通ると思う」


 部長を差し置いて探偵っぽい推理を繰り広げる副部長。こういう他人、他部活の事情に関しては、慎よりも灯の方が圧倒的に詳しい。人脈とコミュ力のなせる技だ。


「じゃあ、その四つの部のどこかに、被害者がいるってことか」

「その可能性が高いと思う」

「……でも、犯人が直接、被害者を落書き現場に誘導したって可能性もあるだろ? 近くの部員じゃなくても呼び出したりして」


 慎の問いに答えたのは、綾だった。


「……そうやって密かに呼び出して伝えたいなら、あんなに目立つ落書き、しないと思います」

「都月さんの言う通りね」


 灯がうなずく。

 たしかに、人通りの少ない体育倉庫前とはいえ、通る人には目立つ落書きである。呼び出す、つまり見せる対象を被害者のみに絞りたいなら、もっと目立たない場所や方法があったはず。

 落書きされた星印とそこに貼られていた物は、不特定多数の目に映ることを前提としていた。そう考えるのが自然だ。


「そういうことだから、第二体育館近くの部活に話を聞けば、被害者をたどれる可能性が高いと思うの。慎の能力もあるしね。他にも落書きの情報が何かわかるかもしれないし、これから聞き込みにでも行ってみる?」

「そうすっかー」

「行くなら部活がやってるうちに、早めに行くわよ」


 かくして方針が決まった。

 慎と灯が立ち上がったところで、綾が「あの……」と声を出す。


「……すみません。私はやめておきます。聞き込みだと、私の出番はなさそうですし……それに、人と話すのは苦手で……」


 綾の言葉に、灯が答える。


「うん、大丈夫。むしろこんな時間まで付き合ってくれてありがとね」

「あ、でも……これから図書室に行きますので……聞き込みが終わったら、呼んでください」

「待ってくれなくてもいいよ。帰る時間も遅くなっちゃうし」

「いえ……その、私が……お手伝い、したいので……」


 うつむき、目をそらすその様子は、何かを隠しているように見える。一見したら乗り気ではなさそうだ。

 しかし、手伝いたいという言葉は本心。それが慎には不思議だった。


「ありがとう! いやー、助かるよ。慎の十倍くらい助かるよ」


 灯がにやにやと笑みを浮かべて慎を見る。


「え、なに喧嘩売られてんの俺?」

「実際のところ、今回は慎より都月さんの方がよっぽど探偵っぽかったよ」

「……それ言っちゃう? 確かに俺、人の嘘とか絡まないとポンコツだけどさ」

「いっそ都月さん、モノクロ探偵部に入っちゃう? 今なら部長の座も狙えるよ」

「お前なー、部長は創部の企画者である俺だぞ」

「でも仮なんでしょ? 仮の部長なんでしょ? まだ正式な部じゃないから」

「そうだけど……ってか灯、根に持ってるよな結構」

「なんのことかな~」


 軽口をたたき合う慎と灯を眺めながら、綾は告げる。


「……いえ、入部するのは……やめておきます」


 すみません、と一礼する。


「……私に、そんな資格はありませんから」


 寂しそうに響くその真っ白な言葉の意味を、慎は聞き返せなかった。






 夕暮れの光が差し込む静かな廊下に、二人分の足音が響く。

 慎と灯は、聞き込みを行うため、第二体育館へ向かっていた。

 慎は歩きながら、綾の言葉を思い出す。


『私が……お手伝い、したいので……』


 それは『白』。紛れもない本心。

 理由はわからないが、綾は自分の意志で、モノクロ探偵部を手伝おうとしている。

 実際、落書き掃除にも付き合ってくれた。


『……いえ、入部するのは……やめておきます』


『……私に、そんな資格はありませんから』


 これも『白』。本心。

 手伝いはしたいけど、入部はしたくない。

 理由は、資格がないから。


(……資格って、なんだ?)


 別に、部に勧誘したいわけじゃない。

 ただ、気になっただけだ。

 こんな胡散臭い部をなぜ手伝いたいのか。

 入部する資格とは何なのか。


(……そもそも、都月さんはなんでモノクロ探偵部に来た?)


 昨日の時点では、綾は慎を敵視していた。……もっとも、原因は慎が無遠慮に能力のことを訊いたせいだが。

 しかし、今日モノクロ探偵部を訪れた綾からは敵意を感じなかった。綾は、慎が能力を持っていることを円香に聞いたと言っていた。

 綾の態度が急変した原因は、天野円香だ。

 ……だとすると、円香が綾に話した内容がわからない以上、今考えても仕方ない。

 慎はそこで思考を止めた。






「落書き、君たちが消してくれたの? ありがとねー」


 女子卓球部の部長は、おっとりした印象の人だった。

 突然部活中に押しかけてきた慎と灯に対して、嫌な顔せずにこにこと応じている。

 

「わたしも朝練に来たときあれ見つけてねー。他の部も来ててちょっとした騒ぎだったんだよー」

「落書きを見つけたのって、昨日の朝なんですよね。一昨日……日曜日はまだ書かれてなかったんですか?」


 灯が質問する。

 卓球部は日曜日に活動することも多い。灯が友人を通して把握している情報だ。


「うん。部活が終わって帰るときには何もなかったよー。午後四時くらいかなー」

「じゃあ落書きは、少なくとも日曜の午後四時から月曜の朝までの間に描かれたということですね」

「うーん、たぶん月曜の朝じゃないかなー」


 たぶん、とは言っているが、慎が見たその言葉はかなり白寄りのグレーだった。

 卓球部部長は、それなりの確信を持って『月曜の朝』と言っている。

 慎は、その違和感を問う。


「どうして月曜の朝ってわかるんっすか?」

「ほらー、日曜ってずっと雨だったでしょー」

「……あー、確かに」


 言われてみれば、日曜は雲行きが悪く、特に午後はずっと雨が降っていた。たしか、やんだのは夜だった。

 雨の中や、やんだ後の湿った壁ではまともな落書きはできず、できたとしてもにじんだような跡ができてしまうはずだ。慎たちが見た落書きに、そんな様子はなかった。

 落書きは、雨が止んだ後、しかも壁が乾いた状態で描かれたということだ。

 彼女の言う通り、月曜の朝に落書きされたと考えるのが自然だろう。

 それに、雨の中では貼り紙だって難しい。


「ちなみに、落書きと一緒になんか紙とか貼ってなかったっすか?」

「紙? 何も貼ってなかったよー」

「そうっすか」

「うん、少なくともわたしが来たときにはねー。でも、わたしより早く部活に来てた子なら何か知ってるかもねー。昨日の鍵当番は確か――」


 そう言って、卓球部部長は周囲を見渡す。


「――あ、あの子だよー」


 慎と灯は、卓球部部長が示した人物に話を聞きに行く。

 そして、存外早く当たりを引いたのだった。

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