文化的な野生人生活12

 襲い掛かってくる三体のネガティブ。その狙いは、継実達三人全員だった。

 一人につき一体のネガティブに襲われて、取った対応は三人毎に違うもの。継実は迫りくる腕を後退して回避し、モモは僅かに身体を傾けて避けるやカウンターで殴り返す。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 そしてミドリは殴られるよりも早く背を向け、全速力で逃げ出した。

 やっぱ逃げてるじゃん、と言いたげなモモの視線。しかしミドリの身体能力は、お世辞にも高くない。以前恐竜に右半身を噛み砕かれても死ななかったが、あれは頭が丸々残っていたから無事だったのだ。ネガティブの一撃が彼女の頭を粉砕すれば、首から下が無事でもどうにもなるまい。

 それに逃げるといっても、以前みたいに戦線を離脱するような逃げ方ではない。ぎゃーぎゃー騒ぎつつ、継実とモモを中心に据えて円を描くような逃げ方をしていた。つまり付かず離れずを維持していて、あくまでも回避の一環としての逃走だと分かる。

 ミドリにもネガティブと戦う意思はある。今は回避に徹しなければ死んでしまうというだけで。それにミドリの本領は肉弾戦・砲撃戦のどちらでもない。

 継実達の誰よりも精密かつ広範囲の『支援』だ。


【と、とりあえず、他のネガティブ達は花中さんやフィアさんから離れる気配がありません! あたし達は、こ、こいつらを相手にすれば大丈夫です!】


「OK! 増援がないならやりやすい」


「横やりが入ると色々面倒だもんねー」


 新手がこっちに来るかも思いながら戦っては気持ちが入らない。不要な意識を頭から削ぎ落とし、不安を払拭した継実とモモに笑みが戻る。

 そして二人同時に、目の前のネガティブに蹴りを放って突き飛ばした!


【……イィィギィロオオオオオオッ!】


【イッギギギギィイイイイッ!】


 蹴飛ばされ、距離を開けられたネガティブ達。二匹は四つん這いの体勢で強引に飛ばされる勢いを殺すと、花のように咲いている頭を一層大きく開きながら、威嚇するように吼えてきた。

 生理的嫌悪を呼び起こす、なんとも不気味な咆哮。しかし継実もモモも怯みはしない。それどころは二人は堂々と、ある程度の余裕を取り戻してネガティブと向き合う。

 継実達が相手するネガティブの数は三。

 個体差については一旦考慮せず、以前継実が戦った時の個体と同程度の強さだと仮定すれば……三対三で戦ったなら、数値的な総戦力はネガティブ側が継実達よりも二倍は高い状態だったろう。ミドリの戦闘能力がざっとネズミ程度しかないがために。しかもミドリとネガティブの追い駆けっこを見る限り、脳内イオン操作も通じていない様子。ミドリは戦力としてほぼ数えられず、実質三対二の状況となっていただろう。得手不得手を考慮したとしても、相当厳しい戦いとなった筈である。

 しかし今、ネガティブの一体はミドリを追い駆けている状況だ。ネガティブの方が身体能力は上のようで簡単に追い詰めるが、ミドリはギリギリのところを攻撃を回避し、その隙に距離を開けている。索敵能力を応用し、攻撃を予測して躱しているのだろう。人間がネズミを素手で捕まえるのが困難なように、逃げに徹すれば大きな実力差も意外となんとかなるものだ。

 中々ミドリを仕留められないネガティブだが、諦める様子はない。自由に動ける面子を残したくないのかも知れないが……継実的にそのシチュエーションは望むところ。

 残るネガティブ二体に対し、継実とモモも二人。確かに総合的な戦闘能力ではネガティブの方が上なので、この状況でも戦力差は一・五倍ほどはあるだろう。だが今正に逃げ回っているミドリは、その能力の性質上逃げながらでもこちらの援護が可能。つまりこの状況は二対二ではなく、実質二対二+αという事になる。実は継実達の方が数的有利を得ているのだ。

 何より。


「アンタ達は二対二でも問題なく勝てるつもりかもだけど――ーー」


「コンビネーションで私らに勝てると思わない事ね!」


 自分達の絆が、こんな化け物二体のチームワークに劣る訳がない!

