文化的な野生人生活16

「お帰り。大変だったみたいねぇ」


 村に帰ってすぐに、継実達の出迎えをしたのはミリオンだった。

 正直に言うと、この言葉に少し継実はイラッとする。「大変だったみたいねぇ」等と人伝に聞いたかのような物言いだが、継実達は今正に帰ってきたばかり。まだ、ネガティブについて誰にも話していない、話す時間もない状況である。

 即ちミリオンは、どうやってかは分からないが継実達の戦いを見ていたのだ。見ていて、駆け付ける事もなく村に留まっていたらしい……そう思うと苛立ちもするだろう。


「ふふん。まぁこの私の手に掛かればあんな有象無象などものの数ではありませんがね」


「あらー。その割には苦戦していなかった? 本気の姿まで披露してたじゃない」


「……というか、ミリオンさん、見てたなら、助けにきてくださいよ」


「嫌よ、面倒臭い。コトっちゃんが地球中に伝達脳波をばら撒いてる今、別にはなちゃんに拘る理由ないし」


 尤も、付き合いが長いであろうフィアや花中相手にすらこの調子だ。継実がどう思おうと、何を言おうと、ミリオンは気にもしないだろう。

 人間らしく思えても、本質的には彼女もまたミュータントという訳だ。そう思えば継実の中の苛立ちはすっと消えていく。誰かに助けてもらえるなんて期待するのが馬鹿馬鹿しいのが自然界。助けてもらえなかった事を恨むなどなのである。


「ま、なんにせよ倒せたなら良いんだけど……アレは結局なんなのかしら? ねぇ、ミドリちゃん」


 そしてミリオンとしては、『過去』よりも近々の『未来』を重視している事がこの一言で分かる。

 名指しされたミドリは一瞬、息を詰まらせた。しかし動揺は左程大きくない。ミドリはその問いに、聞かれるまでもなく答えるつもりだったのだから。


「……お答えします。実は……」


 ミドリはネガティブについて、自分の知る限りの話を行う。

 勿論その説明の中には、ネガティブが『宇宙の災厄』である事も含まれている。つまりミドリが宇宙の出来事に詳しい事、何故ならば自分も宇宙人だからだと告白しなければならない。

 ……そこに心理的負担があるのではと一瞬継実は考えたが、ミドリは「実はあたし宇宙人なんですよー」などと思いっきり気軽に話していたが。聞かされた側も「ほへー」と間の抜けた声で反応するだけ。フィアなど興味もないのか、花中に抱き着いたままぼけーっと虚空を眺めている有り様だ。実際問題、宇宙人や宇宙的厄災よりもアレな生き物が跋扈しているのが現在の地球である。宇宙人一匹にああだこうだと反応する方が馬鹿らしいだろう。

 お陰で話は実にスムーズに進む。


「ふむ。ネガティブ、宇宙からの外来種ねぇ……まぁ、私達からすれば今更というか」


「昔、撃退した事、ありましたからね……」


「いや、なんでそんな経験あるの?」


「んー。成り行きで、かしら? ま、そんな事より、これからについて話しましょ。つまり連中は何故南極に来たのか。ミドリちゃん、心当たりある?」


 自分達の事ははぐらかしつつ、ミリオンはミドリに尋ねる。ミドリは宇宙生物撃退について気になっている様子だが、本題の方が優先度が高いと考えたのだろう。大人しく、ミリオンの問いに答えた。

 とはいえミドリはあくまでもネガティブに星を滅ぼされた難民でしかなく、奴等の存在に心惹かれた研究者でも、復讐に燃える駆除人でもない。ミリオンが期待するような答えを持ち合わせている筈もなく。


「いや、全然……もし理由があるなら、こっちが知りたいぐらいです」


「あら、残念。そこから習性とか生理機能とか考えられたかも知れないのに。それに二度も遭遇するなんて、何か理由がありそうなもんだけど」


「んーそうですかねぇ。偶々なんじゃないですか?」


「私もそー思う」


 端から考える気がないフィアとモモの意見に、ミリオンはじとっとした目で睨み、花中は思わずといった様子で苦笑い。

 確かに、理由などなくて、本当にただの偶然という可能性もゼロではない。「この世の出来事全てに理由がある」と考えるのは、ある種の宗教だろう。出会いが一回だけなら継実もその意見に同意するところだ。

 しかしながら継実達にとってネガティブとの遭遇は二回目。宇宙の災厄と鉢合わせるという『不幸』は、果たして人生で二度目も起きるものだろうか?

