文化的な野生人生活04

「ま、なんにせよ仕留めた事だし、早速食べましょー」


「はい! お腹ぺこぺこです!」


 カニクイアザラシ二匹を仕留めて、モモとミドリが口々に空腹を訴え始めた。モモに至ってはわざとらしく涎を垂らし、尻尾をぶんぶん振り回している。

 普段もなら、二人が言うようにこのまま晩餐会の開始だ。カニクイアザラシの腹を掻っ捌き、内臓と肉を取り出して貪り食う。これが野生動物の食事というものだ。継実も草原での日常生活、そして旅の中で何度もそうした食べ方をしている。

 しかし今の継実達はそれをする訳にはいかない。


「いや、食べないから。このお肉を村まで持っていくんだよ」


 継実達が仕留めたアザラシ二匹は、あくまでも村の人達全員分の食べ物なのだ。最終的に自分達も食べるとはいえ、仕事として預かった肉を独断で食べるのは良くないだろう。

 お肉はちゃんと村まで届ける。それが大人としての役割だ。


「ちょっとぐらい摘み食いしても良いだろ。俺も腹減ったし」


 ヤマトがあっさりモモ達の味方をしたものだから、継実は思わず雪の上でズッコケてしまったが。どうやら職業意識があるのは継実だけらしい。

 雪の降り積もった大地に突っ伏す継実を他所に、二匹のアザラシの亡骸をヤマトはずるずると引きずっていく。モモとミドリはのりのりでその後に続いた。

 ……流石に全部は食べないだろうが、あの二人(特にモモ)の好きにさせると色々面倒になるかも知れない。何時までも不貞腐れて転がってはいられないなと起き上がり、継実もモモ達の後ろに続く。

 アザラシを持ったヤマトは丘を越えてすぐ、その手に掴んでいた二つの亡骸を置いた。モモとミドリは亡骸の傍に寄り添い、待ち遠しそうに身体を左右に揺らす。

 そんな二人の前で、ヤマトは腰に装備していた道具を取り出した。大きさ二十センチほどのナイフである。とはいえ文明的な代物どころか金属ですらない、白色ではあるが有機的質感のものであるが。


「お、ナイフだ」


「ナイフって……通じるんですか? ミュータントの皮膚、凄く硬いですよ?」


「ただのナイフならそうだろう。だがコイツはただのナイフじゃない。何しろ俺が小さい時から使っている、アライグマの歯が材料だからな!」


 自慢気に語るヤマトだが、アライグマの歯の何処が誇らしいのか? アライグマのミュータントがどんなものかよく知らない継実達には、その骨から出来たナイフがどれだけ凄いかはよく分からない。

 しかし実際にヤマトがナイフを使い始めただけで、その性能の素晴らしさはすぐに理解出来た。

 ヤマトの使うナイフは、するするとカニクイアザラシの皮を切り裂いたのである。ヤマト達と出会う前の継実達が見付けた、あのアザラシの死骸もカニクイアザラシだと思われるが……あれで服を作ろうとした際は、継実の粒子ビームでも簡単には切れなかった。しかしヤマトのナイフは止まる気配すらない。さながら七年前の料理が如くスムーズさ。ミュータントアライグマの歯とやらは、随分切れ味の良いものらしい。

 とはいえナイフの品質だけではこうも簡単には切れまい。小さい頃から使っているという言葉が語るように、長年の経験により培われた技量もあってこそなのだろう。

 その技術は継実としても欲しい。


「ねぇ、もう一頭アザラシはいるし、こっちの解体は私がやっても良い?」


 継実も勉強がてら、アザラシの解体を行ってみたくなった。


「別に構わないが、俺は教えるなんて出来ないぞ。あと刃物も貸さないからな」


「うん、それは平気。元々見て盗むつもりだったし、ナイフはこっちが用意するよ」


「……? まぁ、そういう話なら勝手にすれば良い」


 ヤマトは首を傾げ、何かわ探すようにじろじろと継実を見た後、アザラシの解体を再開する。

 ヤマトの手付きは随分と手慣れたもの。次々と骨から肉を削いでいく。その削ぎ方も時には力強く、時には繊細に、緩急の変化が著しい。

 しかし継実の動体視力なら見切れないスピードではない。

 刃を骨に沿うように入れている事、内臓を傷付けない角度でナイフを動かしている事、骨を外すために手作業がある事……どれも継実の目で捕捉している。やはり食べ物に関する作業だけに多少なりとも慎重なのか、或いはヤマトが継実でも視認出来る程度にゆっくりやってくれたのか。

 どちらにせよ技は盗めた。残るは道具だけだが、こちらは『自前』で出来る。


「(肉質は、結構硬いな。皮と肉の間は脂肪を多く含んでいて、熱に強い感じか)」


 まずはカニクイアザラシの肉質を確認。継実は昨日カニクイアザラシの皮については裁断を行ったが、肉の解体はこれが初めてだ。どのぐらいの硬さがあるか、耐熱性はどれほどか。様々な情報を頭の中に入れ、計算し、切り取るのに必要な『エネルギー量』を算出する。

