文化的な野生人生活07

「あっ。服、作ってもらったんですね! すごい似合ってます!」


 出会うや否や、花中から伝えられたのは純朴で無邪気な褒め言葉。それが世辞でもなんでもない事は、花中が浮かべた満面の笑みを見れば明らかだろう。

 村の中心部、つまるところ屋外で花中と出会った継実はぽりぽりと頭を掻きながら照れた。詩人めいた台詞回しよりも、評論家じみた長々とした薀蓄よりも、心からの言葉というのは実に嬉しい。ちょっぴりくすぐったくも感じて、身を捩ってしまうぐらいに。


「ところで、モモさんやミドリさんは、どちらにいるの、ですか? 近くに姿が、見えませんけど」


「二人は今服を作ってもらってるよ。ただ、モモが必死に抵抗して苦戦しているようで」


「あー……モモさん、犬ですもんね」


「ミドリは悪ノリして晴海さん達の仲間入りしてるし、あの様子じゃ時間が掛かりそうだったからね。面倒だったから私は一抜けしましたよっと」


 いたずら小僧のように笑ってみれば、花中もくすりと笑みを零す。広々とした、だけどミュータントとしては狭苦しいテント内を逃げ回るモモの可愛らしい姿が思い浮かんだのだろう。

 晴海とミドリの手から逃れる事は、モモならば難しくあるまい。清夏はミュータントだが、継実の『直感』的に彼女は恐らく足が早くないのでモモを捕まえるのは困難。可能なのはアイハムだけだろうが、彼は逃げるモモを微笑ましく見ていただけなので中立の立場だ。二歳児カミールはきゃっきゃっとはしゃぐだけ。

 追い駆けっこは晴海達が諦めるまで続くだろう。しかしなんとなくだが、彼女達は結構諦めが悪い気がする。果たして何時まで続くのやら……


「ま、それは良いや。一つ訊きたかったんだけど、花中ってこの村ではどんな仕事してるの?」


 モモの事は一旦脇に置き、継実は花中について尋ねた。ミュータントでない晴海や加奈子にも仕事があるぐらいだ。いくら小学生にも見えるぐらい身体の小さな花中でも、何かしらの仕事があるだろう。例えば小道具作りのような。

 予想は半分正解だった。確かに花中にも仕事はあったが、その内容は決して小道具作りなんてものではなかった。


「わたしは主に、周辺環境と、遠方の、観測をしています」


「観測?」


「はい。周りの安全は、常に確認しないと、いけませんし、それに、ミュータントの生態系は、変化が急速です。それこそ一年単位で、植生遷移が、見られるほど。ですから、毎日観測して、大陸の変化を、調べています。あと、獲物の増減次第で、引っ越しも考えないと、いけないですし」


「はぁー……すごい大切な仕事をしているんだね……」


 思っていたよりも重大な仕事だと分かり、継実は抱いた感想をそのまま告げる。すると花中は随分と照れたのか、「えへへへ」と笑った。とても可愛い顔だが、二十五歳の笑顔ではないなと思う……それは言葉に出さないでおくが。

 気になったついでに、もう一つ訊きたい事が継実の中に湧いてくる。

 それは花中の服装だ。彼女が今着ているものは、ふわふわもこもこなのダウンジャケット。継実が着ているアザラシ皮のものではない。おまけに下半身にはもっこもこな、的な質感のズボンを履いていた。

 実に可愛らしい服だが、今の時代に着れるような代物ではない。ミュータントでない生物・ハチノスツヅリガでさえもプラスチックを食べる事が出来たのだ。ミュータントの分解能力を用いれば、プラスチックだろうが金属だろうが簡単に分解してしまうに違いない。そもそもプラスチック風情の防御力では、ミュータントの攻撃の余波だけで跡形もなく消し飛ぶ。そして人類文明が崩壊した今、新しい服の入手方法はない。

 人類文明が栄えていた頃に作られた服は、一着残らず、布切れ一枚残さずに消滅している筈なのだ。にも拘わらず花中の着ている服は、どう見ても人類文明で生み出された大量生産品の類。一体、花中は何処からその服を手に入れているのだろうか?


