賑やかな星02

 花中の提案により、一箇所に集まった人間達。

 花中、アイハム、ヤマト、そしてミドリの四人は円陣を組むように座っている。アイハムの息子カミールは円陣の外側にいるミリオンやモモ、それと晴海達と遊んでいた。誰一人として特段緊張した素振りもなく、むしろリラックスしている。ちなみに花中は後ろからフィアに抱き着かれていたが、特段気にもしていない。これが花中にとっての自然体なのだろう。

 身体が強張るほど緊張しているのは、円陣のど真ん中に座る継実だけだった。


「……いや、なんで私が中心なの!? なんで私なの!?」


「仕方ないだろ。俺もアイハムさんも演算とか苦手だし」


「出来なくは、ないですけどね」


「あたしも中身が宇宙人なものですから、計算はちょーっと苦手でして……観測結果として把握するのは得意ですけど」


「わたしなら、計算出来ますけど……でも、ネガティブと戦った経験が、一番豊富なのは、継実さんですし」


 継実が反論したものの、四人全員から更に反論が。言葉を失い、継実はぱくぱくと口を開閉させるばかり。

 そうして呆けていると、花中から止めの一言が。


「だから継実さんに、お任せするのが一番、なのです……ネガティブの解析を、してもらうのは」


 或いはお願いと言うべきか。

 柔らかな態度ながら真剣に頼まれた継実は、がっくりと項垂れた。

 これから継実達人間のミュータントは演算力を集結させ、迫りくる惑星ネガティブがどんな存在であるかを分析する。

 なんとも大事のように聞こえる話だが、実際はそこまで大変なものでもない。花中が自らの能力で他の人間の脳機能と直結し、演算力を間借りするだけだ。意識を失うだとか、脳が負荷により出血するだとか、そうした危険は全くないと花中は言う。

 ただ、その莫大な計算力を用いて結論を導き出せるかどうかは、継実自身の才覚に多少なりとも影響される。コンピューターにどれほど高性能な演算能力を持たせても、計算アルゴリズム方法を実装しなくては簡単な足し算すら解けないように。そしてアルゴリズムがどうしようもないものなら、素晴らしい演算能力も宝の持ち腐れだ。

 だからこそ継実はプレッシャーを感じていた訳だが、しかし自分がやらねばならない事は間違いない。花中達が言うように、最適な人選が自分を置いて他にいないのだから。


「……っだあぁっ! 分かった! 女は度胸! 駄目なら代わってもらえば良いんだし!」


「あはは。そうなんですけどね。時間はまだ、たくさんある訳で」


「まぁ、俺等がやっても意味ないだろうから、花中とミドリさんだけだな」


「そう、ですね。やるだけ、やっても、良さそうですが」


 和やかなムードで進む話。皆に緊張を解そうという意図があるかは不明だが、継実自身としては気持ちが楽になった。失敗しても構わないというのは、リラックスするのに一番効果的な『心構え』だろう。

 継実が笑みを浮かべた事で準備完了と受け取ったのか、花中は自身の右手を継実のおでこへと伸ばす。合わせて他の人間ミュータント達も手を伸ばし、継実を囲うみんなが手を繋いで円陣を完成させた。ミドリの左手だけは花中の右手首を掴んでいるが、これでも問題はないらしい。

 そして花中が目を瞑るのと共に、継実に莫大な量の計算能力が流れ込む。


「(おおぅ、これが四人分の演算力……)」


 継実一人でも演算力は人類が開発した最高のスーパーコンピューターを軽々と超えるが、四人分の演算力はこれまた継実の比ではない。ざっとだが、継実の『五倍』もの演算力だ。

