第十四章 賑やかな星
賑やかな星01
「という訳で、第一回村人総出の作戦会議を始めまーす」
村の中心にある野外の広間にて。ミリオンが明るく前向きな声で、なんとも呑気な宣言をした。
彼女が言うように、今この場には村人が全員集まっている。継実・モモ・ミドリの三人だけでなく、花中とフィア、ヤマトやアイハム、加奈子に晴海、清夏にカミールもいた。勿論継実達三人組も一緒である。円陣を組むようにぐるりと輪になり、それぞれ自由な体勢で座っていた。
正に村人総出の作戦会議。しかしミリオンとフィア以外の全員が、重苦しい表情を浮かべていた。晴海や清夏、ミドリに至っては恐怖心を露わにしている。二歳児であるカミールは何も分かってなさそうだが、周りのぴりぴりした雰囲気に当てられてか不安そうな表情だ。
しかしそれも仕方ないと継実は思う。むしろミリオンが何故そこまで底抜けに明るく振る舞えるのかが継実には分からない。分からな過ぎて、ふと外を見上げた。
極夜の時期故に、昼時の今でも空に広がるのは星ばかり……と言いたいが、一つ異常な存在が継実の目には見える。
直径約一ミリの黒い円だ。
恐らく加奈子や晴海など、普通の人間の肉眼ではよく見えないだろう。見えたところで正体など分かりようもない。視力に優れていないミドリやモモも同様だ。しかし継実や花中などの人間のミュータント、そして何もかもが規格外のミュータントであるミリオンにはハッキリと見えている。
巨大な、星のように大きなネガティブが。
「もぉー、みんな暗いわねぇ。もうちょい前向きに考えなきゃ、良い案なんて浮かばないわよ」
「……よくそんな前向きになれますね、ミリオンさん。地球が滅ぼされるかも知れない状況だっていうのに」
「だってねぇ、正直私個人は地球がどーなろうと別に構わないし。ま、私の話なんかどうでも良い事よ。それより、会議を始める前に一度状況を整理しましょ」
継実の指摘を軽く流しつつ、ミリオンは話を先に進めようとする。言い返したい事はあるが、継実としても本題を優先したい。
大人しく黙り、ミリオンが言う通り状況の整理を優先した。
――――数時間前に現れたネガティブの群団を撃退した後、継実が確認した、星空に浮かぶ巨大なネガティブ。
宇宙の彼方よりやってきたそれは、肉眼で観測出来るものの、力を感じる事は未だ継実にも出来ない。それほどまでに距離(唯一存在を察知出来たフィア曰く『百万キロ』程度)がある証であり、故にその途方もない大きさが窺い知れる。
そして巨大なネガティブ……仮に惑星ネガティブとでも呼ぼう……は、現在真っ直ぐ地球を目指して進んでいた。
推定到着時刻は明日の朝から昼に掛けて。力を感じ取れないため惑星ネガティブの実力は分からないが、星のような巨大さがあるのだから、星のような強さがあるのは間違いない。いや、普通のネガティブでもミュータントに匹敵する実力がある点を考慮すれば、惑星数百個程度を軽く破壊出来る出力があってもおかしくないだろう。つまり到着 = 地球の終わりだ。
故に、なんとしても倒さねばならない。地球のため……その星に暮らす自分達が生きていくために。
「つー訳で惑星ネガティブ退治をする訳だけど、大きさからして、てきとーにやって倒せる相手じゃない。なので作戦を立てなきゃなんだけど、誰か案はあるかしら?」
現状について説明を終えたところで、ミリオンは皆に意見を窺う。
しばし沈黙を経た後、最初に手を上げたのは加奈子だった。
「はいはーい。質問がありまーす」
「ほい、小田ちゃん。何かしら?」
「そもそもやってきてるのは本当にそのネガティブとかいう奴なの? 百万キロ彼方にいるんでしょ? どうやって分かったの?」
加奈子からの問いは、情報の正確性について。ヤマトも同じ疑問を抱いていたのか、頷きながらミリオンに訝しげな視線を向ける。