 そうして導き出したデータを元にして、継実は指先から粒子ビームを撃ち出した。

 これが継実の用いる、ナイフの代替品だ。ナイフが自らの硬さと鋭さで切り裂くのに対し、粒子ビームは高熱と粒子の勢いで焼き切る。正に超能力……とはいえ人間の能力を思えば、これぐらいの技は難しくあるまい。それに道具で切り裂くのに対し、粒子ビームは大量のエネルギーを使う。あくまでも代替品に過ぎないので、そこまで画期的、驚くべき技なんてものではないのだが。


「なっ!? お前なんで指先が光ってるんだ!?」


 そう思っていたところ、何故かヤマトは目を見開くほどに驚いた。あまりの驚きぶりに、驚かれた継実もまた驚き、ろくに考える事もなく答えてしまう。


「えっ。いや、ただの粒子ビームなんだけど……」


「粒子ビーム!? すげぇ! ビーム出せるんだ……そーいうの、花中さんだけが出来るって思ってた」


「えっ。もしかして他の人達はビーム出せない感じなの?」


「……………出せない感じ」


 目を逸らしながら、ヤマトは少ししょんぼりと項垂れた。

 ただ自分に出来ない事が悔しいとか恥ずかしいとか、そういうネガティブな感情はあまり感じられない。強いて言うなら『羨ましさ』がひしひしと滲み出ている。

 思い返すと継実の小学生時代、男子はやたら手からビームを出したがっていた気がする。少年漫画も手からビームを出すキャラはたくさんいた。少女向け漫画にも割といた気もするが、少年向け漫画に出てくるキャラの方が多い気がする。恐らく、男の子には「手からビーム」に対して本能的な憧れがあるのだろう。

 それが現実で出来る人が出てくれば、本気で羨ましくなるのも仕方ないかも知れない。


「……今度、一緒に練習する?」


「教えてくれるのか!? やった!」


 気紛れに提案してみれば、ヤマトは両手を上げて大喜び。厳つい男の顔が、少年のように眩い笑みを浮かべていた。

 余程嬉しかったらしい。如何に見た目が大人でも心はまだまだ十四歳。中二病真っ只中であり、七年前なら楽しい黒歴史を作り上げていた年頃なのだ。年相応の『遊び』が出来たら大喜びするのも当然だろう。

 これで遅刻の件がチャラになったかは分からないが、少しは打ち解けられた筈。しかしそれよりも、誰かの役に立つというのが、如何にも『社会生活』を営んでいる感じがして……継実的にはとても楽しい。


「(拗らせてるなぁ、私)」


 ヤマトと違って手遅れ気味な自分を客観視しながら、継実は黙々とアザラシの解体を続けるのだった。

 ……………

 ………

 …


「……良し、こんなものだろう」


 数分ほど経った頃、ヤマトは汗を拭いながらそう独りごちた。

 ヤマトが切り分けた肉は雪の上に並べられている。ナイフで切り分けただけに、どれも断面が綺麗で形も整っていた。肉は雪に半分以上埋められ、天然の冷たさによりカチコチに凍らされている。また解体跡地には大量の血溜まりが出来ていたので、敢えて血がたくさん出るよう、動脈を切った事が窺い知れた。内臓は綺麗に取り除かれ、肝臓など一部を除いて雪の上に積み上げられている。

 これらの行いは肉の品質を良くするためのものだ。

 肉の味は、生き物が死んですぐに落ちていくものだ。七年前なら肉は熟成した方が〜などという薀蓄が語られるところだが、これはその前に行う準備の話である。生物体は死んだ後、表面に付着した細菌などの手により速やかに腐敗が進む。猟師が獲物を仕留めた際血抜きや流水に浸すなどの作業を行うのは、腐りやすい血を取り除いたり冷やしたりする事で腐敗を遅らせるのが目的だ。これをした上で適切な保管場所にて管理する事で、ようやくタンパク質分解による旨味の増加……熟成という『贅沢』が行える。血抜きもしない肉を熟成させたところで、腐り味が増幅するだけだ。

 味の向上を別にしても、腐敗=食中毒の危険がある食べられなくなるなので、保存する上でもこの作業は欠かせない。ミュータント細菌に対してはこれでも長くは持たないにしても、食べてるうちに腐り始める事態ぐらいは防げるだろう。

 ヤマトは見事この職人技を成し遂げてみせた。小さい頃からナイフを持っていた、つまり幼い頃から動物の解体をしてきた事で培われたものだろう。長年積み上げた技術の成果は、一朝一夕で真似出来るものではない。