 モモの掛け声を合図にし、継実とモモは同時に駆け出した。

 継実は戦闘モードを発動させず、普段の状態で突撃する。エネルギー消費が大きいあの技は、相手の力を把握せずに使うのは危険だ。過去に戦った種族とはいえ、個体差がある可能性は否定出来ない。或いは人間のミュータントのように、幾つかの『タイプ』が存在するかも知れない。まずは相手のスペックを知る事が最優先。それを行うにはエネルギー効率に優れる普段の姿が一番だ。モモも電撃を纏わず、普段の姿で駆けている。

 走るモモは右のネガティブを狙い、継実は左のネガティブを狙う。アイコンタクトすら交わしていないが、互いの意図は把握済みだ。確認するまでもない。ネガティブ達(区別出来ないので継実が狙っている方をネガティブA、モモが向かう方をネガティブBとしよう)はお互い距離を取らず、隣り合った並び方を維持。それぞれ自身に狙いを定めた方と向き合い、猛獣染みた前傾姿勢で同じく駆け出し――――

 激突寸前に、継実は素早くしゃがみ込んだ!

 突然継実がしゃがんだ事で、継実を狙っていたネガティブAの攻撃は外れる。まさか外れるとは思っていなかったのか、ネガティブAは僅かに身体を強張らせた。そして継実はただ回避した訳ではない。

 しゃがんだのと同時に、モモが攻撃を仕掛けていた方のネガティブBの足下に蹴りを放っていた。互いの距離が近い状態だったので、フェイントを仕掛けたのである。

 継実よりも素早いモモは既にネガティブBの顔面に蹴りを放っており、ネガティブBはその攻撃を片腕を盾のように構える事で受けている。しかも反撃のため、もう片方の腕を大きく振り上げている最中。ネガティブBの意識は完全にモモだけを向いていて、足下はお留守になっている。

 ネガティブBは防御も出来ず、継実の蹴りを足下に受けた。身体能力ではネガティブ側に分があるのでしっかり構えれば受け止められたかも知れないが、ネガティブBはモモの攻撃に意識を集中させている。継実に蹴られるまで、いや、蹴られて少し経ってから、自分の膝の裏を攻撃されたと気付いただろう。


【イロッ!?】


 予期せぬ攻撃を受け、ネガティブBはバランスを崩した。身体が強張ったのは反射的なものだろうが、既にバランスが崩れた状況でその反応は愚策。受け身も取れず、尻餅を撞くように転倒する。

 ネガティブBを転ばせた継実だが、しかし与えたダメージは僅かなもの。ネガティブBは振り上げていた腕の向き先を継実に変え、ネガティブAも継実の動きに合わせて次の攻撃として拳を放とうとしてくる。しゃがみ込んだ継実にこれらの攻撃は躱せない。

 尤も、躱す必要などないが。

 連中が揃って意識から外したモモが、此処にはいるのだから。


「おっと、失礼!」


【ギロッ!?】


 モモはネガティブBの顔面を踏み付ける! 相当強く踏み付けたようで、ネガティブBは僅かに呻く。

 モモの攻勢はまだ終わらない。ネガティブBの顔で力いっぱい跳躍し、今度はネガティブAの方へと跳んだ。ネガティブBは顔への連続キックで大きく仰け反る。継実を攻撃しようとしていたネガティブAは、その攻撃のために振り上げていた腕で防御しようとしてくる……が、モモの反応速度を見くびってはならない。

 モモはネガティブAが放った拳を両手で掴んで『着地』。掴んだ拳を軸にしつつ、跳んだ時の勢いを利用してぐるんと身体を回してみせる。

 そしてその勢いのまま、ネガティブAの顔面に回し蹴りを喰らわせた!