 得手不得手があるので単純に四等分出来ない事を思えば、誰かが継実のニ〜三倍ぐらいの演算力を持っているのだろう。対象の心当たりがあるとすれば……一人だけ。

 そんだけ演算力特化ガリ勉なら、そりゃ運動は苦手だろうな――――なんだか急にその『ガリ勉』に対して親近感が湧いてきて、継実の口からくすりと笑い声が漏れる。

 ……さて。何時までも遊んでいる訳にはいかない。時間はまだまだあるが、無限ではないのである。

 預かった演算力を用い、ネガティブの正体を探るのだ。


「(さぁて、それじゃあまずは頭上のネガティブっぽい奴が、本当にネガティブなのか確かめないとね)」


 継実が最初に着手したのは、惑星ネガティブが本当にネガティブであるかの確認。

 『第一回村人総出の作戦会議』にて、ネガティブ以外の想定はいらないという話になったが……それでも正確な正体が分かるなら、知っておいて損はない。「ネガティブじゃなかったー」となれば、その時点でこの会議を解散しても良いのだから。

 百万キロ彼方の物体を把握するなど、索敵特化のミドリにも出来ない事だ。しかし継実達五人のミュータントの力を合わせた今なら話は違う。


「(お。見えた見えた)」


 意識の領域を狭めて引き伸ばすように、観測の射程を伸ばせば、百万キロ彼方の『物体』を継実の意識は捉える事が出来た。

 物体の直径は約四千キロ。月の直径が約三千四百七十キロなので、月を一回り上回るサイズだ。地球ほど巨大ではないが、単一の『存在』としては十分規格外だろう。尤も、宇宙の中では珍しい大きさではないだろうが。

 物体の進行速度は秒速十五キロ以上。加速も減速もなく、この速さを維持したまま飛行している。宇宙空間を飛び交う物体としては特段非常識な速さではなく、また空気抵抗などが殆ど存在しない宇宙で等速直線運動を続ける事は難しくない。しかし殆ど変化しない速さに、生物というより物体のような振る舞いをしていると継実は感じた。

 色は正に宇宙空間よりも暗い黒だ。全く光の反射がなく、それ故に黒く見えている。しかしこの広大な宇宙には光を殆ど反射しない、アクリル絵の具よりも黒い惑星が実際にあるらしい。輪郭がボヤけているのもガスだと考えれば説明可能だ。

 ならば、この物体は単に巨大でちょっと風変わりな小惑星なのだろうか? ここまでの情報だけなら、そう言っても良かったかも知れない。

 だが、地球に迫る物体には、どう考えても小惑星ではあり得ない現象が起きていた。

 その表面に触れた物質が文字通りしている事である。


「(百万キロ彼方の水素原子が見えるとか、流石常識外れの演算力だなぁ)」


 観測能力を全力で狭めて使えば、物体と接触する宇宙の塵……水素原子が継実にも認識出来た。所謂星間物質と呼ばれるもので、一立方センチメートルの範囲内に水素原子一つ程度が存在している。

 そんな僅かな水素原子が、物体に触れる傍から消滅していた。このような事象を引き起こす存在は、継実が知る限りネガティブしかいない。仮にネガティブとは違う存在だとしても……こんなのが地球に降り立てば、地球そのものが消滅するだろう。

 やはり、宇宙より来ているのは惑星サイズのネガティブだと確定して良さそうだ。


「(ま、ネガティブよりもヤバそうな奴じゃないってだけでもマシか)」


 見知った相手ならば、考えも巡らせやすい。未知ではないと分かって、少しだけ継実は安堵した。

 とはいえネガティブについて何か分かっているかといえば、そんな事は全くなくて。


「(……つーか、アイツらって結局どんな存在なんだ?)」


 自分が知っているネガティブについての情報を、継実は思い返してみる。

 まず、ネガティブに触れた物質は消える。亜光速で激突する粒子ビームのダメージを無効化しているので、運動エネルギーや熱エネルギーも消滅しているらしい。唯一の例外はミュータントの肉体であるが、こちらも長時間触れ続けていると少しずつだが消えていく。フィアが能力で操る水は消えなかったが、花中が能力で繰り出した粒子ビームは消されたりと、効果の基準がいまいちよく分からない。

