凍える大陸13
「ぐっ……!?」
最初継実は、腹に入った強烈な一撃を気合いで押し留めようとした。
しかしあまりにも力が強い。押さえるどころか抵抗すら儘ならないほどに。
努力の甲斐もなく、継実の身体は後方へと吹っ飛ばされてしまう。尤も継実の脳裏を過るのは、自分が受けたダメージの大きさではなく、何故自分は打撃を受けたのかであるが。
「(クソッ! なんなんだあの力!)」
予想はしていた。継実は一度、似たような攻撃を受けているからだ。されど原理が全く分からない。
継実達が相手している恐竜は、未だ背後にいる。最初に受けた時は気配しか感じてなかったので、その気配を誤魔化して攻撃してきたのかと思っていたが……今は気配も姿も露わにしたまま。間違いなく背後にいる状態だ。尻尾が何百メートルも伸びたり、或いはワープしたりした様子もない。
まさか第三勢力が攻撃してきているのでは? そんな予想もしたが、その可能性は低いだろうと継実は思う。
何故なら衝撃を受けて吹き飛ばされた継実の背後では、恐竜が大口を開けて待ち伏せしているのだから。無関係な第三者の攻撃に、ここまで素早く、そして『適切』な対応は取れまい。
「んなクソッ!」
反射的に振り向いていなければ、そのまま頭から齧り付かれていただろう。だが後ろを見ていた継実は即座に反転。一度思考を打ち切った後、眼前に迫る脅威である牙を素手で掴んだ!
恐竜は獲物が自分の歯を掴んだにも拘らず、鳴き声一つ上げなかった。或いは能力により『消音』したのかも知れない。大きく見開いた目は、少なからず驚きを表している。
だが、食べ物が口に入ってきたなら、やる事は実にシンプル。閉じて、その身を噛み砕けば良い。
「ぐ、ぬぐぎぎぎ……!」
されど継実とて簡単にランチへと変わるつもりはない。掴んだ歯を握り、二本の足で下顎を押し付け、口をこじ開けようとする。
パワーでは間違いなく恐竜が上だろう。しかし継実が勝負を挑んだのは全身ではなく顎のみ。そう簡単には閉じられず、僅かながら硬直した時間が生じる。尤も顎だけでもパワーが勝っていたとは言い難く、数秒もすれば呆気なく噛み砕かれただろう。
それでも数秒あれば、モモが割り込むには十分な猶予だ。
「さっさと吐き出せぇッ!」
跳び出してきたモモは、全身の体毛を擦り合わせて電力を生み出す。
ただしその電力で行うのは放電攻撃ではなく、稲光による閃光だ!
「ゴァッ!?」
電撃が直撃しても恐竜は怯まなかっただろう。だが太陽光よりも強烈な発光現象は、恐竜を大きく仰け反らせた。顎を閉じる力も僅かに弱くなる。
その瞬間を逃さず、継実は両手両足で身体を押し出す。もしも恐竜が怯んでいなければすぐに逃げる継実を追い駆け、また噛み付いてきただろう。しかし眩しさでくらくらしている恐竜に、そんな真似は出来やしない。
むしろ大きな隙があるぐらいだ。継実からすれば一発お見舞いするのも難しくないほどの。
「ふんっ!」
僅かに離れたところで継実は回し蹴りを放つ!