【イギャッ!】


【ギッ……!?】


 モモの流れるようなコンボにより、二体のネガティブが怯む。攻撃のチャンスだ。蹴りの反動で宙に浮いたモモに追撃は不可能だが……未だしゃがんだ体勢でいる継実になら可能である。


「はぁっ!」


 継実は立ち上がりながら、拳をネガティブAに向けて振るう! 蹴られた拍子によろめいた状態では回避など不可能。継実の拳はネガティブAの腹部に真っ直ぐ入った。

 良い入り方をしたと手応えで分かる。ネガティブAは驚いたように身体を震わせながら、与えた打撃の威力に見合った勢いで何十メートルと吹っ飛ばされていく。

 モモに踏まれて大地に頭を打ったネガティブBは、相方が飛んでいくと動揺したように身体を震わせた。だが情けなく痙攣したところで継実は容赦などしない。ましてや犬であるモモには、その反応は『攻撃チャンス』としか認識されないだろう。


「おおっと、あっちには行かせないわよ!」


 着地するや否や、モモはネガティブBの尻尾を掴んだ。何をされるか大凡察したのかネガティブBの靄状の身体がが、掴まれた状態で硬直するなど愚の骨頂。

 モモは相手のミスを許さず、尻尾を掴んだままぶん回す! ネガティブBの身体は空中でぐるんと一回転。そして渾身の力で加速させたネガティブを、モモは容赦なく手放した。

 おまけにモモはネガティブBを水平ではなく、やや下向き方向に向けて投げた。結果ネガティブBは氷の大地に叩き付けられる格好となる。ネガティブBの身体は二度三度と跳ね、何十メートルと飛ばされていく。

 それでも動きを鈍らせるほどのダメージとはなっていないらしい。ネガティブBは三度目に跳ねた時に体勢を立て直して足から着地。素早く臨戦態勢を取り、継実達目掛け走り出す。

 更に継実が殴り飛ばしたネガティブAも駆けてきた。二体は猛烈な速さで大地を駆け抜け、継実とモモに迫ってくる。

 二体のネガティブは丁度、向き合う形で吹っ飛ばされていた。つまり両者に迫られている継実とモモは、挟み撃ちに遭っている状況である。身体能力に勝る二体に挟撃されたなら、かなりの苦戦を強いられるだろう。

 なら、そんなものに付き合う必要はない。

 そもそもこの挟み撃ちは、継実とモモにとっては想定通り。今自分達に迫る状況は、頭の中で思い描いていたパターンの一つに過ぎない。


「「よっ!」」


 だからモモと継実は同時に、ネガティブ達とは直角の方角へ、別れるように走った。

 二手に分かれた継実達。全く同じタイミングで左右に分かれた目標を見て、ネガティブ達は同時に迷った。そして気付く。自分が全速力で突き進んでいる先から、自分の相方が同じく全速力で突っ込んできている事に。


【イ!? イギロ――――】


【ロギロッ!?】


 気付き、止まろうとするネガティブ二匹。だが混乱した二体は咄嗟に動けず、そしてどちらも避けなかった事で、相手がどちらに向かうかも分からず。右にも左にも動けないのに、ただ跳び出した勢いのまま突き進んで、

 両者は殆ど最高速度で激突。

 それと共にネガティブ二体の身体はぐしゃりと潰れ、一つになってしまった。もやもやと漂う黒い塊が、起きた出来事の悲惨さを物語る。


「うっわ。あんな勢いで来ていた訳? 自爆とは情けないわねぇ」


「……なんか、妙だな」


 潰れたネガティブを見て、嘲笑うモモと違って継実は疑問を抱く。

 どうにもこのネガティブ達は、以前継実が戦った個体よりも弱い。

 それは単順な身体能力の話ではない。戦っている最中に繰り出した拳の速さ、そして殴った時の手応えから推定される強さは、かつて草原で出会ったネガティブと同程度のものだった。今回はモモという相方こそいるが、それでも普通ならここまで一方的な試合運びは出来なかった筈である。

 にも拘わらずこんな簡単にあしらえているのは、間違いなくネガティブ側があまりにもからだ。


「(動きそのものは速いけどコントロールと狙いが甘い。そもそも判断が遅い、というか後の事を全然考えてなくてその場その場で動いてる感じ。一手先どころか、相手の動きすら想定してないんじゃない?)」


 あまりにも短絡的で直線的。いくら格上の身体能力を持っていようと、こんな雑な戦い方で勝てると思うなどあまりにも相手を嘗めている。正直こんな相手であれば、実力差が十倍ぐらいあろうとなんとか出来ると継実は思う。

