文化的な野生人生活11

 ネガティブ。宇宙人ミドリ曰く、数多の星を滅ぼしてきた宇宙の災厄。

 一体でも継実以上の身体スペックを誇る化け物であり、決して油断してはならない宇宙生物だ。二本足で立つ姿は力強く、垂れ下がる二本の腕も逞しい。長く伸びた尾を振るえば通り道の空気が消え、花咲くように避けた頭に知性は感じられないだろう。靄のように揺らめく輪郭を持ち、光沢を放たない身体は粒子操作能力を用いても分子一つ見通せないブラックボックスだ。

 踏み締めている大地の雪は消失し、足跡の形を残す。それでも奴等の身体があまり地中深くに沈まないのは、南極の氷に生息する無数の微生物がその体重を支えているからか。

 しかしどうして触れただけで雪が消えるのか、どうしてその身体は分子一つも見通せないのか……旅の中で成長した継実であるが、目の前に立つネガティブの解析は未だ殆ど出来ない。相手の実力を推し測るのも困難だ。花中も目を細め、凝視観測し続けている事から同様の状態と言えよう。

 正体不明にして理解不能。かつて戦い、そして勝った事がある継実だが、それでももう一度コイツの相手はしたくない。

 そんな化け物が三十体以上、継実達の前に現れた。宇宙空間から、一斉に。

 加えて目も鼻もないネガティブの顔の全てが、間違いなく継実達を見ている。しかも激しい敵意を露わにしながら。ネガティブと初対面である花中が警戒を強めているのは、この露骨な敵意が一番の理由だろう。


「……有栖川さん達は、彼等が何者か、ご存知ですか?」


 花中からの問いに、継実はこくりと頷く。花中が知りたいのはネガティブの名前や生態などではあるまい。もっと近々にして自分達の損得に関わるもの。

 つまり危険か否か。対話可能かどうか。


「だ、駄目です……ネガティブがこんなにたくさんいたら……!」


 しかしその說明すらも不要だろう。ガチガチと顎を鳴らし、顔面蒼白になっているミドリを見れば。


「……成程。対話すら困難、いえ、無理という事ですね。なんとなーく、そんな雰囲気は、感じていましたけど」


「そんなところ。前に戦った奴は私一人でなんとか出来たけど、これだけの数がいると中々厄介かな……能力も厄介だし」


「能力、ですか? 一体どんな……」


「ふふん。なんだか分かりませんがあなた風情に倒せるような奴だというなら恐れるに足りませんね。この私が全て纏めて叩き潰してやりましょう」


 ネガティブに関する情報を共有しようとする花中に対し、フィアは未知の怪物を見ても全く臆さない。堂々と胸を張り、隙だらけで余裕たっぷりな態度を見せ付けていた

 瞬間、群れていたネガティブの一体がフィアに肉薄する。


「(!? しま……!)」


 堂々と見せたとはいえ、フィアが隙を晒した瞬間攻撃に転じる。やはりネガティブ相手に対話は不可能だと、改めて継実は思い知らされた。

 とはいえそれは想定していた事態。問題は、フィアはネガティブの攻撃を受け止められるのか、という点だ。

 ネガティブには特殊な能力――――触れた物質を消滅させる力がある。

 ミュータントの肉体であれば効果は薄くなるようだが、ただの空気や粒子ビームなどは通じない。ミュータント以外であれば生物体すらも消し去り、結果的に物理的衝撃を無効化してしまう。

 フィアは強い。継実が何十人束になろうと、勝てないんじゃないかと思わせるほどに。だがその身体は水で出来た物質だ。生体でないその身でネガティブに触れたとしても、難なく消されてしまう可能性が高い。水がなくなれば、恐らくそこにいるのはモモと同じく、ただの動物フナ。ミュータントに匹敵する攻撃を受ければ即死しかねない。


「(ああクソッ! 声じゃもう間に合わない!)」


 しかしそれを伝えようにも、ネガティブのスピードはミュータントである継実でもギリギリ反応出来るか否かという速さ。音速など軽く超えていて、声で警告したとしても、五メートル先のフィアに届くよりもネガティブが殴り付ける方が早い。