 ではそれを見よう見真似でやった継実の解体結果はどうか? 恐らくだが――――落第点だろう。


「血抜き、出来てない……」


 継実の解体現場は、血溜まりが殆ど出来ていなかった。切り分けた肉も雪に埋めたのに未だ生温く、変色までしている始末。また僅かであるが……ちょっと生臭くなっている。

 血抜きの失敗により、腐敗が起きているのだ。

 何故血抜きに失敗したのか? その原因は継実が解体するのに利用した、粒子ビームにある。粒子ビームによる切断は高熱で焼き切って行う。そのため傷口はすぐに塞がれてしまい、出血が殆どなかったのだ。またあくまで表面だけとはいえ、ミュータント肉が焼き切れるほどの高温となれば、雪に埋めても早々凍るほどまで冷えない。

 わざと肉の質を悪くしようとしたの? そう訊かれても仕方ないぐらい、形以外の品質はボロボロだった。


「ふーん。でもこれ普通に美味しいわよ?」


「はい! 普段お肉なんて焼きもしませんから、香ばしくてすごく文明的です!」


 ちなみに摘み食い(一食分)をしている継実の家族二名は大満足な様子。何分普段解体もせずそのまま肉に齧り付き、素材の新鮮な味を堪能するような生活をしてきた。焼き切るだけで上等な料理である……これを文明的と言われると逆に心が痛む。そもそも解体したばかりのものを摘み食いするのは文明的なのだろうか?


「……なんか、その、大変だったんだな」


 ついにはヤマトに同情までされる始末。今までどんな生活してきたの? と問われているようで、ますます継実は意気消沈。

 とはいえ何時までも遊んでいる暇もない。


「と、兎に角解体は出来たし、このお肉を村まで持っていくんだよね?」


「ああ。ノルマとしてあと一匹は欲しいが、それは……多分フィアが捕まえてくるだろう。アイツは色々頼りにならないが、狩りの腕前だけは信用出来る。あと肉だけでなく、今回は皮も持って帰るぞ」


 フィアへの評価を語りつつ、ヤマトは自らが解体した肉、それと皮を抱きかかえる。

 継実も自分が解体して得た肉を抱えた。モモとミドリも継実の分を幾つか拾い、持ってくれる……ぱくぱくと摘み食いするために。

 果たしてこれは手伝いなのか? 疑問はあるが、なんにせよ一仕事終わった。あとはこれを自分達の村まで送り届けるだけ。家に帰るまでが遠足というように、実際に村まで肉を届けなければ仕事が終わったとは言えない。

 そう、本番はここからだ。

 狩りは終わった。解体も済んだ。しかし継実もヤマトも気を弛めない。むしろ今までよりも更に警戒心を強めていく。


「さて、言うまでもないと思うが……普段は、行きと同じぐらいの速さで戻れば良い。内臓を残しているから、基本的にはそっちに『釘付け』だからな」


「でも今日は違う、と」


「今日は、肉の臭いをぷんぷん漂わせたからな」


 ヤマトはそう言うと、継実が抱えている肉を見る。

 ……焼き焦げた肉の臭い。血の腐敗による臭気。ヤマトが抱えている、ヤマトによって解体されたほぼ無臭の肉とは大違いだ。成程、確かに『今日』は臭いをぷんぷん漂わせている。

 食べ物の臭いは、何時だって動物を引き付けるもの。

 猛獣だって楽に食べられる獲物がいればそちらを狙う。獲物にされる生物だって時には反撃を行い、下手をすれば怪我を負わされる可能性もあるのだから。しかしより多くの肉を得られるなど、メリットがあれば……襲う事に躊躇いなどない。

 例えば――――遥か地平線の彼方から超高速で飛んできて、継実の顔面に噛み付こうとしてきたヒョウアザラシとかが。間一髪で身を屈めて回避した継実だったが、ヒョウアザラシはくるんと空中で一回転。着地した時には継実の方をしっかりと見つめている。

 どうやら見逃してはくれないようだ。


「ぎょあーっ!? もう来たぁ!?」


「おう、逃げるぞ。ちなみにソイツには俺も勝てないから、全力で脱出だ!」


「ほーい」


「ひぇぇぇぇっ!?」


 ヤマトの掛け声に応じて、継実とモモとミドリも走り出す。ヒョウアザラシも勿論追ってきたが。

 村まであと二百五十キロ。継実達が全速力で走れば凡そ百秒の道のりであり……つまりヒョウアザラシとの追い駆けっこも百秒ぐらい続く。

 もしも継実の肉が臭っていなければ、この最後のトラブルは回避出来たかも知れない。


「ひぃぃーん! これじゃあ全然役立ったって言えないぃー!」


 初仕事での失敗続きに、継実はついに泣き言を漏らす。

 そんな彼女の横を走るヤマトがほんのり笑っていたのだが、逃げるだけでいっぱいいっぱいな継実がそれに気付く事はなかった。

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