1-2.本日の依頼【脅迫状】
色橋高校には、学校で起きる諸問題を解決するための部活が存在している。
部、といっても部員は二名だけ。
そもそも生徒会の許可を得ていないため、正式な部活動ですらない。
しかし、特に問題行動を起こしているわけではないので、教師や生徒会からはお咎めなし。むしろ、たまに雑用を任されたりするので、地味に重宝されている。もちろん部費もない。
いうなれば、ただのボランティアサークル。それがモノクロ探偵部である。
「――で、俺がモノクロ探偵部部長、一年の
部の概容説明と自己紹介を行って、慎は依頼人に一礼する。左に偏った癖毛がふわりと揺れた。
「一年の
依頼人である円香も、慎に会釈した。
「なんだ同学年か。クラスは? あ、俺一組な」
「私は五組だよ」
「あー、クラス遠いし授業でも会わねーな」
「うん、たぶん初対面だよね」
入学して半年経った十月現在といえども、普通は、面識のない同級生が大半だ。
クラス、部活、出身中学。友人は、そういった枠の中で作られていく。その壁を越えて友好の輪を広げていける生徒の方が、珍しい。
――そんな珍しい例が、ここに一人いる。
円香は、慎の隣に立つ女子生徒に視線を移した。
「あたしについては自己紹介いらないよね、円香ちゃん」
女子生徒が明るい声で言う。光の加減で栗色に見える髪。それをポニーテールに結った、笑顔のよく似合う女子生徒だ。
「うん。灯ちゃんってこの部に入ってたんだね。びっくりしたよ」
「あたしもあんま話してないからね」
「ん? なんだ、知り合いか?」
慎に問われて、モノクロ探偵部の副部長――
灯は明朗な性格に加え、お人好しで面倒見もいい。成績が良いうえに運動もできるため、人に頼られやすく、交友関係も広い。円香と灯は別のクラスだが、話したことは何度もある。
夜岬慎と日野川灯。この二人がモノクロ探偵部のメンバーである。
「まあ、とりあえず円香ちゃん座って座って」
灯に促されるまま、円香は手近な椅子に座る。慎と灯も椅子を取り、机を間に挟む形で円香の前に腰を下ろした。
そして、慎が質問を始めた。
「で、今日はどんな依頼で?」
「はい、実は――」
要件はこうだった。
円香の所属する女子バスケットボール部は、三年生が引退してから、主導権が二年生へと渡った。そして二学期になって少し経った今、代替わりして最初の大会を間近に控えている。規模は大きくないが、新たな世代の真価が問われる重要な大会だ。
その大会のスタメンに、一年の円香も選ばれている。しかしその円香に少し前から、大会の出場を辞めろという趣旨の手紙が届くようになった。
「『届いた』ってのはどんなふうに? 宛先の書かれた手紙がご丁寧に家まで配送されてきたわけでもねーだろ?」
「知らないうちに、鞄の中に入ってたの」
「その手紙、今持ってるか?」
「ここに」
円香は鞄から三通の封筒を取り出し、慎に差し出した。
慎は封筒を受け取り、中身を確認する。灯も隣から覗きこむ。
封筒の中身は、三つ折りにされたA4紙。おどろおどろしいフォントの文章が、紙面いっぱいに印刷されていた。
注目の集まる中、慎が文面を読み上げる。
「なになに、まず一通目が――」
一通目、『お前は大会に出てはならない。出場は不幸を招く』
二通目、『これは忠告ではなく警告だ。直ちに出場を辞退せよ』
三通目、『警告を無視する貴様には、災いが降りかかるだろう』
「――この手紙、他の誰かに見せたのか?」
慎は一通り読み上げてから、再び円香に視線を移す。
「いいえ。最初は本気にしていなかったから、相談の必要もないかと……。だけど、三通も送られてくるとさすがに不安で……。そんなときにモノクロ探偵部のチラシを見つけたから、相談してみようかなと」
チラシとは、灯が依頼人獲得のために作ったものだ。白黒ながらポップなデザインの上に『お悩み相談、調べもの、なんでも承ります』と書かれている。なお、部自体は生徒会非公認だが、チラシはきちんと掲示の許可をもらっている。
「……あのチラシ、ちゃんと集客効果あったんだな」
「作ったあたしに感謝してよね」
つぶやく慎の隣で、灯が誇らしそうに腕を組む。そういえばさっきもチラシがどうとか話してたっけ、と円香は考えていた。
「――っとごめん、話がとんだな。それじゃ依頼の方は、脅迫状を送ってきた人物を調べるってことでいいのか?」
「うん」
「わかった。じゃあまず、天野さん自身、送り主について思い当たる節はあるか?」
「……えっと……一つ、あるにはあるけど……」
円香は言い淀むが、少しして、意を決したように話し始めた。
「私、部員の誰かに恨まれてるのかもしれない」
大会のスタメン五人の内、四人は早い段階から決まっていた。
最後の一人がなかなか決まらない中、他校との練習試合が行われ、円香も補欠で参加した。
「そのとき、私すごく調子が良かったの。本当に偶然なんだけど……。それが顧問の先生の目に留まってスタメンに決まったの」