 事実ネガティブは継実がようやく口を開いた時にはもう、その両腕を乱雑に、けれども真っ直ぐフィア目掛けて伸ばしていた


「遅い」


 が、フィアの方が更に速い。

 フィアがネガティブの頭上から拳で殴り付けると、ネガティブは抵抗すら出来ずに

 殴られたネガティブはびくびくと、死にかけたカエルのように痙攣。そして数秒と経たずに跳ねるような激しさで震え始める。あれがかつて継実が倒した時に見せたものと同じ現象だとすれば、ただ一撃で瀕死に追い込んだ……いや、その後静かに霧散したのだから、即死させたと言うべきか。

 相変わらずのトンデモ馬鹿力に唖然とする継実。それと同時に疑問も抱く。何故フィアの水は、ネガティブの力によって消滅させられなかったのか? あまりにも強烈なエネルギー故に、物質消滅が間に合わなかったのだろうか。


「ふっははははははは! この私の隙を突こうだなんて千年早いですよ。しかしあなた妙な身体してますねなんか触れてると水が消されているよーな感覚がありますし」


 その疑問に答えるのはフィア。どうやら実際には多少水が消えているようだ。

 恐らく直にネガティブと触れた際、継実の皮膚が消されたのと同じ現象だろう。フィアが纏う水は、継実の身体と同じ扱いになっているらしい。一体どのような基準で消えたり消えなかったりしているのか。

 なんにせよたった一撃でネガティブを葬ったフィアを見て、他のネガティブ達に動揺、らしきものが走る。ケンカを売る相手を間違えたと、今更ながら気付いたのかも知れない。そして恐らく、このネガティブ達も他の星で無敵を誇ってきたのだろう。ちょっと動じただけで、今度は向こうが隙だらけだ。

 ならばこちらもその隙を突くまで。


「い、いきなり攻撃ですか……なら、わたし達も、は、反撃しますからね!」


 今度は自分の番だと(律儀に警告しながら)言わんばかりに、花中はネガティブに指先を向けた。

 花中の指先にエネルギーが溜まっていく。どうやら粒子ビームを放つつもりらしい。継実と花中は丁度横に並んでいる格好なので、当然継実は花中の指先の照準から外れている。

 だが、それでも継実は背筋が凍る想いをした。

 花中の集めているエネルギーが、あまりにも莫大なのだ。それこそこの星すらも貫けるのではないかと思うほど。継実が普段撃っている粒子ビームなどまるで豆鉄砲。ネガティブを一撃で殴り倒したフィアの怪力すら、子供の癇癪に思えてくる。

 自らを遠隔操作に特化したタイプだとな花中は言っていたが、これが本当の粒子ビームの威力なのか。高密のエネルギーは周辺の大気をプラズマ化させ、稲光まで放つ。大気分子が崩壊している影響か不気味な音が鳴り響き、空間が歪んでいるかのような奇妙な『違和感』を覚える。最早物理的な硬さで受け止められるような威力ではない。

 フィアはシンプルに出鱈目な強さだった。その親友である花中は、それ以上の出鱈目らしい。最早異次元から来たのではないかと思うほどに。


「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」


 極限まで溜め込まれた異次元の力を、一気に開放する!

 放たれた粒子ビームは細く、故に自重で崩壊する恒星が如くエネルギー密度を有す。轟く爆音はミュータントである継実の身体すらも痺れさせた。星を貫くという継実が抱いた印象は、決して比喩ではないと確信する。

 そして粒子ビームの速度は亜光速。高々秒速数キロの速さでしか動けないネガティブに、秒速二十数万キロの粒子を避けられる筈がなく――――

 避ける動作すらしなかったネガティブの顔面に当たると、ぱしゅんっ、という音を立てて消えてしまった。

 ……あまりにも呆気なく消えたものだから、消えたという事実を認識するのに継実は少なからず時間を要する。花中も自分の攻撃が命中と同時に消滅した事実をすぐには受け入れられないようで、こてん、と首を傾げてしまう。

 花中が再度動き出したのは、三体のネガティブがチャンスだと言わんばかりに動き出してからだ。


「ひっ、ひえぇぇぇえええっ!? え、なんでぇ!?」


 まさか全く効かないとは思わなかったらしい。ミドリのような弱々しい悲鳴を上げると、花中は背を向けて逃げ出す。


「花中! そいつらは肉弾戦が効果的だよ! 兎に角殴って!」


「わ、わた、わたし、叩いたり蹴ったりは、苦手なんですぅー!? 出来なくは、な、ないですけど、でもこんな状況から、じゃ、無理ぃ! ひやあぁぁぁ!?」


 ネガティブとの戦い方を咄嗟にレクチャーする継実だったが、花中からの返事はなんとも情けない。遠隔操作に能力が偏り過ぎて、身体能力が残念な事になっているようだ。それでも能力で手足の粒子を制御すれば大きなパワーを出せる筈だが、演算に少なからず時間が掛かるのだろう。