光から逃れようとしてか、恐竜は目を瞑っていた。自ら視界を塞ぐとは、ミュータントとしてはあまりにも迂闊な行い。継実渾身の蹴りは難なく恐竜の下顎を打つ。
体格差こそ覆らないものの、不意打ちかつ効果的な場所への一撃は、恐竜の頭を大きく揺さぶった。恐竜は目を大きく見開き、口はパクパクと開閉。眩しさに加えて突然の衝撃に参っているらしい。
正直、ここまで効くのは継実としても予想外。不意打ち気味とはいえ体重差四十倍の相手なのだ。人間からすれば小型犬の子供の全力キックみたいなもの。当たりどころとタイミング次第では一瞬怯むだろうが、ノックダウン寸前になるなんて貧弱を通り越して不可思議である。
その不可思議に付けられる説明は一つ。
「(コイツ、力はあるけど……大して強くない!)」
脱兎の如く逃げる事を基本にしようとしたが、相手が弱いならば話は別だ。逃げる事に変わりはないが、その逃げ方を少しばかり『改良』する。
ただ走るだけでは追い付かれるし、こっそり追われたら逃げ切れたかも分からない。だが戦って相手を弱らせたなら、少しでも血を出させて臭いを纏わせれば……逃走の確実性は大きく上がる筈だ。
普通にやっても逃げられないからこそ、戦いに活路を見出す。
「モモ! ミドリ! 作戦変更! 私が良いって言うまでボコるよ!」
「え、えええぇぇえええっ!? いや、でもこれ大き……」
真っ先に反論しようとするミドリだが、その言葉は途切れた。
「ゴロロアァッ!」
我を取り戻した恐竜が、今度は遠目にミドリに噛み付こうとしてきたからだ。継実とモモで痛い目を見たから、今まで何もしていないミドリに目標を変更したのだろう。
ミドリは継実やモモよりも遥かに弱い。まともに恐竜の攻撃を受ければ、耐えるどころではないだろう。そして突然襲われたミドリは身体が強張ったのか、僅かに後退りしただけで殆ど動いていない。
しかしミドリにとってそれは、無抵抗を意味する行動ではなかった。
「ひ、ひゃあぁっ!?」
悲鳴を上げながら発動した、脳内物質操作があるからだ。
「ゴガッ!?」
ミドリの攻撃を受け、恐竜は大きく仰け反った。目玉を大きく見開き、全身の羽毛が震えながら逆立つ。開いた口からは食欲とは別の理由で吹き出した涎が零れ、苦しそうに四肢をバタつかせていた。
ミドリの能力が本領を発揮出来た事は、これまでの旅で一度もない。脳内物質を操作されたら本来どんな生物も即死するのに、その力を受けたミュータントはどれも少し苦しむ程度。中には全く効かない生物までいる有り様だ。敵の動きを阻害するので大いに役立っているが、止めを刺したり行動を完璧に止めたりなど『戦闘不能』に出来た事は殆どない。恐竜に対しても同じで、殺すには至らなかった。
しかしミドリの力には一つ、継実達にない特性がある。
相手の身体が自分より圧倒的に大きくても、それなりに通じる点だ。
「ゴ、ロ、ォ、ア……!?」
「ひぃぃぃぃ!」
恐竜は頭を抱えてのたうつ。ミドリはその間にそそくさと走り、大急ぎで逃げ出した。
「ゴ、ゴガァッ!」
逃げるミドリに気付いた恐竜は鋭い爪を立て、串刺しにせんと振り下ろす……ものの狙いが甘い。貫いたのはミドリの服の裾だけで、彼女の身体は無事腕の範囲から離れる。
果たして恐竜はミドリが頭痛の原因だと気付いたのか、それともあと少しで捕まえられたであろう獲物への執着心か。恐竜は一旦激しく頭を振りかぶった後、ミドリの後を追おうとする。
「おおっと! そうはいかないわよ!」
そこに攻撃を仕掛けるのはモモ。
恐竜は四肢をバタつかせて抵抗したが、崩れた体勢は立て直せず。そのまま転倒し、顎を打った。ミュータントの身体能力を思えば致命的なダメージとは言い難いが、行動を邪魔されたという精神的打撃は相当なものだろう。
「ゴロガアァアアアァアッ!」
これには恐竜も怒り狂ったように暴れ出す! 尻尾をぶん回せば山をも切り裂く衝撃波の刃が跳び、腕が大地を打てば大陸が隆起と沈下を起こした。荒れ狂う姿は『恐ろしい竜』の名前に恥じない。
モモは体毛を切り離し、恐竜の傍から離脱。代わりにやってきたのは継実だ。跳躍して高い位置に陣取り、その手に粒子の力を集めていく!
「そのまま、雪に埋もれてろ!」
そして恐竜の脳天に向けて、最大出力の粒子ビームを撃ち込んだ!
「ゴロァッ!?」
粒子ビームを撃たれた恐竜は呻きを上げた。本来、体重差を思えば粒子ビームを喰らった程度で恐竜は呻くどころか怯みもしないだろう。
されど此度の一撃は、恐竜がミドリとモモに執着している間ずっと溜め込んだ特大のもの。更に恐竜は感情任せに暴れていた。肉体の力を爆発させて放つ力は、瞬く間に人類文明を消し飛ばすほどのパワーを発揮していたが……制御してない体幹は崩れやすい。タイミングと位置さえ見計らえば、却って転ばせやすいぐらいだ。
粒子ビームの衝撃を受けて、恐竜の頭が雪に埋もれる。ジタバタと四肢と尻尾を振り回すが、継実が更に力を込めてビームを撃ち込めばますます埋もれる。混乱した手脚尻尾は宙を空振りするだけ。
とはいえ、やはり地力では恐竜が圧倒的に勝っている。大地にしっかりと四肢を穿ち、ゆっくりと力を込めれば、恐竜にとって粒子ビームを押し退けて立ち上がる事は難しくない。事実恐竜は最初こそ藻掻いていたが、冷静さを取り戻すと暴れるのを止め、四肢に力を込めるだけで顔を上げた。元より致命傷には至らない攻撃なのだから、慌てなければどうという事もない。
継実もそれは織り込み済み。端からこれで恐竜を倒せるなんて微塵も思っていない。
「モモ! ミドリ! 逃げるよ!」
だから掛け声と共に、粒子ビームを『拡散』させる!
