文化的な野生人生活14
必要なのは情報。
情報は『力』だ。相手の弱点を掴めば戦いを優位に進められるし、相手の目的が分かれば……戦わずに勝利する事も可能である。人間は世界の情報を知識として蓄える事で繁栄し、最後は『
だから継実は敵対者ネガティブの情報を欲する。現状を打開するための道筋が、そこにあるのだと信じて。
――――しかし一つ懸念がある。
これから自分達が挑もうとしている宇宙生物二体は、そんな情報の有り難さを知らないほど、知能の低い存在だろうか?
【イギィイイロオオォッ!】
【イギギィィ!】
突撃する継実達に対し、ネガティブAとBも突進を始める。
ただし今度の突撃は、ぴったり合わさっていない。ネガティブBがネガティブAの後ろに付いている格好だ。
支援砲撃でもしてくるなら兎も角、単にそこにいるだけなら、わざわざ後ろにいる奴を狙う必要はない。モモは前線に立つネガティブAに殴り掛かり、継実は蹴りを放つ。
ネガティブAは二つの攻撃を受け止めようと腕を伸ばすが、しかし戦闘モードになった継実と、元々素早さが売りのモモの攻撃はどちらも速い。継実達はネガティブの腕をギリギリのところで躱し、両者の攻撃がネガティブAの頭部と脇腹に命中する。
【ギッ……!】
継実達の同時攻撃にネガティブは呻く。結果的にどちらの攻撃も防げず直撃したのもあってか、ダメージは小さくなかったらしい。その身体がぶるぶると、僅かにだが痙攣するように震えた。
が、即座にネガティブBがAの身体に触れる。
そうすればネガティブAの痙攣は即座に収まってしまう。回復したネガティブAは即座に腕を振るい、モモを薙ぎ払うように殴り飛ばす。
モモは両腕を交差させてこれを受け、打撃による被害を最小限に抑えた。元々物理的衝撃には強い事もあって、モモは特段苦しそうな様子はない。しかし小柄な身体では、ダメージは回避出来ても物理的な運動までは抑えきれず。モモの小さな身体は、呆気なく吹っ飛ばされてしまった。
残る継実は再度力を込め、拳を放つ。青白い光を放つ継実の手は空間に爪痕のような軌跡を描き、ネガティブAの腹を掠めるように通る。貫くのではなく切り裂くように爪を立てた甲斐もあって、継実の一撃はネガティブAの脇腹を大きく抉る。抉った後こそすぐに塞がったが、ネガティブAの身体はまた震えるような痙攣を起こす。
しかしすかさずネガティブBが触れてしまえば、ネガティブAの痙攣は瞬く間に収まった。一秒と経たずに、与えたダメージの全てが無効化されている。
「(クソッ! やっぱBの奴、こっちの攻撃を警戒して後ろに付いてるな……!)」
普通ならば、少人数の戦闘で救護担当を作るなど愚策である。例えば今回のように二対二ならば、前線に立つものは実質一対二の状況に置かれるも同然。ランチェスターの第二法則により、攻撃力は戦力の二乗×戦闘力で計算出来る。つまり二対一の状況に陥ると、双方の実力が互角だとしても、数で勝る方は四倍の破壊力で戦える事になるのだ。前線を担う者は救護される間もなく倒れ、救護担当に四倍の火力が襲い掛かるだろう。
これが戦力の逐次投入が愚策と呼ばれ、各個撃破が有効な戦術である理屈だ。しかしネガティブにこの常識は通じない。触れれば瞬く間に相手を治療出来るのであれば、数倍程度の攻撃力差など大した問題ではない。それどころか回復専門がいるお陰で、普通ならば対処不可能なダメージ……即死級の攻撃にも即座に対応出来る。こうなれば前線は多少の無茶も可能となり、取れる手数の多さから戦いを優位に進められるだろう。
そして戦う側には一層手立てがなくなる。瞬時に相手のダメージが消えてしまうのに、一体何をどうすれば良いというのか。
予想していた通りの、そして最悪の状況に継実は思わず舌打ち――――する間もなかった。
継実が一人になった瞬間、今度はBも前に出てきた。そして力いっぱい掲げた拳を、継実の頭目指して振り下ろす。体内に臓器があるのかどうかも怪しいネガティブと違い、継実にとって頭は重要な器官だ。もろに攻撃を受ける訳にはいかない。
「ぬぁっ!?」
しかし腕で受け止めようとした瞬間、がくんっと体勢が崩れる。
ネガティブAが尻尾を継実の足に巻き付け、引き倒してきたのだ。反射的に踏ん張ろうとする身体であるが、ネガティブのパワーには敵わず。そして踏ん張る事で身体も硬直してしまう。
