文化的な野生人生活03

 集落のある場所から、四百五十キロほど離れた地点。地平線の彼方まで雪に覆われた大地を継実達は進んでいた。

 四百五十キロとなれば七年前の普通の人間にとって、恐ろしく長い道のりである。フルマラソンで換算すればざっと十一周分であり、車があるならまだしも、徒歩で進むような距離ではない。もしも徒歩で進もうと思ったら、休まず進んでも計算上四日半以上は軽く掛かる。睡眠や食事などを考慮した常識的スケジュールであれば、二週間ほどは見ておくべきだろう。しかもこれらはあくまで時間だけで考えた予定なので、実際には体力や地形を鑑みて倍ほどの余裕は見積もるべきか。

 ミュータントである継実達は、ここまで慎重な予定にする必要はない。

 継実達は小走りで大地を駆けている。最高速度には程遠いが、歩くよりも格段に素早い。具体的には時速四百五十キロほどの速さであり、この道のりを走破するのに一時間しか掛からない計算だ。

 そしてこの速さで進んでいるのは、継実達を導くように先を進んでいる、ヤマトが出しているスピードだからだ。継実達はヤマトの後ろにぴったりと付いて、彼の歩みに合わせているだけ。

 ヤマトを追う継実達は一列に並んでいる。継実はヤマトのすぐ後ろに付き、モモが最後尾で、一番か弱いミドリは真ん中だ。尤もか弱いといっても、ミドリでも秒速二キロぐらいの速さで走る事は可能である。時速四百五十キロで大地を進むだけなら、ミドリでも自分の足で難なく可能だ。

 そうして四人全員が黙々と、言葉も交わさず歩き……やがてヤマトが足を止めた。継実達もまた立ち止まる。ヤマトはくるりと後ろを振り返り、小声で継実達に話し掛けてきた。


「……ここから先は歩いて向かう。出来るだけ慎重に、気配を出さないようにしろよ」


「うん。分かった」


 言われるがまま、気配を隠すように集中。継実だけでなくミドリとモモも同じく気配を消そうとする。理由は、説明されるまでもない。

 きっとこの先に、此度の狩りの標的であるカニクイアザラシがいるのだろう。

 継実は能力を用いて気配を探ってみるが、これといって生物の反応は捉えられない。しかしヤマトはこの南極で食料調達係を担当する立場だ。どれだけの期間南極で暮らし、どれたけの間この仕事をしているかは分からないが……こうして『新人』の教育を任される程度には信頼されている。それだけで実力は折り紙付き。彼にとってはアザラシを見付ける事など造作もない、と考えるべきか。

 早くも実力差を見せ付けられた恰好だ。されど継実達とて負けてはいない。こちらには索敵特化の仲間がいるのだ。


「……凄い。集落からは分かりませんでしたけど、近付いてみたらたくさん反応を感じます。約三キロ先。これは、一千頭ぐらいの群れでしょうか」


 ミドリは自ら率先して索敵を行っていたらしく、この先にいる生物の気配を察知したようだ。細かな情報を継実達に教えてくれる。

 するとヤマトは驚いたように目を見開く。


「マジか。カニクイアザラシは気配を消すのが上手くて、今まで誰もろくに気配を捉えられなかったんだぞ。近付いただけで分かるなんて……」


「えっへん。索敵は得意なのです」


「索敵ばかり得意で、戦闘は殆ど出来ないけどね。強さはネズミ並」


「も、モモさぁ〜ん」


 褒められて有頂天になり、自慢気に語っていたミドリ。しかしモモからあっさりネタばらしされて、悲鳴染みた声を漏らす。

 実際、ミドリの戦闘能力は精々ネズミ級。後方支援役としては体重以上の大活躍をするが、一人では明らかな小動物格下相手にも勝てないぐらい貧弱だ。直接的な戦闘能力だけで見れば、役には立たない。

