第2章 友達作り

2-1.秘密ってバレるときは一瞬

 彼女と出会ったのは、中学三年生の春。始業式の朝だった。


 クラス分けの掲示を見て教室へやってきた生徒たちは、皆どこか浮かれている。

 早速友達をみつけて、和気あいあいと談笑する生徒。

 教室の入り口や周囲の席を気にしてどこかソワソワしている生徒。

 皆、これから一年を共にする顔ぶれに興味津々だ。

 私も、バスケ部の友達が教室に来るのを今か今かと待っている。


 そんな中、彼女は一人、落ち着いた様子で本を読んでいた。

 肩をくすぐる黒髪は、真っすぐでつややか。少しつり目がちの、真剣な眼差し。

 綺麗な人だな。それが第一印象だった。


 よく知らない生徒との交流を深めるのも、新しいクラスの楽しみ。

 私は名も知らぬ彼女に近づく。本に夢中の彼女は、私に気づいていないみたいだ。

 声をかけようとして、彼女の名前がわからないと気づく。

 どうしようかと考えているうちに、活字の世界に没頭していた彼女が顔を上げた。

 私の存在に気づいた彼女は、無言のまま警戒心を漂わせる。


「あ、ごめん。ちょっとお話したいなって思って」


 私が笑顔で話すと、彼女は少し肩の力を抜く。


「これからよろしくね」


 彼女は小さくうなずいた。

 それが、私――天野円香と都月つづきあやの出会いだった。




   ◆◇◆◇◆




「しつれーしましたー……」


 月曜日の放課後。職員室から解放された慎は、浮かない顔で廊下を歩き始めた。

 職員室にいた理由は、河原木先生(通称鬼瓦)に呼び出されたためだ。要件は先週末の追試について。

 追試は、あと一問で合格というなんともやりきれない結果だった。

 ろくに勉強せず挑んだわりにはよくやった、と慎は甘い自己評価を下す。……まあ、慎の力というより、慎の小テストの結果を見て要点だけ圧縮して教えた灯の手腕なのだが。

 とはいえ不合格には変わりない。予告通り、慎には鬼瓦の補習が待っている――はずだった。


『……仕方ない。あと一問で合格ってことで、補習は大目に見てやるか』


 強面だけどちょっぴり心優しい鬼瓦の圧倒的恩情により、補習は免れることとなった。これはもう鬼とか呼べない。そうすると何になるんだ? ……瓦?

