文化的な野生人生活13

 合体して一つになり、そしてまた分離した事で、どちらがネガティブAでどちらがネガティブBなのかは分からなくなった。或いは本当にぐっちゃりと混ざっていて、二分の一ずつなのかも知れない。

 しかし詳細に区別を付ける必要などないだろう。先程と同じく継実と向き合っているのがネガティブA、モモと向き合っているのがネガティブBで十分。


「ふんッ!」


 モモはネガティブBの顔面に向け、稲妻を纏った拳を放つ。

 拳といっても人間のようにしっかり握り締めたものでなく、曲げた指で引っ掻くような一撃だ。此度その腕は稲妻を纏っているが、これは単純に「当たれば痺れる」だけのものではない。通電させる事で磁力を生み、その磁力で腕そのものを加速させていた。

 運動エネルギーは質量×速度の二乗に比例して増大する。今まで以上に加速された拳は、まともに受ければ大地をも砕く一撃と化していた。ネガティブBはこれを防ぐべく、両腕を身体の正面で交差させて盾のように構える。

 その動きに対応し、継実が動く。

 今まで相対していたネガティブAではなく、ネガティブBの側面に回り込もうとした。そして一瞬モモと目が合った時、アイコンタクトで自分の意思を伝える。

 まずはこのネガティブBを優先して潰す。

 ネガティブは戦いの中で急速な成長を遂げる可能性がある。そんな相手に均等な攻撃を仕掛け、均等に弱らせていくのは得策か? 否だ。時間を与えると不味い相手なのに、何故悠長に倒さねばならないのか。大体成長云々を抜きに考えても、均等にダメージを与えていく戦い方は愚策だろう。一方を集中攻撃により速攻で仕留め、数的有利を確保した上でもう一方を即座に潰す……これがチーム戦の基本だ。

 言葉は交わしていないがモモに継実の意図は伝わっている筈。事実モモの視線はネガティブBに釘付けだ。継実もAはひとまず置いておき、ネガティブBに攻撃をしようとする

 が、それは叶わず。

 何故ならネガティブAが、継実とネガティブBの間に割り込むように入ってきたからだ。まるで継実の攻撃から、ネガティブBを守るかのように。


「ちっ……!」


 ネガティブAは攻撃を邪魔してきただけでなく、継実を間合いに入れてきた。無理に攻撃しても反撃を喰らうだけ。一旦下がるしかない。

 モモも継実に合わせて後退。二人揃ってネガティブ達から距離を取る。

 しかしネガティブ達はその距離を詰めるように前へと進む。

 どうやら逃がすつもりはないらしい。ならばこちらもそれに対応するまで。


「モモ!」


「合点!」


 名前を呼んで呼吸を合わせ、継実とモモは同時に前進へと転じる。

 ぴったり合わせて前へと出てきた継実達に、流石のネガティブも驚いたのか。ネガティブAは身体を強張らせ、ネガティブBは危険を回避するためか大きく身体を仰け反らせて減速した。

 その差が命取りだ。

 継実とモモは同時に目標を変更。ネガティブBではなくネガティブAへの集中攻撃を行う! AB共に継実達の意図に気付いた様子だが、しかし継実達の方が一手早い。そして一手先んじればそれで十分。


「「だりゃあっ!」」


 継実とモモはネガティブAの胴体目掛け、ぴったり同時に回し蹴りを放った! 継実は正面から見てネガティブAの胴体右側の上、モモは胴体右側の下側に足蹴を喰らわせる。

 一人で蹴りを放ったなら、ネガティブAはこれを受け止めきったかも知れない。されど二人同時の打撃、しかも同一方向から与えられた力は流石に止められず。ネガティブAは継実から見て『左』の方角へと飛ばされた。

 相方が吹っ飛ばされたのを見たネガティブBは、僅かな時間ではあるが右往左往。仲間と分断された時、どうすれば良いのかが分からなかったのだろう。

 その答えはケースバイケースであるが、此度に関しては、即座に継実達のどちらかを止めるように動くのが正解だろう。ネガティブ達の方が身体能力に優れているため足が速く、同時に動き出したならネガティブが先回り出来るからである。

