賑やかな星11
一人、継実は惑星ネガティブに出来た傷口の奥を目指して進む。
果たしてどれだけ進んだだろうか。周りにあるのは惑星ネガティブの断面だけであり、星など指標となるものがないため正確には言えないが……飛行時間から逆算するに、ざっと一千五百キロは進んだだろうか。
花中達と別れてからここまで進んで、断面の壁から無数のネガティブが生えてきて襲い掛かってくる、という事態は今のところ起きていない。惑星ネガティブの力を鑑みるに、ネガティブの百体二百体など簡単に生み出せると思われるが……地球から生える肉触手との力比べがやや劣勢なのか、
お陰で継実は難なく、惑星ネガティブの最深部に向かって進んでいける。
「(まぁ、苦労しないで済んでる一番の理由は、傷口がここまで深く刻まれている事なんだけどね)」
肉触手が喰らわせたレーザー攻撃は、惑星ネガティブに大打撃を与えていた。中心部付近まで届く傷になっており、継実はそこを飛んで通るだけ。当初の予定では穴を掘るように進むつもりだっただけに、一直線に飛んでいけるのは時間的に好ましい。地球にいる仲間の被害、そして足止めをしてくれている花中達の体力を考えれば、中心に辿り着くのは早ければ早いほど良いのだから。
しかし順調にいくと、それはそれで不安になるのが人間というもの。この傷は果たして本当に元々こんなに深かったのか? 都合よく中心部まで届くものなのか? もしやこれは惑星ネガティブが仕掛けた罠のでは……
「(いや、罠はないな。罠は)」
こちらを仕留めるつもりなら、それこそ何処かでネガティブ群団でも差し向ければ良い。ダメージを受けると危険な中心部に敵を招き入れて倒すなんて、そんなのは作戦ではなく言い訳と呼ぶのだ。
冷静に考えを巡らせ、非論理的な考えを切り捨てる。それでもどうにも不安の感情が脳裏にこびり付くものだから、頭を振って気持ちを払おうとした。身体に粒子スクリーンを展開して防御を固めたり、肉体の粒子を制御して本気の力を何時でも出せるようにしたり、戦闘準備も整えていく。
丁度、そんなタイミングの事である。
前に進もうとしていた身体が、強烈な抵抗を感じたのは。
「(えっ!? これって……空気!?)」
感じたものが空気抵抗の感触と気付き、継実は驚きで目を見開く。
惑星ネガティブ……要するに巨大なネガティブの内部なのだから、空気なんて全て虚無に還されてされいる筈だ。しかし身体で感じているものは間違いなく空気抵抗のそれ。しかも進めば進むほど抵抗は強くなる。即ち物質の密度が増しているのだ。
訳が分からない。ネガティブ中心部では虚無の力が発揮されていないのだろうか? 考え込みながら周りの分子を観測してみる。
が、全く分からない。
確かに、この辺りには何かがある。質量が存在し、触れもする……なのになんだか分からない。
未知の物質だ。いや、物質と呼ぶべきでもないだろう。同位体や同重体でもない、人類が発見どころか想像もしなかった『何か』が満ちている。
そんな馬鹿な、と継実の理性は否定するが、同時に得心も行く。ネガティブは虚無へと還す力により、量子ゆらぎすら消し去る。量子ゆらぎが宇宙を作り出した源ならば、それが消えた領域は、この宇宙とは異なる領域、ある種の別宇宙とも言えるだろう。ならばそこには、この宇宙とは異なる物質が存在してもおかしくない。正の存在ではない、虚無しか許されない世界に存在する……名付けるならばゼロ物質か。
ゼロ物質についてああだこうだと考えても、答えは出ないだろう。例えるならば1 × 0 = 2 が成り立つ理由を考えるようなもの。前提となるルールそのものが、この宇宙の存在である継実に理解出来るとは限らないのだ。
一つ、今言える事があるとすれば……これに触れ合う事が危険という点だけ。
「(触れてると身体がじわじわと消えてる。ネガティブほど強力じゃないけど、ネガティブと同じ力があるみたいだね)」
ひとまず身体に能力を滾らせ、身体の消滅を食い止める。これで対処は出来たが、常に力を込め続けるというのは疲れるものだ。これから暴れないといけないのに、体力の消耗があるのは好ましくない。
「(いっそ反物質なら、色々やれる事もあるんだけどなぁ)」