情報の正確さというのは重要な事だ。嘘か真かも分からない話に全力で挑むのは、生物の本能的に難しい。問題に対処する事はエネルギーを多く消費するため、もしも問題が嘘情報なら従わない方が『得』なのだから。
なので二人としては断言してほしかったのだろうが、ミリオンは困ったように肩を竦めてしまう。
「実はそこ、微妙にハッキリしないところなのよねぇ。私達に見えているのは、あくまでも宇宙よりも暗い黒が、空に浮かんでいる事だけ。そしてそれがネガティブだという情報は、さかなちゃんの感覚的な話なの」
「じゃあ、もしかしたら違うかも知れない?」
「もしかしたらね。でも、さかなちゃんの感じた力の印象ではネガティブだし、私達が観測出来る空に浮かぶ球体の色、それと輪郭が靄のようにあやふやなところは正にネガティブそのもの。そもそも、別の存在だという事は考慮する必要があるかしら?」
ミリオンからの問いに、ヤマトはすぐに納得したのか「ふん」と鼻息を鳴らす。加奈子は少しの間考えた後、成程、と呟きながら頷いた。
ちなみに感覚の正確さを問われたフィアは表情一つ変えていない……花中に抱き着いたまま幸せそうに微笑むだけで、周りの話などろくに聞いていないようだ。こんなフィアの意見を信じろというのは中々酷だろう。が、継実達は空に浮かぶ球体を、適当にネガティブだと決め付けた訳ではない。ミリオンが挙げた特徴から、ネガティブである可能性が高いと判断した結果だ。そしてそのような特徴を持つものは、継実達が知る限り他にはいない。念のため宇宙人であるミドリにも確認したが、ネガティブ以外に心当たりはないという話である。
では仮に、地球に迫る存在がネガティブではなかったとしよう。その場合、何が出来るというのか?
そう、何も出来ないのだ。誰もネガティブ以外に心当たりがないのだから、現れるとすれば未知の存在。未知に対して作戦を練ったところで、それは妄想となんら変わらない。そんな不確定な計画を無理に実行するぐらいなら、間近に迫ったところで知った情報を元にアドリブで対応する方がマシだ。強いて言うなら、ネガティブじゃないと分かった時点で対話の可能性を考慮し、穏便に振る舞うぐらいだろう。
だからネガティブ以外の可能性は、現時点で考慮する必要はない。考えるだけ無駄というものである。
「つー訳で、今回はネガティブへの対処だけを考えれば良いわ。ま、それが難問なんだけどね。はい、他に意見はないかしら?」
「あ、あの……例えばですけど、に、逃げるのは駄目だったり……?」
改めて意見を求めたところで、最初に考えを出してきたのはミドリ。
逃げるとはなんとも負け腰の作戦だが、合理的に考えればそれもまた取れる手の一つ。勝ち目のない存在から逃げるのは恥ではない。野生の世界では、何はともあれ生き残れば勝ちなのだ。
しかし。
「逃げるって何処によ。惑星規模のネガティブなんて来たら、逃げ場なんて余所の星しかないじゃない。今の地球に、他の星へ逃げる技術なんてないわよ」
ミリオンが言うように、不可能なのだが。ミドリも苦笑いしながら「ですよねー」と言っていたので、最初から無理だと思っていたようだ。
勿論無理な事を無理だと、皆で認識しておく事はとても重要である。前提を共有しておかないと、議論は頓珍漢な方向に進みがちだ。当たり前と思う事でもちゃんと話しておくべきである。
そう、前提は大事なのだが……肝心なのはこの先。
「つまり戦うしかねーのか……つっても地球に辿り着いた時点で終わりだし、花中さんの粒子ビームでぶち抜くしかないんじゃね?」
「うーん。実はさっきの戦いではなちゃんがネガティブ相手に粒子ビームを放っていたけど、全然効いてなかったのよねぇ」
「えっ。粒子ビーム効かないとかどうすんのよ!? それじゃあ地球に来るまで何も出来ないじゃん!」