 しかしネガティブBは動けず。故に継実達の方が先手を取った。

 飛ばされたネガティブAは三メートルほど先でどうにか自力で止まっている。されどこれも失敗だ。自身の方が継実達よりも速いのだから、ここは一旦距離を取るのが正解。長距離走に持ち込めば、多少出遅れがあっても速度が上の方が巻き返せる。今回なら味方のネガティブBが継実達を追い抜き、突撃する継実達を二体揃って迎え撃てたかも知れない。

 しかしネガティブAは止まってしまった。ネガティブは両者共に失敗。継実とモモは悠々とネガティブAに肉薄する。


【! イギッ……!】


 迫りくる二名に対して、ネガティブAは拳を振り下ろす。ただし拳の軌道は二人のどちらかを狙ったものではない。丁度継実とモモの間目掛けている。

 攻撃の余波で二人を分断させるつもりか。苦し紛れにしては悪くない作戦だが、まだまだ甘いと継実は思う。

 二人の間に向けた放った拳。それが二人を分かつというならば、二人で受ければ良いだけだ。


「「うりゃあっ!」」


 継実は拳によるアッパーを、モモは踵落としの如く足の振り上げで、ネガティブAの攻撃を受ける!

 攻撃の種類は違えども息の合った一撃。ネガティブAの拳は二人分の力を押しきれず、吹き飛ばされるように上半身ごと上がる。仰け反る格好になったネガティブAの胸部は今やがら空きだ。

 しかしそこを狙うのは、ネガティブBが許さない。


【イィィィギィロオオオオオオオッ!】


 不気味な雄叫びと共に、ネガティブBがいよいよ迫ってきた。

 ネガティブAはすぐに動けないものの、今の継実達は挟み撃ちの格好となっている。このままネガティブAを二人で攻撃して押すか? 否、それは危険だと継実は判断。敵が猛烈な速さで迫る状況で、背中を晒し続けるのは流石に不味い。

 ここは安全を優先。継実とモモは視線を交わす。直後、モモだけがくるんと反転し、ネガティブBと向き合う。


「あら、もう忘れたの? アンタの相手は……この私よ!」


 そして迫りくるネガティブBの腹部目掛け、頭突きをお見舞いした! あまりにも原始的なこの攻撃は予測すらしていなかったのか、ネガティブBは防御も出来ず、もろにモモの頭突きを腹で受ける。

 継実を上回るパワーを持ち、更に大事な臓器などあるかも怪しい身体だ。頭突きを腹に受けても大きなダメージとはなるまい。それでもほんの僅かに怯めば、継実にとっては十分な猶予。

 モモと二人で体勢を崩したネガティブAに、継実は一気に距離を詰める。

 それと同時に、継実はを開放した。

 莫大な熱量が身体を駆け巡る。熱を運動量へと変換し、全身のパワーを増幅。瞳は虹色に、白目は血流により赤く染まっていく。高エネルギーを纏った腕、そして予熱の放出を行う髪は青く変化した。

 これぞ継実の『戦闘モード』。着ているアザラシ皮の服が放熱で焼けているようで、パチパチと焼ける音を鳴らす。ちょっとばかり勿体ないと継実も思うが……命あっての物種だ。敵を倒すためならば致し方なし。

 ネガティブAは変化した継実の姿に警戒心を抱いたようだが、それ故に身体が強張っているなら継実にとって好機でしかない。


「はあああああああっ!」


 継実は拳を振り上げる!

 ネガティブAは感じているだろうか? たった今継実が放った拳が、これまでとは比較にならない威力であると。この戦いの中で継実はちまちまとひたすら演算を重ね、己の右手にエネルギーを凝縮させてきた。溜め込んだエネルギーにより暴れ回る粒子の運動ベクトルを変え、直進させれば……拳の速さは亜光速に達する。正に神速の鉄拳。

 かつてネガティブの胴体をぶち抜いた、亜光速粒子ブレードだ。モモの協力により戦いの中でも幾分余裕があり、何より最初から使うと決めていたため、継実はこの技を戦いの中で練り上げる事が出来ていた。

 戦闘モードを温存していたのは、勿論様子見というのも理由だが……こうして切り札として繰り出すのも目論見の一つ。相手がこちらの実力を把握したと勘違いした時、新たな力を披露して混乱させる。そうして出来た隙を突いて、最大出力の一撃を喰らわせるのだ。

