賑やかな星13

 先手を取ったのは、継実。

 構えを取るネガティブに対し、継実は全身全霊の蹴りを放つ。身体をバネのようにしならせて繰り出した一撃は、自分でも制御出来ないパワーを宿す。

 継実自身見切れるか怪しい速さの一撃を、ネガティブは頭部で受けた。いくら格上とはいえ頭への打撃。ダメージは小さくない……と思いたいところだが、ネガティブ相手ではそうもいかない。


「(ちっ! 掴まれたか!)」


 継実の蹴りを受けたネガティブの頭部は、ぐにゃりと変形し、逆に継実の足を包み込んでいた。ネガティブは不定形の存在、正確には『輪郭』を持たない純粋な力だ。わざわざ手や足で攻撃を受ける必要はなく、受ける場所に適した『形』を作れば良いのである。

 このままでは不味いと継実は足に力を込めるが、蹴った直後の体勢、即ち宙に浮かんだ状態では力も殆ど入らない。だからといってもう一方の足で顔面を踏んだところで、最初に蹴り付けた足と同じ末路が待っているだけ。

 身動きが取れなくなり歯噛みする継実に、ネガティブは容赦などしない。

 大きく腕を上げ、力を溜め込み……継実の腹目掛けて拳を振り下ろす! ネガティブからの強烈な一撃に継実は守りも取れず、そのまま受けてしまう。


「がふっ……!」


 ネガティブの鉄拳の威力は凄まじく、一撃で継実は呻く。衝撃で内臓は破損し、逆流した血液が血反吐として吐き出された。

 しかしこの程度のダメージ、ミュータントにとっては大したものではない。強敵を相手にする時は割とよく受ける程度のもので、ちょっと歯を食い縛れば痛みは抑え込める。

 それよりも問題なのは、触れられた部分が『消滅』している事だ。しかも予想以上に。


「(消える事自体は予想していたけど、威力については予想以上だなこれは……!)」


 ネガティブに殴られた腹は服どころか皮膚が消滅し、拳が身体の内側にめり込んでいる。出血はネガティブの手に触れた傍から消えていて、また傷の断面を塞ごうと盛り上がる肉も次々と消されていた。

 他のネガティブとは比にならない力を感じていたが、消滅させる力も今まで戦ったどの個体よりも強いようだ。とはいえミュータントの力を用いても、ここまで止めるのが難しいとは思わなかったのが実情である。

 腹を貫通したところで、継実であれば死には至らない。それでも体内の臓物を消され続ける状況は好ましくない事だ。肉体的ダメージのみならず、体力を大きく消耗してしまう。

 しかし足は未だネガティブの頭部に包まれたまま。これでは離脱も儘ならない。

 取れる策は二つ。一つは足を切断しての離脱。この方法は少しの体力消費と引き換えに、確実に行える。それに今までの人生で足やら腕やらを部分的に切断するなんて、何度もやってきた事だ。簡単確実にやれるのも利点と言えよう。

 もう一つの策は強烈な一撃でネガティブの頭を吹っ飛ばす。相手の戦闘能力を思えば確実に成功するとは思えないし、頭とはいえ変幻自在で臓器もない場所なのだから壊したところで致命傷にもならない。だがダメージとしては小さくないものだろう。相手に損失を与えながら脱出出来るのだから一石二鳥というもの。

 確実性重視か、ダメージ重視か。悩む間もネガティブは動き、腹から引き抜いた拳で二発目の攻撃をお見舞いしようとしている。これ以上悩んでいる暇はない。

 継実が下した決断は、二つの合わせ技だった。


「アンタに舌なんてないだろうけど、刺激的な味を堪能させてあげるよ!」


 掛け声と共に継実は、ネガティブに掴まれた足に能力を発動。足を形成している粒子の運動量を高めていく。

 運動量が増幅した粒子は高熱を放射。本来なら能力で制御出来る熱だが、継実は敢えてネガティブに取り込まれた部分だけ能力制御の対象外にする。能力に守られていない足の水分等々は瞬時に加熱・沸騰・気化・プラズマ化。プラズマが放つイオンや電子が、未だ無事な原子核を直撃して崩壊させていく。

 つまるところこれは、核分裂のプロセス。

 取り込まれた部分の多くをエネルギーに変えて、継実は自らの足を爆破した! とはいえ所詮核爆発。継実含めた大半のミュータント、ひいてはそれに匹敵するネガティブに通じる威力ではない。