 しかし瓦は、補習の代わりに面倒な条件を出してきた。やっぱり鬼だと慎は思った。

 ため息混じりに歩き、慎は普通教室棟二階の最奥の部屋――モノクロ探偵部の拠点たる208教室までたどり着いた。


「よーっす」

「お、説教おつかれー」


 朗らかな声が慎を迎える。モノクロ探偵部の唯一の仲間である日野川灯だ。

 そしてもう一人――。


「こんにちは」

「あれ? 天野さんじゃん」


 先週起きたバスケ部脅迫状事件の依頼人である天野円香が、灯の対面に座っていた。


「おじゃましてます」


 慎へと一礼する円香。慎も言葉を返そうとしたが、その役をなぜか灯に奪われる。


「おじゃまなんてとんでもない。大歓迎よ。いつも依頼人来なくて暇してるから」

「おい」

「だって事実でしょ」

「そりゃそうだけど。だが……ふっふっふ……今日は違うんだなーこれが!」

「うわ、いきなり大きい声出さないでよびっくりするなー……じゃなくてうそ? 依頼あるの? 誰から?」

「なんとうちの顧問、生徒指導の河原木昇吾教諭直々の依頼だあああ!」

「……それ、もしかして『慎への』依頼じゃなくて?」


 ぎくっ。


「追試落ちたペナルティとかじゃなくて?」


 ぎくぎくぅ。


「図星か……」

「はいそうですすんませんでした」


 がくりと肩を落として、慎は机に突っ伏す。「めんどくせ~」と、絞り出すような怨嗟の声が響く。


「あの……追試落ちたのってもしかして……」


 円香の言葉を察して、灯が遮る。


「違う違う。円香ちゃんのせいじゃないよ。この前の依頼があってもなくても変わらなかったって。だって慎だし。どうせ勉強しないでぐだぐだ過ごしてたはずよ」

「そうだそうだー。勉強するより漫画読むぞー」


 慎は机に頬を合わせたまま、投げやりに宣言する。


「ほら本人もこう言ってるし。だから円香ちゃんは気にしないで」

「はは……」


 円香のひきつった笑いが、「それはそれでどうなんだろう……」と語っていた。


「ところでさっきの話で気になったんだけど、顧問なの? 河原木先生」

「うん。……っていっても予定だけどね。うちが『部』になるとき、顧問お願いすることになってるの。今はあたしと慎しか部員いないから無理だけど」


 モノクロ探偵部は現状、非正規の部活動だ。

 色橋高校の部活には、部員三名以上と顧問が必要。つまり、あと一人部員が増えれば、モノクロ探偵部は晴れて創部の申請を行える。


「まー俺は二人のままでもいいんだけどなー」

「良くないわよ。今の状態じゃあたしたち、勝手に探偵とか名乗っちゃってるイタくて怪しい暇人の集まりよ。せめて部に昇格くらいはしないと、依頼も来ないんだから」

「……そりゃ困るか。探偵部作った意味なくなるし」

「でしょ」

「はいはい灯さーん、そしたら部員募集のポスターとか作んないんっすか?」

「え、丸投げ? それあんた、また何もしない気なの? こんなのが部長なの?」

「部長予定でーす。まだ部じゃないでーっす」


 ――いらぁ。

 灯がゆらりと立ち上がる。

 そのとき円香は、灯の中に揺らめく黒い炎を見た。気がした。錯覚かもしれない。


「……まあ、慎も説教帰りで疲れてるだろうし、仕方ないか。よしじゃあこの灯さんが肩揉んであげるよ」

「ん? いやちょっと待って? 今の肩揉むって発言まっ黒だけど気のせいだよね? それほんとに肩揉みほぐすやつ? 肩押しつぶすやつとかじゃないよね?」

「問答無用」


 喋っている間に慎の背後をとった灯は、渾身の勢いで腕を振り下ろした。


「ぎゃああああああああああ――――あでも疲れが取れてく不思議でもいてええええええええええ!」


 円香は思った。仲良いなあこの二人。

 そして、これまた終わるまで長いやつかもしれない。






 ――二分後。


「まいりました」


 慎は机に倒れこんでいた。干からびたように生気がない。


「ごめんね円香ちゃん。慎の制裁に時間かかっちゃった」

「だ、大丈夫だよ。バスケ部休みで時間はあるから」


 女子バスケ部は今日も活動中だが、円香は参加していない。

 疲労骨折と知りながら部活を続けていた円香は、環季との一件で反省し、部活を休むことにした。

 改めて医者にも行き、脚を診てもらった。ドクターストップを無視して部活を強行していたことは怒られたが、幸い骨折の方はあまり進行しておらず、テーピングや冷却をしっかり行って、激しい運動を控えれば大丈夫なようだ。


「先週はごめんなさい。私が無理したせいで皆に迷惑かけて……」

「あたしたちは依頼に応えただけだから、気にしないで」

「そうそう。むしろそういう問題解決するのが俺たちの役目だと思ってるから」

「……ありがとう。もうあんなことしないよ」


 円香は、目元を手で拭う。慎と灯は、静かにうなずいた。

 そこで、慎が思い出したように口を開く。


「ところで天野さん、なんで今日ここに来たんだ?」

「――あ、そ、そうだね。その話もしないと」


 円香は、照れ隠しのように笑った後、「実は――」と話し始めた。


「立て続けで申し訳ないんだけど、今日も一つ、頼みたいことがあって来たの」

「頼みたいこと?」

「うん。――その前に一つ確認したいんだけど……夜岬くん」

「なんだ?」

「夜岬くん、嘘を見抜くのがすごいうまいよね」

「ん……まあ、そうだな。それがどうした?」


 首をかしげる慎を見据えて、円香は告げる。


「もしかして夜岬くんって、不思議な力を持ってたりするのかな?」


 慎の動きが止まった。


「……」

「……ばれてるじゃん」


 灯が慎を小突く。その言葉を円香は聞き逃さない。『ばれてる』ってことはつまり――。


「やっぱり。夜岬くんのそれって、ただの特技とかじゃないんだ」


 確信を込めた円香の瞳が、慎をとらえる。

 慎はへらへらとした笑みを張りつけて「あー……」とか「えーっと……」とか気まずげに唸っていたが、数秒で観念した。


「……こりゃごまかしても無駄っぽいな。灯の言葉が決め手になった」

「うん……今のはあたしが口を滑らしたわ。ごめん」

「まーいっか。無理に隠すほどのもんでもねーし。……それに天野さんなら下手に言いふらしたりしないだろ」


 慎の言葉は、肯定と等しかった。


「本当に……嘘がわかるの?」

「まあな。誰かが喋ってるとき、その人の頭に色が見えるんだ。本心なら白、そうじゃなけりゃ黒。どっちも混ざってりゃグレーって感じでな」

「そうなんだ……」

「そ。例えば今の天野さんの相槌も白、つまり本心で俺の言葉を信じてるってわかる」

「そんなことまで……すごい」

「それも本心だな。だからこそ、ここで一つ疑問が湧くわけだ」

「?」


 今度は慎が円香をロックオンする。


「天野さん、なんで俺の言葉を欠片も疑わないんだ?」

「……それは、実際に嘘を見破っているところを見てるから――」

「それにしてもだ」


 答えようとする円香を、慎が遮る。


「こんな話されても、普通は信じないって。『相手の所作から嘘を見抜くのが得意』って方がよっぽど現実的だ。嘘が見える能力なんて、我ながら怪しすぎるし」

「確かに。あたしも最初は頭のおかしい奴だって思った。中二病こじらせすぎか、はたまた幻覚でも見えてる危ない奴かって。普通に引いた」

「灯すっごい正直だよねそういうとこ俺好きだわでもちょっとは加減して頼むから」


 慎はがくりと肩を落とし、そのまま「でも――」と続ける。


「――灯みたいなのが普通の反応なんだよ。なのに天野さんは俺の荒唐無稽な話を信じてる。なんでそんな確信があるんだ?」

「……」


 言葉に詰まる円香だったが、しばらくして決心したように話し始めた。


「……初めてじゃないから、かな……。その……夜岬くんみたいな人に会うのが」


 ゆっくりと紡がれた円香の言葉に、慎は興味深げに眉を揺らす。


「そのことにも関係して、依頼があるの」

「よーし! どんな依頼でもどんとこいだぜ!」


 ニヤリと笑顔を浮かべて腕を組む慎。この男、実は脅迫状の件を解決したことで調子に乗っていた。今ならどんな高度な依頼もこなせる。そんな根拠のない自信に満ち満ちていた。なぜならお調子者だから。そして隣に座る灯は鬱陶しそうに半眼で慎を見つめていた。

 満を持して円香が語る、その依頼内容とは――。


「――夜岬くんに……友達になってほしい人がいるの」

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