賑やかな星09

 惑星ネガティブが間近まで迫った瞬間、地球から伸びていた肉触手が動き出す。

 肉触手達は一斉に惑星ネガティブへと向かい、その行く手を遮るように当てられた。太さ数十キロの肉触手とはいえ、相手の直径は四千キロ。ほんの百分の一しかない太さであり、数十本と集まっても頼りない印象しかない。

 ところが実際には、惑星ネガティブの突進を易々と受け止めてしまう。

 更に惑星ネガティブ全体が、激しく波打ち始めた。最初は肉眼で確認するのが困難なレベルだったが、波打ちは段々と、時間が経つほどに大きくなっていく。さながら、痙攣するかのように。


「(やっぱり、というか他にあり得ないけど、あの肉触手はミュータントのものか……一体なんのミュータントかさっぱり分からないけど)」


 或いはムスペルのような怪物のものだろうか。正体は気になるが、知ったところでどうなるものではないだろう。それよりも継実は、二体の戦いの行方が気になる。

 肉触手と触れ合っていた惑星ネガティブは、今まで球体状だった姿を変化させた。巨大な棘のようなものを生やし、地球目掛けて伸ばしてきたのだ。

 棘は猛然と進み、地球に突き刺さる。棘の太さは恐らく百キロ以上あるだろうか。途方もなく巨大な棘はオーストラリア付近の大海原に突き刺さり、巨大な津波を引き起こす。津波の高さは、宇宙から見ると正確には分からないが……ざっと数キロはあるだろうか。

 さながら巨大隕石が落ちたかのような打撃。しかも棘はこの一本だけではない。他に三本も生えていて、南アメリカの大地に、太平洋に、大西洋に、次々と突き刺さった。陸地に打ち込まれたものは、マグマの噴出が確認出来るほどの破壊を生んでいる。一発一発が世界を滅ぼす威力だ。

 尤も、その滅びる世界は『人類の』という前置きが必要だが。こんなものでは、ミュータントが繁栄する地球にとって痛手とならない。

 巨大津波は陸地のミュータントのものと思われる、巨大な衝撃波や炎により消し飛ばされる。大地に突き刺さったものも、地上で激しい攻撃を受けているようで、びくびくと前体が震えていた。

 そして肉触手の持ち主も、この反撃に加わる。


「(いぃっ!?)」


 空気のない宇宙空間で、思わず継実は驚きの声を出そうとしてしまう。

 何故なら海の一部から巨大な……はあるだろう肉触手が現れたからだ。海から現れたそれは、惑星ネガティブが引き起こしたものと同規模の津波を起こしながら伸び、地球に突き立てた惑星ネガティブの棘に巻き付く。

 そしてぶくぶくと膨れ上がるほど力を込めると、棘を強引にへし折る!

 折られた棘は、本体部分と離れたところが霧散して消滅した。棘と言っても厚み数十キロの構造物。これを力で強引にへし折るとは途方もないパワーだ。

 生えてきた巨大肉触手は一本だけではない。打ち込まれた棘と同じ、合計四本が生えてきた。南アメリカの陸地から生えたものもあり、巨大な大陸に宇宙から観測出来る大穴を上げてしまう。そしてどれもがネガティブの棘に巻き付くと、難なくへし折ってしまった。

 これだけでは終わらない。新たな巨大肉触手が地球中から生えて、合計八本になる。それだけでなく厚さ数十キロの細い肉触手は何百本と生えてきた。そしてどの肉触手も、息を合わせるように惑星ネガティブと向き合う。まるで一個の生命体のように――――


「(って事は……まさかコイツ、があんの!? こんなのがずっと、今まで地下に潜んでいた訳!? )」


 ミュータントとは、どれだけ出鱈目な生物なのか。まさかミュータント生態系に七年間暮らしていて、また驚かされるとは継実も予想だにしなかった。

 なんにせよ地球に打ち込まれた棘は全て取り除かれた。これで惑星ネガティブは攻撃手段を失ったのである……というのは早計だが。

 惑星ネガティブが大きく揺らめいた。それと共に継実は破滅的な『叫び』を感じる。音とは空気の振動であり、空気なんて(一立方センチに水素分子一つでは振動なんて伝達しないので実質)存在しない宇宙空間で音は鳴らない。だが確かに惑星ネガティブは、あらゆる生命の波動そのものを消し去るような、おぞましく、何より強靭な雄叫びを上げたのだ。