 そんな訳ない――――と断言したいところだが、これもまた難しい。何故ならネガティブとの遭遇確率なんて分からないからだ。

 継実達は世界の全てを知っている訳ではない。だから実は継実達の知らないところで日夜大量のネガティブが地球に降下していて、今回はその中の一群と偶々遭遇した、という可能性も否定出来ない。無論普通の星ならば、そんな大量のネガティブに襲われれば一日も経たずに跡形も残らないだろうが……ネガティブは継実ですら一対一で倒せるような相手。フィア級の力があれば三十体纏めて潰せるし、大蛇やムスペルならば数万という数さえも余裕で消し飛ばすだろう。そして今の地球には、そんな生き物がわんさか存在している。南極から北極、天空から地底まで一片の隙間もなく。

 何百万ものネガティブが毎日来たところで、この星は変わらず回り続けるのだ。もしもこの『可能性』が真実であれば、此度の遭遇が偶々だというフィアの考えは極めて自然なものである。むしろ草原で出会ってから今日まで再遭遇しなかった方が、実は確率的に低いという事もあり得るだろう。


「(まぁ、それならそれでなんでネガティブの奴等は地球に来るんだって話になるけど)」


 ネガティブは宇宙の厄災、つまり広大な宇宙空間を飛び交っているもの。ネガティブの勢力がどれほどかは分からないが、しかし何千億と存在する星系の中から地球を偶々狙う確率は、恐ろしく低いだろう。

 ましてや無数のネガティブが一斉に訪れるとなれば、地球にネガティブを引き寄せる一因があると考えるのが自然だ。

 つまるところ、ネガティブが南極を狙って降下していたとしても、あちこちに落ちてきたネガティブの一部と偶々遭遇しただけだとしても、『地球』にネガティブ襲来の原因があるのはほぼ確実と言えよう。しかし一体何がそうさせるのか。ワラジムシは敵に襲われると仲間に警告を促すフェロモンを出すというが、ネガティブでは逆に集合フェロモン的なものでも放出しているのだろうか……?

 考えてみようとして、継実は否定するように首を横に振る。考えたところで、地球生まれの地球育ちに宇宙生物の気を引くものなんて分かる筈がない。考えるだけ無駄というものだ。


「ま、良いわ。今は考えられるほどの情報もないし、これが最後の襲撃なら気にする必要もないし」


「……そう、ですね。それに、情報がないまま、考えても、的外れな対策に、なりがちです。ここは考えないのも、選択肢かと」


 ミリオンと花中も同じ気持ちらしい。継実も納得を示すようにこくんと頷いて、


「でもそのうちまた来るんじゃないですか?」


 何故かフィアから反対意見が。

 何時も空気を読まないフィアであるが、此度はとびきり空気を読まず。全員から視線を集めてもキョトンとするだけだ。


「……何を根拠に言ってんのよ、それ」


「私の感覚です。むふん」


 沈黙に耐えかねた様子を見せるミリオンの質問に対し、フィアは堂々と胸を張りながら答える。

 自らの感覚を根拠にするとは、あまりにも『無根拠』。場の空気が一瞬にして白けた。ある意味緊張感を抜いてくれたと言えるかも知れない……継実にはそんな妙ちくりんな擁護が思い付かない。継実は肩を落とし、モモはため息を吐く。ミドリとミリオンも目から力が抜けていた。

 ところが一人、真剣にその言葉を聞くものがいた。

 花中だ。


「どういう事? 何を感じているの?」


 花中は尋ねる。するとフィアは静かに、堂々たる姿で空を指差す。


「勿論空からの存在感ですよ。今もひしひしと感じていますからねー。もう大分近くに来てますよ相当デカいものが」


 そして表情一つ変えずに、そう言い放つ。

 継実は最初、フィアが何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。モモとミドリも同じく呆けたように固まっている。