 それは致命的なダメージとなるだろう。


「ぶち、抜けぇぇぇぇぇぇッ!」


 叫び、願い、放つ拳。

 されど奇跡を祈りはしない。自然界で、世界で起きるのは必然だ。確かな現象の積み重ねが、現実として『今』発現するのみ。

 継実が全身全霊の力を込めた拳も同じ。祈りも願いも関係なく、生じるのはここで生じた事象、それに伴う結果の連鎖だけ。

 ネガティブAにとっても同じだ。奴が何を考えようと、信心深くとも真理を理解していようとも、積み重ねた結果は決して覆らない。

 継実の放った拳が――――ネガティブAの胴体を貫通する事は変えられないのだ。


【イギロァッ……!?】


 呻くネガティブA。継実はその胸から腕を引き抜かず、代わりにすかさず放った蹴りでネガティブAを突き飛ばす。ネガティブAは大地を転がり、雪の上で大の字に。

 そしてびくんびくんと、痙攣を始めた。

 継実はあの姿に見覚えがある。二ヶ月前に草原で見た、ダメージが積み重なるほど大きくなり、末期の瞬間に一際大きくなったものと同じだ。フィアが一発で叩き潰したネガティブにも痙攣は起こり、霧散して消える間際が一番大きな震えとなっている。

 やはりあの痙攣はネガティブが受けたダメージの大きさを表すものらしい。何故ダメージが蓄積すると身体が震えるのか、その理屈は分からないが……三例で確認された反応だ。『目安』とするには十分な指標だろう。


【イギ、ロ、ロ、オォ、オオオオォォォオォオオォオオオォオオオッ!?】


 胸を貫かれたネガティブAが雄叫びを上げる。苦しみに満ちた叫びであり、その声はどんどん大きくなっていく。合わせて、身体の震えも増大していった。

 このまま消えろ。いや、間違いなく消える――――過去にもネガティブの死を見た継実は、自分の勝利を確信する。

 それは、珍しく継実が見せた『隙』。

 とはいえネガティブAはその隙を付けない。がむしゃらな反撃をするように腕を振り回すが、如何に身体能力が高くとも、末期の焦りと身体の不自由が合わさってろくな動きが出来ていない。ちょっと後退すれば簡単に躱せるし、そもそも誰もいない場所を攻撃したりと滅茶苦茶である。所謂悪足掻きだ。

 ネガティブAに継実の隙は突けない。

 突けるのは、ネガティブBの方だった。


【つ、継実さん!? モモさんが相手していたネガティブが、そっちに向かっています!】


 未だネガティブから逃げ惑っているミドリからの脳内通信で、継実は背後へと振り返る。

 ネガティブBが猛然とこちらに向けて走っていた。奴の相手をしていたモモは、ネガティブBから後ろ歩きをするような動きで離れている。どうやら攻撃を受けて突き飛ばされたらしい。

 つまりネガティブBは体勢を崩したモモへの追撃より、こちらに向けて突撃してくる事を選んだのだ。もしかすると仲間を助けに来たのか? それとも仲間を倒した相手に怒りの突撃か。なんにせよ攻撃に備えて継実は即座に構えを取る。

 もしも、あと数瞬早く振り返っていたなら、継実は気付き……そしてネガティブBの行動を防げただろう。

 ネガティブBは。目も触覚もない頭であるが、継実が本能的に感じた視線は自分の方を向いていない。向いているのは痙攣し、今にも消えそうなネガティブAの方。

 継実の拳の射程内に入る直前、ネガティブBは大地を蹴って跳躍。待ち構えていた継実の頭上を通り過ぎ、仲間であるネガティブAの下へと向かう。

 そしてネガティブBは、ネガティブAの頭に触れた。

 本当にただ触れただけで、強いて詳しく言うならばその手と頭が混ざり合って『融合』している程度だ。少なくとも継実の目にはそう見えたし、戦況把握のため発動しっぱなしの能力で観測しても特段おかしな現象は起きていない。だがそこから起きた事象はあまりにも奇怪。