 そこで継実はもう一工夫を施す。片足を爆破するための能力を、で集中的に発動させたのだ。量子ゆらぎの力こそがネガティブの消滅させる力に匹敵するもの。爆破する足で能力に必要な力を作り出す事で、全身で能力を使うよりも高密度の力を叩き込める筈だ。

 果たして作戦はどうなるか。


【……ッ!】


 答えは大きく仰け反ったネガティブの、部分的に欠けた頭部が教えてくれた。

 これまで戦ってきたネガティブは、身体が欠損するほどの傷を受けると霧散して消滅していた。此度の傷は大きなものではないが、それでも頭部粉砕の大怪我である。ひょっとしたらこのまま……

 そんな甘い考えが脳裏を過る継実だったが、本能は有無を言わずに無視した。相手はこちらの蹴りを自ら頭の中に取り込んだのだ。どんな反撃が来るかは分からずとも、反撃そのものは想定しているに違いない。

 頭が欠けるぐらい、大したダメージではないだろう。


【イギロォオッ!】


 予想通りネガティブは一際大きく元気良く吼えるや、砕けた頭を変形させ、触手のように伸ばしてきた!


「ふんっ! 余裕が崩れて、折角覚えた言葉を忘れてるよ!」


 襲い掛かるネガティブの触手に対し、挑発染みた台詞を返す継実。しかし真っ向から受け止めるつもりはない。全力で後退して触手から逃れる。

 ついでに、周りのゼロ物質を利用して粒子ビームを用意した。

 ゼロ物質は正体不明の存在であり、どんな性質があるか分かったものじゃない。実際継実の粒子操作能力でも、いまいち上手く集められない状態だ。恐らくミュータント能力の源である量子ゆらぎの力を、ゼロ物質も掻き消しているのだろう。とはいえネガティブほど強力ではなく、効きが悪いだけで全く通じない訳でもない。

 お陰でどうにか攻撃に使えそうな程度には集まった。性質が未知数なだけに暴発する可能性もゼロではないので、強烈なものを撃つのはリスクが高い。威力が小さい分には丁度良いと、継実は作り上げた撃ち出す!

 とはいえ相手はネガティブ。粒子ビームは基本的に通じないと思われる。あくまでも目眩まし、ほんのちょっぴり(ただのエネルギー攻撃でも少しは虚無に還す力を消耗する筈なので)体力を削る事が出来れば良い。

 その程度の期待だっただけに。


【ィギギッ!】


 ネガティブが首を傾げるようにしてとは思わなかった。


「は? ――――がっ!?」


 或いは、そうして驚かせるのが目的か。予想外の行動に戸惑った継実は動きが止まり、その隙に繰り出してきたネガティブの拳を避けきれず。顔面に拳が直撃してしまう。

 だが、ただではやられない。

 顔を殴られた反動で空中をバク転するように一回転。それと同時に継実は蹴りを放つ!

 継実が放った二度目の蹴りは、ネガティブの顎を打つ。攻撃を取り込むには事前準備が必要なようで、此度の蹴りは取り込まれる事もなし。強烈な一撃を受けたネガティブは仰け反るような格好で吹き飛ばされた。

 しかしネガティブもただ吹き飛ばされるだけでは終わらない。ネガティブは飛ばされながら腕を前に突き出すと、その腕を伸ばして継実に掴み掛かろうとしてくる。


「ん、のゃろォ!」


 継実はその攻撃に対し、粒子ビームを射出。

 今度の粒子ビームはネガティブの腕に命中する。とはいえ殆どダメージにはなっていないらしく、怯んでもいない様子だ。

 元より継実は攻撃のために粒子ビームを撃ったのではない。粒子ビームの反動により加速し、距離を開けるのが目的なのだから。

 伸びてくる腕よりも速く後退。ある程度離れたところで、継実は体勢を直しながらネガティブと向き合う。ネガティブも静かに佇みながら継実をじっと、目などないが、見つめるように意識を向け続けた。

 しばし、睨み合いが続く。

 ……されど段々と継実の身体から力が抜け始めた。鼻息も荒くし、視界も段々と掠れてくる。つまるところ疲労の症状が出てきていた。

 地球から一時間以上飛んでいるとはいえ、ミュータントのスタミナであれば大したものではない。戦闘モードだって使っていない。なのに何故疲労困憊なのか? その原因は継実自身分かっている。