ネガティブBは攻撃の狙いを変更。腕で守ろうとしている頭ではなく、継実の腹目掛けて拳を叩き付ける! 継実は今、生半可な攻撃ならば耐えるであろうアザラシ皮の服を着ているが……やはり生きていないものはネガティブの攻撃を防げないらしい。叩き込まれた拳の形に服は消え、打撃の衝撃はそのまま継実の体内へと届く。
「ごぶっ……ぐっ……!」
強烈な鉄拳を腹に受け、転倒寸前だった継実は雪の上に叩き付けられた。口からは呻きと共に血が吐き出る。強い一撃で消化器官が傷付き、衝撃で血が消化管を逆流して溢れたのだ。
消化器官の損壊は常人ならば致死的なダメージ。継実にとっても無視出来るものではない、が、問題なく回復出来る傷でもある。そもそも致命的であろうがなかろうが、敵の方から肉薄してくれたという『チャンス』が来たのだ。これを見逃すほど継実は甘くない。
継実は腹に打ち込まれたままになっているネガティブBの拳を掴む。とはいえただ掴んだだけ。戦闘モードになった継実の馬力でも腕を固定するのが精いっぱいだ。おまけにネガティブAはなんの拘束も出来ていない。
相方を助けるべくネガティブAが継実に掴み掛かろうとする。迫りくる脅威であるが、しかし継実は静かに睨むのみ。
何故ならAに対処するのは自分ではない。
それは吹き飛ばされた後直進せず、大きく迂回してネガティブ達の背後を取っていたモモの役割だ!
「どっけえぇぇッ!」
モモは自慢の脚力で跳ぶや、全身を使った体当たりをネガティブAに喰らわせる!
継実に攻撃するつもりだったネガティブAは、モモの奇襲攻撃を背中からもろに受けた。吹き飛ばされるまではいかないが、その身体は大きく仰け反る。足下のバランスも崩し、今にも転びそうだ。
その時継実は既に雪の上。寝転んだ体勢とはいえ、地面の上なら踏ん張りが利く。両腕だけでなく背中や腹筋も用いて継実は自らの身体をバネのように跳ねさせ、ネガティブAの尻尾が巻き付いている方の足を力いっぱい蹴り上げた。
そうすれば今度は尻尾が引っ張られる形となり、ネガティブAの体勢を一層崩す! 体勢を崩していたネガティブAは止めのひと押しを耐えきれず、尻餅を撞くようにすっ転ぶ。更に継実はこの蹴りをネガティブBに喰らわせている。顎(なのかは不明だが)に強烈な一撃をもらってネガティブBもまたよろめく。
継実は蹴り上げた反動でバク転。モモと視線を交わし、自分がネガティブA……未だ足に尻尾を巻き付けたままの方と戦う意思を見せる。モモはそれを汲んで、よろめいたネガティブBに向けて体当たりを喰らわせ、継実から離す。
「今度は、こっちの番だ!」
立ち上がった継実は起き上がろうとするネガティブAの上に跨るや、拳を振り下ろす。それも一発だけではない。二発三発四発と、何度も何度もネガティブAの顔面に叩き込んだ。
度重なる攻撃でダメージが蓄積しているのか、少しずつだがネガティブAの身体が震える。痙攣の大きさが蓄積したダメージの大きさだという推測が正しければ、小さな攻撃を繰り返してもネガティブを倒せるかも知れない……だがネガティブAもされるがままではなかった。
【イギィアッ!】
猛々しく叫ぶのと共に、ネガティブAは花のように裂けている頭で継実の拳に迫る。
悪寒が背筋を走った時には遅く、ネガティブAは花のような頭を閉じ、継実の拳に噛み付いた! 花咲くような形のそれが実は頭でなく口なのかは不明だが、兎に角噛み付くように攻撃してきたのである。
「なっ……!」
これには継実も焦る。とはいえ齧られた事自体が問題なのではない。
腕を包まれた瞬間、急速に身体のエネルギーが抜け始めたのだ。
ネガティブは触れた物質を消滅させる力がある。物質とエネルギーは等価であるから、その力はエネルギーさえも消滅させる事が可能な筈だ。
ミュータントの身体はどうしてか消滅しないものの、身体から放出している熱は別。ネガティブは咥え込んだ継実の腕の熱を消滅させる事で放熱を促進し、継実のエネルギー消費を増大させたのだ。このままではエネルギー不足により、戦闘モードを維持出来なくなる。
「この、離せ……!」
咥えられていない方の拳でネガティブAの頭部を殴る。それで動かなければ、今度は腹に膝蹴りを喰らわせた。
いくら腕を咥えて固定したとはいえ、上に跨がられた体勢は有利なものと言い難い。事実ネガティブAは腕を振り回して継実に打撃を与えてくるが、力の入らない体勢故か威力は左程強くなかった。身体能力で上回るとはいえ、この不利な体勢で戦い続けるのは得策ではないだろう。