 またその姿は不定形だ。戦闘時には尻尾の生えた人型をしているが、本当の姿という訳ではなく、戦闘向きの形態として選んでいるのだろう。むしろ宇宙からやってくる時は何時も球形なので、それが一番安定した姿と考えれば、球こそが真の姿なのかも知れない。

 知能は高く、戦いの中で急速に成長していく。また奇妙な声を発する事も可能だ。とはいえ雄叫びや呻き声を出す程度で、仲間同士のコミュニケーションで使っている素振りはない。人語を用いた会話が出来るかどうかは、対話に持ち込めた事がないので不明だ。

 これといって臓器や感覚器などはないらしく、目潰し等は無効。身体の破損をしても致命傷とは限らず、仲間が身体に触れれ即座にば回復出来る。ダメージが蓄積すると身体が大きく痙攣し始め、やがて霧散するように破裂。この際衝撃波などは生じず、痕跡も残さず消滅してしまう。

 ……一体、『これ』はなんだ?


「(一番分からないのは、仲間に触れると回復するって事だなぁ。何? 友情パワーとかで回復してんの?)」


 例えばミリオンのような小さな生物の集合体であれば、傷を受けた個体とそうでない個体を『入れ替え』する事で、回復したように見せる事が可能だろう。しかしそれはダメージの共有、または肩代わりに過ぎない。

 ネガティブがやっていたのは、明らかに回復だ。致死的な傷を受けて、それを共有したなら、相手側も少なからずダメージを受ける筈なのだから。それがなかった以上、触れただけでダメージが消えたと考えるしかないのである。

 どんな方法を使えば、そんな真似が出来るのか? 継実は花中達から借りている演算力で様々なシミュレーションをしてみたが、答えは出なかった。

 強化された演算力を用いても、過去の記憶から新しい情報は得られない。それも当然だろう。何故ならその情報は、継実一人の演算力で探り当てた『浅い』データに過ぎない。元々浅いものを解析したところでも、見えるのはそのデータの最深部だけ。無尽蔵の深さを持つ現実から見れば表層止まりだ。

 もっと深い、基礎となるデータが必要である。

 幸いにして今の継実は、百万キロ彼方の惑星ネガティブが見えている。奴を人類五人分の演算力で調べれば新たな情報が得られる可能性が高い……

 そう思い、早速調べてみたのだが。


「(……何も見えないなーコイツ)」


 百万キロも離れているとはいえ、ミュータント人類五人の演算力を用いても何も見えないのは、継実にとって予想外だった。

 本当に何も見えない。そこには『何もない』と能力による観測は示している。粒子操作能力による観測から逃れる生物はミュータントならいくらでもいるので、隠れられる事自体はおかしくない。ただあまりにも巨大なものだから、宇宙空間にぽっかりと穴が空いているように見えているが。

 これだけの巨体かつ宇宙空間という遮蔽物がない状況で、姿の『隠蔽』を行っている。もしもこれをわざわざしているのならエネルギーの無駄であるし、宇宙空間よりも黒い所為で逆に目立っている有り様だ。そんな無駄をする理由がない。


「(多分何も見えないのは、触れたものを消滅させる性質が原因。光が触れた傍から消えれば、黒く見えるのは当然だし)」


 つまりネガティブは、常時消滅の力を発動させている事になる。

 もしもこれが『技』なら、現在の惑星ネガティブは宇宙空間に存在する水素原子を消すために途方もない力を使っている事になる。どの程度消耗があるかは分からないが、マイナスなのは確かだ。そもそも一体なんのために? 全く意味が分からない。