 されど真の実力者、そして真の修羅場を幾つも切り抜けてきた者であれば、支援に特化した者がいる事の効果が単純な戦闘能力の加算よりも大きい事を知っている。


「……悪くない。その力があれば、今後獲物を探すのが楽になる筈だ。奇襲を受ける心配もかなり減らせる」


 中学生ぐらいの年頃でありながら、ヤマトは援護の重要性をよく理解していた。彼もまたミュータント生態系を生き延びてきた身。数多の危険を切り抜けてきた、真の実力者なのである。


「えへへ。褒められましたー」


「む、むぅ……」


 或いは単純に、贔屓目に見ているだけかも知れないが。ミドリが跳ねる度、ちょっと赤面しながらじろじろと胸元を見ているので。

 本当に大丈夫かコイツ、と継実的には思わなくもないが、そこを疑うときりがない。今は狩りに集中しようと考える。

 ついでに疑問も湧いたので、そこも尋ねたい。


「誰もろくに気配を捉えられなかったって話だけど、それならあなたも気配は捉えてないよね? どうしてこの場所に来た、というかどうしてアザラシの居場所が分かったの?」


「アイツらは基本、特定の場所に纏まって生活するんだ。そこには海へと通じる穴があってな。危険があるとみんな一斉に跳び込んで、そのまま海まで逃げちまう」


 詳細を求めると、ヤマトは詳しく話してくれた。

 人間からすると同じ場所に留まるというのは、捕食者に狙われて危険に思える。だがアザラシ達は地の利を選んだ。天敵に喰われる前に逃げてしまえば、何度襲われても問題ない。

 仮に誰かが食べられたところで……。継実達が出会ったあの巨大恐竜のように、一度に何匹も食べてしまうであろう天敵に対しては、一匹を犠牲にしてみんなが逃げればより多くが助かる。より多くが助かるという事は、可能性が高い。

 無情にも思える作戦こそが、自身の生存率を上げる意味では優れた生存戦略という訳だ。そしてそれは複数匹の狩猟を目標にしている継実達に対しても、極めて有効な対策だと言えよう。みんなで一匹のアザラシを襲っても、その間に他の個体は全て逃げてしまうのだから。


「つまり……狩りをする時は、分散して襲うべき?」


「そうだな。お前達の実力が分からないから三人一緒で良いかも知れないが、俺は一人でもやれる。今回は別々にやってみるか……あそこの丘を越えた先が目的地だ。出来るだけ音を立てるなよ」


 静かにするよう指示した後、ヤマトは指差した丘を登り始めた。

 継実達は言われた通り、音を立てないよう動く。継実とモモは問題なく進み、ミドリが雪に足を取られて進み辛そうだったが、なんとか転んだりせずに丘の上までやってくる。

 ゆっくりと、慎重に、継実達は丘の向こう側を覗き込んだ。

 丘の先には、広大な平地が存在していた。

 しかし決して白銀の景色などではない。無数の灰色の塊が点在している。灰色の塊は大きさ五十センチ〜二メートルほどで、ずんぐりとした体型をしていた。基本的にはどれも動いていないが、時折もぞもぞと『身動ぎ』したり、移動したりしている。一見して無秩序に散開しているようにも見えるが、よくよく観察すればどの個体も、平原に開いた幾つかの大穴の傍に陣取っていた。穴の先は黒く見えるが、それは中に海水が満たされているからだ。

 視線を穴から灰色の塊に戻し、更に注意深く観察すれば、そのずんぐりとした物体が手足をヒレのように変化させた動物……アザラシだと分かる。ただし先日継実達を襲ったヒョウアザラシと比べれば、顔立ちは随分と穏やかで優しい。アザラシなので肉食には違いないが、あまり獰猛なハンターではないと思われる。

 数々の情報から総合的に判断すれば間違いはないだろう……あれこそがカニクイアザラシの群れだ。

 継実から見て、最寄りのカニクイアザラシまでの距離は約五百メートル。これだけの大きさと(ミドリ曰く推定一千頭もの)数でありながら、ここまで接近しないとミドリでも存在感を察知出来ないとは。遮蔽物のない南極で進化した結果、気配を消すのが上手くなったのだろう。