 ネガティブ三体は花中の後を容赦なく追い駆ける。肉弾戦が苦手な花中は何度も粒子ビームを……溜めは短いが継実のものより強烈な……何度も撃ち込むが、ネガティブは怯みもしない。そして走る速さではネガティブに分がある(というより花中の足はミドリよりもかなり鈍臭く見える)らしく、花中との距離はどんどん狭まっていく。

 しかしあと少しで捕まる、というところまで来た瞬間、花中はその姿を忽然と消し、数メートル先まで移動していた。

 粒子テレポートによる瞬間移動だ。継実にも出来る技であるが、継実が使う場合発動に少し時間が掛かる。テレポート対象身体を構築する粒子の動きに加え、移動先までのコースを計算するのが大変だからなのだが、花中の場合多少必死ではあるが区もなく連続使用している。こんなところでも才覚の違いが見られるが、生憎粒子テレポートはあくまでも移動技。これを繰り返してもネガティブは倒せない。


「花中さん! この有象無象が……!」


 逃げる花中の助けに、誰よりも早く向かおうとしたのはフィア。花中を追うネガティブの後ろを、追跡しようと駆ける。

 だが、すぐには追い付けないと継実は察した。

 フィアの足はお世辞にも速くないのだ。大地を走ればどしんどしんと、パワーは感じるがどうにも動作が重い。ぐっと足に力を込めて突撃すれば、継実の目にも留まらない速さが出るのだが……予備動作が大きい上に直線的で、ネガティブは簡単に躱してしまう。

 思えばフィアは継実達の前に現れる時、猛烈な速さで来てはいたが、その速さを見せるのは最初だけで、戦い自体はどっしりと構えて挑んでいた。彼女がスピードを出すには溜めが必要で、しかも直線的にしか動けないのだ。


「こらー! 花中さんから離れなさーい!」


「ひ、ひぇー!?」


 フィアは疲れ知らずで追うものの、全く追い付けない。それでもしばらくは走り続けていたのだが……

 意識が完全に花中だけを向いていたタイミングで、フィアの背後から他のネガティブが襲い掛かった!


「あん? 鬱陶しい虫けらが……」


 後ろから抱き付かれたフィアは即座に反撃を試みる。されどネガティブ達は既にフィアのパワーを目の当たりにしていた。無策で挑みはしてこない。

 次々とネガティブは肉薄し、フィアの腕や足にしがみつく。奴等は人型の姿を崩してスライムのような不定形になると、ぐるぐると巻き付いてフィアの動きを妨げてきた。

 一体二体であれば、フィアの馬鹿力ならば簡単に振り切れただろう。ところが此度向かったのは二十体以上のネガティブ。次々とフィアの手足に巻き付き、その動きを阻む。勿論人間大の存在が、人間大の存在に何十と群がるのはスペース的に難しいものだが……ネガティブは不定形の身体を活かして続々と変形。恐らく総勢十数体 ― 輪郭が靄のようになっている所為で個体間の区切りが見えず、正確には数えられない ― が纏わり付き、まるで一塊のスライムのようにフィアの身体を包み込んだ。

 ネガティブに包まれたフィアは表情を歪めながら腕を上げる。今までのようなスピードは出せず、極めて緩慢な動きとなっていた。これでも振り払うのは難しい。動きをほぼ止められてしまった状況だ。

 無論、動きを止めてはいお終い、とはならない。確かにネガティブは触れているだけでミュータントの身体を少しずつ消せるので、拘束するだけでもいずれ勝てるだろう。しかしフィアの『トンデモ』ぶりを思えば、時間を与えたら何をするか分かったものじゃない。さっさと再起不能にすべきであり、そうするには動きを止めた今こそが攻め時。

 それを分かっているかのように、残る八体のネガティブがフィアを包囲した。


「……ふん。有象無象らしく数でこの私を倒そうという魂胆ですか。見た目よりは頭が回るんですね」


 ネガティブに拘束され、更に包囲までされて、流石のフィアも顔から余裕が消える。そしてゆっくりと二本の腕を、ネガティブの拘束を無視して強引に動かし……まるで獣のように構える。

 更にフィアは両足を広げ、身体は前傾に。獣を彷彿とさせる体勢を取るや、にやりと笑みを浮かべた。

 笑みといっても余裕は微塵もない。あるのはさながら獲物を見付けた獣が持つ、猛々しさと攻撃性のみ。見ている『味方』さえも背筋を凍らせるほどの、純粋な殺意の発露。


「上等ォ! この私の邪魔をしようというなら今ここで全員纏めて叩き潰してやりますよォォ!」


 ついにフィアは怒りと攻撃性を爆発させた!