 そんな非効率をしていると考えるより、体質的なものだと考えるのが自然だろう。


「(触れるとものが消える体質ねぇ……ブラックホールで出来てるとか?)」


 パッと浮かんだ可能性は、即座に理性が否定した。しかしそれはブラックホール生命体なんてあり得ない、等という感情的理由ではない。

 ブラックホールでも物質を吸い込む際、そして『蒸発』する際にエネルギーを放射するからだ。ネガティブにはそうしたエネルギー放射が一切ない、故にブラックホールではあり得ないのである。


「(つーかこんだけ演算能力を費やしてるのに、何も見えないってどういう事?)」


 消滅させる能力を全体に展開しているから、何も見えないのだろうか? しかしそれでも普通ならばエネルギーが生じる筈だ。エネルギー保存の法則により、消滅した質量と同程度のエネルギーが放出されなければおかしい。

 こうも手掛かりがないと、本当にそこに惑星ネガティブなんているのかと疑いたくもある。だがそれはあり得ない。宇宙空間を漂う水素が消えているのは確かであるし、何よりそこには肉眼で確認出来るぐらいハッキリと黒くて巨大な物体があるのだから――――


「(……待って)」


 そこまで考えて、ふと、違和感を覚える。

 ネガティブがそこにいる。継実はそう思って対象を観測し、情報を整理しようとしていた。何故ならそこには黒くて巨大な存在がいるからだ、と。

 しかしよく考えてみれば、違うのではないか? 黒い物体だと思っていたが、そう見えていただけではないか?

 例えば観測データは何一つ間違っておらず、ありのまま、だけだとしたら?


「……! まさ、か……!」


「有栖川さん?」


 継実が思わず漏らした声に、演算力を提供している花中が反応する。されど今の継実にその問いに答える余裕などない。

 そう、全てがありのままの事実ならば辻褄が合う。

 無論辻褄云々だけではただの妄想、陰謀論の類だ。必要なのは推論を裏付ける証拠。その証拠について、継実は既に『見付け方』の当たりを付けている。自分一人では観測能力が足りないところだが、今は花中達四人の力があるのだ。その小さな証拠が存在するなら、見付ける事は難しくない。

 そう思って継実は惑星ネガティブに目を向ける。極限の観測能力を差し向けるために。

 先程は、同じ大きさの力を使ってもネガティブについて何も分からなかった。だがそれは当然だ。さながら文章問題の意味も分からず答えを書こうとしていたように、頓珍漢な解き方を試みていたのだから。問題文を正しく読み取り、何を見るべきか理解した今なら、観測する事は造作もない。

 得られた情報を解析するため、数分ほど継実は黙り込んでいた。或いはたったの数分と言うべきか。皆から借りた演算能力を用いれば、答えはその程度の時間で辿り着ける。その答えが正しいかどうかを検証するのにも、六十秒もあれば十分。


「……ふぅ」


 計算が終わった事を、継実はこの短いため息を以て周りに伝えた。


「……どう、でしたか?」


「うん。まだ分からない事も多いけど、新しい情報は得られた」


「おっ。どんなのだ?」


 ヤマトが興味津々な様子で尋ねてくる。他の面子(正確にはアイハムの息子とフィア以外)も継実が何を言うのか、期待している事が眼差しから伝わってきた。特に、故郷を滅ぼされたミドリの視線はかなり強い想いがこもっている。

 継実は一度、大きく息を吐く。

 勿体ぶっている訳ではない。これをどう言葉にすべきか、考え込んでいるのだ。恐らく誰一人として、得られた情報をそのまま伝えても理解出来ないと思って。

 しかしすぐに悩むのを止めた。奴等の本質は『それ』であり、他の言葉で飾る事そのものが本質から遠ざける行い。どうせ後から詳しく説明するのだから、まずは本質を伝えてしまえ。

 そう考えて継実は、自分が得た情報をそのまま語った。嘘も偽りもなく。


「ネガティブなんて生物……ううん、存在はいない。アレは虚無を通り越した、否定ネガティブそのものとでも呼ぶべきものだよ」

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