 以前戦ったネガティブも、身体能力こそ高いものの戦い方は雑なものだった。それ自体は仕方ない。ネガティブの力……触れたものを容赦なく消滅させる力の前では、どんな科学力も格闘技術も意味を為さないのだから。どれほど強大な敵と戦ったところで、接触した瞬間に相手が消えていく状況で戦闘経験が積める訳もない。技術は成長せず、戦い方は極めて雑なもので終わってしまう。

 しかしそれを差し引いても、この二体のネガティブはあまりにも戦い方が雑だ。本当に反射的な行動しかしておらず、生き物を追い駆け回した経験、或いは同族と追い駆けっこをした経験すらないのではないかと思えてくる。

 そんな存在がいるとすれば……


「(?)」


 ぞわりと、背筋が震える。

 幼い子供というのは、倒すだけなら簡単だ。未熟で、無鉄砲で、ろくな考えがない。実力が拮抗していたとしても恐れる必要はなく、本気を出すまでもなく叩き潰せる。

 だが、その弱さに比例するかの如く――――成長著しい。

 何事も覚え始めは急速に成長するもの。以前戦ったネガティブが、戦いの中猛烈な速さで成長していったように。ならばこの未熟で間抜けなネガティブ達が、どうして成長しないと言えるのか。それどころかこの連中は以前戦った個体よりもずっと速く、急激にその『強さ』を増していく可能性がある。

 胸から湧き出す数々の不安。だが継実が心を乱さずにいられたのは、ネガティブ達が既にぐちゃぐちゃに潰れて原型を失っているからだ。ああなってはもう命などあるまい。今もまだ靄はぐずぐずと蠢いているが、所詮末期の足掻き……


「(違う。あれは、足掻きなんかじゃない!)」


 甘い見通しを即座に切り捨てる。継実は既に二度、ネガティブの最期を見ているのだ。奴等は死ぬ時、どういう訳か身体が霧散し、そして消滅する。ぐずぐずの肉体で留まるものではない。

 モモもそのおかしさに気付いたのだろう。嘲笑うように浮かべていた笑みは何時の間にか見え、肉食獣の鋭い眼差しを靄に向けている。全身の力を滾らせ、これから起きる次の戦いに備えていた。

 そしてその『次』は、すぐに訪れた。

 ぐちゃぐちゃに混ざり合い、蠢いていた靄は、やがて自ら二つに分かれた。靄はぐにゃぐにゃと歪み、変形し、形を変えていく。やがてそれには尻尾が生え、手足が伸び、花が咲いたような頭が形作られる。

 時間にすればほんの数秒。

 その数秒で、靄は二体のネガティブに戻ってしまった。まるで激突などなかったかのように平然とした様子で。


「……やっぱ、簡単には倒れそうにないわね」


「まぁ、曲がりなりにも宇宙の厄災だしね。つーかフィアがおかしいんだよ。なんでアイツ一撃で倒してんの?」


「ほんとにね。でもあれぐらいの速さで片付けないと……ヤバい事になるわよ」


 モモからの警鐘。全く以てその通りだと、継実は頷くしかない。面倒臭そうに肩を竦めたり、呆れたように目を細めるのは、自分の気持ちを強く持つためのジェスチャー。

 そうでもしなければ、こちらを見つめるネガティブのプレッシャーに押し潰されそうな気分だった。

 びりびりと感じる闘志と敵意。それらは戦いが始まる前から向けられていて、今の二匹が放つものが先程よりも強まったとは思わない。雰囲気から感じ取れるパワーも殆ど変化がなく、漫画に出てくるような『戦闘力』を測れる機械があれば、きっと今までと全く変わらない数字を示すだろう。

 だが、明らかに力の『純度』は増していた。不純物だらけの鉄鉱石が、鉄へと生まれ変わるように。

 今のネガティブ達は生まれたてほやほやの熱い鉄だ。柔軟であり、何度でもやり直せる無敵の素材。叩けば叩くほど強くなり、研げば研ぐほど鋭くなる。

 果たしてこの熱い鉄達が、すっかり冷え固まった刀に匹敵するようになるのは何時なのか?


「モモ!」


「おう!」


 そうなる前に今度こそ叩き潰す。モモと継実の気持ちはぴたりと一致し、二人は再び同時に走り出す。ネガティブ達もまた動き、それぞれが継実達へと突撃してくる。

 戦いの本番である第二ラウンドは、休憩を挟む事もなく始まるのだった。

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