大量にあるゼロ物質の使い道を考えようと思考を巡らせる……が、答えを得るだけの時間はなかった。
進んでいたところ、開けた場所に出たのである。
どうやら肉触手達が付けた傷は、本当に中心部まで到達していたらしい。最大出力の粒子ビームすら問答無用で打ち消すネガティブを、貫通寸前(或いは観測出来ていないだけで貫いたかも知れない)まで傷付けるとは。こうなると恒星さえも破壊するという評価すら、過小なものだったのではないかという気がしてくる。
それはさておき。辿り着いた場所は非常に広く、ざっと数百キロほどはありそうな『空洞』をしていた。空洞内には先程継実が遭遇したゼロ物質がぎっしりと満ちている。密度は空洞の中心に行くほど高くなっているが、ゼロ物質にも重力があるのか、或いは惑星ネガティブが重力的な力を発しているのか、ルール不明の状況では考察も出来ない。正体不明のものに囲まれているのは気分的に良くないが、幸い動きを妨げるほどの密度ではなかった。気にし過ぎても良くないと、一旦思考を脇に寄せる。
継実は自らの意思で、空洞の中心に進む。単純に周りを見渡すのに中心の方が好都合だというのもあるが、もう一つ理由がある。
中心に、『何か』がいるからだ。
「(大きさはざっと二メートル。形は……ああ、これは人型だね)」
遠く離れた場所に浮かぶそれを、能力により観測。その大きさと形をしかと把握する。
中心までの距離はざっと二百五十キロ。七年前なら途方もない距離でも、今の継実には全力を出さずとも一分半で渡れる道のりだ。淡々と飛び続けて、継実は『何か』の前にて止まる。
空洞の中心にいたのは、棒立ちの体勢で浮いている一体のネガティブだった。
見た目に特筆すべき点はない。頭は花のように裂けた状態で開き、爪などの器官が一切ない四肢を持ち、臀部より長い尾を生やしている。宇宙よりも黒い身体は靄……虚無に還す力で出来ていて、ゆらゆらと揺らめいていた。大きさ、具体的に言うなら身長は二メートルに満たない程度。頭の先から尻尾の先まで、今まで何度も見てきたネガティブと全く変わらない。
外見はただのネガティブ。これまで幾度となく戦い、幾度となく粉砕してきた相手だ。
だが……
「(コイツ、かなり強いな)」
今まで戦ってきたネガティブよりも、遥かに強力なプレッシャーを感じる。
あくまでも感覚的なものであるが、しかしその感覚は七年間毎日ほぼ休みなく進化していく強敵と戦い続けて培ったもの。精度は極めて高い。暫定ではあるが、これまで出会ってきたネガティブの数倍の戦闘能力があるだろう。
加えて、隙がない。
今まで出会ったネガティブ達はお世辞にも『戦士』として優秀な立ち振る舞いをしていない。何しろ量子ゆらぎの力を使えるミュータントでない限り、触れたものを容赦なく消してしまうのだ。どんな戦略も戦闘力も戦術も関係ない。ミュータント並の身体能力を活かし、ただ触れていくだけで勝利出来る。敵の攻撃を警戒する必要なんてないし、死角を意識する必要もない。カウンターを恐れる事もないし、ましてや奥の手を警戒しても意味がない。正しく無敵だが……それ故に何も学べない。だから無敵が通じない相手には呆気なくやられてしまう。ズルをしてきた奴の強さなど、所詮そんなものだ。
しかしこのネガティブは違うらしい。
ただ棒立ちしているだけのように見えるが、それでいて隙が一切見当たらない。それこそ全方位二十四時間命の危機にあるミュータントと同等の警戒心だ。意識の死角も感じ取れず、下手に攻撃すればこちらが手痛い反撃を受けると継実は判断。相手の様子を窺う。
そしてこのネガティブ、継実が目の前で構えも取らずに見据えても、攻撃を仕掛けてくる気配すらない。これまでのネガティブは、何はともあれ襲い掛かってきたというのに。
怪しい。何かが違う。何度もネガティブと戦ってきたが、『コイツ』は得体が知れない――――どうしたものかと考えあぐねていた、その瞬間を突くように。
【お前、単身、来たか】
ネガティブが継実に向けて話し掛けてきたのだった。
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