 二十体以上のネガティブに対し、フィアがついに本気を出す。金髪碧眼の美少女の身体から発せられるパワーと怒りは凄まじいもので、攻撃対象でない継実までもが思わず怯むほど。しかも発する感情は理性どころか知性すらもない、ケダモノ染みた激情だ。継実はフィアの性格を完璧に把握している訳ではないが……手助けに向かっても、恐らくフィアは平気でこちらを攻撃に巻き込むと直感する。彼女を助けるのは危険が伴う。

 とはいえネガティブ側も、勝てると思ったからその数で挑んだのだろう。事実ネガティブに巻き付かれたフィアの動きは鈍く、どれほど強いパワーを発しようと、感じられる力ほどの破壊力は発揮出来まい。

 加えて継実がその目で観測したところ、ネガティブが触れているフィアの体表面では、ほんの僅かだが水の消滅が見られた。水を操る能力の持ち主であるフィアにとって、水の消失は力の消失に他ならない。しかも南極は雪と氷に覆われているので水の補充は容易と思いきや、ネガティブはフィアの足下を覆うように巻き付いている。氷との接地面を塞がれているのだから、このままでは補充が出来ない筈だ。

 時間が経つほど、フィアの力は弱まっていく。勝ち目もどんどん薄くなる。花中についても相性の悪さを考えれば、早く助けにいかねばいずれ捕まり、やられてしまうかも知れない。ならば多少の危険性は承知の上で二人とも助けにいこう――――継実にはその覚悟がある。

 そう、覚悟はあるのだが……出来るかどうかは別問題。


「……さて、私らは私らで頑張らないと」


「だねー」


「うっ……や、やっぱり戦うの、ですよね……?」


 継実の言葉にモモが賛同し、ミドリが怯えながら尋ねてくる。

 三人の視線の前にいるのは、ネガティブ。

 ただし一体ではなく、だ。三体ともしっかり人型形態を取った状態で、やや広がった陣形でじりじりとにじり寄ってくる。継実達三人の誰が動いても、即座に対応出来るように。

 継実が考える中で最善の対処は、誰か一人が村に戻り、援軍を求める事。ヤマトは狩りに出てしまったが、村にはアイハムと清夏、そしてミリオンの三体のミュータントがいる。誰もがこの過酷な自然界を生き抜いた強者であり、戦力として申し分ない。特にミリオンは、あくまでも継実が感じた印象であるが……恐らく単体で村のミュータント全てを始末出来るほど強い。彼女達の手助けが得られれば ― 花中のように能力の相性次第では全くの無力という可能性もあるが ― 現状打破は難しくないだろう。

 しかし今、花中もフィアも村に戻る余裕はなさそうだ。そして三体のネガティブと向き合っている継実達も、誰かが抜け出すのは困難な状況。無理して誰かを逃したとしても、ただでさえ強敵なのに数的優位を相手に渡す事となり、即座に戦線は崩壊する。これでは逃げた者もすぐに追い付かれ、助けを呼べない。

 継実達が取れる選択肢は一つ。

 ここでネガティブ三体を自力で片付けて、自分達が花中とフィアの助けに向かうのだ。これだけが全員で生還する、恐らく唯一の方法である。

 ……あの二人なら助けにいかなくても、なんやかんやなんとかするような気もするが。

 ならばとりあえず、今は自分達の事だけに集中すれば良い。


「良し、行くよ!」


「おうとも! それとミドリは今度こそ逃げないでよ」


「あぁ、あの時の事根に持ってるんですね……大丈夫です。あたしだって成長してるんですから。今回は、ちゃんと戦います」


 三人全員が言葉で、ネガティブに立ち向かう意思を表明する。

 まるで、その言葉を理解するかのように。

 三体のネガティブは同時に、そしてバラバラに、継実達に襲い掛かってくるのだった。

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