「つまり、そんな天野さんのことを気に入らない奴がいるってことか?」
「……うん、あくまで仮説だけど……」
仮説とは言うものの、円香には他の心当たりがなかった。……もっとも、そんな仮説は自分でも信じたくないのだが。
事実、円香が選ばれたことで、スタメンになれなかった先輩もいる。そもそも、偶然メンバーに選ばれた自分のような存在は、誰が見ても腹が立つだろう。
「今のところその線で調べるのが無難かもな……。天野さん、バスケ部って今日部活あるか?」
「うん、これから他校との練習試合。うちの体育館で」
「練習試合か……」
慎は口元に手を当て、何やら考え始めた。
「……天野さん。その練習試合、見学はオーケーか?」
「二階から見てる分には問題はないと思うよ」
「じゃあとりあえず見学だな」
慎はうなずき、「よし」と立ち上がる。
「調査開始だ!」
◆◇◆◇◆
その後バスケ部の部室に行った円香は、急いでユニフォームに着替え、点呼まであと数分というタイミングで体育館へと駆け込んだ。
「どうした、円香。いつも一番のりの君にしては珍しいな」
女子バスケットボール部部長の
「すみません、夏実先輩。ちょっと職員室に用事があって」
まさか、脅迫状が届いたから調査の依頼をしてきたなんて言えるわけもなく、適当な返事をする円香。
「ミーティングには間に合ってるから大丈夫だけど。それより後ろの二人は?」
夏実の視線は、自称探偵の二人組に向けられる。
「あ、この人たちは……」
どう説明したものかと円香が迷っていると、灯が前に出て、代わりに答えた。
「初めまして。あたしは天野さんの友人で、一年の日野川灯といいます。突然で申し訳ありませんが、この後のバスケ部の練習試合、見学させていただけませんか?」
「こんな時期に入部希望?」
「すみません、入部希望ではないんです。実は、家でバスケの試合の動画を見て、バスケの観戦に興味が湧いたんです。そこで、実際に試合を見てみたくて天野さんに相談したところ、本日練習試合があるとのことだったので、見学させていただきたいと思い伺いました」
朗らかな笑みと、丁寧な受け答え。理由も自然で、良い第一印象だった。話す灯の横で、円香はそっと胸をなでおろした。
「そっか、わかった。一応顧問の先生にも聞いとくけど、たぶん大丈夫だと思うよ。心置きなく試合を見ていってくれ」
「ありがとうございます。あと、付き添いでこちらの夜岬くんも一緒に大丈夫ですか?」
慎がそっと一礼する。夏実は特に気にした様子もなく、返答する。
「全然オーケー。いやー、バスケに興味を持ってくれる人が増えて嬉しいな。――じゃあ、もう少しで点呼だから二階に行っててもらっていいかな。そのあとウォーミングアップと基礎練やったら練習試合が始まるから」
夏実はボールを手に取り、円香から離れていった。
入れ替わりに、短髪の少女が円香の元へ笑顔で近づいてきた。
「まどかー!」
「あ、たまちゃん」
たまちゃん、と呼ばれた少女は、円香の前まで来て足を止めた。
「どうしたの? 遅刻ギリギリじゃん」
「ごめん、ちょっと職員室行ってたの」
「なになに? まどか、なんかやらかしたの?」
「そんなんじゃないよ。ちょっと提出物があったの」
もちろん嘘だけど、本当の理由は話せないから仕方ない。
「あれ? 灯ちゃん、どうしたの?」
たまちゃんが灯の存在に気づく。彼女も円香と同様に、灯との面識があった。
「ちょっとバスケ部の練習試合を見させてもらうことになったの」
灯が言うと、たまちゃんは物珍しそうな顔をして、
「……へぇ、見学なんて珍しい。そっちの人も?」
「そう。ただの付き添いだけど」
視線の対象となった慎は、社交辞令じみた笑顔で答えた。
「初めまして。ただの付き添いの夜岬慎です」
「……ん? ああ、うん。わたしは
たまちゃんこと神庭環季の釈然としない様子に、円香は考える。
――男子の夜岬さんが女子バスケ部の練習を見に来るのって、やっぱり違和感あるかな。夏実先輩は気にしてなかったみたいだけど……。それとも日野川さんと夜岬さんの仲を邪推してるのかな。それについては、正直、私も気になるけど……。
「集合ー!」
円香の思考は、夏実の声でかき消された。点呼の時間だ。
女子バスケ部員たちが、「はい!」と返事をして集まり始めた。
「まどか、行くよ」
駆けだす環季に、円香も続く。
「今日の練習試合、一緒に頑張ろうね! たまちゃん!」
「うん」
環季が駆けだす。円香も後を追おうとして、最後に探偵の方を振り向いた。
「任せとけって~」
慎は手をヒラヒラと振りながら階段の方へ歩いて行き、
「じゃあ、またあとでね。円香ちゃん」
灯もそれについて行った。
軽いノリの慎を見て、円香の中には「本当に、あてにしていいのか」という不安が蘇った。
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