「あともう一つ訊きたいんだけど、花中の服って何処で手に入れているの?」


「これですか? これは、わたしが自分で、作ったものです。身体の元素、から、ポリエステルを、合成しました。成分的には、人体の物質ではないですけど、身体の一部、みたいなものですね」


「あー、そういう事か」


 自前だと教えられて、継実は納得する。継実だって能力を使えば、二酸化炭素から酸素を、血糖からトレハロースを合成出来るのだ。そしてポリエステル分子を構成する元素は炭素・水素・酸素であり、人体や大気にある物質で賄える。能力を使えば簡単に作り出せるだろう。

 しかし、その方法はあまりに非効率。

 何しろその方法で作り出せるのは、あくまでも普通のポリエステルだ。先程考えていたように、戦いになれば一瞬で消し飛ぶし、恐らく細菌による分解も受ける。いくら南極でも一日経てばボロボロになり、着られたものでなくなるだろう。つまり毎日修復……エネルギー消費が必要だ。

 こういうのも難だが、お洒落のためとはいえ『浪費』が過ぎるのではないか? 過酷な南極大陸では、何時までも獲物を安定して捕まえられるとは限らないのに。


「でもその方法、効率悪くない? すぐボロボロになっちゃうでしょ」


 窘めよう、という気持ちがあった訳ではない。ただ思った事がそのまま口から出ていただけ。


「あ、それは大丈夫です。ポリエステルって言っても、原子そのものを弄って、ミュータント型物質に、してますから」


 なので花中からそのような返事が来るとは思わず。

 予想外の答え、そして聞き慣れない単語に、継実は一瞬思考が停止してしまった。聞き返すにしても、まず単語の意味が分からない。そこから認識を合わせる必要がありそうだ。


「……ミュータント型物質って何?」


「あ、すみません。普段、身内で使ってる、単語でして……ミュータントの身体には、普通の物質にしては、明らかに性質の違うものが、あるじゃないですか。ああいうものを、わたし達はミュータント型物質って、呼んでいます」


「あー……ああいう物質の事か。え、アレ作れるの?」


 説明されて一瞬納得し、けれどもすぐに疑問が湧き上がって継実はまた尋ねてしまう。

 花中の語るミュータント型物質には心当たりがある。例えば七年前に戦ったホルスタイン牛は、『メタンガス』による火炎放射攻撃をしてきた。しかしその温度は、メタンガスを燃やしたとは思えないほどの超高温になっている。彼女自身「加工したメタンガスじゃないか」と推測していた事を、モモから聞いた事があった。

 他にもミツバチ達が作り上げた蜜蝋技術も、ただの蜜蝋であんな超高層ビルや巨大マシンを作れる筈がない。コアラの腸内細菌が用いた毒素にしても、いくら人類未発見の分子といっても、原子の構造が『普通』のものであるなら粒子操作能力に耐えられるとは考え難い。そしてつい先程、清夏がミュータントの皮膚すら鞣すタンニンを合成していた。単語こそ初めて聞いたが、その存在はあり触れていて、きっと毎日見ている。

 ミュータントには『量子ゆらぎ』……宇宙を、ひいては宇宙に存在するあらゆる原子を生み出した力が備わっている。この力を応用すれば、を作り出せるだろう。よくよく考えれば、そうでもなければミュータントの能力に『身体』がついていけまい。継実がこれまで重ねてきた戦いの経験が、花中の話に説得力を与える。

 しかし、だとするとまた疑問が生まれた。

 継実にはそのミュータント型物質を作り出せない。正確には、他の生物の体内で作っているミュータント型物質は、解析は出来ても作り方が分からないのだ。粒子操作能力は粒子に対して観測や操作など『万能』の働きをするが、万能とは言い換えれば浅く広く力が分散しているという事。対してミュータント型物質は一つの能力で、専門的に作られたもの。万能型の粒子操作能力では深さ出力が足りない。