「(ああクソッ……やっぱり呼吸なしで戦い続けるのは辛い……!)」


 呼吸をしていないからだ。

 この空間にあるのは正体不明のゼロ物質だけ。ネガティブの力でも消滅しない、この宇宙に存在する筈がない物質だ。継実は戦いながら解析を試みていたが、やはり簡単には分からない。分かっているのは精々触れたものを消滅させる性質だけ。粒子ビームにして撃つだけなら兎も角、現状毒にしかならないものを煽る訳にはいかないのである。

 故に地球を飛び出してから今に至るまで、継実は呼吸をしていない。体内の二酸化炭素を分解して酸素を得て、その酸素を燃やすという循環を延々と続けている。かつてアホウドリが繰り出した『真空状態』から抜け出すために使った技だ。弱点もあの時と変わらず、エネルギー消費の激しさが挙げられる。

 それだけならばまだしも、ネガティブに触れればそれだけで継実の身体は『消滅』という形でダメージを受けてしまう。基本的に全ての攻防が肉を切らせて骨を断つ……或いは骨を切らせて骨を断つような状態。肉弾戦しか効果がない以上、リスクなしの攻撃は出来ない。

 何をどうやっても消耗しかない。それどころか攻撃を一旦止めて休憩しても、呼吸出来ない事こそが疲労の最大原因なのだから意味がない有り様。こうなると取れる打開策は一つだけ。

 速攻で目の前の敵をぶちのめす事だ。


【疲労が見て取れる】


 しかしその方針も、相手に疲労状態を見抜かれては成功の見通しが立たないのだが。

 ましてやネガティブ側が速攻を仕掛けるように突撃してきたら、負けじと突撃なんてする訳にはいかない。根本的に身体能力では継実の方が劣っているのだから、真っ向勝負など愚の骨頂なのである。


「ぐっ……!」


 反射的に継実は両腕を身体の前に構え、防御を固める。されどそんなものは関係ないと言わんばかりに、ネガティブはこれまで以上のパワーとスピードで殴り掛かってきた。継実は腕でこれを受けるが、強い衝撃、そして虚無の力に蝕まれて皮膚が消滅。攻撃の威力は骨まで到達した。

 常人ならば痛みで悶絶または失神するだろうが、生憎今の継実は超人。この程度の痛みで意識を手放す事はない。それどころか状況の不利さから萎縮していた闘争心に、痛みという燃料を焚べてやった。本能が生命の危機に対し、爆発的なエネルギーを生み出す。


「嘗め、ん、なアァァァァッ!」


 継実は雄叫びを上げながら、ネガティブに向けて蹴りを放つ!

 全身の力を足に乗せた一撃。直撃を喰らわせれば、このネガティブにとっても多少は手痛い一撃になっただろう。

 しかしネガティブの胴体を難なく貫通するのは流石に予想外。予想外過ぎて、嬉しさの前に警戒心が爆発的に上がる。

 もしも警戒していなかったら、足に掴み掛かろうとするネガティブの手を躱す事は出来なかったに違いない。咄嗟に足を引っ込めたのでそれは回避出来たが、継実は冷や汗を流す。


「(躱された……!)」


 自慢の一撃だった足蹴を、ネガティブは回避していた――――身体の真ん中に大穴を開けるという方法で。

 ネガティブの形は変幻自在。しかしここまで素早く、そして大胆な変形は見た事がないためつい失念していた。自分の迂闊さを呪いたくなる、が、そんな暇はない。

 大慌てで足を引っ込めた事で体勢を崩した継実に、ネガティブの追撃が襲い掛かってきたからだ。


【イギァッ!】


 大きく振り上げた腕が狙うは、継実の頭。

 ネガティブの打撃を腕で受けても、皮膚どころか筋肉を消され、骨まで到達するのはここまでの戦いで既に実証済み。ではもしも頭に攻撃を受けたら、果たして骨でネガティブの攻撃は止まるのか? 否であろう。筋肉なんて殆どなく、厚さ数ミリの頭蓋骨に上腕骨ほどの防御力はない。間違いなくネガティブの打撃は骨を貫通し、脳を抉っていく。

 心臓を破壊されようが、下半身をぐちゃぐちゃに噛み潰されようが、継実にとっては回復可能な傷だ。だが能力の演算を行う脳だけは、例え一部でも破損したら不味い。

 継実は咄嗟に腕を構えてこれを防ぐ。骨まで達する攻撃を受けて顔を顰めつつも、継実は渾身の力で腕を押し返す。その拍子にバランスを崩したネガティブに蹴りを放つが、狙った場所であるネガティブの肩がざわりと揺らめいた。また取り込まれる可能性があり、継実は蹴りを途中で止めざるを得なくなる。蹴りの体勢で一瞬固まり、更に戻す動きも加えたとなれば、ミュータントにとっては呆れるほど隙だらけな姿だ。