「ふふん。ですがこの私が殴ったら簡単に消えましたからね。流石にあの大きさを私一人でやるのは難しいかもですがあなた方が手伝えばまぁいけるんじゃないでしょうか」
「惑星規模の化けもんをわたしらだけでなんとか出来る訳ないでしょ! 殴っても押し潰されるだけよ!」
「しかし、それしか手が、ないのでは、ないでしょうか。そもそも、粒子ビームは、花中さんと、継実さんしか、撃てないですし」
「だったらさー、海の底にいる怪物とか集められないかなー。話せば分かる奴とかいるかもじゃん?」
「あの、話して分からない方だと、襲われて食べられるかもなんですけど……」
意見は続々と出てくる。出てくるのだが……すぐに反対意見が表明されてしまう。その反対にもまた反論が出てくる状況。延々と提案だけが繰り返されて、何を話しても、議論が進んでいるように思えない。
その理由は簡単だ。ネガティブについて、継実達は何も知らない……即ち対応を協議しようにも、何を根拠にして考えれば良いのか分からないのである。これでは何を言ったところで「それはあなたの想像ですよね? 問題点がありますよね?」で終わりだ。
今必要なのは情報だ。ネガティブとはなんであるか、どんな存在なのか。全てを知る必要はなくとも、一つも知らずに策を練るなど不可能である。
継実はそう結論付けた。そして同じ結論に至った『人間』がもう一人。
「……有栖川さん。ちょっとちょっと」
花中が手招きして、継実を呼んでいた。
花中の隣にいた継実は腰を浮かせるようにして、花中の傍に寄る。そんな花中に抱き着いていたフィアは、接近してきた継実を睨み付け、一層強く花中を抱き締めた。どうやら花中を独り占めにしたいらしい。
こんな時でも自由だなぁ、と何時もと変わらぬフィアの様子にちょっとほっこり。
しかしそれよりも今は花中との話を優先したい。フィアの鋭い視線に耐えつつ、花中と目を合わせる。
「……うん。何?」
「正直、このままだと、話は進まないと、思います。無理に進めても、確実性の検証が、出来なくて、非常に危険、です」
「私もそう思う。情報が足りない」
「そうです。そこが、問題です」
だから、と言いながら花中は自身の掌を継実のおでこに当ててきた。
一体これは何をしてるのだろうか? 疑問に思ったのも束の間、頭の中に様々な『情報』が流れ込んでくる。
それは、端的に言えば計算。
恐らくは大気分子の運動量とベクトルの計算だと継実は思った。それぐらいは継実にも分かる事だが……何故突然計算が頭の中に流れ込んできたのか。加えて計算量も凄まじい。継実が同じ計算をすれば、ざっと三倍の時間が掛かるであろう速さで数式が流れていく。
突然の出来事に継実が戸惑う中、花中はそっとその手を継実のおでこから離す。するとテレビの電源を落とすかのように、ぶつりと計算が途切れた。
「今のは、わたしの演算能力を、継実さんの脳と、つなげてみました。ミドリさんのように、遠隔操作は出来ません、けど」
「……マジ? え、花中ってそんな事出来るの?」
「えっへん」
ここぞとばかりに胸を張る花中。容姿も相まって子供が自慢しているようだが、見せ付けた力はその態度に相応しい。
情報を得るには対象の分析が欠かせず、分析には演算能力が必要だ。より大きな演算能力があれば素早く解析が終わるだけでなく、詳細な分析も可能となるだろう。
そして二人だけでなく、三人、四人と数を増やせば……
「一人だと、空に浮かぶものが、どんな存在なのか、分かりませんでした。ですが、わたし達人類の力を、合わせれば……なんとかなる、かも」
継実の脳裏に過ぎった可能性。それを花中は言葉にし、『作戦』として示す。
花中のその提案に、継実は不敵に笑いながら頷くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます