文化的な野生人生活15

「チームワークを見せるつもりが、見せ付けられたわねぇ」


「まぁ、散々痛い目に遭わせた訳だから、学習も進むだろうし……」


 モモがネガティブBを、継実がネガティブAを睨みながら、二人は軽い口調で言葉を交わす。

 口こそ軽やかだが、継実の内心は冷や汗でぐちゃぐちゃだ。

 先のエネルギー大量消費の所為で継実の体力は残量ゼロに近い。モモは素早さこそ優れているが、身体の軽さもあって攻撃力そのものはあまり高くない。どちらも相手に致命傷を与えるには力不足の状態だ。

 二人同時に一体を集中攻撃すれば、なんとか出来そうな気もするが……ネガティブは二体。AとBはしっかり継実達を挟んでいる。相手が迫れば戦力を分断せねばならないし、どうにか集中攻撃したとしても一方がいれば一方の傷は簡単に癒え、ダメージを無効化してしまう。

 一体どうすれば、この危機を乗り越えられる?


【イギギロロロロロロギロロロ……】


【イイィィイギィイィィロォォォオォ】


 ネガティブ達は吼えるような声を交わしている。なんらかの作戦を練っているのか、或いは単にこちらへの敵意を高めているのか。いずれにせよ、良いものではないだろう。


「(考えろ、作戦を……どうすればコイツらを嵌められる……!?)」


 継実は残り少ないエネルギーを脳へと投じ、意識と演算速度を加速させる。

 まずは作戦を練り上げるべく周囲を観察。フィアと花中のコンビは未だネガティブに苦戦しており、こちらを助ける余裕はない様子。ミドリに至っては息を切らし、逆に助けないとそろそろ危険そうだ。周りが助けてくれる事はあまり期待出来ない。

 この状況を打開出来るのは自分達だけ。

 しかし何が出来る? 自分達の力がまったく足りないのは先程振り返った通り。一体だけならどうにか出来るかもだが、分断されると不味い事を連中は学んでしまった。相当痛い目に遭ったのだから同じ手は食わないだろうし、新しい作戦を喰らわせようにも経験を積んだ今やそう簡単には一人になってくれまい――――


「(ん? 痛い目……)」


 ふと気に掛かる単語。そして脳細胞が目覚めるように活性化した

 直後、ネガティブ達が駆け出す。

 二体同時の突進だ。どちらも大地の雪が衝撃で舞い上がり、白煙が彼等の道筋を示すほどのスピード。奴等が持つ最高速度での突撃だろう。挟み撃ちの状況を維持しつつ、一気に距離を詰めようという魂胆だ。

 瞬時に継実の脳裏を過るは、五つの選択肢。

 一つは継実とモモの二人で一方向へと逃げ出す事。これは最悪だ。単純にネガティブ達が追ってきて、後ろから追撃を受けるだけである。

 二つ目の選択肢は、二人でバラバラに逃げる事。これも最悪だ。追手の人数は減るが、仲間の数も減る。結局一つ目の選択肢となんら変わらない。

 三つ目は二人で一方に突撃して立ち向かう事。これだって最悪以外の言葉がない。即死させられるほどの火力は出せない以上、集中攻撃したところで相手は倒せず、もう一方のネガティブからの攻撃を受けるだけ。そして与えたダメージは即座に回復されてしまう。戦闘モードを使ったとしても、回復が間に合う状況では無意味。

 四つ目の選択肢であるそれぞれがネガティブに迎え撃つなど、最早論外である。戦う体力も止めを刺す力もないのだから、わざわざ各個撃破されに行くようなものだ。

 残る手立ては、五つ目。


「……!」


 作戦を言葉で伝える暇はない。継実は視線だけをモモに送る。

 モモの答えは、にやりと不敵に笑う事。

 言葉はなくともそれだけで十分。継実は迫りくるネガティブAを待ち受けるように、モモもまたネガティブBを迎え撃つように、それぞれが構え――――


「「とうっ!」」


 ネガティブが間近に迫った瞬間、二人揃って左右に跳んで逃げる!

 突然見失った目標。最高速度で走ってきたネガティブ達は、互いに驚いた様子。ただし今度は減速もせず……そのまま激突してしまう。

 それは、少し前に継実とモモがやったのと同じ作戦。

 ネガティブ達の成長速度や学習能力を考えれば、普通ならば同じ手は食わないだろう。痛い目に何度も遭う必要はないのだから……そう、痛い目であれば。

 だがネガティブAとBにとって、仲間との正面衝突は痛い目ではない。

 何故なら二体は激突の衝撃で、一つの巨大な靄になってしまったのだから。

 仲間と触れれば融合し、更にダメージまで癒えてしまう。一体それがどんな理屈かは分からないが、ネガティブ達にとって『強さ』であるのは間違いない。だからどんなに激しく激突しようとも、ネガティブ達が仲間との接触を怖がるなどのだ。それこそ、まだ仲間との正面衝突を経験した事がないような身でもない限り。


「(そう、どんな理屈かは分からないけど……奴等がダメージを回復するのは仲間に触れた瞬間。なら、?)」


 確証なんてない。相手の特性を完全には理解してないが故の博打だ。だが最早他の手なんて思い付きもしない。

 だから継実はここで全力を出すのに躊躇いなど抱かない。

 残り数秒しか使えない戦闘モードを、ここで発動させる! 髪と両腕を青く輝かせるや、身体に残る僅かなエネルギーを全て己の左拳に集めていく。限界を超えた遥か先、自分自身でも制御出来ない莫大なエネルギーにより拳の細胞が焼け死んでいくが、構いやしない。その莫大なエネルギーを粒子の運動エネルギーに変え、速度に変換しきれなかった分は拳に溜め込んで『質量』として使う。

 全ては一撃の威力を極限まで高め、未だもごもごと蠢くばかりの、球体状の巨大な靄に叩き込むために。


「ガアァアアアッ!」


 更にモモも反対側から、全身に稲妻を迸らせながら跳んできた。その稲妻は放電攻撃のためのものではない。電磁気力を用いて自分の怪力を増幅させるための前準備。

 二人とも力を高めていた。攻撃を避ける前に、視線で全ての意思を交換していたがために。

 そして今更、攻撃タイミングを合わせる必要などない。巨大なネガティブを挟んだ位置関係故に相棒の顔が見えない中、継実とモモはぴったり同時に笑みを浮かべる。


【――――イ、イギ】


 ここでようやく不穏なものを感じたのか、一つになった球体状の靄が慌ただしく分離を始める。靄は急速に形を整え、二つの顔と四つの腕を生やす。

 だがやはりこのネガティブ達は未熟だ。分離の方向が継実達の真っ正面、つまり継実達を迎え撃つ形となっている。或いは闘争心の強さが露わになった結果かも知れないが、いずれにせよ継実達にとっては好都合。

 自ら、真っ正面から衝撃を受けに来てくれたのだから。


「「はあああああああっ!」」


 二人同時に、ネガティブの顔面目掛けて拳を放つ!

 継実の全力全開の打撃が、モモの全身全霊の一撃が、自身の方へと伸びてきたネガティブの顔を打つ! 靄のような身体は打撃の衝撃で歪み、ひしゃげ、一つの球体側へと押し戻された!

 打撃の衝撃でネガティブ達の身体は吹き飛ばされようとしていた。もしも継実一人で攻撃を仕掛けていたら、叩き込んだ運動エネルギーを移動の形で使われ、ダメージを減らせただろう。

 しかし此度の攻撃は両面同時。そしてほぼ同じ威力。

 二つの打撃は、合体したネガティブの身体を駆け巡る。逃がす事の出来ない衝撃が全身を破壊しながら進み……最後は真ん中で合流。互角の力がぶつかり合うや、相殺ではなく力の融合が発生し、倍増した破壊力が内側から炸裂した!

 球体状の靄全体が震え始める。最初は痙攣だったものが、段々と激しい波打ちとなり、最早球とは呼べないほど不格好で歪な不定形へと変化する。


【イ、イギ、ロギァ……!】


 再び球体状の靄から、二体のネガティブが顔を出す。この危機的状況から脱するべく無事な部分を掻き集めたのか、現れたネガティブの顔面は痙攣していない。

 尤も、百戦錬磨の継実とモモからすれば想定内。心臓を貫かれても継実が生きてるように、ミュータントからすればこの程度の悪足掻きはよくある事だ。


「「駄目押しだァ!」」


 だから出てきた顔に対する二撃目は、既に準備済みだ。

 二回目の攻撃に一発目ほどの威力はない。継実は戦闘モードを解除しており、おまけにエネルギー切れ寸前のへろへろ状態。モモも生み出した電力をほぼ消費し尽くし、精々普段と同程度の威力の一撃だ。

 しかしこれで十分。

 殴られた二つの顔面は球体状の巨大な靄の中へと押し戻される。途端、靄は更に激しく震え出した。暴れるように波打ち、藻掻くように右往左往し、助けを求めるように唸り声を上げて――――

 突如として、霧散した。


「……………ふぅ」


 衝撃も何もない、静かな終わり。過去にそれを目にしている継実は、腰が抜けたようにその場にへたり込む。

 その視線の先には、同じくへたり込んでいるモモがいた。しかも丁度こちらを見ている状況で。

 全く同じタイミングで同じ姿勢。何がおかしいという訳でもないが、妙に滑稽な気がして、思わず二人の口から笑いが漏れ出た。

 しかし笑い合っている場合ではない。

 倒したネガティブはあくまで自分達を襲ってきた分だけ。この場に現れたネガティブはざっと三十体以上だ。今はまだたった二体、全体の一割にも満たないような数を倒しただけに過ぎない。

 他の仲間の助けに向かわねば。そう思った継実はほんの僅かに残った力を振り絞って立ち上がり、同じくモモもよろよろと立ち上がった。


「オラあァッ! 全員ブチのめシてやリましタヨォォォォォォ!」


 そんな時に、フィアの雄叫びが聞こえてきた。

 どうやらフィアは自分に襲い掛かってきたネガティブ群団、ざっと三十体ほどのネガティブを見事打ち倒したらしい。マジか、と思って振り返ると……そこにいたのは『怪物』。魚類類を思わせるぬらぬらとした頭を持ち、されど身体はカエルの化け物を思わせるずんぐりとした二足歩行。水掻きを持った四肢と長く太い尾を持ち、十メートル違い体躯は白銀に輝いている。

 新手の怪物かとも思ったが、それはネガティブらしき靄を噛み砕き、握り潰し、踏み潰していた。一体どんな暴虐を繰り広げたのか想像も付かない残忍な様相。しかしネガティブが霧散して消えるのと共に、しゅるしゅると身体が縮み……見覚えのある金髪碧眼の美少女へと早変わりしてみせた。

 どうやらフィアの『変身』だったらしい。継実と同じように戦闘モードがあるのだろう。ただでさえ強いのに戦闘用の姿まであるとは、あまりにも容赦がない。本当に、何故フナがここまで出鱈目に強いのかと継実は呆気に取られる。


「ぜー……ぜー……! こ、こんなに、叩くとか、もう何年ぶりだろ……」


 花中の方も、息を切らしながらも立ち止まっていた。見れば彼女はその短い腕でネガティブの首を掴み、締め上げていた。首を掴まれながら藻掻くネガティブの姿は痛々しく、花中も辛そうに顔を歪めていたが……ぎゅっと目を瞑るのと同時に手に力を込め、首を切断。ネガティブは霧散して消滅した。

 二人とも継実達が相手していた以上の数を、ほぼ同じタイミングで倒していたらしい。特にフィアは他の十倍以上もの数を始末している。流石と言うべきか、非常識と言うべきか。どちらを言ったところで、フィアは自慢げに胸を張るだけだろう。

 さて、では残るネガティブは何体か?


「ひょええぇーっ!? もう無理! 無理無理無理ぃー!」


【イギロロロロロッ!】


 ミドリと延々と追い駆けっこをしていた、一体だけだ。

 追い駆けるネガティブも成長していない訳ではない。その走りは継実達が戦っていたネガティブよりずっと速く、捕まえようとする手の動きも素早い。能力をフル活用して逃げるミドリに対応し、それに見合った力が成長していた。

 相手を捕まえる事に関しては、きっとどのネガティブよりも優秀だろう。しかし戦いに関しては……きっとどのネガティブ達より成績が良くない。奴は未だにのだから。

 そんな軟弱個体に、はたしてバリバリの戦闘型ミュータント四体を相手出来るだろうか?


【イギ? ……ギロ?】


 ネガティブは気付く。自分以外のネガティブがもういない事に。

 ミドリも気付く。一緒にいた仲間達が全員でネガティブを包囲していると。

 ネガティブとミドリは足を止めた。ただしミドリはやってきた継実の傍であり、ネガティブは包囲する継実達のど真ん中で。ネガティブはきょろきょろと周辺を見回し……そしてギョッとしたように身を強張らせる。

 少々可哀想だという気持ちが、起きない訳でもない。実際コイツが逃げようとするなら(フィアと花中がどうするかは別にして)継実としては見逃しても構わないつもりだ。少なくとも地球の生物から見れば左程強くなく、星を消すなんて真似は出来そうにないのもあって。

 けれどもここまで追い詰められて、なおもネガティブは敵意を露わにし続ける。怯えた様子もないし、ましてや命乞いもしてこない。純粋で、混ざり気のない感情だ。

 仲間を殺されて怒り狂っているのだろうか。もしそうなら、一人の人間として継実は共感する。が、こちらの命を狙うなら容赦するつもりはない。

 ネガティブ一体が突進してくるのと同時に、継実達は全員でネガティブに突撃を仕掛けるのだった。

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