 ネガティブAの痙攣が、突如として収まり始めたのである。


「……は?」


 一瞬、何かを見間違えたのかと継実は思った。例えば痙攣と痙攣の間にある小休止を偶々強く認識してしまっただけだとか。

 だが継実の、ミュータントの合理的な本能はすぐに現実を理解する。

 ネガティブAの痙攣は急速に静まっていく。胸に空いた穴もすぐに塞がってしまった。それはミュータントの動体視力、反応速度を以てしてもあっという間と言わざるを得ない早さ。駆け寄って邪魔しようと継実が次の行動を思い描いた時、ネガティブAの痙攣は随分と収まっていた。

 時間にして、〇・五〜一秒程度。その僅かな時間でネガティブAの痙攣は収まり、すっかり震えなくなっていた。つまりは完全なる回復である。確かにミュータントの反応速度にとってはそれなりに長い時間であるが……しかし『致命傷』からの回復に掛かる時間としてはあまりに短い。回復力に優れる継実ですら、心臓を潰されたら完全再生には十数秒と必要なのに。

 だが、そんなのは些末な問題だろう。

 そう。本当の、そして最大の問題は別にある。ネガティブAの痙攣が収まると、ネガティブBは奴と触れ合っていた手を離した。その行動は即ち、である事を意味している。

 端的に言うなら、仲間と触れ合うとダメージが消える。それがネガティブ達が持つ、もう一つの能力らしい。理屈なんてさっぱり分からないが、目にした光景はそう解釈するしかなかった。


「(ちょっと、流石にそれは……不味い)」


 継実は最初、ネガティブの数を脅威に思っていた。自分より強いものが無数に存在するのだから当然だろう。されどそれは、奴等の実力の表層で驚いていただけに過ぎない。

 数多のネガティブが存在するという事は、それだけでネガティブは不死身に等しい耐久性を発揮出来るという事。倒すにはフィアのような、出鱈目パワーを用いて素早く、或いは纏めて倒すしかない。いいや、それすらも消えるまでに僅かな時間があったのだ。その僅かな時間のうちに互いが触れたなら……

 ちらりと、継実は自分達以外の、フィアと花中の様子を窺う。フィアは相変わらず全身がネガティブに包まれた状態で動きが鈍く、花中は必死に粒子ビームを撃つが追い駆けてくるネガティブ達には全くダメージが入っていない様子だ。完全な膠着状態だが、底知れぬ回復力を持つネガティブ相手にはジリ貧だろう。

 そして自分達を振り返って見てみれば、決め手がない。ネガティブを一撃で倒せるほど強烈な攻撃をお見舞い出来るのは継実だけであり、ターゲットに出来るのは一体だけ。どう考えても勝ち筋がない。その強烈な攻撃を発動出来る戦闘モードも、まだ当分は維持出来るだろうが……あと十分と続かないだろう。

 つまりあと十分で何か出来なければ、こちらの詰みという訳だ。おまけに先程必殺の一撃を披露した事で、奇襲も成功し辛くなっている有り様。何から何まで最悪だ。


「……継実、どうする?」


 モモも同じ結論に至ったようで、指示を求める。無論答えなど今の継実は持ち合わせていない。無言を以て答えにすれば、モモはやっぱりと言わんばかりにため息を吐く。

 だが、まだモモは諦めた様子を見せない。

 どれだけ絶望的状況でも彼女が微塵も諦めないのは、生物としての本能、生存への執着が一番の理由ではあるだろう。されどもう一つの理由を継実はひしひしと感じている。

 継実ならなんとかしてくれるという、家族に対する期待と信頼だ。

 状況はハッキリ言って厳しく、正直明るい展望は描けない。それにネガティブ達が先程のインチキ再生のような能力を、他にも隠し持っている可能性だってある。だからモモの期待に応えられる自信は、今の継実にはないが……応えられるよう努力するのはやぶさかでなし。


「んじゃあ、とりあえず……また情報収集から始めて、チャンスがあったらぶっ潰すって感じでやろうかね」


 だから継実は笑みを浮かべてそう答える。

 ネガティブ二体に再度突撃するのに、継実もモモも迷いなく行動を起こせるのは、つまりはそういう事なのだ。

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