「お前ら、声を漏らさない会話は出来るか?」


 カニクイアザラシを眺めていたところ、ヤマトの声が耳に届く。ただしそれは小声ではなく、しっかりとした大きさで聞こえた。

 空気分子の振動から、『能力』により制御された声である事が窺える。やはり人間であるヤマトの能力は継実や花中と同じ、粒子操作のようだ。

 勿論能力で音を周りに広げない方法は継実にも使える。モモやミドリも、やり方は違うが『周りに漏れない音』を出す事は可能だ。


「うん。私達も出来るよ」


「私も糸を使えば出来るわ」


【あたしもこんな感じで出来ますよー】


「うぉ!? え、なんで頭の中で声が!?」


 ミドリの脳内通信を受けて、ヤマトは狼狽えた表情を見せた。索敵特化のミドリの力は、ヤマトにとっては不思議極まりないもののようである。

 それでも能力の制御が乱れ、彼の声が乱れる事もない。また、恐らく人間のミュータントならば演算力と能力で脳内通信の原理には気付いただろうが、これに関して怯えたり警戒したりする素振りもなかった。流石に危害を加えてくるとは思っていないだろうし、『対処法』も考え付いているのだろう。

 ただそれでも少しばかり気持ちは乱れたようで、ヤマトは胸に手を当てながら深呼吸していたが。或いは、狩りの前に気持ちを切り替えようとしていたのかも知れない。

 深呼吸を終えた時、彼の雰囲気は猛獣が如く鋭いものと化す。

 今は気配を抑えていて、ヤマトから力は殆ど感じられない。故に彼の実力がどの程度のものなのかは分からないが、雰囲気だけで判断しても、相当の実力があるのが窺い知れた。

 後はその実力をこの目で見るだけ。尤も、その余裕があるかは分からないが。


「……三秒数える。ゼロと言ったら、お前達三人で一匹をやれ。俺は一人で行く」


「OK。任せといて」


「いくぞ。三、二、一、ゼロ!」


 きっちりと正確に三秒数えたヤマトは、宣言通り一人で跳び出す! 継実とモモも同じく突撃し、狙うは一番手前のカニクイアザラシだ。

 カニクイアザラシ達は継実達が跳び出すと、瞬時に動き出す。地上に開けられた穴から海へと逃げ出すつもりのようだ。どの個体も穴までの距離は五十メートルも離れておらず、いくら地上を走るのに適していない身体付きとはいえ、すぐに穴へと辿り着ける。十倍の距離から走り出した継実達が、足の速さだけで追い付くのはかなり難しい。

 しかし問題はない。走るだけでは足りないのなら、他の技も使えば良いのだ。


「てゃー!」


 ミドリが可愛らしい奇声と共に繰り出すは、脳内通信の応用であるイオンチャンネル操作。攻撃のターゲットとなったのは、丘を下る継実達にとって最寄りの個体だ。

 脳内のイオンを狂わされたカニクイアザラシの一個体は、一瞬身体を痙攣させ、跳ねるように動いて転ぶ。これで死んでくれれば楽なものだが、流石にそこまではいかず。ミドリの攻撃を受けたカニクイアザラシは体勢を立て直すと、再び穴に向けて進む。

 だが一度は足を止めた。それは七年前の人間からすれば、達人でも認識するのが難しいほどの刹那の出来事。しかしミュータントにとっては十分な時間だ。

 継実とモモは狙いを定めた個体との距離を一気に詰める。カニクイアザラシがここで急加速でもしない限り追い付けるだろう。まずは狩りのための『前提』はクリアした。

 さて、ではヤマトはどうか?

 ――――手伝いや心配は無用だなと、継実は考える。


「ぬぅううおおおおおおおおおっ!」


 雄叫びを上げながら駆けるヤマト。そのスピードは継実どころかモモにすら勝るもの。あっという間に継実達を置き去りにし、手近なカニクイアザラシの傍に辿り着く。

 あまりにも圧倒的な速さに、カニクイアザラシ側も反応が間に合わなかったのか。ヤマトが肉薄した個体が顔を上げた時、既にヤマトはカニクイアザラシの尾ヒレを掴んでいた。


「ぬがアァッ!」


 そして咆哮と共に振り上げるや、氷の大地に叩き付ける!