 逆に、花中とミリオンは表情が変わる。困惑から、緊迫感のあるものへと。


「……フィアちゃん。今、なんて?」


「ですから今も上に来ています。多分さっきの……なんでしたっけネバネバテールでしたか? あの連中と同じ気配です。まぁ気配の大きさはさっきのよりもずっと大きいのですが」


「ちょ、さかなちゃんなんでそれ言わないのよ!」


「だってさっきからずーっと感じてますからわざわさ言うまでもない事かと思いまして」


 花中達から問い詰められても、むしろ不思議そうな様子で答えるフィア。

 どうやらフィアは頭上の気配であれば誰よりも敏感に察知出来るらしい。振り返れば草原で出会った時、そんな事を言っていたなと継実は思い出す。

 花中とミリオンが真面目に尋ねているからには、それは事実なのだろう。そしてもしもこれまでの言葉通りなら、ネガティブの気配は未だ地球の上空に存在している。それも、これまでよりも遥かに強大なものが。

 継実は反射的に空を見上げた。極夜の空には星空が浮かぶだけで、何も見えやしない。感じる事も出来ない。


「……フィアちゃん。その気配までの、距離って、どれぐらい?」


 花中からの問いにフィアは答える。自分の力に多大な信頼を持ち、事実をありのまま受け止められる心を持つがために。


「さぁ? でも地球の外側っぽいですしざっと百万キロぐらい離れてるんじゃないですか?」


 身の毛もよだつ言葉を語る口に、動揺は一切含まれず。代わりに人間達が戸惑い、狼狽える。

 百万キロ。

 地球から月までの距離が凡そ三十八万キロ。百万キロ以上とは、その二・六倍以上の遠さである。それほど離れていながら、頭上の気配に敏感とはいえ、接近しているとフィアが気付くほど強大な力を発するもの……それが生半可な実力である筈がない。フィア自身、先のネガティブ群団とは比較にならない強さだと語っている。


「と、到着は何時頃になりそうなの!?」


「んー……この感じですと……明日の朝ですかね」


 フィアからすれば、事実を語っただけ。そしてその事実にざわめくのは人間だけ。フィアの語る言葉の意味を理解するのに、時間を費やしたのは人間だけ。

 それでも時間を少し掛ければ、なんとか意味は分かるもの。圧倒的強さのネガティブが、明日の朝には訪れる。フィアはそう言っているのだ。


「(ちょっとちょっと、一体何が起きてんのさ!)」


 ネガティブの大量襲来に続き、比類なき強さのネガティブの接近。先程まで偶然の可能性も考慮していた継実だが、此処まで異変が起きてはそうも言えない。何が起きているのか知りたくて、継実は本能的に空を見上げる。

 無論、フィア曰く百万キロ彼方の存在だ。物体の『見た目の大きさ』は距離の二乗に比例する。仮に月と同じ直径約三千五百キロの物体だとしても、その距離に位置していたら約〇・七ミリにしか見えない――――


「……えっ」


 そう考えていた継実の口から、ぽそりと声が漏れ出る。

 浮かんでいた。北の空に、黒く、丸いものが。夜空の暗さよりもずっと濃い黒さで、その黒さが真円の輪郭を描いている。

 まるで、大気圏降下中のネガティブのように。


「(いや、待って待って待って!?)」


 思わず頭の中で叫ぶ。だが、どれだけ心で叫ぼうが空の景色は変わらない。現実を淡々と突き付けるのみ。

 そして合理的なミュータントの頭脳は、困惑する継実の理性を無視して思考する。百万キロ離れていて、目視可能な大きさ……二つの情報を合わせれば、凡その大きさが想像出来るがために。正確で確実な『事実』を理解してしまう。

 惑星サイズのネガティブ。

 無縁だと思っていた地球の滅びが、間近にまで迫ってきているのだと――――

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