 それと共に、惑星ネガティブの姿が大きく歪む。

 球体である本体の正面に、大きな切れ目が走り始めた。肉触手が触れ続けた事で虚無の力が中和され、早速惑星ネガティブの瓦解が始まったのではないかと継実は淡くも期待したが……よくよく観察すれば切れ目の入り方が極めて綺麗なもの。更に切れ目は等速直線運動で大きくなっている。こんな規則的な自壊はあり得ない。

 想像通り、それは自壊ではなかった。切れ目は四方向に裂け、さながら口のように開かれたのである。そして惑星ネガティブは地球に近付こうとした。

 このまま噛み付き、星を噛み砕くつもりなのか。野蛮にして大胆、それでいて効果的な攻撃だ。流石にこれは不味いと継実は思う。

 肉触手も同じだったかも知れない。


【ギ、ギギィギイイギイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!】


 宇宙空間に、肉の軋む音が響く。

 本来ならばあり得ない現象である。ならばこれは一体なんだ? 困惑しながら継実は音のする方に目を向けた。

 結果、更なる混乱に見舞われてしまう。

 直径数百キロ長さ一万キロを誇る巨大肉触手の一本が、煌々と光を放っていたのだ。ひしひしと感じるエネルギーは、比喩でなく恒星ほどのパワーを感じる。万一この力を星の表面に叩き付ければ、一瞬で惑星がプラズマ化して消滅するだろう。いや、余波だけで周りの星々も吹き飛ぶかも知れない。最早惑星に暮らす生物が出して良い力ではない。

 あまりにも意味不明な出力。そしてその力の周りでは、宇宙の星々が見える。

 そこで継実は気付いた。今まで聞こえてきた音は空気の振動によるものではない。恒星の重力が如く力により空間が歪み、継実の身体が空間ごと歪む事で聞こえてきた『振動』なのだ。

 インチキすらも通り越した破滅的な力だが、巨大肉触手は勿論デモンストレーションとしてこの力を生んだのではない。大きく、仰け反るように動かした巨大肉触手を惑星ネガティブに向けて……放つ。

 惑星ネガティブの表面に、力いっぱい叩き付けたのだ!

 あまりにもシンプルな攻撃は、音を出さない。だが空間の歪みが、継実達の身体を吹き飛ばそうとする。惑星ネガティブの身体も大きく回転し、その破壊力の大きさを物語っていた。これには流石の惑星ネガティブも(三半規管などないだろうが)目を回したに違いない。

 尤も、それは新たな反撃を意味するのだが。


【イギギロロロオオアオォオオォオオッ!】


 惑星ネガティブが吼える。先の巨大肉触手と同じく、空間を歪ませるほど大きな虚無の力を生じさせる事で。

 続いて痙攣するように、その身をぶるりと震わせる。

 すると惑星ネガティブの表面に無数の黒い『点』が現れたではないか。いや、点ではない。それは大きさ二メートルもない、けれども数えきれないほどの、ネガティブの群れ。

 惑星ネガティブがネガティブ達を生み出したのだ。分離も合体も自由なネガティブなのでそれ自体は不自然ではない。が、先程惑星ネガティブは空間が歪むほどの虚無の力を生み出した筈である。ならばこのネガティブ達は、その虚無の力により誕生した『産みたて』の個体に違いない。

 だとしても一瞬で数えきれないほど……恐らく数十億はいるだろうネガティブを生み出すとは。

 巨大であれば力が大きくなるのは当然だが、あまりにもスケールが大き過ぎる。目の前でその光景を前にした継実は、思考が短くない間停止してしまった。

 だが、同じスケールの存在である肉触手達は思考停止になど陥らない。


【ギギギ、ギイィィィイイイイイイッ!】


 八本の巨大肉触手が煌々と輝きを放つ。

 またしても空間が歪むほどの巨大な力だが、その輝きはやがて下から上、肉触手の先端へと集まるように登っていく。力の密度が増したのか先端部分 ― それでも百キロ以上の長さはあるだろうが ― は太陽より眩しく輝き出し……

 八本同時に、閃光を放った。

 大出力のレーザー光線だ。放たれた光は非常識なエネルギー密度で『世界』そのものに影響を与え、さながら重力のように空間を極限まで引き伸ばしている。空間ごと伸ばされた物体は強度なんて関係なく、ズタズタに引き裂かれてしまうだろう。無論、空間に影響を与えるほどの出力となれば、光エネルギー自体も強力だ。直撃を受ければ、恐らく本当に星を(加熱に伴う熱膨張などで)纏めて数十個は吹き飛ばす。もしかすると直撃したら恒星さえも爆発するかも知れないと継実は感じた。

 肉触手が放ったレーザーは生み出されたネガティブ達を薙ぎ払う。粒子ビームすら一瞬で掻き消すネガティブ達も、このレーザーの出力は消しきれず。直撃を受けた個体は次々と消滅していく。それを回避したとしても空間の歪みに巻き込まれ、悲痛に思えるぐらい細切れに引き裂かれた。

 何十億と生まれた筈のネガティブは、ほんの一瞬で消し去られる。だが肉触手が放つレーザーはまだ止まらない。

 残りのエネルギーを全て注ぐように、八本のレーザーを惑星ネガティブの『口』の中に撃ち込んだ!