 強烈な打撃は南極大陸を揺らすほどの衝撃を生み出す。単に大陸を揺らすだけなら継実にも真似出来るが、ヤマトが繰り出した規模に匹敵するパワーは出せない。男性故の筋肉量の多さがこの超人的怪力の源か。

 圧倒的怪力の衝撃を受けて、カニクイアザラシは痛みからか目を見開く。だが、まだ死んではいない。それどころか叩き付けられた身体を力強く持ち上げ、ヤマトに噛み付かんと大口を開けて襲い掛かった!

 カニクイアザラシの体重は約二百キロ。ヤマトがどれだけ筋肉質な身体でも、その体重は精々六〜七十キロ程度だ。体重差はパワーの差。単純な力比べでは、ヤマトは決してカニクイアザラシに勝てない。

 しかし人間は地上の生き物である。対してカニクイアザラシは、肺呼吸ではあるが活動の本場は海中。陸上での戦いならば人間の方が圧倒的に有利だ。

 あちらは助けなくても問題ないだろう……そう考えて、あまりにも上から目線だと継実は自戒する。ヤマトが何時から南極にいるかは分からないが、此処での暮らしは継実達よりもベテランに間違いない。カニクイアザラシとの戦い方や引き際は熟知している筈。

 それよりも継実が気にすべきは、自分達が上手くやれるかどうかだ。


「捕まえたっ!」


 ミドリが動きを鈍らせてくれたカニクイアザラシに、ついにモモが跳び掛かる。モモが背中に乗った瞬間カニクイアザラシはのたうつように暴れたが、すぐに抵抗を止めると、構わず前進しようとした。

 カニクイアザラシが進む先にあるのは、海へと通じる大穴。

 犬であるモモもまた陸上動物であり、最も力を発揮出来るのは地上である。逆に海中では溺れてしまうので殆ど力を使えない。カニクイアザラシはそれを本能的に理解し、海中にモモを引きずり込もうとしているのだ。モモが途中で逃げれば良し、海中まで追ってくるなら得意なフィールドで撃退するから良し。どちらに転ぼうがカニクイアザラシは有利な状況に持ち込める。

 無論、獲物の狙い通りにさせないのは狩りの基本だ。


「させるかァ!」


 遅れて追い付いた継実はカニクイアザラシの尾ビレを掴む!

 渾身の力を込めれば、カニクイアザラシはずりずりと大地を滑って穴から遠ざかる。力負けしたと気付いたカニクイアザラシは大慌てだが、生憎逃がすつもりは毛頭ない。手許に引き寄せたタイミングで抱え込むように尾ビレを掴み直し、脇に抱えてから継実は更に引きずる。


「ギャゥオォッ!」


 力で抗うのは不可能と判断したのか。カニクイアザラシは移動を止め、身体を仰け反るように動かして継実達に襲い掛かってくる! しかしそれは継実とモモにとって望むところ。一度尾ビレを離した継実はカニクイアザラシと向き合い……


「ふんっ!」


 その顔面に拳を叩き付けた!

 渾身の鉄拳をもろに受けて、カニクイアザラシは大きく反り返る。だが大したダメージではないらしく、即座に継実を睨む。

 生憎継実はそんな視線一つで怯みはしない。むしろそれで良いのかと煽りたくなってくる。

 まだカニクイアザラシの背中には、モモがしがみついているのだ。攻勢は何も終わっちゃいない。


「おおっと隙ありっ!」


「ギュッ!?」


 モモは腕を体毛の状態に戻すや、カニクイアザラシの首にぐるりと巻き付けた。締め付けられて息が出来なくなった事に驚くように鳴くカニクイアザラシ。だがモモは獲物を絞め殺そうとしている訳ではない。