一点集中で放っていた粒子ビームはさながら花が咲くように、恐竜の頭を中心にしながら四方八方へと飛び散る。ビームは着弾地点を瞬時に加熱。莫大な水蒸気を生み出し、半径五十メートルを濃密な湯気で覆い尽くす。
今までの煙幕は継実を中心に展開していた。敵が間抜けにも煙幕に突っ込めば問題ないのだが、もしも煙幕から離れるように位置取りすれば、逃げるため煙幕から出ていく継実の姿は丸見えとなる。今回の恐竜のように巨大な相手となれば視野も広いので、尚更簡単に見付かってしまうだろう。
しかし敵を中心に据えて煙幕を展開すれば、継実達がどう動いても敵からは見えない。そして敵が継実達を追うには、煙幕から出るしかないが……その際前進か左右に進むか後退か、選択を強いる事が出来るのだ。勘が外れて敵が頓珍漢な方角に出てきたら、継実達は姿を眩ませられる。逃げる上で、最大の好機となるのだ。
「……!」
継実は煙幕を展開後、ハンドサインを送る。西に逃げろ、という合図。大声では恐竜に勘付かれる恐れがあるからだ。
ハンドサインはミドリが捕捉。脳内通信でミドリからモモに情報が飛べば、継実の逃げる方角は家族全員で共有された。
継実は出したサインの通り西へと静かに跳ぶ。
何故西なのか? 大した理由はない。ただ煙幕を展開する前の恐竜の頭が、東を向いていたからだ。
恐らくあの恐竜はこれまで大した苦戦をした事がないのだろう。だから獲物にちょっと翻弄されて思い通りにならないと、感情的になってしまう。
そんな輩が煙幕を撒かれたら、まず何処に向かって進むか?
「ゴロアァァァッ!」
思った通り、恐竜は直進。煙幕の東側から跳び出した!
恐竜が出てきた時にはもう、継実達は
恐竜の能力ほど得意ではないものの、継実達も気配を消して動く事は出来る。しかし慎重過ぎてゆっくり動くのは駄目だ。いくら姿を眩ませたとはいえ、煙幕の範囲は高々半径五十メートルしかない。ミュータントの走力なら回り込む事など造作もないだろう。
だから継実は走り出す。周りの空気分子を止めて、一切の音を出さないよう加工しながら。空気分子の静止により呼吸で吸い込む事も出来なくなったが、こんなのは少しの間息を止めるようなものだ。大した問題ではない。
能力を使っている分最速は無理だが、それでも継実の足なら秒速二キロほどは出せる。この速さなら三秒で地平線の彼方であるし、適当な丘の向こうに行けば一秒と経たずに身を隠せるだろう。
やがてモモとミドリと合流し、混乱の中で家族と離れ離れになる心配もなくなった。残す問題は無事に逃げる事だけ。そして恐竜は未だ、煙幕の向こう側だ。
「(良し、これなら……!)」
今度こそ逃げ切れる。そう思いつつ、継実は油断なく煙幕の向こうにいる恐竜を警戒した。
故に、継実は驚愕する。
自分が進もうとした方角から、身の毛もよだつ気配を感じたのだから。
「んなっ……!? なん……」
思わず声を出し、そして継実は足を止めてしまう。
けれどもモモは文句など言わない。それどころか彼女も足を止めた。モモの傍に居たミドリも息を飲む。
それほどまでに、目の前の『空間』が放つ気配は異様なものだった。例えるならば巨大な怪物がこちらを睨みながら、仁王立ちで行く手を塞いでいるかのよう。そこには怪物の姿はおろか、身を隠す遮蔽物すらない白銀の大地しかないというのに。
しかし継実の抱いたそんな印象が正しかった事は、やがて証明される。尤も、誰も喜びはしなかった。
今まで自分達を追い回していたのと同じ青い羽毛が、揺らめきながら虚空から現れたのだから―――――
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