 惑星ネガティブはレーザーの集中攻撃を受けて、大きく仰け反る。数多の惑星さえ破壊する攻撃を八本受けて体勢を崩すだけなのは凄まじいが、被害は小さくなかったようだ。惑星ネガティブの身体が激しく痙攣していたのである。通常のネガティブと性質に大きな違いがなければ、それは自らの存在の安定を欠いている証。もしかするとこのまま自壊して消えるのでは……ある種の楽観論にも似た予感が継実の脳裏を過る。

 しかし、やはり楽観論だったようだ。


【イィギギィイイイロオオオオッ!】


 痙攣しながらも惑星ネガティブは振り返り、そして急速にその形を変形させる!

 棘を生やすなどという生易しい変化ではなく、さながら五本足のヒトデのような形態へと変化。そのまま地球に掴み掛かろうとしてきた。

 肉触手達は惑星ネガティブが伸ばしてきた足に巻き付き、その動きを食い止めた。惑星ネガティブは前に進めなくなったが、中心部には未だ口のような裂け目が残っていて、噛み付こうと何度も開閉させている。

 尤も惑星ネガティブが口を伸ばそうとする様子はない。恐らく五本足に使っている分の『身体』を僅かでも減らすと、肉触手達にパワー負けしてしまうのだ。だから下手な動きが出来ない。

 肉触手達も似たような状況である。肉触手を絡み付けた惑星ネガティブの『足』は押し返せていない。つまり肉触手と惑星ネガティブの力は拮抗している。こちらもまた力を僅かでも抜けば、惑星ネガティブに肉薄されてしまうのだろう。

 どちらも力を抜けない拮抗状態。相手の体力がなくなるまで、しばしこの状態が続く筈だ。

 接近を試みるならば今がチャンス。


「(つっても何処から行けば良いんだが……)」


 ネガティブが生物であるなら、例えば口や肛門から体内に侵入する事が出来ただろう。しかしネガティブは虚無の力の集まり。ものを食べたり、或いは出したりするための器官があるとは思えない。

 穴がないなら作らなければならない。元々三人で力を合わせて少しずつ潜る予定ではあったが、しかし出来る事ならより潜りやすい場所を探す方が合理的。何処かに脆そうな、或いは深い傷口はないものか……


「ん? フィアちゃん?」


 そう考えていた時、ふと花中の声が聞こえてきた。どうやらフィアに呼ばれたらしい。

 振り向いてみたところ、フィアが花中の肩を掴んでいた。彼女も身体の振動で声を伝えられるが、継実と話すつもりはないのかこちらには触ってこない。

 それでも、あっちを見ろと言わんばかりに指を差す仕草を見れば、何を伝えたいかは丸分かりだが。フィアの指先が向いている方角を目で追えば、そこには惑星ネガティブの姿がある。

 より正確に言うならば、惑星ネガティブが地球に噛み付くべく作り出した口の中心部分だ。

 そこはまるで本物の口のように、大きくて深い穴が空いている。本当に奴は地球を喰らうつもりなのか? そんな考えが一瞬過るも、すぐに本当の原因が思い当たる。

 肉触手達が放った、大出力レーザーの仕業だ。惑星ネガティブさえも怯ませる強大な一撃は、奴に大きな傷を負わせていた。その気になれば再生(成形という方が正しいかも知れない)するなど造作もない筈だが、互角の力比べの真っ只中、そんなところにエネルギーを費やす余裕はない。だから傷口を放ったらかしにしているのだろう。

 その傷が何処まで続いているかは分からない。しかし中心部まで行くのに掛かる時間は大幅に短縮出来るのは間違いない。


「……行こう。あの場所に!」


「はい!」


 継実の言葉を受けて花中が答えた。フィアは最初から怯えも不安もない、堂々たる顔付きで惑星ネガティブの傷口を見ている。誰もが準備万端。進むのに憂いなし。

 継実と花中の二人は、動きの止まった惑星ネガティブを目指して、再度宇宙空間を進み始めるのだった。

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