だから考えなしならすぐに継実の腕を離し、なんとか離れようとする筈だ。しかしネガティブAは意地でも継実の腕を離そうとせず、殴られようが蹴られようが大人しく不利に甘んじる。
未来での有利を取るために。
「(コイツ、気付いてるな……私のこの戦闘モードの弱点に……!)」
ただの気紛れで噛み付いたのではない。ネガティブAは間違いなく、継実を弱らせるためにこの行動を取った。
それはネガティブAが『成長』している証。ほんの十数分前までその場その場での判断と行動しかしていなかった存在が、今は不利でも将来有利になるよう振る舞っている。長期的な視点での戦い方……戦術を理解し始めているのだ。
ここで一発亜光速粒子ブレードをぶち込めれば良いのだが、あの技は大量のエネルギーを拳に溜め込まねばならない。急速にエネルギーを奪われている状況であの技を使えば、エネルギーの枯渇に気付く前に失神する恐れがある。一か八かで使えば勝機はあるが……
考え込んでいても仕方ない。決め手に欠ける現状、何処かで賭けをしなければ勝ち目はないのだ。継実は空いている方の拳にエネルギーを集めようとした。
するとネガティブAは、継実のその腕に掴み掛かってきたではないか。
「(コイツ……あの技の理論を理解してるのか……!?)」
もう片方の腕からもエネルギーを奪われ始めた。これでは亜光速粒子ブレードを使えない。
それどころかエネルギー消費が更に加速し、体力が急速に失われていく。おまけにネガティブの力は継実よりも強く、このままでは振り解けない。
力を込めて解けないなら、奥の手を使うしかないだろう。
「ぐっ……こ、の! は、な……せぇ!」
継実は両手にエネルギーを、自分でも制御出来ないほどの勢いで溜め込む。ネガティブはそのエネルギーも消し去ろうとしてくるが、奴が消しているのは所詮余熱。放熱量の以上の速さで注ぎ込めば力はどんどん高まっていき――――
限界を迎えた継実の腕は、大爆発を引き起こした!
【ロギッ……!?】
核弾頭など比にならない、七年前の地球で炸裂させたならば国家どころか文明そのものに壊滅的打撃を与えたであろう衝撃。流石のネガティブAもこれには頭が大きく仰け反り、大地に叩き付けられる。余程の痛みだったのか、しばし悶えるように暴れた。
継実としても両腕を消し飛ばした事で、自由は確保出来たものの、戦う力が大きく低下している。足技は使えても、無理をすれば後で息詰まってしまう。
ここは一時後退だ。継実は跳ぶようにして下がる。
「う……く……っ」
そうしてネガティブAから離れたところで、継実は膝を付いた。
更に青く輝いていた髪の色が変わり、黒髪へと戻る。吐息も荒くなり、立ち上がろうにも四肢に力が入らない。
エネルギーを大量に消失した事で、戦闘モードを維持するのに必要な体力も失われたからだ。少し休めばもう一度戦闘モードになれるだろうが、持続時間は精々数秒が限度。通常状態で戦うのも、全力を保てるのは恐らく数分程度という有り様だ。こんな疲弊状態でネガティブの攻撃など受けたらどうなる事か……
「ぎゃんっ!?」
「うぐぇ!?」
そこまで弱りきっていたところに、背中から何かが激突してきた。正面のネガティブAに集中していた所為もあって、継実は背中からの衝撃に思わぬダメージを受けてしまう。
反射的に後ろを振り返ってみれば、そこには仰向けに転がるモモの姿が。
背中にぶつかってきた物の正体はモモだったのだ。そしてモモが飛んできたであろう方角には……僅かながら痙攣しているものの、激しい敵意を露わにしたネガティブBが立っていた。
「ごめん! 抑えきれなかった!」
「いや、大丈夫。むしろこっちこそ謝らないと……割とヤバい。力を使い果たした。戦闘モードも、使えてあと数秒だけ」
「マジかー」
正直に打ち明けたところ、モモからは至極残念そうな声が上がる。
それでも相手を責めないのがケダモノ。現状に対して責任転嫁などしない。したところでなんの益もないのだから。あるがままを受け入れて、あるがままに対処するのみ。
継実も同じだ。村で暮らすようになろうとも、人間社会に再び浸る事となろうとも、七年間で鍛え上げたものは今もある。
だからまずは理解するのだ。
ネガティブAとBに挟まれ、いよいよ追い詰められた今の状況を――――
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