 頭を回し、首をへし折るつもりだ。


「悪く思わないでよ!」


 更に継実もカニクイアザラシの頭部に肉薄。両腕でその頭を掴む。

 カニクイアザラシは何度も口を開閉し、噛み付こうとしてきた。実際継実は何度か腕を噛まれ、その強靭な顎の力により骨を砕かれたが、この程度の傷は問題ない。痛みはコントロール出来るし、砕けた骨は再生可能である。モモはそれを知っているからわざわざ気遣いなんてしてこない。

 故に遠慮なく継実達は力を込め、カニクイアザラシの首がどんどん回っていく。暴れ回ろうが強く噛み付こうが、継実は一層力を込めていく。モモもじわじわと力を強めていき……


「「せー、のっ!」」


 最後に息を合わせて、溜め込んでいたパワーを開放した!

 二人の協力技を受けてカニクイアザラシの頭はぐりんと一回転。ボキボキと音を鳴らし、頸椎が砕けた事が耳と手応えで分かる。

 しかしそれでもまだカニクイアザラシは死なない。白目を向きながら、恐らく反射か本能的に噛み付いてくる。もう継実の片腕はぐずぐずのボロボロ。骨が露出し、血が溢れて止まらない。

 だから更にもう一回転。今度は骨だけでなく筋肉が切れる音と手応えがあり、分厚い皮も千切れていく。これでも足りないと更にもう一回転無理やりさせると、カニクイアザラシの頭と胴体がお別れになった。

 捩じ切った頭は足下に落とし、継実は渾身の力でその頭を踏み砕く。司令塔を失った身体は大人しくなり、頭部は砕けて肉塊と化し戦闘不能に。

 ここまでやれば十分。無事、狩りは終わりを迎えた。


「……ふぅー。勝てた勝てた」


「事前の話通り、地上じゃ全然弱かったわね。まぁ、水中だと多分滅茶苦茶強いんだろうけど」


 獲物を仕留めて、継実はモモと感想を述べ合う。ミドリものろのろと、雪に埋もれた足を頑張って動かしながら継実の下に駆け寄ってきた。

 しかし喜びを分かち合っている場合でもない。

 ヤマトは一人でカニクイアザラシを相手にしているのだ。大丈夫だとは思うが、万が一という事もある。急いで彼の下に駆け付けよう。

 継実はそう考えていたが、結果的に必要なかった。


「そっちの狩りは終わったようだな」


 ヤマトは既に、一仕事終えていたからだ。その手には動かなくなったカニクイアザラシの頭が握られている。

 継実達三人が費やした時間で、ヤマトは一人でカニクイアザラシ狩りをこなしてみせた。継実達からするとカニクイアザラシは初めて戦った相手であり、だからその分多少なりと手間取ったが……それを差し引いてもここまで早いのは、彼の実力によるところだろう。

 そしてその強さを物語るものが、彼の右手に掴まれている。

 カニクイアザラシの死骸だ。しかし一目でそれをアザラシだと継実が認識出来たのは、彼が狩りをしていたという事実を知っていたからに他ならない。もし知らなければ、その手にあるモノは巨大な『ボロ雑巾』としか思わなかっただろう。頭部を見れば目玉が飛び出し、割れた頭からは中身が溢れている。内臓が口や肛門から飛び出し、見るに堪えない姿だ。

 恐らく彼はカニクイアザラシを何度も殴り、持ち前の怪力で殺した。

 殺し方にどうこう言うつもりはない。肉食獣が生きたまま獲物を食べたり、じわじわと弱らせたりするのはよくある事。人間だけが残酷と罵られるいわれはない。事実モモなんかは特段気にした様子すらなかった。

 しかし自分達と違う、あまりにも『綺麗』じゃない殺し方に、継実やミドリはほんの少し表情が強張る。

 ところがどうした事か、何故かヤマトも表情を強張らせた。それから僅かではあるが、迷ったように口許を動かした後……こわごわとした声を発す。


「……お前達、首を捩じ切るとか仕留め方がエグいな」


「いや、そっちが言う?」


 互いにツッコミを入れ合うヤマトと継実。

 やや間を開けて、ノルマの三分の二が終わった事を喜び合うように継実達とヤマトは微笑んだ。

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