 継実に出来るのは、人類が理解出来る範疇の物質を生み出す事だけ。ヤマトやアイハムも皮の服を着ていたのだから、同じようなものだろう。ならば普通は作れないものの筈。


「え? 有栖川さん、作れないのですか? わたしと同じ、操作型の形質だと、思っていたのですが」


 そう考えていた継実に、花中は質問で返してくる。

 しかもまたしても分からない単語が出てきた。操作型とは、一体なんなのか? 困惑していると、花中は何かに気付いたようにポンッと手を叩く。


「あ、えっとですね……人間のミュータントには、どうやら三つのタイプが、いるみたいなんです」


「三つのタイプ?」


「はい。一つは、わたしや有栖川さんのような、操作型。演算能力が高く、物質の合成や、遠隔操作が得意です。ビームが撃てたり、テレポートも、使えます」


「うん。確かに、私もテレポートぐらいなら出来るね」


「それともう一つが、自己強化型です。遠隔操作は、出来ません、けど、自分の身体に関しては、わたし達以上の精度で、操れます。簡単に言えば、身体能力に優れている、感じですね」


 花中の説明を聞きながら、継実は思い返す。狩りの時、ヤマトは圧倒的な身体能力を発揮してみせた。にも拘らず粒子ビームが撃てないと語っている。そのチグハグさにあの時は困惑したが、それがタイプ形質の違いであるなら納得だ。

 そして自分にミュータント型物質が作れないのに、花中には作れる事の説明も、このタイプの違いで說明出来るだろう。タイプだなんだと言っても、所詮は人間が勝手に決めた区分だ。現実の才能は、ゲームやマンガのようにキッチリとは区切れない。継実はやや自己強化型寄りの体質で、花中は操作型特化なのだろう。

 才覚の違いであるなら、真似出来ないのは仕方あるまい。


「ちなみに、三つ目のタイプは、模倣型です。他のミュータントの能力を、真似、出来ます。この村には、いないタイプですけど」


「はぁー。色んなタイプがいるだね、人間って」


「そうですね。でも、人間が特別な訳じゃ、ないですよ。フィアちゃん達フナなんて、わたしが知る限りでも、七種類のタイプがいる、みたいですし」


「アイツ、種族単位でインチキなのかい」


 何故フナがそこまで色々と強いんだ? その疑問が顔に出ていたのか、花中は同意するようにはにかむ。


「花中さーん。ただいま帰りましたよー」


 話題に出していたところ、まるで聞き付けたかのように件のフナが返ってきた。

 ……ずるずると片手で巨大な、体長三メートルはあろうかというエビを引きずりながら。まるで鎧のように甲殻が発達しており、一見してモンスターにしか見えない化け物だが、形態の雰囲気からヨコエビの仲間だと思われる。

 七年前なら悲鳴が町中から上がるであろう光景だが、フィアの友達にとっては日常の風景なのだろう。なんの迷いもなく花中はフィアの下に駆け寄った。


「おかえりー。今日は大きいエビ、捕まえたんだねー」


「ふふん。中々の強さでしたがこの私の敵ではありませんね。冷凍ビームを撃ってきた時は流石に驚きましたが」


 胸を張りながら自慢気に語るフィア。海での戦いはどうたらこうたら、魚の大群が云々かんぬん……

 どうやら地上ではなく、海で獲物を捕らえていたらしい。フィアの能力は『水を操る』なので、水中こそが最も力を発揮出来る環境だろう。地上ですら出鱈目な強さだと言うのに、水中ではどれだけの強さとなるのか……継実にはもう想像も付かない。

 ところでフィアが捕まえてきたエビは、食べられるものなのだろうか? そんな事を思いながらじっとヨコエビを眺めていると、今まで花中を見ていたフィアがふと継実の方に目を向ける。

 そういえば帰ってきたのに挨拶の一つもしてないな――――そう思って継実はフィアに声を掛けようとした。


「ところであなた誰でしたっけ? なんか見覚えがある気がするのですが新人でしょうか?」


 が、フィアはこちらの事を完全に忘れていたようで。

 じゃあ今日はお祝いですね花中さん、と無邪気に言い放つフィアに、継実だけでなく花中も苦笑いを返すしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る