 ネガティブはこのチャンスを逃さない。

 さながら刀のように腕を変形。細く鋭い腕部で、継実に斬り掛かってきた! 幅広いだけでなく、薄くなった事で抵抗が減ったのかスピードもある。ましてや崩れた姿勢では即座に対応出来ない。


「(これは……躱せないか!)」


 迫る腕に対して継実が選択したのは防御。引っ込めようとした足を掲げ、盾のように構える。

 刀のようなネガティブの腕は、脛骨(膝から下にある長い骨)で受け止めた。ネガティブはこれを引き抜こうとするが、今度は継実がネガティブの腕を捕まえる。骨を急速に『再生』させる事で圧を加え、抜けないようにしたのだ。勿論ネガティブに触れている骨は次々と消滅するが……この後与えるダメージに比べれば微々たるものだ。

 ネガティブの薄くなった腕をへし折り、千切るというものに比べれば。


「ぬアァッ!」


 ネガティブの腕に向けて、継実は両腕を組んで作った『ハンマー』を振り下ろす!

 ネガティブもこの攻撃の危険性に気付いたのか逃げようとするが、一手遅い。引き抜くのは間に合わず、継実の鉄拳がネガティブの腕を打つ。消滅の力は変わらずあり、継実の拳を容赦なく削るが……込めた力と質量で押し切る!

 打ち付けた打撃はネガティブの腕を貫通。人間で言えば丁度肘の辺りから切断する事に成功した!


「(良し! まずは手数で有利を取った!)」


 蓄積したダメージと疲労は継実の方が大きいだろう。だが片腕を失えば、その分攻撃の手数とバリエーションが減る。劣勢を挽回する下地が出来たと言って良い。

 無論ネガティブは不定形の存在なのだから、切られた腕を再生するぐらい容易だろう。だが再生には時間とエネルギーが必要だ。猛攻を仕掛ければそんな暇は与えない。

 ネガティブに斬られた足の傷は回復していない。だが此処は空気のように場を満たすゼロ物質はあれども、基本的には宇宙と同じ無重力空間。足の力など使わずとも、粒子の運動方向を変えれば簡単に飛んでいける。

 ネガティブは腕を回復させようとしてか、断面を蠢かせていた。そうはさせまいと、継実は最高速度で突進。片腕しか使えないネガティブだが、攻撃の意思を示すように残る腕を大きく振り上げる。しかしいくら大振りでも当たらなければ無意味。継実はその腕に最新の注意を払う。

 それが罠だと気付かずに。


「っ!? なん……」


 突然感じたのは、自分の首に迫る殺気。それも正面からならまだしも、背後からやってきている。

 もしもただの人間ならば ― そもそも殺気を感じられないという点には目を瞑るとして ― 気の所為だと切り捨てるかも知れない。折角のチャンスを前にして後退など勿体ないし、ネガティブのすぐ傍まで来て反転するなど自殺行為なのだから。しかし継実の本能はそれを行わなかった。これを無視したら死ぬと確信したがために。

 目前のネガティブを一旦意識の脇に寄せ、ぐるんと継実は後ろを振り返る。

 すると至近距離に、が迫っていると視認出来た。


「ぬ、ぅアアアッ!?」


 反射的に、継実は迫ってきていた腕を両手で掴む。

 掴んだ瞬間に消滅していく自分の手の表面。間違いなくこれはネガティブの腕だと分かる。腕先にはしっかりと手が付いていて、五本の鋭い指で継実を引っ掻こうとしていた。

 しかし一番の問題は、その腕が一本ふわふわと飛んでいる事。

 すぐに継実は気付いた。この腕が、先程自分がネガティブから切断したものだと。思えばネガティブは虚無の集まりであり、そこに脳神経だのなんだのがある筈もない。ならば意識や思考は、全身で行える筈なのだ。切り離された腕が自分の意思を持っていたとしても、なんら不思議はない。小さく分割すれば不安定になって消滅すると継実は考えていたが、甘い見込みだったようだ。

 腕を切り落としたのは失敗だった。だが後悔しても仕方ない。幸いにして腕は対して大きなものではなく、それ故かパワーも殆ど感じられなかった。奇襲攻撃が関の山。継実が両手で握り潰せばあっさりと消え失せる。

 されどこれで危機が去ったなんて安心するのは間抜けだけ。継実の背後には、腕の再生を終えたネガティブが立っているのだから。


「こ……んの……!」


 迫りくる腕を消し終えた継実は、我が身が痛むほどの力でネガティブの方に振り返る。

 その時にはもう、ネガティブは継実に両腕を伸ばして掴み掛かろうとしてきていた。継実は反射的にその腕を掴んで止めようとし、思惑通り継実の手とネガティブの手が組み合う。

 そしてそれはネガティブにとっても思惑通り。

 ネガティブの頭が変形し、ハサミのような形状へと変わる。何をするつもりか? 考えるまでもない。継実の弱点である頭を、胴体から切り離すつもりなのだ。

 自分の行動がまたもや失敗だったと気付くも、今の継実は両手で相手を掴んでいるため身動きが取れない。身体を仰け反らせたところで、変幻自在なネガティブの身体はきっと伸びてきて容易に追跡してくる。

 ならばと継実は自らの手を自分の意思で切断した。両手が自由になるのとほぼ同時にネガティブの頭ことハサミが、それと腕が継実に襲い掛かる。継実は両足で腕を蹴り上げて退かし、迫るハサミを再生させた両手で掴もうとした

 直後、ぐにゃりとハサミの向きが変化する。

 ハサミが狙ってきたのは、継実の右腕だった。


「不味……!」


 継実は右腕を引っ込めようとした、が、その右腕をネガティブの手が掴む。振り解く事も、部分的に切断する事も出来ない。

 迷ったのは一瞬。だがその一瞬で全てを追えるには十分。

 ヂョギンッと鳴り響く鈍い音と共に、継実の右腕は上腕骨の真ん中辺りで切られた。


「ぐぁっ……あ、アアアアアアアアアアッ!」


 継実は叫ぶ。されどこれは悲鳴ではない。痛覚神経の訴えを闘争心へと変換し、胸の中で溢れ返った攻撃的激情が叫びとして出てきたのだ。

 片腕が切られたからなんだ。腕はまだもう一本残っているのだから戦える。抱いた思考を実現させるように、継実は身体中のエネルギーを残る左腕に集中させ、そしてネガティブの胸目掛けて放つ!

 が、ネガティブはこれを両手で掴み掛かった。

 ネガティブからすれば今の継実は片腕しか使えない。今までと比べて攻撃のパターンは読みやすく、そして反撃の手数も少なくなる。攻撃してきた腕を掴むのは、今までよりも容易なのだ。

 冷静に考えていれば分かる事だったが、劣勢を覆すための闘争心を沸かせ過ぎた……端的に言って頭に血が上り過ぎていた継実はこれを失念していた。しまった、と思った時には手遅れ。腕を引っ込める事も間に合わず、継実の残り一本の腕はネガティブに両手で掴まれた。

 そしてネガティブは捕まえた継実の腕を肘辺りから、さながら握り潰すように力を込める。継実は筋肉を張り、粒子操作能力を発動してこれに耐えようとするが、二つの手の消滅の力を耐えられるほどでなく。

 敢えなく残り一本の腕も、切り落とされてしまった。


「ぐぁ……こ、の……!」


 両腕を失っても未だ継実の闘争心は消えない。腕など再生させれば良いのだ。戦いはまだ続けられる。

 ただし体勢を立て直す猶予を与えてくれるとは限らず。継実の腕を切断したネガティブは、既に継実に向けて次の攻撃を仕掛けていた。

 具体的には、頭目掛けて。


「(あ、これは流石にヤバい)」


 迫るネガティブの両手を前にして、継実の頭から一気に血の気が引く。

 頭の骨と肉ではネガティブの攻撃を受け止められない。脳に致命的ダメージを受けたら回復出来ない。しかし腕を失った継実に、この攻撃への防御姿勢は取れない。

 あらゆる条件が防御不能を示す。思考を高速で巡らせても、攻撃を交わしたり、構えを取って防御する事は不可能だという結論しか出てこない。出来る事があるとすれば、精々猛獣染みた眼光で睨み付ける事だけ。

 しかしネガティブがそんな無意味なものを向けられただけで止まる訳もなく。

 虚無の力を宿した二つの腕が、継実の頭に左右から叩き付けられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る